其の玖拾陸 穏やかな夜
──“城”。
「ただいまお戻り致した」
「ただいま……」
その後、少しばかり町を散策した拙者とセレーネ殿は城に戻った。
既に日は落ちており、お天道様も完全にその姿を隠した。然れど城は相変わらず賑わいを見せておる。
常に誰かは起きているからの。今の時間はまだ然程経っていないが、見張りなど日々活動しておる。
そこへ、出迎えかどうかは分からぬがエスパシオ殿が気さくに話し掛けてきた。
「やあキエモン君にセレーネちゃん。今日は二人でデートだったのかな?」
「うん……」
「デート?」
聞き覚えはある単語よの。然しセレーネ殿が食い気味に即答したのなら拙者は彼女とデートをしていた事になるので御座ろう。
エスパシオ殿へ今日の成果を見せる。
「求めていた小太刀が手に入っての。しっくり来る」
「へえ、それがワキザシってやつか。ニトーリューとも言うんだっけ」
「いや、拙者は二刀流はせぬな。敵を討つなら一本で十分。二本使うた所で一本の威力が落ち、手数が増える訳もなく利点はほぼ無いからの。強いて言えば刀を抑え、もう一本で仕掛ける事などだが、刀無きこの国では必要も無い。好んで使う者を否定もせぬがの。拙者も鞘とならば併用し、敵を抑えたりしておる。斬るのではなく抑えるのが主な役目よ。……して、脇差しの主な役目は基本となる打刀を使えなくなった場合、及び切腹。はたまた武士道等と言った誓いを立てるくらいだの」
「あくまで予備って訳か。それに加えて様々な用途がある。うん、奥深いね。サムライの使うカタナの在り方は。我はそう言う物、嫌いじゃない」
会話しながら進み、夕餉の為に食堂へと向かう。
最近はヴェネレ殿と共に食事を摂れておらぬの。今日はどうで御座ろうか。
「キエモーン! 久し振りに一緒にご飯食べよー!」
「ヴェネレ殿。ミル殿。今日は良いのか?」
「うん! 思ったより早く終わったんだ!」
「あくまで今日の分はね」
「うっ……」
「成る程の」
今日の分は終わり、共に食事を摂れる様子。
拙者とセレーネ殿の帰りも若干だが遅くなった。故に会う事が出来たのだろう。
「あ、キエモンさん。ヴェネレ様。エスパシオさんと、ミルちゃんにセレーネちゃん」
「エルミス殿。丁度良い。これから食事だが、共にどうだ?」
「はい! お供します!」
道中、エルミス殿とも合流。と言うても数刻前に別れたばかりだがの。
共に食堂へと向かい行く。
「やっほー! ウチ帰還したよー!」
「フォティアさん。私を置いて行かないで欲しいものだ」
「フォティア殿。マルテ殿。ご苦労で御座った」
「お、キエモンっち達も“フォーザ・ベアド・ブーク”から帰って来てる!」
「そちらも任務ご苦労様。キエモン」
渡り廊下を箒で飛び、その場に降り立つフォティア殿と後を追って来たマルテ殿。今日はこの二人で任務に赴いていたのだ。
それなりに人も居るのだがなんとも精密な操作。誰の邪魔にもならず、誰にもぶつからないとな。
「フォティアよ。建物内で飛ぶのは止めよ。お前のコントロールなら問題は無いが、万が一があるからな」
「風が消えないように彼女の暴走も止められないのさ。風と同じで気紛れだからね」
「ファベっちにリュゼるん! 二人ともお帰りー!」
「聞いちゃいないな……」
「風の音が止まないように、彼女の中で僕達の声は掻き消されているようだね」
「主もよくそう物の例えが出てくるものよ」
ほぼ同時にファベル殿とリュゼ殿も帰還した。
騎士団長が二人も赴く任務など相当だが、魔物の“変異種”とやらが見つかったらしい。
討伐対象はこの辺りでもよく目にするゴブリン、オーク、スライムの三種。C級任務に出される程度の妖であり、本来なれば騎士団長が二人も必要無い存在だが、目撃者曰く恐ろしく強いとの事。
「して、妖らはどうであった?」
「情報に違わぬ強さだった。三種は何れも一匹ずつしか居なかったが、余波で複数の山河が吹き飛ぶ程。とても普段の魔物とは思えぬ」
「そもそもゴブリンとオークはともかく、スライムに至っては生息域が違うからね。ゴブリンとオークは森の中や草原だけど、スライムは基本的に水気の多い湿原を好む。体が体だからそれも当然。行動範囲の広いゴブリンとオークだからその三種が共に居る事が絶対に無いとは言い切れないけど、同時期に現れるのは流石に不自然だよね。さながら春風の中に夏風が入り込むような、0じゃないけど珍しい現象だ」
ファベル殿とリュゼ殿を持ってしても手強かったと言う三種。その時点で暫定A級に及ぶの。
不思議な妖物だ。
「最も有益な情報は隣国、星の国“スター・セイズ・ルーン”と森の国“フォレス・サルトゥーヤ”の国境近くで発見があった事。両国共に高い知力を持ち合わせている。魔物の実験をしていてもおかしくないな。断定は出来ぬが」
「仮の話だけど、敢えて国境で解き放ったのが肝だね。どちらかの国の仕業と思わせる事が出来る。片方かもしれないし、全く別方向かもしれない。我には予想も付かない」
魔物の実験。此れ即ち人為的に生み出しているという事。
拙者の知るところで呪術の一つである蟲毒にも近いが、また別方面の在り方。難儀よの。
「まあ、詳しい話し合いは後だ。腹も減った。食堂に向かおう」
「ファベル君の言う通りかな。今回我は大した仕事じゃないけど、やっぱりお腹は空くよね」
「いつかは暴風が去るように、必ず訪れる現象だね」
「もぉ、みんな難しい話し過ぎだよ~」
「そう言いながらフォティアは全てを理解しているのだろうな。とんだ猫かぶりだ」
「ネコ? 何それ?」
「フッ、キエモンに教わったキエモンの故郷での慣用句らしい」
「へえー。可愛い言葉だね。ニャンコー」
騎士団長四人で話す。
確かに腹も減ったの。猫かぶりの本来の意味は教えずとも良いだろう。
「さて、サベル殿。今日は主も暇しておろう。共に食事へ参ろうぞ」
「いや、ちょっと待て! 王女様と騎士団長四人を引き連れて何言ってんスかキエモン隊長さん!」
「よく共に行動する者達であろう。何を慌てておる」
「いやそうだけど、あー、分かった。取り敢えず食堂に付き添うよ。俺もまだ食べていないしな」
最後に廊下でサベル殿と合流する。
何やら慌てていたの。無理もないか。此処に居る者達は立場的にも強さ的にも上位に君臨するのだからな。緊張するのは至極当然だ。
ともあれ、拙者らはこの面子で食堂へと向かう。
「お、おい……見ろよあれ……」
「ああ……」
「マジかよ……」
「マジだよ……」
「現実だよ……」
「どこかの国でも落とすのか?」
食堂へ入るや否や、目立っておる。
他の者達にも緊張を与えてしまっているようだの。それも仕方無い事ではあるが、なんだか申し訳無い。
「凄く目立ってます……」
「おお、唯一俺の心境を理解してくれる人が……確かエルミスちゃん」
「あ、はい。サベルさん」
周りの者達のみならず、此方でもエルミス殿とサベル殿が肩身の狭い思いをしているの。
ううむ、これは互いにあまり良くないか。
「此処で食事を摂るのはよろしくないが、マルテ殿。いつもの場所はこの人数でも大丈夫だろうか」
「多分問題無い。十数人は行ける所だからな。確かに目立つのは私もあまり好きじゃない。騎士としての活躍が目立つなら良いんだけどな」
元より静かな場所に心当たりはある。マルテ殿に教えて貰った穴場とでも言うのであろうか。
そこなれば周りに緊張を与えず食事を摂れるで御座ろう。
「そうか。それなら君達に任せるよ。我の空間にでも行こうかと思ったが、その必要も無さそうだ。魔力もあまり消費したくないからね」
「フッ、それは良かった。エスパシオさんの空間も気になるが、逆に落ち着かないかもしれないからな」
「ハハハ、それは言えてるね。基本的に我の空間には何もなくて広い。色合い的には落ち着く青だけど、逆にダメって可能性も十分あり得るからね」
目立ちたくないのならエスパシオ殿の空間も一つの手立てで御座ったか。然れど本人も言うように広すぎて逆に落ち着かぬかもしれぬ。
拙者とマルテ殿は皆を連れてそこへ赴き、食事を摂る。
変わらず静かで落ち着く良い場所だ。
「へえ。確かに良い風が吹く場所だ。僕とエスパシオ以外全員知ってたなんてズルいな」
「そうだね。星もよく見える。それでいて虫とかも少ない。良いね。気に入ったよ」
リュゼ殿とエスパシオ殿もお気に召した様子。それは何より。随分と大人数になったが、これもまた一興。
そのまま食事が終わる。
いつもの流れならば湯殿に向かうところだが、今日は色々と報告がある為、頭を使うだけ使って程好い疲労を募らせてから休もうと、まずは会議室へと赴いた。
「──では、それなりに疲れも溜まっているところだが今回得られた成果と新たな問題について話し合おう。最近は隣国の騒動も他人事ではなくなっているからな」
ファベル殿が指揮を執り、四人の騎士団長と拙者を含めた隊長格が数人。
少人数の副団長や軍隊長に団員も集い、ヴェネレ殿やミル殿も加わって重要な話し合いが始まった。




