其の捌拾捌 シャラン・トリュ・ウェーテの乱・終結
──“王室”。
「……」
「……」
れっど……レッドカーペットの敷き詰められた王室にてエスパシオ殿の空間から脱し、彼を背に抱える。
全身の骨は折れておる。エルミス殿の現在地は……すぐ下側に御座ろう。
「ヴェネレ殿。すまぬ。主の城、少しばかり破壊させて頂く」
此処にはおらぬヴェネレ殿へと謝罪を申し、その場の床を刀にて切り抜く。
瓦礫と共に落下し、目の前には侯爵が御座った。
「む? 主は……」
「ヒィ!? やられたのか!? エスパシオ!? 使えぬ奴だ!」
「……」
拙者を前にするや否や、エスパシオ殿へと雑言を吐き捨てる。
さて、大人気無いが少々苛立った。刀を抜き、剣尖を頬に掠める。
「エスパシオ殿を愚弄するでない。使えぬと言うならばあの時間を掛け、此処までしか到達しておらぬ主で御座ろう」
「痛……ッ! や、やかましい! ワタクシは選ばれし者だぞ! この世がワタクシの思い通りに動くのは当然の事だ!」
「何とも醜い。誠に斯様な者が他の騎士を救った事があるのだろうか。人助けをするようには到底思えぬな」
「騎士? ハッ、くだらん。ワタクシの為に死んでくれる都合の良い手駒が増えるなら一芝居くらい打つわ!」
「……。そうか。まさしく猿芝居だったと言う訳だ」
それについて他の者達に教えるのは止めておこう。失望すれば侯爵も救われた騎士達も報われぬ。
然し頬から血を流してもこの様に威勢を張れるのは大したものよ。
だが拙者としても此奴に構っている暇は御座らんな。
「あ、キエモンっち! エスピー倒したんだね! 流石!」
「ウム、見事だ。キエモンよ」
「フォティア殿にファベル殿。そうか、直ぐ下に御座ったな」
思案しているとお二方がお見えになった。後ろに副団長らが倒れている事からするに此方も見事勝利を収めたので御座ろう。
流石のお二人。では事のついでに頼むとしよう。
「お二人はその侯爵を。拙者はエルミス殿を探し、エスパシオ殿の治療を優先する」
「オッケー」
「ああ、分かった」
「くっ……!」
「「あ、逃げた」」
任せようと思ったが、会話の最中に駆け出し、そのまま箒に乗って逃げ出した。
少々油断していた……いや、エスパシオ殿との立ち合いにより、拙者は精神的に磨り減って疲弊したので御座ろう。
フォティア殿とファベル殿も同じく、副団長を相手にした事によって疲れが見えている。
「では任せた」
「もち!」「ああ」
だが、疲れがあっても追えぬ速さでは御座らん。
変わらずお二人にお任せし、拙者はエルミス殿の捜索に当たる。と言っても行く方向はフォティア殿らと同じであるがの。
「逃がさないよ! 今までお世話になりました! 侯爵さん! もうセクハラはしないでね! “スモールファイア”!」
「熱っ……! クソォ!」
いつもと違う経を読み、小さき火球を放っては侯爵を燃え上がらせた。
せくはらという単語と共に炎上する侯爵。フム、何かしらの因果を感じるの。
箒を曲げ、城の硝子を割って侯爵は外へと飛び出す。
「ひとまず水に……!」
「あれは……侯爵……!」
「ふぅん? では、やってしまいますわね」
「アハハ……お手柔らかに……」
そこに居るは二階付近の外にて外部と内部を制圧するペトラ殿、ブランカ殿、エルミス殿。
都合が良いの。お目当ての者が御座った。
「では、拙者も助太刀致そう」
「んなっ……魔力も無い一騎士がワタクシに……!?」
窓枠に足を掛け、エスパシオ殿が落ちぬように気を付ける。そのまま踏み出し、さながら水釜から飛び出す蜂の如く剣尖にて突いた。
「アガァ!?」
鼻先を貫き、出血箇所を抑えて落下。堀へと落ち、消火させてまた浮上した。
あの体格でこうも巧みに箒を操れるとはの。許容重量はそれなりらしい。
「取り敢えず逃げなくては……!」
「“落石”」
「……!?」
ファベル殿が魔力にて臼のような岩を作り出し、降下。侯爵は箒ごと押し潰され、橋へと落ちた。
多少の骨折はあるかもしれぬが、そこまで大きな岩でも御座らんな。
「くっ……まだ……だ……ワタクシは……逃げねば……!」
「少し軽くし過ぎたか」
折れておらぬ片腕で杖を握り、ファベル殿の岩を消す。そのまま起き上がり、フラ付きながらも駆け出した。
「ふうん? 取り敢えず捕まえれば良さそうだな。あそこに居るの、キエモンさん達だ」
「つまり、残り一人の騎士団長にも勝利したと見て良さそうですわね」
「流石はキエモンさんです!」
二階付近に居たお三方は下方へと降り行き、侯爵の後を追う。
そのまま降下しながら魔力を込め、杖を振るった。
「メチャクチャ簡易的な魔法で良さそうだ。“サンドフィールド”!」
「その様ですね。“シャローウォーター”!」
「搦め手ですわね! “泥の敷物”!」
ペトラ殿が橋を砂で覆い、エルミス殿が浅瀬にて柔らげる。そこをブランカ殿が泥にて敷き詰め、侯爵の足を取る。
さながら牛や馬のふ……いや、女子らにそれは品がないの。聡明な罠と表しておこう。
「くっ……ワタクシの足が……!」
「今度は少し重さを加えるか。“落石”!」
「うぐぁ……! そんな……この……ワタクシ……が……」
今度は大岩を落とし、侯爵を完全に捕らえる。そのまま意識を奪い取った。
これにて敵将の捕獲は完了。後は残りの騎士達を片付けるとしよう。
「侯爵様がやられた……!」
「くっ……!」
「やった! これで内乱は終わりだ!」
「さあ、降伏しろ!」
互の騎士団員数はほぼ同じ。だが拙者らには拙者を含め、ファベル殿にフォティア殿らが居る。戦力差は明白だろう。
間を置かずに敵の騎士達は捕らえ終え、此れにて内乱は終結した。
*****
「やれやれ……我の完敗か。で、我は拘束しなくて良いのかい? 傷も完治させちゃって」
「構わぬ。暴れようものならこの場でまた打ち仕留めるだけよ。エルミス殿も居るしの」
「そうだね。凄い回復魔法だ」
「アハハ……それ程でも……」
エスパシオ殿の治療も終え、拘束はせずにそのまま。既に合戦は終わったのでリュゼ殿の拘束も解いている。
然し、エスパシオ殿は目覚めるのも早いの。未だにリュゼ殿は起きぬが、彼は既に軽口も叩けるようになっておる。エルミス殿の回復術が優れているのはそうだが、それはそれとして大したものだ。
とは言え、既に戦意なども無い様子。本題は此方よ。
「くっ……このワタクシを拘束して、ただで済むと思うなよ……! 死刑にしてやる!」
「刑罰を与える者も居なかろう。そして民達は主がいつ王位から落ちたのか知らぬ。これからはヴェネレ殿の国となるのだ」
「クソッ……!」
リュゼ殿やエスパシオ殿と違い、元より傷も浅い侯爵。既に騎士達は皆引き下がっており、民達に戦を悟られぬ為王室へと運んでいる。
よくもまあ、これ程までに吠える。気概だけは一人前よの。
「もうすぐヴェネレ様も来る。アナタの時代は終わったのだ。侯爵殿」
「……っ」
「まさに三日天下よの」
「一週間くらいは王座に付いたわ……!」
ファベル殿が話、歯噛みする侯爵へ拙者が表す。
それについて指摘されてしまったの。これまた失敬。
「──ファベルさん、エスパシオさん。リュゼさん……はまだ起きてませんね。お二方、今しがたフォティアさんがヴェネレ様を連れ、戻って参りました」
「そうか」
「ご苦労様。さて、我も謝罪をちゃんとしなきゃね。筋を通さなきゃ騎士団長は名乗れない」
一人の騎士が報告に参り、ヴェネレ殿が其の姿をお見せした。
今回拙者は護衛に付かなんだ。必要も無いと判断したのと、念の為にエスパシオ殿を見張っていたからの。無事到着して何よりだ。
「侯爵さん……」
「おやおや……これはこれは……転落した王女、シュトラール=ヴェネレ様では御座いませんか。王の死に目にも現れず、よくもまあノコノコと現れられたものですよ」
「……っ」
主君の死に目に会えなかったのは事実。加え、それはヴェネレ殿自身も悔いておる。
フム、侯爵の舌くらいは切り取っていた方が良かったかもしれぬの。
「侯爵。ヴェネレ様は“月の国”の手掛かりを集める為に……!」
「そーよそーよ。しかも時間魔法で時の経過が分からなかったんだからね? もう既に堕ちた身のアンタがとやかく言わないで!」
同行したマルテ殿とフォティア殿がヴェネレ殿の擁護に入り、拙者にエルミス殿。そしてファベル殿らのようにヴェネレ殿と親しき者達も動こうとしたが、本人がそれを制した。
「ううん。大丈夫。ありがと、みんな。侯爵の言ってる事は事実だから良いの。死に目に会えず、王位を継承していないのも本当……だからこそ、私は覚悟を決めてここに来たの……!」
凛とした面持ちで告げ、拙者らを下げて拘束された侯爵へ視線を下ろす。
そのまましゃがみ、真っ直ぐに見つめて言葉を発した。
「この国は、今後私が背負って行きます。未来永劫、何十年にも栄えさせる為、その意思表示を明日、国民達に話します!」
「……。フン、くだらん。実にくだらん。家畜のエサとなる残飯にも等しき文言だ。所詮は王位に縋りたいだけの卑しき王女よ……この国は間違いなく、ワタクシが支えた方が──!」
──その刹那、何処からか魔力が飛び、侯爵諸ともヴェネレ殿へと放たれた。
「ヴェネレ殿!」
「……!」
「カハッ……!」
窓が突き破られ、拙者はヴェネレ殿へと抱き付くように抑える。
何とか掠り傷も与えず、ヴェネレ殿を御護りする事が出来た。然しそれは侯爵を貫き、最期の言葉すら叶わず絶命させる。
「外からだ! すぐに警戒を高め、臨戦態勢に入れ!」
「指示の前に皆を守るのが先決だよ。ファベル君。“水陣防壁”!」
ファベル殿が指示を出し、エスパシオ殿が城全体を水魔法にて覆った。
お互いに迅速な対応。流石のお二方に御座る。
「侯爵……」
「無駄だ。ヴェネレ殿。心臓を一突き。即死よ」
「……っ」
ヴェネレ殿は御護りしたが、侯爵を護る事は叶わなかった。
死んでも構わぬとは思っていたが、生きて捕らえられたならそれに越した事は御座らん。
やはり戦闘による疲労の回復をエルミス殿へと頼むべきで御座ったな。後少し遅れていればヴェネレ殿すら護れず、後少し速ければお二人を護れたと言うに。
「敵は?」
「すぐに姿を消した。おそらく空間転移の類いの魔法を使えるかもね。同じ空間使いとして、なんだろうね。残った気配……残魔? を感じられる」
撃ち、仕留めた後に直ぐ様離脱。
しっかりと暗殺射撃の鍛練を積んだ者のように御座るな。
おそらく隣国の者。いつの間に窺っていたので御座ろうか。これまた疲労により判断が付かなかった。
そんなもの、言い訳にしかならぬの。人が死んだのだ。疲れていたので助けられなかったでは済まぬ。
「侯爵。互いに腹を割って話せば、主とも何れは分かり合えると思っていたので御座るがな」
瞼に手を翳し、そのまま閉じさせる。
野心はあり、口も悪かったが、知略家として嘗ての主君に貢献もしていたので御座ろう。芝居だったとは言え、救われた騎士も何人かおる。
国内での乱戦。それにより、負傷者多数。死傷者は主犯の侯爵を含めて数人。
これも戦。誰一人死なずして終わらせられるなど毛頭無い。
他国の暗殺による侯爵の死を以てして、“シャラン・トリュ・ウェーテ”の乱は終幕となるので御座った。




