表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

83/280

其の捌拾弐 風の精霊

「“ヒーリングウィンド”……」

「…………」


 少し弱々しく己に回復術を掛けるリュゼ殿。

 今のところ経は読んでおらんの。拙者の前にそれをする暇が無いと判断し、何も言わずに使う事は出来ぬので簡易的なモノとしているので御座ろう。


「“風分身”……!」


 次いで己の分身を形成。

 この様に作り出すのだな。忍の扱う分身の術を彷彿とさせる。

 本来なれば錯乱にも有用な手であろうが、気配を探れば本体の特定も容易い。索敵には慣れておる。


「そこか」

「……っ。早いね……けど、今回は逃げるのが目的じゃなく実体のある分身で君を倒すのが目的さ!」

「「「そそそうううさささ!!!」」」


 多人数のリュゼ殿。ちと気色悪いの。

 瞬時にそれらを斬り捨て、本物のリュゼ殿へと刀を打ち付ける。


「一瞬で分身が……」

「……」


 全方位へ風を散らし、他者を寄せ付けぬよう展開する。

 ギリギリのところで届かず避けられてしまい、空中から杖を掲げた。


「だったら! 僕自身が君に追い付くよ! ──身体能力強化魔法とでも言おうか。“雷神降臨”!」


 その杖目掛けて天雷が注ぎ、リュゼ殿の体を感電させる。

 自死魔法かとも思うたが、勝手は違うの。身体能力強化と言っていた。はてさて一体何であろうか。


「折角だから説明してあげるよ。訳も分からずやられるのは君にとっても良くないだろう? 僕は水魔法や炎魔法も使えるんだ。まあ、基本的に騎士団長クラスとなると全てのエレメントを高水準で使えるんだけど、今回はそれの応用さ。風によって空気に温度差を作る。氷や水分、熱。その他諸々が静電気を生み出してね。体へ伝達させた雷は風魔法を操る事で馴染ませ、それを我が物にしたという訳さ。今の僕は雷その物と思った方が良い」


「…………」


 フム、色々と説明はあったが、よく分からんの。リュゼ殿は博識だ。

 要するに今のリュゼ殿は空の雷同然。凄く強くなったという事に御座ろうか。


「音よりも遥かに速い、雷速の一撃を君にかわせるかな?」


「……!」


 一瞬だけ瞬き、刹那に拙者の横を通り過ぎる。遅れてゴロゴロと言う聞き馴染んだ雷音が鳴り響き、進んだであろう距離に焦げ目が付いていた。

 フム、速いの。今のリュゼ殿は馬より速そうだ。


「おっとっと。狙いを外してしまったかな。今の僕は自分自身でも制御が難しいようだ。けど直に慣れる。流石の君も秒速数百キロの雷を躱す事は出来ないだろう?」


「…………」


 秒速数百キロ。それもまたこの国の単位で御座るな。

 確か、一里が約4㎞との事。即ち六〇里以上を一秒間で進むと言う。

 そう考えれば確かに速い。移動が楽になり、かなり便利だ。伝達などが即座に終わるからの。想像もつかなんだがな。


「さて、行くよ!」

「……」


 またもや瞬き、拙者の頬を指が掠る。

 あれ程の速さ。たかが爪ですら鋭利な刃物に成り代わる程だ。


「今度は当たったね。掠っただけだけど。この調子ならすぐにでも君を倒せるよ。蝋燭の火を吹き消すようにね!」

「……」


 目の前から消え去り、木々を伝って閃光の軌跡が生まれ、前後左右。上下とあらゆる方向を飛び回った直後、拙者の脇腹を掠った。

 何故態々(わざわざ)飛び回るので御座ろうか。謎よの。


「惜しい……いいね。更に慣れてきた!」

「フム」


 成る程の。飛び回っておるのは自分の体を馴染ませる為か。謎が一つ解けた。

 またもや消え去ると同時に木伝いに光の軌跡を描く。見てる分には中々に美しき光景よ。移動の度に轟く雷鳴は少々怖いがの。

 複数回移動した直後、今度は背後から刺突。ならぬ指突が繰り出された。


「避けたか。けど、僕もどんどん慣れて…………え? (避けた? 雷速の僕を……?)」


 一瞬だけ疑問を浮かべ、言葉が止まって消失する。気配は残っており、軌跡も変わらず見える。逃げたりはせぬだろう。拙者を城へ向かわせれば一気に不利となるからの。

 雷鳴と共に移動し、正面、背後、左側、足元とあらゆる方向から連続してけしかける。

 正面のは身を翻し、背後のモノはしゃがみ、左側のは飛び退き、足元から突き出されたモノは側転するようにかわした。

 全てを避けられ、空のほうきに着地したリュゼ殿の表情が更に困惑のものへと移り変わる。


「そんなバカな……! 威勢や物の例えじゃない……! 本当に雷その物の速度だぞ……! なぜ避けられるんだ!?」


「拙者の国では雷を斬った者や雷を避ける者の逸話がある。侍足る者、雷程度にやられる訳にはいかぬさ」


「有り得ないだろ!? それは逸話であって本当に遂行した訳がないじゃないか!? 冬に吹く夏の風並みに有り得ない!! それともキエモンの国のサムライという種族は、一人一人が騎士団長並みの実力を秘めていると言うのか!?」


「さあの。拙者にも分からん。少なくとも、国で最強の侍を謳われる者はあれど、拙者自身は呼ばれておらなんだ」


「まさか……君が積極的に戦っていなかっただけじゃないのか? 今みたいにさ!」


「それもあるの。仲間や人が死ぬ戦は拙者、好いておらん」


 鬼人と言う異名はあったが、人を殺し、食う“鬼”の名は畏れの象徴。最恐ではあったかもしれぬが、最強かは分からぬの。

 リュゼ殿は箒の上にて立ち尽くし、杖を構えて言葉を綴った。


「だったら、僕としても本気を出させて貰う。どうやら君を倒すにはこちらも相応の覚悟と気概が必要みたいだからね。──美しき風の精霊よ。その姿を現し、我に風の力を授けよ。他者を蹴散らす、“シルフ召喚”!」


『…………』

「……?」


 経と共に現れたのは、小さき女子おなごに羽が生えたかのような生き物。体色は美しき翠緑すいりょく

 色や大きさ的にも人ではなく、妖やものの類いで御座ろうか。はたまた経の中にも出てくる単語、“精霊”かもしれぬの。


「疑問に思うような表情をしているね。ある程度の察しは付いているかな。彼女は四大元素の風を司る精霊“シルフ”。性別的には女の子だからシルフィードなんだけど、短く分かりやすいから僕は彼女をシルフと呼ばせて貰っているよ」


 名をシルフ。本来シルフは男性名らしいが、呼びやすさを重視してそう呼んでいるとの事。

 実際のところ、見た目が女子おなごっぽく胸も膨らんでいるが、この精霊が拙者の知るように自然の存在が顕現したものならば性別などない。呼び方は二の次なのだろう。

 リュゼ殿は説明を続ける。


「僕達騎士団長にはそれぞれ使い魔としてエレメントの精霊が居てね。時折力を貸して貰っているんだ。とは言え、精霊達を使わざるを得ない魔物は最低でもS級以上。大概は自分達でなんとかなってしまうから滅多に使わないのさ」

『……』

「……」


 初耳であるの。

 然し拙者自身、ファベル殿やフォティア殿が精霊を使っている姿を見た事が御座らん故、知らぬのも当然か。

 何にせよ気配が大きく変わったの。シルフとやらは隣でパタパタ飛び回っているが、明らかに質が違う。


「これが僕の本気。最悪、この辺り一帯どころか更に広範囲を消し飛ばしてしまう結果になるかもしれないけど、悪く思わないでくれ! ──“風球”!」

『フゥー……』


「……」


 リュゼ殿の呪文へシルフが息を吹き掛け、増大。

 周囲を飲み込まんとばかりの塊が押し寄せ、大地を抉って森を消し飛ばし、奈落のような溝を造りながら拙者へと迫った。

 これは避けられぬの。避ければ留まる事無く進み、この先が大きな被害に遭ってしまう。

 なればやる事は一つ。ただ斬るのみ。


「……」


 拙者の持つであろう、鬼神としての力。

 リッチとの戦闘で大きな切っ掛けを掴み、この二ヶ月で更なる鍛練も積んだ。厳密に言えば瞑想の時間を増やし、己との対話をより鮮明にしたという事。

 自らを引き出す為、更に素振りの時間も増やして時折力を混ぜ、何度か空を割った。地上でやれば山や森が無くなってしまうからの。力を込めた時だけ狙いを空にしたので御座る。無論、鳥などが飛んでいないのを確認した上で。

 まだ完全ではなかろうが、鍛練が実を結ぶのなればあれを斬り、被害を最小限に抑える事は可能よ。


「はっ!」

「……!?」


 横へ一薙ぎ。風の球体を斬り捨て、平地にて仰いで吹き消す。

 リュゼ殿は驚愕の表情を見せるが再び魔力を込め、杖を構えた。


「あれを斬ったのか。……けど、此方には手数がある! 一挙一動で地形を消し去る攻撃が可能と思ってくれて構わない!」


 一撃を斬られた程度では臆さぬ様子。一挙一動で地形が消えるか。物の例えでは御座らんの。今の威力を鑑みればそのまま説得力に直結しておる。

 風を更に広げ、魔力が周囲に満ちる。


「“風刃+シルフ”!」

『えい』


「……」


 風の刃を生み出し、シルフが小さな掛け声と共に手刀を打つ。刹那に風が上乗せされ、森を断ちながら直進した。

 自然を大事にせぬか。いや、本人も不本意の様子。本来は騎士団長らしく色々と考えているのだろう。

 刀にてそれも切り裂き、反らして消し去った。


「単なる範囲魔法じゃ無駄な破壊が増えるだけだね。鋭く、速い一撃に狙いを付ける。──“ウィンドアロー+シルフ”!」

『やあー』


「……」


 雷となっていたリュゼ殿より速く、鋭い風の矢。見切って躱し、踏み込んで鞘を叩き付けた。


「……っ。なんて速さ……! 僕はまだ雷速なんだけどね……!」


 反応速度が少々上がっており、風の膜を張れたリュゼ殿への直撃は避けられた。

 瞬時に切り替え、また木々を伝った移動。然し木の本数も少なくなっており、拙者の空中移動は限られつつある。リュゼ殿自身を伝う箒も雷速とやらになっておるしの。


「更に精密な魔法を。“ウィンドライフル”!」

『バン』

「……」


 風の弾丸が撃ち出され、頬を掠る。フム、速いの。

 少し経て射出音が響いた。


「あれにも反応するか。けど、当たれば自由は奪える。まだまだシルフの底は見せていないよ!」

『…………』

「…………」


 基本的に話さぬシルフ。拙者も戦闘中はあまり話さぬ。リュゼ殿が独り言しか話していないように思えて不憫であるな。たまには会話をしてやるべきで御座ろうか。

 何にせよ、自身を強化し、姿を見せたシルフ。早いところ終わらせたいのだが、やはり騎士団長。一筋縄ではいかんの。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ