其の玖拾参 不思議な獣
気配を辿り、拙者らは早速“火の国”近くの森を進み行く。
エルミス殿らと依頼人の女性は箒に乗り、拙者は木から木へと跳び移って駆け抜ける。
この辺りの木々は強き日光、多いと言う雨のお陰もあってかスクスクと成長しておる。支えがしっかりしており、軽快に進めると言うもの。
「魔法の使えぬ強き騎士……噂には聞いていましたが、この身体能力なら魔法なんて必要無いですね」
「何か申されたか?」
「はい。魔法が無くともこれ程までの実力者が居たんだなって思った次第です」
「そうであるか。拙者も使えるモノなら使ってみたいの。魔法」
摩訶不思議な世界に来て思った事の一つ。仮に拙者が魔法を使えるのなれば如何様なモノとなるか。
燃える刀など中々に風情のあるやも知れぬ。然れど拙者が持つは現世で培った技や術。不満も不足も御座らんが、魔法があれば愉快そうだ。
「さて、気配がぐっと強まったの。何やら目映くもなってきた」
「そう言えば……」
少し行き、気配が強くなってきた辺りで止まる。
何かが居るのは決定的だが、いやに眩しいの。光を放つ生き物など蛍以外におるのだろうか。いや、イカなどがおったの。
斯様な事を考えている最中、光の主が姿を見せた。
『…………』
「馬か?」
「キラキラですわ」
「傾向は近いですね……けど、牙や爪。馬にしては危険な武器を持ってます」
「スッゲー輝いてんなー」
現れたのは、馬にも近しい黄金の獣。
胴体の大部分は金。一つ一つが鱗のように張り付いておる。目は宝石であり、足は延べ棒。何とも荘厳な獣であろうか。
「カーバンクルかギーヴルの仲間……では無さそうですね。額や目だけではなく全身がきらびやかです」
「綺麗だけれど目立つ体ですわね。いえ、あの光が他の生き物達へ向けた警戒色の役割を果たしているのかもしれませんわ」
「アイツが他の魔物達を街側に寄せているのか?」
エルミス殿らが窺いながら話す。
かあばんくるにぎぃぶる……それは知らぬな。だがあの体、野生動物達への警告には確かになろう。
烏などは進んで集めるが、自然に無い輝きは警戒の対象となる。
『……!』
「気付かれたかの」
「え? 誰も身を乗り出していないのに……」
獣はピクリと反応を示し、拙者らの方を見る。
皆は息を潜め、話し声も小さかった。拙者自身、気配を探らせず身を隠す事にも慣れている。だがこれでも気付くか。
野生動物の勘が冴えているのは分かるが、この者はより鋭いようだの。
『…………』
「仕掛けてきたか」
体を震わせ、鱗のような金を飛ばした。
震えによって速度を上げ、さながら刃のように扱う。木々を抉り倒し、地面を巻き上げて視界も狭まる。
かなり知能の高い獣のように御座るな。
「エルミス殿、ブランカ殿、ペトラ殿。一つ提案がある」
「なんですか!?」
「なにか妙案でも?」
「私らに出来る事ならなんでもするぜ!」
全身を覆う金銀財宝。それを飛ばし、刃物や弾丸とする獣。
此れ即ち、
「あの獣、“宝石獣”と呼ぶのはどうであるか?」
「「「……!?」」」
箒に乗り、あらぬ方向へと飛んで行くお三方。
何故か魔力の操作が乱れたの。あの獣の力であろうか。
エルミス殿がフラフラと近寄る。
「キ、キエモンさん……それは今言う必要があるのでしょうか……」
「やはり呼び名が無くてはの。獣だけでは他の者らと区別が付かぬ」
「それは……そうなんですけど……」
エルミス殿と他二人は苦笑を浮かべる。
何か可笑しな事を言っただろうか。対象の名を指し示す言葉が無ければ場に纏まりが付かなくなろうて。
この世界に来て四ヶ月。まだまだ拙者の知らぬ事は多いの。
『………!』
「フム、ツノもあったか。隠れて見えなかった」
瞬間的に迫ってツノと思しき物が振り下ろされ、刀にて受け止める。金属音と共に火花が散った。
いやに角張り、凹凸の目立つツノ。宝石の類いであろうか、かなり頑丈だ。
本気で斬る気は無いにせよ、刃の部分で受け止めたのだが傷一つ入って御座らん。
「ツノはダイヤモンド製ですか。本当に高級な魔物ですね……!」
「ツノの柔軟性を考えれば、本来のダイヤモンドよりも衝撃に強そうですわね」
「鋭利だし、貫かれたら一堪りもないや」
ダイヤモンド。エスパシオ殿が物の例えとしてその様な事を言っておったの。
これがそうか。確かに強靭且つ頑丈。それでいて美しき物よ。
『ヒヒーン!』
「やはり馬か」
猛々しく鳴き、ツノを弾くと同時に反転し、ツノと同じ成分らしき蹄にて蹴り付ける。
刀の腹にてそれを受け止めるが押し出され、近距離から鱗のような金塊が射出された。
「自在よの」
「あのゴツゴツした立派な一本ツノ……ユニコーンの仲間なのかもな」
「あんな物で突かれては私、壊れてしまいますわ……」
「なんだか卑猥に聞こえるんですけど……」
「「……? どの辺りが(ですの)?」」
「なんでもないです」
硬そうな宝石の体。それを自在に操る宝石獣。
エルミス殿は二人の分析の何について不審に思っているので御座ろうか。
兎も角、今回もなるべく殺めぬ方向で進めるつもりだが、この硬さ。意識を奪うのは難儀よの。
『……』
次いで牙にて噛みつき、避けた先へ鋭い爪が迫る。
馬にしては牙や爪が鋭利。そもそも蹄と長く鋭い爪が共にあるのも不思議だ。
こう言った動物と考えるのが一番手っ取り早いかもしれぬ。
「土の精霊よ。その力を解放し、敵を打て! “ランドハンマー”!」
「あらゆる精霊さん。その力を集結し、打撃を与えなさい! “フォースエレメントハンマー”!」
『……』
硬き相手には鎚。定石よの。土からなる鎚と四つの属性からなる打撃が体に打ち付けられ、周囲が揺れて地面が沈んだ。
『ヒヒーン!』
「……っ。そんな……!」
「なんて硬さだよ……! 地形が変わる攻撃だぞ!?」
然れど無傷。ブランカ殿とペトラ殿の魔法を受けても微動だにせぬか。
防御だけなればA級相当だ。
「では拙者が参ろう」
『……!』
そんな頑丈な体。そうであっても何度か打てば衝撃が硬い外殻を伝わるだろう。難儀であっても不可能ではない。
拙者が連続して峰と鞘を叩き付けた先、反撃に転じては蹄やツノが突かれる。この速度なれば避けるのは容易い。……フム、回りくどいの。さっと終わらせるか。それが拙者の鍛練となりうる。
(ちぃとだけ力を込め、伝達させる。敢えて弱い力を使う事でより高める……)
『ヒヒーンッ!』
ただ殴るだけでもいつかは届くだろう。然し、これが戦であるならば事は早くに済まさねば味方へ被害が及ぶ。
即ち、迅速なる対象が必要不可欠。ヴェネレ殿を含め、国の仲間達は拙者が御護り致す。
「終いだ」
『──』
だが、今回は殺生が目的では御座らん。意識を奪うだけであり、鬼神としての力によってそれを遂行させた。
峰にて脳天を打ち、ダイヤモンドとやらのツノを砕いて震わせる。間を置かずに意識を失い、その場に倒れ伏せた。
改めて全体を確認。見れば見る程美しき獣だが、体の硬さは本物。
強固な宝石の鱗、爪、牙。これは持ち帰る事が許されるのなれば、脇差しの刀がもう一本作れるやも知れんな。
「す、すげえ。あの魔物……宝石獣を一撃で……!」
「急にキエモンさんの力が強まりしたわ……一体どれ程の……」
「凄いです! ……けど私、今回は何もしておりませんでした……」
ちゃんと名付けた宝石獣と言ってくれておる。嬉しい事よ。
そしてこの力、目の当たりにすれば多少は感じられるのだろうか。確かに此れを神にも等しき力と看破した者がチラホラおる。我が力ながら不確かな部分が多いの。
おっと、拙者なんぞの事より自信を失い掛けているエルミス殿だ。
「エルミス殿。高々獣の一体、気にする事は御座らん。主はこれまでにも十分な活躍をしておるからの」
「そうそう。何ならまともに仕掛けた私達の攻撃が無傷だし、大した差は無いって!」
「悔しいけれど、そうですわね。全く歯が立ちませんでしたわ」
拙者とペトラ殿、ブランカ殿で励ます。
エルミス殿が気に病む必要は無い。彼女の偉大さは拙者らがよく知っているからの。
「して、受付の。此奴は打ち沈めたが、如何だ?」
「確かに手強い魔物とは思いますけど……あの魔物達を全て押し退ける存在かと言われたら微妙ですね……。キエモンさん方的にはどうお思いで?」
フム、考える事は同じのように御座るな。
釈然とはせぬ。群れを率いるヌシになり得る存在だが、全てを追い出す程の脅威かと問われれば頷けない。
そも、宝石獣の在り方にも少々疑問がある。
「キ、キエモンさん! えーと、宝石獣が……!」
「……。成る程の」
エルミス殿に呼ばれ、そちらを見やる。
体に着いた金銀財宝はそのまま、肉体が溶けるように消失した。
不思議な事もあるものだ……と割り切るのは容易いが、そんな単純な事では無かろう。
「これは一体どういう事でしょうか……」
「単純に考えるのなら、何者かが馬か何か。動物の死体を操り仕掛けていたと言ったところだろう。死体を操る妖の伝承も拙者の国にはある。この国でも例外は無かろう」
「死体を……つまりネクロマンサー辺りの仕業でしょうか……」
「ネクロマンサーは人ではないかしら? けど、どちらにしても不気味ですわね……」
「魔物でも人でも、思ったよりも大変な事になりそうだな」
「そうだの。一先ずは町へ戻り、改めて依頼の程を確認しよう」
なるべく中枢に忍びたいところだが、まだ何の繋がりもない。落ち着いて町で話し合い、それとなく国の内情を探るのが得策かの。
「では、国王の元に案内しましょうか? 国に影が差し込もうとしているのなら、国王様は対策してくれる筈です」
「……!」
受付の女性から思わぬ提案が出た。
国王との面会。それは願ってもない事。だが唐突に国王とはの。段が飛び過ぎた故に驚愕したが、罠などで無いのなら乗るのも一興。
いや、仮にあったとしても情報は得られる。断る理由はエルミス殿らの身の安全くらいだ。
「お三方は?」
「構いません。私も気になりますから!」
「私もですわ!」
「もっちろん、私もなー!」
その懸念となる事については三人も理解しているが、行かぬ理由はないと賛同する。本人らが言うのならそれが良いだろう。
受付の女性は更に綴った。
「では、ご案内致します。この宝石獣は……」
「放って置いても良さそうよの。この金銀に何かしらの念が込められているのかもしれぬ。触らぬ神に祟りなしだ」
「触らぬ神? ……とにかく分かりました。行きましょう。皆様」
念の為、宝石獣は放置。ねくろまんさぁが何かは分からぬが、呪いなどの類いが仕組まれている可能性もある。故に触れる事はせぬ。
拙者らは既に死していた獣を倒し、町へと戻り行くのであった。




