其の玖拾肆 火の国の目的
──“フォーザ・ベアド・ブーク、城”。
「こちらになります」
「ウム、苦しゅうない。なんての」
赤い歩廊の町を行き、拙者らは本元である城内へと入った。
さて、此処からは常に気配を集中させ、警戒せねばなるまい。いつ何時襲われるかも分からぬからの。
城という事もあって警備は厳重。国としても危惧があるのだから当然。“シャラン・トリュ・ウェーテ”も基本的に厳重な警備が敷かれているからの。
「ここが国王の居る部屋で御座います。なるべく失礼の無いようにお気をつけください」
「聞き覚えのある注意だ」
「ここが王様の……!」
「緊張しますわ」
「ドキドキすんな~……」
王の前となると基本的にその様な文言になるようだの。然し今回は“なるべく”との事。つまり多少の粗相は問題無いのだろうか。
何にせよ、見てみない事には分からぬ。エルミス殿らも緊張が表に表れ出し、そのまま王室へと入った。
「ハッハッハ! よく来たな! “シャラン・トリュ・ウェーテ”の騎士よ! 同盟も敵対も得にしてないが、歓迎するぞ! 茶と菓子はいるかァ!?」
「フム」
「は……?」
「え……?」
「えーと……」
入るや否や、何やら豪快な王が出迎えてくれた。自ら赴き、一瞬にして間合いに入ったの。
これなら拙者の刀で即座に切り捨てられるが、見たところ何かをしようという気も無し。殺気も感じられぬ。誠に歓迎してくれているようだ。
思わずエルミス殿らが素っ頓狂な声を漏らすが、気持ちは分からなくもない。拙者も警戒するよりも前に困惑が表に出てしもうた。
「王様。客人が困惑しています。離れてください」
「相変わらず手厳しいな!」
受付が王を引き離し、変わらず豪快に笑う。
主君に対してこの態度。それを許されるのならば粗相に対して“なるべく”という点も納得よの。
その様な者が国へ攻め入るとも思えぬが、“シャラン・トリュ・ウェーテ”の騎士団長に匹敵する戦力を集めて何を目論んでおるのだろうか。
「して、例の件。どうなっている?」
「順調です。“炎六団”の皆様も着々と準備を進めています」
「「「…………!」」」
「……」
すると、それについての大きなものになりうる情報が提示された。
“炎六団”。おそらく騎士団長のような立場の者をこの国ではそう呼んでいるのだろう。
願ってもない情報。加え、耳打ちなどではなく拙者らに聞こえるような声音で話しているのを惟るに、機密事項ではないようだ。
なれば此方からカマを掛けてみよう。
「王。一つお訊ね申したいが、例の件とは何で御座いましょう。差し支え無ければお教え頂きたい」
カマを掛けるのではなく、率直に聞く……が正しかったの。
断りは入れた。答えても答えずとも大きな問題にはならなかろう。
「構わぬよ。実は近々大きな祭典があってな。この国が誇る優秀な六人を集め、凄く盛り上げてやろうと思ったのだ!」
「祭典を盛り上げる……その為だけに斯様な者達を集めるので御座るか」
「当然だ! 娯楽こそ人々を豊かにするからな! 日々を必死に生き、頑張っている皆の為に提供せねば国王の名折れ! 国を作るは豊かな人々の笑顔にある!」
「……フッ、そうであるか。杞憂で御座ったの」
“シャラン・トリュ・ウェーテ”の前国王と似たような事を申される。確かに騎士団長に匹敵する者達の動きはあったが、それは悲しむ人々が多くなるような事ではなかったようだの。
ともすれば、この国へもう用事も無くなったの。任務を受けた手前、宝石獣関連の事は終わらせるとして後は帰国するか。
「では、王様。キエモン様方と共に今さっき見てきた事を話します。国に何かしらの影響が及ぶ可能性もありますので」
「そうか。では話してみよ。主らはそこの椅子に座ると良い。立ち話も疲れるだろうからな」
そう告げ、使用人達が長机と椅子を持ってきた。そのまま茶を入れ、この世界でよく見る菓子、クッキーやビスケットが提供される。
万が一に毒物の心配もあるが、それについては主君が直々に召し上がり、無いのを確認した。
拙者の国の菓子も美味だが、この国の菓子類も悪くない。有り難く頂戴するとしよう。
「──フム、宝石からなる魔物が何者かによって操られていたか。確かに不思議な事だな。いや、明確に何者かの仕業となれば不思議ではないか。調べは付いているのか?」
「いえ、今のところ何も。念の為に魔物はまだ処理しておらず、指定地点に行けば残っているかと」
「成る程の」
受付嬢が諸々の説明は致した。
可能性の中にはこの王を含め、誰かの自作自演という事も入れてあるが、見たところこの者達に心当たりは無さそうだの。
王は頷き、言葉を続ける。
「なら何人かを派遣するとしよう。街中に入られていないとは言え、近隣で何かがあっては国民達を不安にさせてしまうからな。丁度集めているのも踏まえて炎六団からも二人程送るか」
本当に民達を思うておるようだ。騎士団長と同格の者達を単なる調査に送り込むか。
そして王の動きを見るに、
「……。王様。もしや貴方も行かれるおつもりで?」
「当然だろう。“シャラン・トリュ・ウェーテ”からお越し下さった方々や他の者達が調査に赴くと言うに、長たるワシが動かんでどうする」
「貴方が行く必要はありません。それよりもご自身のお仕事に着手してください」
「だが……!」
「してください」
「しかし!」
「しろ」
「はい……」
……使用人に言いくるめられてしもうた。誠に国の王か?
エルミス殿らも引き攣っており、威厳がないと思っているような顔付きだ。拙者もそう思う。敬語も無くされてしまっておるしの。
「すまぬ。主ら。ワシも行きたいが、かの悪魔に刑罰を与えられての。行くに行けぬのだ」
「刑罰ではありません。仕事です。王様として、もう少し自覚してください」
フム、上下関係はあるの。王が下の位置で。
改めてこの様な者が戦争を吹っ掛けるようには思えぬ。一番可能性があると思われていた火の国“フォーザ・ベアド・ブーク”は白だったようだ。
「では、早速調査に出るとしようか。国への報告も踏まえ、出来れば今日中に解決したいところよ」
「そうですね。では王様。私達はこれにて失礼します」
「ウム、ではの。街の入り口付近にて待っておれ。すぐに兵達を送る」
立ち上がり、会釈。そのまま王と話、拙者らは城を後にした。
一応だが、城の大凡の内部構造。目にしただけの使用人や兵士達。町からの距離なども測っておいた。あの王に限ってその様な事はないと思うが、戦などになった場合に地の利を得る事が出来た。これで安心よ。
城から出、派遣される兵士達が来たのを確認して拙者らは今一度宝石獣の元へと向かった。
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「フム、これがそれか。確かに全身が宝石……しかも本物。すげえな。こんなにあるんだから一つくらい……」
「コラッ、私達の役目は調査。場を荒らしちゃダメ」
「へいへい。わーってるよ」
送られた炎六団の者は“カエン”殿と“ヒノコ”殿。簡易的な自己紹介だった故に姓名のどちらかは聞いておらぬ。因みに受付嬢の依頼人は自身の仕事がある為、この国のギルドに戻った。現在はカエン殿とヒノコ殿。そして四、五人の兵士達で調査を進めていた。
然しこの二人の名には親近感があるの。火炎に火の粉。日本語に近しい名を持っておる。
「それで、気絶させたらそのまま死んじゃったかぁ。なんか信じられないけど、外傷も内傷も目立ったモノはないし、本当にそうみたい」
「ウム、嘘は吐いておらん。不可思議な事柄にあり、其れへと直面したが為に心の内へ懸念があり申した。然れど見たまんまの結果に御座る」
「なんか回りくどくて難しい言葉遣い……そんな言い回ししても頭良さそうには見えないからね?」
「その様なつもりは毛頭御座らんのだがの。すまぬな。この言葉遣いは拙者の、本来の国での訛り。この国のみならずこの世界の面々にとっては理解し難き言い分やも知れぬな。致し方無し」
「そんなに改めなくても……。こっちこそゴメンね。ちょっとした軽口だから気にしないで。言いたい事もなんとなくは分かるよ。今のところゴザル以外に知らない単語はないからね」
謝罪などせずともよいのだがな。拙者の知能的には秀才や天才でもない。知恵なればこの世界の者達の方が豊富に御座ろう。
兎も角、互いに軽口を叩ける程に退屈な調査。危険がないのは良いのだが、それはそれとして何の手掛かりも得られぬ。もうそろそろ打ち止めに御座ろうかの。
「ま、見たところ何の変化もないね。色んな形の回復魔法とかサポート魔法を与えてみたけど異常無し。罠型の魔法が仕掛けられている訳でもないし、この魔物は“フォーザ・ベアド・ブーク”で保管かな。宝石類には一応まだ触れないけど」
「そうか。国で管理するならそれで良かろう。金銭面が一気に楽になる」
「だからまだ宝石類には触れないって。変に手を出して問題が起きるのが一番最悪だからね」
気配を探るがそれも特に無し。
果たして本当に操られていただけなのかも微妙な線になってきたが、この金銀財宝。放って置くのは勿体無い。
呪いの類いを惟るのなら触れぬ方が得策だの。
「けどまあ、宝石も含めて一旦持ち帰るのは手かな。調べる必要もあるし、気を付けて研究室に行こうか」
そう言い、ヒノコ殿を筆頭とした兵士達が風魔法にて宝石獣を持ち上げた。
「炎魔法だけしか使えぬ訳でも無かったのか」
「炎魔法自体アナタ達の目の前で使った事無いけど……あと、実際にその勘違いはよくされるよ。火の国って謳われているから他国の人達に炎魔法しか使えないって思われるんだ。得意魔法ではあるから強ち間違っていないけれどね」
「そうであったか。それは失敬。気に障ったのなら謝罪申そう」
「ふふ、本当に変な人。ねえ、貴方。せっかくだから“シャラン・トリュ・ウェーテ”から“フォーザ・ベアド・ブーク”に来ない? 歓迎するよ」
「「「え!?」」」
ヒノコ殿の言葉を聞き、エルミス殿らが反応を示す。
好戦的且つ情熱的な火の国へのお誘い。悪くない申し出であるが、
「すまぬの。拙者、自国に大きな恩がある。そう簡単に移籍する訳にもいかぬさ。生涯を国に仕える気概で御座る」
「そ。情熱的だね。好きだよ。そういう考え」
「「「ホッ……」」」
拙者とヒノコ殿の横でエルミス殿ら三人がホッと胸を撫で下ろす。
フッ、彼女らも拙者を想うてくれているようだ。恵まれているの。
「心配をお掛けしたようだの。拙者、他国へ行く気はない。案ずるな」
「はい。良かったです。キエモンさん」
「べ、別に心配まではしておりません事よ? 勘違いしないでくださる?」
「素直じゃないなぁ」
「なんですの?」
「なんでもなーい」
愉快な女子達だ。
彼女らを含め、拙者は国を愛しておる。いくら積まれようと他の国に仕える気は御座らん。
「ふふ、賑やかな人達」
「クハッ、全員情熱的じゃねえか!」
その様な事を話しているうちに宝石獣を運び、森を抜け出た。
簡単に事が進むの。果たして本当に何もなかったで済ませて良い事なのか。なんとなく懸念が残る。
そんな心の内を抱えつつ、一旦城へ報告。何事もなく、拙者らは少し多めの報酬金を受け取り“シャラン・トリュ・ウェーテ”へと帰国するのであった。




