其の捌拾伍 最強ノ騎士団長
「では、世界でも有数の大国、“シャラン・トリュ・ウェーテ”の最強を謳う主の実力。しかと拝見してしんぜよう」
「苦しゅうない。さあ、来てみてくれ。キエモン君」
拙者が刀を構え、エスパシオ殿は杖を握る。侯爵はその後ろにて隠れているの。最強を盾にするのは当然の在り方か。
さて、拝見するとは申したが一分の隙も御座らん。暫し様子見をしたいが、刀を抜いた手前下がるに下がれぬ。
仕方無い。何も考えずに確かめてみるとしよう。
「いざ参る!」
「……!」
踏み込み、眼前に迫り峰をエスパシオ殿へと振り下ろす。
彼は杖にてそれを受け止め、周囲に衝撃を散らした。
フム、流石の実力。今までは正面から受け止めた者はおらんかったからの。拙者の知る範囲でそれを可能とするは月からの何人かとファベル殿くらい。大したものよ。
「フ、ファファファ……。この調子なら問題無さそうだ。ワタクシはゆっくりと高みの見物でも──」
「侯爵……じゃなくて、侯爵様。そんな悠長な事をほざく暇があればさっさと逃げてください。キエモン君を相手にする以上、貴方の存在は邪魔以外の何者でも御座いません」
「な……ワタクシにその様な口を……!」
「すみませんね。しかし理解して貰いたい。彼と戦う為には、貴方へ敬意を払っている暇なんか無いんですから」
「……っ」
先程までの柔らかな物腰から打って変わり、少し口が悪くなる。
人間味に溢れているの。何も考えずに振り下ろした刀であるが、そこから色々と把握したようだ。
「ま、負けたら承知せんぞ!」
「それは分かりませんね。我も“シャラン・トリュ・ウェーテ”では最強なだけで、世界的に見たらどれくらいの位置にいるか不明ですから。ベスト5には入っているとして、残りに誰が来るかは分かりませんよ。世界は広いですから」
侯爵が捨て台詞のような言葉を吐き、今しがた拙者の入ってきた扉の方へと向かう。
先ずはそれの阻止が第一に御座るな。野心に溢れた者。己の手で謀反を起こす程に。
ヴェネレ殿に仇成す不届き者。率直に言えば、奴は死んでも構わぬ。
「その首、貰い受ける」
「な……!?」
「速いね……魔法無しでこの速度か……」
侯爵の首元へと刀を突き付けた矢先、腕が引っ張られて方向転換。剣尖が杖に防がれた。
さて、如何様な方法で刀を引き寄せたので御座ろうか。
試しに鞘にて杖を抑え、侯爵へ狙いを付けて刀を放り投げた。
「“空間圧縮”……!」
「フム、成る程の。空間を歪め、距離を無くしたのか。また奇っ怪な妖術を扱う者よ。いや、これも魔法であるの」
「まさか我の秘策がこんなにも早く明かされる結果になるなんてね。キエモン君こそかなり狡猾じゃないかい?」
「拙者、場数は踏んでいる故」
エスパシオ殿の呪文と共に刀が戻り、引き寄せられた刃は手を触れず鞘に納める。
即座に弾き、互いに距離を取った。その攻防の隙に侯爵はまんまと逃げ仰せる。
下にはファベル殿らと仲間達もおる。捕らえられるのは時間の問題に御座ろう。
「やれやれ。誰よりも先にここに到達した時点で大凡の事は分かっていたけど、君はとても強い。リュゼ君の姿が見えないけど、君が倒したのかい? 生きてる?」
「生きてはおられる。その辺りに拘束し、自由では御座らんがな」
「それだけ分かれば十分だ。本来の戦争じゃ、姿を見せない時点で生きていない可能性の方が高いからね。生きてるならそれで良い」
「そうよの。今回は所詮ただの内輪揉め。それで無駄に命を奪う方が滑稽で御座ろう」
「同意するけど、君も既に何人かは殺しているよね? 一昨日くらいにさ」
「無論、理解している。故に勝手にそれらの怨念も背負い、此処に立っている次第よ」
「成る程。強いね。心身共に」
エスパシオ殿とはこの様な形でなければ気が合う相手かもの。戦争を知り、人の在り方を知っている。
そして命を奪うという行為に対し、必要とあらば躊躇いはない。拙者と同類のような者。いつか共に酒でも飲みたいものだ。
「その強さ、君とは全力で戦ってみたいね。キエモン君。──時空の精霊よ。その力を世界に与え、顕現せよ。“創造空間”」
「……!」
瞬間、世界が塗り変わった。
さながら墨にて塗られたかの如く。色が変わり、王室に居た筈の拙者らは青い場所に立っていた。
「……。此処は?」
「見ての通り、我の空間さ。君はなるべくお城を破壊しないように立ち回っている。我も同等。一応住居だからね。壊したくないのも同じさ。だからこそいくら暴れても問題無い空間を形成した」
空間の圧縮。及び空間の創造。それがエスパシオ殿の魔法。
世界その物を塗り替えられる時点で程度の高さが窺える。だがまあ、やれぬ事も無かろうて。
「さあやろう。高次元の戦いを──」
「…………」
「っと、いきなりか」
告げられたと同時に迫り行き、峰を掠める。反応が追い付いたか。流石よの。
だが、今度は受けた訳ではなく避けた。即ち杖を使用するという事。何とかして阻止したい所よ。
「……」
「っと、畳み掛けるね」
避けられた場所へ鞘を差し込み、それは杖にていなされる。
どんな形であれ杖を使わせたので魔力を込めるのにもまた少し時間が掛かるだろう。一秒程だがの。
これ程の相手となればいつでも放てるのと一秒掛かる差は大きなもの。十分よ。
「……」
「……っ」
脇下へと峰を打ち付け、その体を弾き飛ばす。ただの魔力で防ぎ、直撃は避けられたの。
その距離を詰め寄り、立て続けに刀を振るう。左右、斜辺、あらゆる角度から攻め立てるが飛び退き、見切り、紙一重で躱す。しかと目視していなしている様子。やはり今までの敵とは違うの。
「…………」
「2本の得物……うん、避けにくいな」
初めから二本体制。それをより巧みに扱う。
刀を突き、わざと避けられる。即座に鞘を振るい、避けた先を叩く。エスパシオ殿はそれも杖にて防ぎ、箒に立って空中へと移動した。
「初めから君の領域で戦う必要は無かったね。我慢心し過ぎた」
「やはり人称と言葉遣いがしっくり来ぬの。ファベル殿の方が合ってるぞ」
「それはそうだね。よく言われる。一人称なんて生まれつきなのに酷いよね。いや、生まれつきは言葉すら話せないか。仮に言語を知っていても舌の筋肉が発達していないからね。人称は環境だった」
瞬時に空中のエスパシオ殿へと迫り、回転を加えて斬り付ける。峰と鞘であるが。
それは更なる上昇と共に避けられるが、少し体勢が崩れた。
「2本の得物による風圧……あんな細い武器で風魔法にも匹敵するモノを……生身を鍛えただけであそこまでなるかな普通」
拙者が着地するまで少々時間が掛かる。その隙に魔力を込め終え、杖を構えた。
「我は空間魔法が得意だ。けれど、元々は水魔法が一番の得意魔法だったのさ。“ウォーターアロー”」
「……」
経は無く、呪文のみ。リュゼ殿と似たような戦い方も出来るのか。
完全なる無詠唱のミル殿よりは猶予もあるが、それにしても早いの。
無数の雨が大地を穿つ勢いで降り注ぎ、青い空間を揺らす。地上や城内で放っていれば無数の矢のうちの一本ですら城が更地となっていたの。
騎士団長は一撃一撃で地形を変えられるのが厄介だの。
「因みにだけど、この空間の材質は石にも近い。それよりかは遥かに頑丈だけどね。広さは……測った事が無いから分からないな。つまり今砕いた塊はそのまま我の武器にもなるのさ」
「…………」
そう告げ、空間の欠片を操り拙者の方へと飛ばした。
中々の質量に速度。生身で受けてはただでは済まんの。いや、甲冑を着ていても押し潰されたら終いじゃ。
それらを潜り抜け、振り掛かる物は斬り伏せ、エスパシオ殿と距離を詰める。
「君の前じゃあまり意味を成さなかったかな? それならこれだよ。“空間掌握”!」
「……」
駆け抜ける青い空間が大きく歪む。平衡感覚が乱れ、走りにくいの。目眩のような感覚に陥る。
瞬刻、空間が伸びて拙者の体を打ち抜いた。
「……これは……」
「空間掌握は文字通り空間の形を操るのさ。粘土遊びに近いかな? 我の創った空間のみならず、空間なら全てに適用される。ここは何もないからやれる事も限られているけど、場所が場所なら海の水や火山のマグマ、森の木々とか操れるんだ」
「丁寧に説明してくれるモノよの」
「ああ。聞いたところで対策のしようが無いからね。魔法使い。何なら騎士団長クラスですら時空間を操るのは至難の技……魔力の無い君じゃ空間魔法には対処のしようがない」
「フム、成る程の」
空間。よくは分からぬ存在。今現在の拙者が居る場所は間違いなく空間であるが、そうであっても存在を認識する事は出来ない。
如何様なモノかは知らぬが取り敢えず返事だけはしておいた。
然し、拙者から余裕が無くなっているのか戦闘に必要の無い言葉に返答してしまっている。
……もうちっと集中せねば勝てるかどうか分からぬ。勝たねばならぬこの戦。改めて集中しようぞ。
「すまぬが、此処からは極力会話の頻度を減らす。主を打ち倒し、ヴェネレ殿の国を取り戻さねばならぬ故」
「そうか。家臣の鑑だね。そしてそれを報告する生真面目さ。ヴェネレ様も君が居れば安泰だ。そう、居続ける事が出来ればね」
空間が歪み、さながら巨腕の如く打ち付けられる。
変幻自在の尺寸可変可能。伸縮を繰り返し、上下左右。目に映る箇所から映らぬ場所まで空間全てが敵となる。高度な力なのであろう。
だが、拙者の役目が終わるその日までヴェネレ殿の側から離れる訳にはいかぬ。物理的なものではなく、心の拠り所として。
此処で抑えられている暇など微塵も御座らん。
「空間だろうと何だろうと知った事ではない。拙者はただ斬るのみ……!」
刀を振り下ろし、攻め来る空間を断つ。
断たれた空間は逸り、別方向へと向かって消失した。
「……! 空間を……単なる剣で? 纏った力……魔力とも違う、なんだあれは?」
試してみたら実行出来たの。やはり何事も己が試みから始まる。
魔力は無くとも魔力とも筋力とも似付かぬ得体の知れぬ力が拙者には宿っている。鬼神としてのこの力なれば概念など容易く斬れよう。
「…………」
「本当に話さなくなったね。無言で仕掛けてくるみたいだ。不思議な力でね」
斬った傍から空間は再生し、自在に伸びて嗾ける。それら全てを斬り伏せ、エスパシオ殿へも峰と鞘を打つ。
元よりこの場所全てがエスパシオ殿の操術領域。幾ら斬ろうと断とうと当人を抑えねば変わらず生えるので御座ろう。
「射程距離はそんなにないね。だからと言って離れれば安心という訳でも無いか」
空間を形取り、巨大な山を形成。それを落石の如く落とし、拙者は一刀両断した。
どうやらエスパシオ殿は拙者の力を見定めているように御座るな。無闇には仕掛けぬ心意気。やはり手慣れておる。
「数千メートルくらいの山なら簡単に両断。ちょっとした範囲魔法より遥かに大きい。それなのに斬撃を飛ばしたりしないという事は、何かしらの形で触れている事が条件? いや、分からないね。キエモン君は我を殺そうとはしていない。だから斬撃を飛ばしたりしていない可能性の方が高い」
上空……いや、空など御座らん。果たしてそう表現するのは正しいのか分からぬが、高所から箒に乗ってブツブツと独り言を呟きながら思案している面持ち。
その間にも構わず空間を操作して仕掛けて来るところが抜け目無いの。広範囲の為、己の思考に集中しながらであっても狙いを付けず撃つだけで当たるのだから。
「よし、分かった。我もキエモン君も、お互いにとってかなり脅威的。相性は別段良くも悪くもないけど、危険な存在なのは立証済みかな」
「……」
何やら考えが纏まった様子。証拠に先程より空間の狙いが高まった。
何を言うておるかは聞こえぬ高さだが、大凡の検討は付く。拙者と同じくエスパシオ殿も相手が手強いと考えているのであろう。
拙者とエスパシオ殿の戦闘。これまた難儀なものとなりうる。




