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其の玖拾伍 任務後の休養

 ──“シャラン・トリュ・ウェーテ・王室”。


 橙色の夕焼けがその顔を覗かせる頃合い、国へと帰る頃には既に日も暮れていた。

 此処のギルドにも報告したのちヴェネレ殿の居る城へ向かい、火の国の様子から目論見などを赤裸々に話す。


「……以上、これが報告で御座る……いや、報告で御座いまする。ヴェネレ殿」


「アハハ、キエモンはいつも通り接してくれて良いよ。むしろその方が……とにかく、ありがと。不審な動きは全部杞憂だったんだね」


「おそらくの。王に嘘を吐いている様子は無かったが、王がそうであっても野心のある者はおるかもしれぬ。念の為に最低限の警戒はしておいても良かろう」


「うん、そうだね」


 報告は完了。色々と懸念もあるが、まだ何も起きていない。故に必要以上に思い詰める事もなく、拙者らは王室の出口へ向かう。


「では、しからば御免」

「あ、うん……じゃあね……」


 一礼して下がる。ヴェネレ殿は少し悲しい顔をした。

 仕事の邪魔と思うたが、また別の感情のようだの。然し拙者が何をすれば良い事やら。

 思い切って訊ねてみようか。


「ヴェネレ殿。何やら疲れている。もしくは何かしらの心の内を秘めている様子。拙者に出来る事なら申してくだされ」


「え!? べ、別にないよ大丈夫。全然全然平気だからじゃあねバイバイ!」


 見て分かる程に動揺し、手を振って別れを告げる。

 明らかに何かあるのは変わらぬが、此処は本人の意思に委ねるとしようかの。

 疑問は残しつつ、拙者らは王室を後にした。



*****



 ──“ヴェネレかく語りきpart2”。


 はぁ~! なんでキエモンの前だとあんなに緊張しちゃうんだろう……それに、最近仕事が忙しくて全然同行出来てない……別に一緒に居たいとかじゃなくて、なんとなくそんな気がね!?


「……。ヴェネレ様。キエモン達が居なくなってから仕事に手が回っていないよ」


「え!? べ、べべべ別にそんなんじゃないからね!? 勘違いしないでよね!?」


「何の勘違いよ。勘違いしてるのは貴女。まずは自分の混乱を解かなくちゃプライベートでもヴェネレ様って呼んじゃうよ?」


「あ、うん。ごめん。取り乱した……」


 ミルちゃんに指摘されて冷静になる。

 確かにちょっと動揺していたかも。落ち着かなきゃ示しが付かないもんね。


「なんかキエモンを前にすると緊張しちゃって……男の人と話す事自体は平気だし……前まではそんな事も無かったんだけどね……」


「キエモンも無自覚ならこっちも無自覚か……似た者同士だね」


「え? それってどういう……」


「うーん、けどキエモンの鈍感とも違うよねぇ。言うなれば自覚したくないが為の無自覚。どんどん指摘して追求するのは逆にダメだよねぇ」


「もぉ~! 一体なんなの~!?」


 何かを分析して理解した様子。私にも分かるように言って欲しいけど、聞いたら聞いたで確かにダメそう。なんとなく今までみたいにキエモンも接する事が出来なくなるような……。

 って、またキエモンの名前が……。あーダメダメ。今は残ってる作業に集中しなきゃ。


「それで、次の書類は?」

「婚約者候補かな。ヴェネレ様ももう王位に付いたし、その辺に着手する頃合いなんだね」

「婚約者……そうだよねぇ。子孫は早めに残さなくちゃ、いつ血縁か途絶えるかも分からないもんね……もう我が儘じゃ通せないところまで来てる……」


 前まではまだパパが居たし、必要無いと思ってた。だけど王政でママが早くに亡くなった私は、自分が子供を残さなきゃならない。

 パパ、変なところで一途だったもんね。ママ以外の王妃は迎えるつもりもなかったし、私には兄弟も居ないから血縁を残すのも第一優先事項。

 養子を取るって方法もあるけど、どうしても懸念が生まれちゃうもんね。


「けどこの候補……微妙なんだよね。全員私より弱いし。血縁は全部由緒正しい所だけど、いつ戦争が起こるかも分からないし強い子供を残してあげたい。どれもピンと来ないや」


 一纏めになった書類と肖像画を放るように机に投げ、散らす。

 顔は悪くない。けど別にそれは大した問題じゃない。強さと優しさ……そんな絵物語に出てくるような王子様に宿った存在が私の理想なのかな。

 絵物語のお姫様が嫌いな私の好きなタイプが王子様って……笑っちゃうよね。

 自嘲混じりに考える私に向け、ミルちゃんがバラバラの資料を纏めながら話す。


「そう言えば、“シャラン・トリュ・ウェーテ”って王族の数が少ないよね。あの国王様がヴェネレ様以外を残せなかったのもあるけど、それにしても少な過ぎるような……と言うかヴェネレ様の一族しか居ないんじゃない?」


「……そう、だね。祖父母の存在も聞いた事無いし、本当に居るのかも不確か」

「聞こうとはしなかったの?」

「うん。別に寂しくはなかったから。前まではね。……ミルちゃんのご両親は?」


 なんとなく祖父母の話をしたくなくなり、ミルちゃんへ両親の事を聞いてみる。

 孤児って事は亡くなったか捨てられたか。今の私なら共感出来るかも、


「私の両親は……お父さんが亡くなった後にお母さんと一緒に家を出て、私はそのまま捨てられたかな。その母はどこに居るか不明」


「……っ。えーと……ゴメンね」


 その両方だった。

 共感出来るかなって思ったけど、そうでもなさそう。なんか悪い事聞いちゃった。

 捨てられた後に流れ着いたのがあの協会。私とは別ベクトルで過酷な人生だ。


「別に気にしてないよ。何だかんだあっても今の私は生きてるし、世間から見たら上位職に位置するお姫様の側近だし、お母さんもやむを得ず捨てたんだろうし。自分の身も大変なのに幼子を育てる余裕なんてないのも理解しているよ」


「達観しているね……。私より遥かに年下なのに私より大人っぽい。初対面の時は凄く無邪気で自分の力を試したがっていたのにね」


「ぅ……あ、あれはテンション上がっちゃって……今考えると自分で恥ずかしくなるよ」


「あー、あるよね。そう言うの。自分でもなんであんなにはしゃいじゃったんだろう……って後から悶えるの」


 ちょっと湿っぽい話が変わり、おちゃらけたものになる。

 テンション上がった時とか自分を大きく見せたい時とか、絶対普段からそんな事しないだろって言葉遣いになったりするよね。大人びたミルちゃんにも……と言うか大人びているからこそはっちゃける時があるんだろうね。


「私は年相応で可愛いと思うよ。そんなミルちゃんも。むしろ全面的に押し出してアピールしちゃおう!」

「なにそれ……く、下らない事言ってないで早く決めちゃって!」

「この人達は全員ボツかな。タイプじゃないし、紙は再利用するから分けておいて」

「はあ……私より貴女の方がよっぽど子供……」

「ふふん、真の子供にこそ女神様は微笑むんだよ♪」

「なにその理論……」


 呆れたように肩を落とす。

 最近は忙しかったり思い詰めたり、疲労が抜けないからね。雑談くらいしか娯楽にありつけないのは結構ストレス。

 ま、思ったより嫌いじゃないかも。私、手際とか要領とか良いからね。そこはパパ譲りかも。


「さて、休憩終わり! 他の資料にも目を通しておかなくちゃ」

「手伝うよ。お見合いの絵は紙として再利用ね」

「任せたよー」


 休憩って訳じゃないかもだけど、気分転換にはなったかな。

 さあて、今日の分の仕事も頑張るか!



*****



 ──“武具店”。


 ヴェネレ殿と別れた後、既に夜と言える時間だが拙者は以前刀を貰い受けた店へと来ていた。

 用事はそろそろ脇差しを持ちたいと言ったもの。


「──して、店主殿。小太刀の調達をお頼み申したいのだが、可能で御座るか?」

「コダチ……それは一体どんな物で?」

「要するにこの刀の少し短いやつだ」


 そう言い、拙者は店主へと刀を見せた。

 この刀は元よりこの店で入手した物。此処なれば脇差しに良い小太刀があると踏んだが、どうで御座ろうか。


「成る程。刀が太刀でその短いバージョンだから小太刀か。コレクション部屋を探せばあってもおかしくないが……ま、取り敢えず見てみっか!」


「そうであるの。色々ある主の部屋。行ってみるのも悪くない」


「ハッハッハ! そうだな。んで、今日はヴェネレ様やマルテさんは居ないのか。そちらの女の子は初対面か」


「ウム、皆勤めがある。故に今日はセレーネ殿だけよの。まだ此処には来ておらんかったからな」


 ヴェネレ殿と別れた後、エルミス殿らとも別れセレーネ殿と渡り廊下で出会った。

 そのまま流れで此処に来た次第。

 一つの任務を終え、暇を持て余していたので折角の機会と寄ったまでよ。


「そんじゃ、コレクション部屋の鍵だ。俺ァはまだ商売してっし、目ぼしい物が見つかったら持ってきてくれ」


「忝ない。そして今回ばかりはしかと代金を払うとこの場にて約束しておく」


「売り物じゃなくて単なるコレクションだから別に気にしなくて良いんだけどな。ま、纏まった金銭も集まったろうし今回は頂いておくよ」


 約束し、拙者とセレーネ殿はコレクション部屋へと入った。

 さて、まだ二度目だが相変わらず荘厳な部屋よ。


「む? 以前より綺麗になっておるな。店主殿は掃除をしたので御座ろうか」

「そうなんだ……。隅までキラキラ……」

「ウム、居心地が良いの」


 以前刀が埋もれていたのを気にしておったので御座ろう。

 お陰で探しやすくなっているの。


「以前見つけた場所はこの辺りだの」

「鬼右衛門……記憶力良いね……」

「ウム、地形や建物の内部等は直ぐに覚えられる。文学はちと苦手だがの」

「うん……字の読み書きは凄く時間が掛かってた……」

「手厳しいの。事実だがな。セレーネ殿は僅か数日で会得していたの」

「うん……物を覚えるのは得意……」


 セレーネ殿の記憶はまだ戻らぬが、地頭が良いのだろう。物を覚えるのに長けており、鋭さもある。

 その様な事を話しつつ、良さそうな刀が無いかを調べる。然しそう簡単には見つからぬの。この数ヶ月で更なる物が増えておる。誠に物集めが好きなようだ。


「む? この長き得物は……」

「あった……?」


 暫し探っておると、白き柄が見えた。

 誘われるがままにそれを引き、丁寧に取り出す。

 紛う事無き刀。それに拙者の探し求めていた小太刀。都合が良過ぎるの。さながら刀が拙者の方へ寄って来たように思える。偶然であろうがの。


「フム、白き柄。木瓜もっこう形のつばの目の刃文。良い刀だ。基本の刀が黒漆塗りであり、小太刀が白。対になっているのもなんとなく嬉しいの」


 波打つような形の互の目に眼を通し、部屋の照明へと翳す。

 美しき銀色の刃。その光を反射する刃文は見事と言う他ない。

 然し謎であるの。普段から使っている刀も含め、何処から流れ着いたので御座ろうか。“裏側”にも刀を使う文化は御座らんかった。

 この技術を伝える国があるのだろうか疑問よ。


「まあ、望みの物は手に入った。拙者が気にする事も無かろう」

「鬼右衛門……?」

「あいや何でも御座らん。独り言だ。では帰るとしようぞ。セレーネ殿」

「うん……」


 コレクション部屋は散らかしておらぬ。最低限の物を動かしたくらい。さっと直し、店内へと戻って小太刀を金貨一枚で購入する。

 店主はそんなに貰えないと言っていたが、基本的に刀は高級品。加え、これ程までに見事な小太刀。前のも含め、二つとも業物足り得る刀よ。

 本来なれば金貨一枚程度では足りぬ程だが、流石にそれ以上は要らないと断られてしまった。

 無理強いするのも問題と考え、一枚で妥協して帰路に着く。


「ウム、やはり脇差しを携えて歩むのはしっくりくるの。今日は機嫌が良いぞ」

「良かったね……鬼右衛門……」

「ありがとの。してセレーネ殿はこれからどうする?」

「退屈だからまだ暫く鬼右衛門と一緒に居る……」

「そうか。拙者も退屈な男だが、セレーネ殿が望むのなれば付き合おうぞ」

「付き合う……うん……言質取った……」

「……?」


 何やらボソリと呟くセレーネ殿。相変わらず不思議な娘よの。

 何はともあれ、此れにて拙者の目的は達成された。後はいつものように任務などを受け……無くても良いの。もう月も顔を見せている。

 今日という一日ももうすぐ終わる。なればそれを良きものとするのも一興。

 残り僅かな今日を過ごすとしようぞ。

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