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其の捌拾陸 空間魔法

「“空間掌握・槍”!」

「……」


 告げ、鋭利な空間が突き刺さる。即座に斬り捨て、再生するよりも前に足場として踏み込み、エスパシオ殿へと鞘を打ち付けた。

 それを彼は周囲の空間で弾くように防ぎ、空中の拙者へと更なる攻撃を仕掛ける。


「“空間掌握・刃”!」

「……」


 周囲が歪み、刃のような形となって迫り来る。

 刀を振るってそれを斬り伏せ、霧のようになって消え去った。


「……」

「“空間掌握・弾”!」


 着地した瞬間に霧となった空間が全て弾丸と化して降り注ぐ。まさしく弾幕の雨霰。

 隙間が無い事もないが、その幅は一厘いちりん(※0.3㎜)にも満たぬ。流石に全てを避ける事は出来ぬ故、刀にて弾くように斬り防ぐ。

 弾は周囲へと留まった。


「“閉”!」

「……!」


 瞬時にそれらが閉じるように拙者の元へと吸い寄せられる。

 一つ一つが火縄銃の弾丸以上なのは明白。これまた面倒であるな。


「……」

「へえ……見事な剣裁きだ」


 跳躍し、幾つかを刀で逸らし互いを衝突させて相殺。

 空間ではあるので相殺したところで一つに戻るだけだが、細かいモノよりは避け易かろう。


「さあ、次は動きにくいステージだ。──水の精霊よ。その力を世界に顕現させ、空間を沈めよ。“空間水没”!」


「……」


 杖から水を作り出し、巨大な球体として拙者の体を封じ込めた。

 呼吸は出来ず、動きも鈍くなる。確かにこれではまばらな空間弾を避け切れぬかもしれぬの。


「……」

「あらら。ゲームを楽しもうよ」


 無論、両断して抜け出せば問題無い。

 エスパシオ殿はげぇむ。即ち遊戯を楽しみたいようだがその様な事に付き合う筋合いも無い。


「…………」

「そして間髪入れずに仕掛ける。本当に真面目だね」


 水球を切り裂き、大波が周囲を飲み込むと同時に踏み込んで前進。峰にてエスパシオ殿の顎を打ち上げた。

 だが反応は出来ている。仰け反るようにそれを避け、箒で距離を取って杖を差し向ける。


「“空間圧縮”!」

「…………」


 次いで放たれるは両脇から迫り来る空間の巨壁。

 圧縮。とどのつまり空間が押し寄せ、収束しているという事。

 普通ならば質量のある空間に押し潰され、最悪の場合絶命するが、やる事は今までと同じ。ただ斬るのみ。


「ふうん、空間による攻撃は全て斬り防がれるね。いや、どんな攻撃も防がれそうだ。空間が斬れる時点で全ての魔法が意味を成さなくなる」


「……」


 怒濤の攻撃が止み、これを好機と判断して空間の欠片を踏み越え、宙を舞うエスパシオ殿へと向かう。

 狙いは肩辺り。そこへ刺突を繰り出すが、かわされてしまう。

 相変わらず飛べぬのは不便だの。今までは相手も狙いを定める為かそんなに高所には留まっておらず、力量次第では跳躍にも反応も出来ぬので何とかなっていた。が、今は動きに対応出来る強者つわもの。つまり拙者は空を飛べぬだけでかなり不利で御座る。


「やるだけやるしかないか。ちゃんと最強を見せなくちゃ名折れだ。速射魔法も拘束魔法も全方位もダメなら、次はこれかな」


 何かを言い、また杖を構えた。


「──火と水の精霊よ。二つが合わさり、爆ぜろ。“スチームエクスプロージョン”!」


「……!」


 そして巻き起こる大爆発。

 拙者を中心として高熱と水の衝突。そこから力が発散され、衝撃波が辺りを揺らした。

 考えたの。空間等は操っている箇所が見える故に防げるが、発動すると同時に力が放出されて周りの全てを飲み込む爆発はそうもいかぬ。


「……」


「ま、爆風より速く動けたり全てのエネルギーも斬れる君が相手だと影響も少なかったかな。少し遅れたのか、ちょっと服が焦げただけだ」


 爆発を抜け、その頬を峰にて叩き付けた。

 然しまた弾かれる。押す事は出来たのだがな。

 フム、どうやら常に薄い水の膜を体に纏い、衝撃を緩和しているようだの。

 軽口は叩けど油断はしておらぬエスパシオ殿。だからこそ早くに侯爵を引き下げた。

 油断や慢心せぬ強者が何より面倒よの。なればこうか。


「……」

「……っ。躊躇無いね……!」


 刃を向け、片腕か片足。切り落としても死ににくい場所を狙う。

 足は意外と血が流れ、腕も手首は出血が多くなる。なのでまだ出血量が少ない箇所を狙うのだ。殺害はあくまで最終手段だからの。


「…………」

「返答の無い君は、攻撃を受ける側からしたら恐怖その物だよ……」


 縦、横、斜面に下段。腕や足を狙い、刀を振るう。

 それらも避けられるが、拙者自身が本領を発揮出来ておらぬのは犇々(ひしひし)と感じるの。敢えてそれを狙っての空中待機。弱点をしかと把握しておる様子。

 この空間に物が少ないのも拙者の有利に運ばせぬ為だったのだと気付いた。傍から見れば対等で間違いないが、当人からすればそうでもない。

 だが不利な状況下での立ち合いも少なくはなかった。なるべく正々堂々で戦いたいが命を奪うか奪われるかの殺し合い。

 エスパシオ殿はせぬ事だが、仮に敵が非戦闘員や女子供を人質に取ったとしても卑怯とは言えない。城を落とす為に民を問わず皆殺し寸前にまで追い込んだ事例もある。戦とはそう言うものなのだからの。


「…………」

「……更に速くなった?」


 さてもこれから、余計な思考は消し去り、敵を討つまでより集中を高めるとしよう。

 悠長な事はやっておられぬ。


「成る程ね。本気モードか。疲労が多くなる全力ではないにせよ、鋭く速く強い。より手強くなった」


「…………」


 空間を歪め、全方位から伸び来る。それらを見切ってかわし、斬り伏せて攻め立てる。

 空間による攻撃。それは数少ない足場となる。踏み越え、空中で更に加速して鳩尾みぞおちへ鞘を突き立てた。


「……っ。カハッ……! 空間を操ったのが仇になったか。足場を与えてしまったよ……!」


「…………」


 相変わらず体を覆っており、鞘などのような打撃は効かぬか。

 流石に胸元を刀で貫けば死する。エスパシオ殿にはヴェネレ殿の役に立って貰う必要があるからの。殺めるのはなるべく避けたい。


「まずは彼の速さに追い付かなくちゃならないね」

「……」


 空間を操作し、目の前から消え去る。即座に気配を探り、後方へと刀を振るった。


「っと、空間操作による瞬間移動もすぐに見切るのか。けど、翻弄する事は出来る」


「……」


 また視界から消え、あらぬ方向に姿を見せる。そこから再び眩まし、別方向に出現。

 何を企んでいるのかは分からぬがその行為を繰り返し、残像によって複数人のエスパシオ殿が居るという錯覚を作り出した。


「ハハハハハ! これで我に狙いを定める事は出来まい! 翻弄し、安全圏からただひたすらに仕掛けるよ!」


 出現と共に射出。さながら槌の如き空間が全方位から打ち出された。

 拙者に降り掛かるそれらは避け、エスパシオ殿を探る。この空間を脱出するのは容易いが、それをすれば外側の城や町に被害が及ぶ可能性が高まる。

 故にこの場で打ち仕留めるべきで御座ろうな。


「そこか」

「……ッ!?」


 空間の歪みとエスパシオの姿を確認。一ヶ所に狙いを定め、その肩を剣尖にて貫いた。

 驚きの様を表に出しておるの。見切られたのだから当然か。


「……っ。これでもダメか……!」

「動きに前兆があるからの」

「そうかい!」


 行動を見切るのは容易い。何事にも意思があれば読む事が出来る。侍の立ち合いとはそう言うモノに御座る。

 エスパシオ殿は侍にあらず。れど本筋は変わらぬ。


「だったら我自身の力を向上させる……!」

「……」


 己の周りにある空間を操り、速度を上昇させた。

 今現在の時点では雷を纏ったリュゼ殿よりも遅いが、徐々にその速度を高めて行く。体を慣らしているのだろう。まだまだ見切れぬ速さでは御座らん。


「少しのダメージは覚悟しなきゃね。流石に腕や足を切り落とされるのは困るけど」


 まだ仕掛けては来ぬ。問題無いと判断するまで慣らし、速度を高めているようだ。

 然し相変わらずこの世界の者達は話が好きよの。己の状態を冷静に分析するは良いが、無言の方が相手に悟られず事を有利に運べるものを。


「上昇幅は1から∞。さあ、追い付けるかな!」

「……」


 夢幻とな。夢見心地なのであろうか。

 それとも速度が際限無く高まり続けるのか……フム、どちらにしても拙者が追い付けるうちに斬るべきだな。


「……ッ! 悠長には待ってくれないか……! 結構深く肉をいかれたね!」

「……」


 刀にて足元を斬る。

 速いのならばそれを奪えば良いだけ。だが肉を抉る程度で完全に持っていく事は出来なかったの。

 然し速度は落ちた。空間を操って全身を活性化させているようだが、そうであっても傷は痛むようだ。


「…………」

「成る程……これでもダメか……」


 そして、奴の片腕を切り落とす。

 中々の速さとなっておられる。故に思ったよりも勢いよくエスパシオ殿の腕が吹き飛び、鮮血が空中に舞う。

 加速が止まり、エスパシオ殿は片腕を抑えながら膝を着いた。その首元に剣尖を突き付ける。


「勝負あったな。さて、降伏して貰おう。殺生は避けたい。主の存在は国にとって重要よ」


「……。そうだね。このままやったら我の敗北が決まり、最強の名を返上しなくてはいけなくなる。君が圧倒的過ぎてまだ最強たる所以ゆえんを見せられていないんだけどね」


 おそらく勝負は決した。拙者の主観ではなく、傍から見てもそれは明白。

 然し、エスパシオ殿は足元の空間を操り、浮き上がって言葉をつづった。


「けど、このまましてやられるのは癪だからね! もう少し付き合って貰うよ!」


「フム、血は止めたか」


 空間を覆って出血を止め、水の回復術にて回復を図る。疲労も痛みも顕在の筈だが、その気力は凄まじいものよ。

 戦で腕や足を失った武士達も知っておる。それと同じに御座ろう。


「──水の精霊よ。その姿を現し、我に大水の力を授ける。世界を沈める水の化身──“ウンディーネ”!」


 水が渦巻き、その水が形を作る。

 徐々に女性のような姿となり、水飛沫のように長髪が揺れ、虹と共に水を散らして現れた。


「“うんでゐね”とな。リュゼ殿のシルフと同じような存在で御座るか」


「そうだね。ニュアンスが少し違うけど……と言うか、シルフを知っているという事はシルフ在りきのリュゼ君を倒したという事か。最初からウンディーネ無しでは厳しい戦いだったみたいだね」

『………』

「ハハハ、悪い悪い。ウンディーネ。我一人で何とかなるって思ってたんだ」


 またもや違うニュアンスとな。ウム、うん……ウン……ウンディーネ。これで良し。

 リュゼ殿のシルフの水版という事か。また難敵が生まれたの。エスパシオ殿は何やら小突かれているが。


「さあ、始めようか。ここからが我の本気ぞ。最強の名はまだまだ返上するつもりはない!」


「そうか」


 姿を見せたウンディーネ。拙者は刀を構え、臨戦態勢に戻る。

 早くに倒し、侯爵の後を追いたいところよ。

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