其の捌拾壱 足止め
「マルテ殿。エルミス殿。ブランカ殿にペトラ殿。主らは先に城の方へ。此処は拙者が引き受ける」
「え、けどキエモンさん……!」
「案ずるでない。既にこの者とは戦っておる。勝てぬ相手でもない」
「随分と舐められたようだね。春の陽気と温かな春風に誘われたならまだしも、今の季節的にそんな事はない。実際にそう思っているって事だ」
リュゼ殿と相対し、拙者の身を案じるエルミス殿。だが途中までは戦った相手。故に勝てる見込みは十分にある。
当のリュゼ殿は馬鹿にされたと思い、少々苛立ちを見せていた。
「早く行くと良い。いつ何時襲われるかも分からぬからの。もう既に三回は風の刃を受け止めたぞ」
「ぇ……?」
エルミス殿が返した瞬間、近くの大木が斬り倒された。
相手は騎士団長。常に抜かりなく攻め来る。会話の最中でさえ常に喉元に刀を突き付けられていると考えるべき存在。
マルテ殿にエルミス殿、ブランカ殿、ペトラ殿も油断をしている訳では御座らんが、悠長に話している暇など無いだろう。
「流石だね。魔法も無しに防ぐとは。見たところただの鉄の刃。なんで魔法が防げるのかな」
「それについては存ぜぬの。だが、誰かを斬る事が出来るのならば防ぐ事も出来るであろう。拙者はそれを遂行しているまでよ」
「普通はそれが出来ないんだけどね。特に鉄の塊すら切断出来る僕の魔法はね」
「防げたのが今の結果。それ以外に答えは無かろう」
「一理ある」
旋風が吹き抜け、疾風の如きままで四人へ振り掛かる風を断った。
四人はまだ動かぬか。この強風、無理もない。
「……おっと」
「今のうちに行け! もう既に戦は始まっている!」
「「「は、はい!」」」
「分かった! キエモンも気を付けてくれ!」
故に風の元手であるリュゼ殿へと刀を突く。
止めるのが目的なので特に狙いも付けていなかった為、掠る程度に留まってしまったの。
だが時間は十分稼げた。マルテ殿らは箒で加速し、拙者の元を離れ行く。
リュゼ殿は頬の血を拭い、そちらを一瞥のみする。
「逃げられてしまったか。残念だ」
「一つ聞きたい。主は本物か?」
そんなリュゼ殿へ、拙者は大事な事をお訊ね申す。返答次第で立ち回りも変わるというものだからの。
当人は不敵に笑みを溢して返した。
「ああ、今度ばかりは本物さ。分が悪くなったらまた逃げるけど」
「潔し。組織にて重要な役割を担う場合、状況判断能力も必要だからの。攻めはせぬよ」
「お褒めに預り光栄だ」
風の陣が拙者らの間へと挟まり、弾き飛ばされる。
着地し、瞬時にリュゼ殿は言葉を綴っていた。
「“旋風刃”!」
「…………」
完全なる経読みではなく、呪文だけを唱える。
それによって全方位へ風の刃が放たれ、拙者に振り掛かる物は打ち消しリュゼ殿の眼前へと迫り行く。
「君は風のようには飛べないんだよね。それじゃ、僕が安全圏から仕掛け続ければ難なく倒せるよね!」
「…………」
空を舞い、拙者の刀が届かぬであろう場所から暴風が吹き荒れる。
前にも似たような事を言われたの。確かに拙者は飛べぬが、別に攻撃が出来ない訳でもあるまい。
「……」
「……! ただの跳躍で……!」
風の影響か、少し体勢崩れたの。直撃はせなんだ。
然れど飛べずとも、跳べばある程度の高さにも及ぶ。その他にも投擲など空中への攻め方は様々。問題となるはいつ何処で分身と成り代わるか。尤も、今回は気を取られる者もおらぬ故、その隙すら与えぬがな。
「“風雪衝撃”!」
「……」
空中にて箒に立ちつつ杖を振り、雪混じりの暴風を放出する。
ちと寒いの。最近は暑くもなってきたが、夜というのもあって中々に堪えるものよ。
「……」
「何の関係も無しに飛び込んで来るか……仕方無い。この辺り一帯を吹き飛ばそう」
また物騒な事を申される。
それを可能にするリュゼ殿の風魔法。此れまた難儀。相手が魔法を使う故、現世よりも困難な事が多いの。
「……」
「流石に吹き飛ばされるのは困るかな。キエモン!」
「………」
拙者は問題無いが、森への余計な被害を阻止すべく木の枝を踏み付けて跳躍。鞘を片手に回転を加え、死角から叩き込んだ。
が、それは避けられる。同じ風の使いであるマーヌ殿にも使った戦法だが、流石にこの相手となると上手く決まらんか。
「空中の君は無防備だね!」
「……」
飛び出した拙者へ向けて杖を突き付ける。その瞬間に幾重にも結んだ蔦を引き、自身の体を下げて距離を置いた。
「いつの間に体を固定していたんだ。抜け目無いね」
「……」
この国に来て三ヶ月。空飛ぶ相手との戦い方は学習済みよ。
敵の高さを把握し、予め蔦か何かを巻き付けておく。攻撃直後の隙はその蔦を引っ張る事で阻止出来よう。
と言うても、基本的にはそれを使うまもなく勝てたのでリュゼ殿が初の試みで御座った。
因みに天舞う海龍殿対策の為に考えていた技である。
機会は少ないが、こんな形で役に立つとはの。何事も覚えられるモノは覚えておくに越した事は無い。
「けど、風魔法は何も風を操る事だけがやり方じゃない。さっき見せた雪もしかり、風に乗せて運んでくる物は扱えるさ!」
「……! くしゅん! むぅ、いつの間に花粉を……!」
無闇に使っていたような風。だがそれは花粉を運んでおり、拙者の目が痒く鼻水と嚔が止まらなくなる。
地味な嫌がらせよの。然し嚔の間に視界を奪う事となる現状、かなり有用となる手立てだ。
「それに加え、さっきの吹雪でこの辺りの気温は大分下がったね。カタナとやらを握る力も体の悴みで少し弱くなってないかい? それにくしゃみの勢いでカタナが自分に当たるかもしれない。かなり大変だろう?」
「…………」
確かに分が悪き事。寒さと花粉による体の不自由は形容し難い不快さに御座る。
正面からの打ち合いでは何れ拙者にやられるが、別方面から攻め立てる事で事を有利に運ばせる。狡猾な男よの。
だがそれを理由に勝負を避ける訳にはいかぬ。引き受けた手前、せめてマルテ殿らが城にまで到達する時間を稼ぐ必要がある。元より騎士団長程の強者。確実に此処で討たねば戦力が引っくり返されてしまわれよう。
「くしゅん! …………」
「くしゃみだけして無言で攻めて来る……なんとも珍妙な光景だ。けど、動き回るのは君にとっても良い事だね」
先ずこの場から離れるのも兼ね、花粉が届いておらぬであろうリュゼ殿の眼前へと迫る。
高さはそれなり。木を伝って跳べば行ける程度のもの。一先ず狙いは雑多に、花粉から逃れるのが今のところの狙いよ。
「けど残念。僕は風を自由に操る。花粉を乗せた風が現在既に君の元へと向かっているよ」
「…………」
刺突は避けられ、箒にて空中を旋回。自分に影響は及ばぬよう、花粉風を拙者の元へと近付ける。
なればそれに則り、拙者も旋回するのみ。
「……」
「へえ。伸び切ったツタを鞘で押して方向転換したか。まずはその邪魔なツタから片付けた方が良いかな」
拙者の動きを見たリュゼ殿は狙いを蔦へと変更。それこそ拙者の狙い通りよ。
「……!」
「……!?」
転換すると同時に蔦を切り、勢いよく一番近くの木へと着地。間を置かずに跳び、また狙いは雑多に刀を突き出した。
当たるかどうかはともかくとして、急激な動きの変化。体の反応が追い付くよりも前に守護の体勢へと入る事に御座ろう。
「はっ、仕方無い……乗ってあげるよ! 君の風にね!」
杖を振るって暴風を顕現。拙者の体を弾き、そのまま追っていた花粉風も吹き飛ばされた。
吹雪の余波による寒さはまだあるが、花粉の影響が無くなるだけでまた幾分かは楽になるものよ。
木の上に着地した拙者に向け、追撃するよう杖が振るわれた。
「“衝風撃”!」
「……」
射出と同時に躱す。刹那にそこから正面へ連なる複数の木々が撃ち抜かれて倒木。辺りに砂塵が舞い上がる。
この砂塵を利用するも良し。リュゼ殿の現在地は下方を見渡せる空の上。ならば此方も奇襲を仕掛けよう。
「……」
「……!?」
事は単純。即ち投擲。
地上の土煙からしても空中のリュゼ殿が如何様な反応を見せたのかも分からぬが、効果はあろう。
次々と近くに落ちている石ころを童の喧嘩のように投げつけ、隙を窺う。
「投石か……この速度、下手な魔法よりも遥かに速い。僕の有利にはならないか、この砂塵!」
「お、開けたの」
狙い通り砂塵は晴れた。
念の為に気配を探るが今見えるリュゼ殿が本物で間違いはない様子。視界を奪われたが為にまた入れ替わったかと思うたが、それは取り越し苦労で終わったようだ。
相手からしても拙者の存在は脅威。両軍の戦力が如何様な差であれど、拙者は一人で何千人の騎士に勝てると思っており、相手もそう考えておる。
故に逃げたりもせず、拙者を止める事でそれを阻止しようとしているらしい。拙者を解放するより、此処で足止めした方が良い判断は間違っておらん。
「“風弾”!」
「……」
相変わらず魔法は便利よの。刀も火縄銃も無く、それに準ずる物を再現出来る。
風からなる見えにくい弾を避け、木から木へと三角跳びの要領で跳び行き、再度刀の峰を打ち付ける。
「空気に裂け目が生まれていない。刃じゃない方で斬るか。相変わらず殺すつもりはないんだね」
「…………」
峰は分厚い風の膜によって弾かれ、体勢が少し崩れる。蹴りを入れ、それを踏み場に地面へと離れた。
「殺すつもりなら僕はもう、何度か君にやられていたよ」
「……」
空から放たれる無数の風刃。
空気に歪みが生じている故に見やすくあり、リュゼ殿の下方を駆け抜けて跳躍。
木を蹴って峰を打ち付けては弾かれ、枝の方へ落下。次いでまた跳び、今度は鞘を打った。
峰と鞘の二刀流……とは少し違うの。然し二本の打撃で攻め行く。
「君の刃なら簡単に裂けるこの膜。打撃なら如何なるモノも簡単に吸収する! 破られる事はないさ!」
「…………」
「……え?」
空気の膜を破り、峰と鞘にて殴り抜き空中から下方へと吹き飛ばした。
案外脆いの。何度か仕掛けるだけで容易く破れたぞよ。
落下し、また新たな土煙を上げ、フラつきながら立ち上がる。
「まさか……! 10tくらいの大岩なら勢いがあっても簡単に弾くこの膜を……ただの腕力で……!? 彼の力はそれを容易く凌駕しているというのか……!?」
「トン? 確かこの国での重さの単位で御座ったな。1tは約六石であるから……それなりの重さよの」
いやに説明的な口調で御座ったが、それくらいなれば拙者自身の力で何とかなるらしいの。
然しリュゼ殿も大概頑丈。落下痕を見るに打たれた瞬間にも風の防壁を張ったのであろうか。咄嗟にその判断が出来るのも大したモノに御座る。
「……っ。やれやれ……今のところ僕が押されているね。後どれくらい君を足止め出来るか……」
「……」
そう、問題はそこに御座る。押してはいるが、足止めはされてしまっている。なるべく早くに終わらせ、マルテ殿らと合流して城へと攻め込みたい所存。
押していても一瞬で終わらせられぬこの者の相手は中々に厳しいものがある。
改め、拙者は今一度気を引き締めて構え直した。




