其の玖拾弐 火の国
「あぁ!? やンのかテメェ!?」
「やってやろうじゃねェかよ!!」
「「死ねェ!!」」
二人の男が互いに睨み合い、炎魔法同士がぶつかり、周囲を大きく炎上させた。
「へへっ。そんなに言われちゃ、返さない訳にはいかねェな」
「ハッ、遅ェんだよ。早く戻って来やがれ」
「悪ィな」
二人の男が手を握り、汗水垂らして笑い合う。
「ねえ、ア・ナ・タ♡ 今夜も熱い夜にしましょう♡」
「オイオイ、まだ昼間から夜の事を考えているのかい♡ しょうがない奴だ♡ 今夜もお互いに励み合おうじゃないか♡」
「きゃー♡」
二人の男女が抱き付き合いながらお互いに口付けを交わし、クルクルと回る。
「フム、確かに言っていた通り、情熱的な国よの」
「治安があまりよろしくないような……」
「ああ言う友情って憧れるよなぁ!」
「街中であんなにイチャつかれると何となく無性に腹が立ちますわ……はしたない」
情熱的。それは敵意、友情、愛情。その全てに適用される事柄。
この国の全貌が掴めたの。愉快な国に御座る。
喧嘩している二人を見てはエルミス殿が若干の引きを見せ、拳を握り合う二人を見てはペトラ殿が憧れを抱き、愛し合う二人を見てはブランカ殿が吐き捨てる。
さて、それは良し。今やるべき事は依頼人との面会よの。
「HEY。そこの麗しきお嬢様方♡ この辺りでは見ない顔だね」
「観光にでもやって来たのか? あ゛あ゛!?」
「暇しているのなら、俺達と共に茶でもどーよ? ハハ、楽しもうぜ! 短い人生をな!」
「えぇと……」
「なんですの?」
「うひゃあ、ナンパも三者三様だ」
依頼人を探していると、エルミス殿らが絡まれていた。
フム、珍妙な者達だの。この国の人々の性格は大きく三つに分かれているのやも知れぬ。
「すまぬが、その者らは拙者の連れだ。他国から依頼にて此処に来た」
「「「…………!」」」
一先ず放っては置けぬ。今回は任務だからの。
お三方は拙者の方を見やり、各々で話す。
「君達、こんなのが趣味なの? なんか古臭くてイカしていない人だ」
「んだコイツ。ガキか? スゲェチビだな」
「ハッ、子供相手にそんな態度取るなよ。大人気ないぜ!」
見るからに侮られているの。確かに拙者はこの世界では身長が低く、古臭いと言われても否定は出来ぬが。
然し、嫌味を言っているのは最初の者だけ。他二人は斯様な面持ちでは御座らん。
「キエモンさん……」
「失礼な殿方ですわ。懲らしめてやりなさいまし!」
「やっちゃえキエモンさん!」
「やらぬ。何故こうも好戦的なのだ。まだ何もされていなかろう」
「精神的苦痛を与えられましたわ!」
「後キエモンさんをバカにしたような発言したぜ!」
「そう言われてもの。それと、ペトラ殿の言い分は拙者が言われた事であろう。拙者自身は気にしておらぬよ」
拙者の元へ駆け寄り、エルミス殿らが背後に隠れる。
ただ会話をされただけ。争う理由にはならなかろうて。
「君達ホントにそんなのが良いのかい? この僕、ナーンより?」
「俺様、パースよりも良いらしいな」
「俺、ルーゾより……って、なんでしれっと自己紹介する流れになってんだ? ま、良いけどな!」
お三方の名をナーン、パース、ルーゾ。ウム、カーイ殿らを彷彿とさせる名よの。他意は無い。
然し賑やかな者達だ。そうだ。丁度良い。訊ねてみるとしよう。
「主ら、この辺りでこう言った特徴の者はおらぬか?」
「あ゛? あー、そいつならギルドの関係者だ」
「そうだね。麗しき女性。献身的な精神を持っている。是非ともお近づきになりたいね」
「綺麗な人だけど、その子達が居ながら狙っているのか?」
「違う。さっきも言ったであろう。この国の依頼を受けていての。妖の調査に来ているのだ」
「あやかし? 魔物みたいなものか? アンタら冒険者? そいじゃ、この国のギルドはあっちだぜ」
そう言い、ルーゾ殿が親指にて道を示す。
他の建物と同様に赤い物だが、目立つように思える。確かにあれなれば人も集まるであろう。
「忝ない。然らば御免。では参ろう。お三方」
「はい!」
「分かりましたわ!」
「おう!」
「じゃーなー」
エルミス殿らを連れ、その場を離れる。
ルーゾ殿は手を振って拙者らを見送り、少し離れた所で声がする。
「オイ、行っちまったぞ」
「行ってしまったね」
「あ、つい乗せられた。ちょっと待てよ!」
一先ず何かがあるよりも前に面倒事を起こすのは問題。此処は撒くのが得策だろう。
角を曲がり、視界から消え去る。地の利は向こうにある故、道筋を割り出して早いところギルドに向かおう。
「ギルドの場所は分かった。後は箒で空から行くか」
「そうですね。キエモンさんは?」
「拙者は屋根伝いに行く。ある種、箒での移動より見つかりにくかろう」
「分かりました!」
彼女らは箒を取り出し、置いて座る。もしくは立つ。
拙者は周りを見渡して目立たぬのを確認し、跳躍しつつ壁を蹴って屋根の上に乗った。
そのままギルドに向かい、降り立って建物に入る。
箒での移動は然して珍しく御座らんが、拙者は身体での移動。この世界ではそうそうおらぬからの。それが為に先程は確認し、目立たぬよう注意を払った。空から降り立つだけなれば問題無かろう。
「お待ちしておりました。“シャラン・トリュ・ウェーテ”からお越しのキエモン様御一行。私が依頼人兼ギルドの受付です」
入るや否や、赤毛の女性が頭を下げて拙者らを出迎えた。
成る程。ギルド関係者の時点で大方の予想は付いていたが、やはり受付であったか。
「主がそうであったか。態々受付の者が依頼を出すとは。国では手に終えぬ事態なのか?」
「いえ、そう言う訳ではなく、率直に言えば割に合わず人気がないのです。実力者はおりますが、その分求められる事も多く忙しいので後回しにされ、最終的に行き着いたのが他国へと……と言う経緯です」
「そうであったか」
あくまで調査依頼だが、調査が為に何事もなく終わり、無駄に時間を過ごす事となる可能性もある。
危険だからと言うだけではなく、割に合わない。面倒。そう言った理由で回される事もあるのだろう。
「と言っても決して簡単な難易度ではありません。簡単ならば国の新入り兵士や成り立ての冒険者でも解決出来ます。根源が分からぬだけであり、それによって引き付けられる魔物は何れもB級相当ですから」
「了解した。ではその場への案内を頼めるか?」
「はい。此方です。街の外ですから少し遠いですけど」
「構わぬ」
寧ろ好都合。此処に来るまでは面倒事を避ける為にあまり町中を見れなかったからの。
本題はあくまで町の偵察。妖の淵源は二の次とし、この国に不審な行動が無いかを探るのが目的よ。
女性の案内の元、ギルドの外に出て町中を歩み行く。
「それにしても暑い国ですよね。ここ。いつもこのくらいの温度なんですか?」
「大体はそうですね。国の近くにある“海の島”が温暖な気候のように、ここも温帯なのです」
“シャラン・トリュ・ウェーテ”の隣国。此処は南側と、位置的には西側の“海の島”とも近い。
基本的に暖かい気候の様子。夏日はツラそうだが、夏以外は過ごしやすいかもしれぬな。
「今は季節的に少々暑過ぎるが、冬は丁度良いのやも知れんの」
「ええ。過ごしやすいですよ。その分雨などが少々多いのは玉に瑕ですけど」
雑談をしつつ周りの様子を窺う。こう言ったのは忍の役目だが、拙者も諜報などを請け負った事もある。本職に比べたらまだまだ粗いにせよ、辺りの状況を確認するくらいは出来よう。
人々に動きは無し、聞こえる複数の声に怪しいものもない。個の有する力も気配を凝らせば分かる。騎士団長に匹敵するような気配は御座らんな。
「(やはり城の中へ直接入らねば大きな情報は掴めぬな。町中程度のモノなれば既に国の諜報が集めておる。もうちっと深くに踏み込まねばならぬか)……そろそろ町の外に出るの」
「ええ。目的となる場所はこちらです」
思案しつつ返答し、会話を続ける。
目的地には到達した。通った場所はざっと覚えたが、現時点で得られた物は無し。
然し、我ながら道筋などは早くに覚えられるのだが文字の読み書きは時間が掛かったの。何が違うので御座ろうか。
だが既に終えた事。今は面前のモノに集中しよう。
「フム、確かにあらゆる妖が揃っておるの」
『グルルル……』『ヴゥ……』『ガウッ!』
『フシャア……』『ガァ……』『ヒュオォ』
まだ拙者らには気付いておらぬ妖や物の怪らが前に居る。
互いに警戒しており、敵対している状態。その事からするに誰の使い魔とやらでもなく、野生の獣という事が窺えられた。
以前拙者らが相対した山熊の任務に近いの。気性が荒くなる野生動物達。やはり裏では強大なモノが居るのだろうか。
「一先ず此奴らの気を鎮めるか。このまま此処に居ては道行く人に危害が加えられ、最終的には討伐されてしまう」
「はい!」
「分かりましたわ。なるべく殺生は避ける方向ですわね!」
「殺すだけがクエストじゃないしな!」
獣は本能に忠実。勝てぬと判断すれば大人しくなる。
故に、力を見せ付け物理的に沈めるのが最善策。人や知能のある妖は最期まで抵抗する輩も少なくない。此方の方が幾分扱い易いものよ。
「では、早急に仕留める。主らは拘束を頼む」
「分かりました! ──水の精霊よ。涼やかな冷水で魔物を沈めよ。“水縄散捕”!」
「拘束ですの。仕方ありませんね。──あらゆる精霊よ。私に力をお貸しし、敵を捕らえなさい。“フォースエレメントロープ”!」
「土の精霊。アイツらを足止めしてくれ。“岩縄石糸”!」
エルミス殿らが各々で拘束魔法を放出。瞬く間に絡め、物の怪を捕縛する。
拙者は瞬時に鞘を使い、あれらの意識を奪い去った。
「B級相当の魔物になんという手際の良さ。流石は“シャラン・トリュ・ウェーテ”の騎士達ですね」
「エルミス殿らの魔法は一流だからの」
「いえ、キエモンさんが的確に仕留めたのですよ」
「フフ、お互いのお陰ですわ!」
「だな!」
拍手をし、受付の女性は心から称賛する。
拙者らにとって悪い気はせぬが、あくまでこれらは表面上の存在。拙者は気配を探る。
「フム、この先の森。その奥にちと強い気配があるの。しかも一つではないと来た。早速向かうが、主はどうする?」
「見届けます。私もある程度は戦えるので足手纏いになるつもりはありません」
「そうか。行くなら来い。だが、依頼人を護るのも拙者ら騎士の努め。そう気負うでない」
「お優しいですね。キエモン様」
複数感じる強き気配。今の獣達がC級上位からB級下位程の力と惟れば、奥に居るはB級中位から上位。最奥にはより強き気配も感じる。
調査の任務。これはまた新人が受ける難易度では無さそうよの。
改めて気を引き締め、拙者らは森の方へと向かった。




