其の捌拾肆 討ち入り
「深緑の風よ、吹き荒れ、何者も通すな。“ウィンドウォール”!」
「赤き火炎よ、燃え盛り、行く手を阻め。“フレイムウォール”!」
「蒼青の水よ、深く沈み、敵を飲み込む。“アクアンウォール”!」
「重鈍な土よ、重く包み、地底に埋めよ。“グランドウォール”!」
現れた拙者らへ向け、複数の障壁が張られた。
既に城はエレメントからなる防壁に護られていると言うに更なる壁とは厄介よの。
「そちらが4つのエレメントを使うのであれば、私は1人で対抗しますわ! ──あらゆる精霊さん。多様の力を与え、守りを貫く。“フォースエレメントキャノン”!」
「「「「…………!」」」」
四つのエレメントが同時に放たれ、各々の弱点を突いて壁を打ち破る。
あの者達は新入りの団員。まだ練度が足りず、破られたようだ。
前線の数は多くとも、実力者が少ない。前線こそ熟練者が多い方が良いと思うが、本来護るべきは己の大将。今回の場合、侯爵へと人員を割くのも当然の配慮に御座ろう。
故に、脆い。
「案ずるな。峰打ちだ」
「「「──」」」
城門前の橋にて打ち、意識を奪う。
この者達にはまだまだ未来がある。それを奪う訳にはいかなかろう。
然し、それを思う度に二日前、頭に血が上り複数の騎士達を殺めてしまった事を恥じる。
ああする他に選択肢は無かったが、殺す必要も無かった。拙者もまだまだ青いの。
反省だけでは足りぬ。拙者が殺めた者達まで背負い、全ての業を受け入れる所存。今の拙者の存在意義はヴェネレ殿と今護るべき仲間達のみ。薄情と蔑まされようとそれを承知して進むだけに御座る。
「隊長と団員の差を知るが良い。──“ファイアボール”!」
「「「……ッ!」」」
マルテ殿が騎士達の中心部へ火球を撃ち込み、一気に崩す。そこへブランカ殿とペトラ殿が畳み掛けた。
「同じ団員でも、アナタ方と私達では到底埋められない差がありますわ! その差を思い知りなさい! ──数多の精霊よ。一つに力を収め、全てを吹き飛ばす。“フォースエレメントインパクト”!」
「「「…………ッ!」」」
四つのエレメントが衝撃波を生み出し、橋の騎士達を一気に堀へと落とす。
下は水が張られている為、運が悪くなければ溺死する事も無かろう。その証拠に何人かは救助にあたり、助かった者達は箒に乗って姿を現した。
「この程度でやられるか! 灼熱の炎で敵を討つ! “ファイアショット”!」
「“ウォーターアロー”!」
「“ウィンドカッター”!」
「“グランドハンマー”!」
四方八方から魔法が撃ち出される。
だが拙者は構わず城門へと向かい、それらの魔法はマルテ殿らが塞き止めた。
「くそ! キエモンを行かせるか! ──青き……」
「経を読む過程。ちと遅いぞ」
「……っ」
皆が皆、経を読む必要がある魔法の使用。拙者の眼前にその者が居るのならそれを遂行させるよりも前に打つのは容易い所業。
ミル殿のように何も言わずに放つかリュゼ殿のように簡易的に纏める必要があるの。それかとてつもない早口を言うか。何れにせよ、この者達に止められる拙者では御座らん。
「──赤き」
「──鈍色」
「──緑の」
「お先に失礼致す」
「「「──」」」
次々と立ちはだかる騎士達。加え、空からも狙われる。
だが構わぬ。地上の者達は即座に峰で沈め、煉瓦の橋を蹴って跳躍。空の者達を打ち落とす。そのまま騎士達を足場にすれば更なる空中移動が可能となる。
瞬く間に空中の者達も堀へと叩き落とし、踏み込むと同時に加速。刹那に峰で打ち、行きやすくした。
「バカめ! 仮に城門まで辿り着いたとして、騎士団長を含めた上級魔法使いの張った壁を突破出来る訳──」
「…………」
騎士の一人が何かを告げた瞬間、刀へと力を込め、四重の壁を全て一刀両断した。
「んなっ!?」
思わず騎士から素っ頓狂な声が漏れる。
今の拙者、おそらくであるが斬れぬモノは御座らんな。仲間達の道を文字通り切り開けたのなれば何よりだ。
「キエモンが活路を開いたぞ! 一気に突き抜ける!」
「はい!」
「はいですわ!」
「ああ!」
箒を更に加速させ、城内へと突入。拙者も踏み込み、外の騎士達は無視して攻め込んだ。
これにて討ち入りは成功。後は大将の首を取り、勝利を宣言するだけ。難敵と言えるは残り一人の騎士団長のみ。さっさとヴェネレ殿の国を返上して頂こう。
侯爵が偽りの王位に付いてから日も経っておらん。今の段階であればかつての主君からヴェネレ殿へと継承する事も可能よ。
拙者らと“シャラン・トリュ・ウェーテ”の合戦。今此処にて開幕した。
*****
──“城内”。
「アマガミ=キエモンとフォーコ=マルテ。リーヴ=エルミスにレイン=ブランカ。フォイラ=ペトラ! ヴェネレ一派の者達が攻めて来たぞ!」
「使用人達は避難を! 城内の騎士達は迎え撃て!」
城門を突き破って中へと侵入。既に準備は整っており、各々が杖を構えて臨戦態勢へと入っていた。
この雰囲気も懐かしきモノ。夢で見た現世の記憶が蘇る。いつの世も、何処の国であっても討ち入りは変わらぬの。
「主らは殺めぬ。暫く意識を失い、目覚めた時に贖罪をし、新たな主君となられるヴェネレ殿への忠誠を誓うが良い」
「「──」」
峰と鞘で打ち、騎士達の意識を奪う。
やられる前にやる。それが戦に置いて最も手っ取り早く確実性のある方法。
だが、まだ使用人達がおられるの。
「この者達が言っていたであろう。主らはさっさと避難せよ。拙者の狙いはあくまでも侯爵。全騎士、及び全使用人。その他の者達は標的では御座らん。此処は更に激しい戦場となる。主らは外へ行った方が安全だ!」
「「「は、はい! キエモンさん!」」」
慌てるように外へと逃げ行く。
やはり心の底から侯爵へ忠誠を誓っている者は少ないようで御座るな。拙者らへ接する態度が恐怖などでは無いのがその証拠。
城の騎士達も心無しか覇気が感じられぬの。力の差を理解しているのと、侯爵へ命を懸ける気概が無いのだろう。
「ここは通さぬぞ!」
「おや、隊長殿。数日振りに御座るな」
「そうだな。キエモン。悪いが今回は敵だ!」
「のようだ」
立ちはだかるは隊長殿。実を言うと名は知らぬ。魔法の腕は立つ。人も悪くない。故に即座に終わらせる。
「大地の精よ。その姿を変え、数多の槍となれ! “無限土槍”!」
経を読み、拙者の足元から大量の槍が顕現。それらを躱して突き抜け、隊長殿の横を通る。
「ヵハッ……!」
「城が戻った暁にはまたお世話になり申す」
すれ違い様に峰打ちを当て、崩れ落ちる隊長殿を横目に先へ進む。目指すは王の間。侯爵を王とは認めぬが、居るのは王室で御座ろうからの。
この城も広い。室内というのもあり、移動速度も限られる。余計な破壊も避ける必要がある為、中々に縛られている現状よ。
然し城内での戦いには手慣れている。更に言えば拙者の国の城は刀を振りにくくする構造もあった。なのでこの広き城ならば戦闘自体には支障も御座らん。
「通すか!」
「“ファイアショット”!」
「“ウォーターバレット”!」
「押し通る」
三人の騎士が魔法を放ち、それを鞘にて砕き峰で打ち倒す。
この程度で拙者は止まらぬ。一階を駆け抜けて騎士達の意識を奪い、二階へと上がった。
「──せよ、“ファイア”!」
「──“ウォーター”!」
「……!」
経を読み終えた様子の騎士が炎と水を撃ち出し、さながら煙幕のように水蒸気を張る。
視界を奪うたか。一階の大広間よりかは狭き渡り廊下。そこ一帯を埋められては動きに支障を来すというもの。
「──土の精霊よ。敵を撃て! “ロックキャノン”!」
「──土の精霊よ。敵を穿て! “グランドランス”!」
「──土の精霊よ。敵を討つ! “ストーンソード”!」
「…………」
煙幕を消さぬよう、土魔法を中心的に扱う。
死角から岩が飛び行き、足元から鋭利な土が生え、前方に石の刀が振るわれる。
だが音と呼吸と気配を探れば視界の有無など大した差がない。余裕を以て躱し、足音から居場所を特定。即座に峰と鞘で打ち倒す。
「「「グハッ……!」」」
「却って好都合よの」
視界が悪いのは向こうもそう。立つ土俵は同じよ。
気配で居場所を探る事が可能となっており、城の大雑把な全体像も頭に入っておる。同等の条件下であれば、拙者の方が有利に御座ろう。
「敵はどこだ!?」
「ウム、此方だ」
「そこか!」
「違っ……」
「オイ!」
「クソッ! 声音を変えている!」
「この煙幕だからな……!」
「そうよの」
「「「居たぞーッ!」」」
「いや、また消えた!」
「狡猾な……!」
そして撹乱も出来る。拙者らが少数故、味方同士の潰し合いもしてくれよう。
単純な掛け合いで相手を疑心暗鬼にし、判断を鈍らせる。その隙に拙者は三階へと上がった。
「……! キエモンだ!」
「撃てェ!」
「遅い」
二階と違い、前準備をしていなかった三階層。元より人員は下層へと割いているので整っておらぬのだろう。
数少ない騎士達を打ち、渡り廊下を駆け抜けるように進み行く。
「我ら副団長の名に掛け、お前を討つ。アマガミ=キエモン!」
「相手をしよう!」
「さあさあ!」
「4人を相手に勝てるか!」
「フム……」
最後の階段の前に立ちはだかるは副団長殿ら。騎士団長の次の階級であり、実力も相応。今までの如く簡単にとは行くまい。
「その役目、ウチらが担ってやんよ!」
「侯爵一派。お前達は我らが倒す!」
「……! ファベルさ……とフォティアさ……」
「ファベルにフォティア!」
「元騎士団長か!」
そんな副団長四人衆に向け、箒に乗り窓を突き破ったファベル殿とフォティア殿が姿を現した。
拙者は足にて来たが、空飛ぶ箒のあるお二方は簡略出来ている。便利なものよの。
だが外の警備も決して薄くはない。この二人以外に誰も空を伝っても此処まで来れていないのがその証拠。やはり大したものに御座るな。
「お頼み申す。お二方」
「もちのロン!」
「任せろ!」
「通すか!」
「やらせるか!」
「人数ではこちらが有利だ!」
「元騎士団長らを止めろォ!」
既に経を終えている様子の四人は杖を振るい、火、水、風、土の高水準な魔法を放つ。だが拙者は意に介さぬ。この場はお二人に任せたのだからの。
迫り来る四つの力に向け、ファベル殿とフォティア殿も経を読み己の魔法を発動させた。
「“ランドシールド”!」
「“フレアバレット”!」
土の壁が四つ全てを防ぎ、無数に分かれた火炎の弾丸が撃ち込まれて煙を舞わせる。
そのまま拙者は螺旋階段を上り、王室の前まで到達した。
「副団長達を倒したのか!?」
「そんな訳がない。上手く隙を突いて逃げてきたんだ!」
「だが、我ら軍隊長。奴を止める!」
「…………」
最後の防衛線は軍隊長殿ら。副団長で止めるのを前提としており、体力の減ったところを決して弱くはないこの者達が抑える算段なので御座ろう。
だが、問題は無い。妖で例えればB級上位からA級下位のこの者達。容易ではなくとも抜けられぬ相手ではない。
「掛かれェ!」
「「「ハアァァァァ!!!」」」
「今の拙者は……止まらぬ……!」
「「「「…………!?」」」」
先程のリュゼ殿のような速度で攻め込み、的確に急所を峰と鞘、指にて突く。
正面からの決闘の形なれば多少は苦戦もしただろうが、今の拙者は度重なる戦闘で研ぎ澄まされている。力も集中力も今までで上位に準ずる。
故に打ち、王室の扉を蹴破った。
「ひぃ……!? ここまで来たのか!?」
「その様ですね。流石は……なんだろうか。異名とか実績とか、別名で格好付けて呼ぼうとしたけど、思い付かないや」
「……フム、拙者は勘違いをしておったの。最終的な防衛線は騎士団長残りの一人。主で御座ったか」
「そうなるね。名乗っておこうか。我は“マール=エスパシオ”。よろしく」
名をマール=エスパシオ。
藍色の髪に藍色の目。その目には光がなく、淡々とした何者も寄せ付けぬ雰囲気が醸し出されていた。
然し一人称が我とな。柔らかな物腰とは裏更に、中々に仰々しき男よ。
エスパシオ殿は更に続けた。
「因みに、我は最強の騎士団長であるぞ」
「そうか。肝に命じておこう」
自称最強の騎士団長。これまた難儀な。
ただでさえ実力者揃いの騎士団長。その中で自称とは言え最強を名乗るのなれば誠に相応の実力を有しているので御座ろう。
拙者とエスパシオ殿は相対した。




