其の捌拾 金打
「──という事になったのだが、良い拠点の候補地はあるだろうか」
「フム、難しいな。昨日の事もあってまた場所を変えたばかりだが、“裏側”は広く、拠点にするには少しばかり遠い。だからと言って国の近くでも問題しかない。キエモンの現在の拠点はどうだ?」
「騎士ら全員が入るにはちと足りんの。国の近くで見つかりにくいと言う条件は整っているが、やはり大人数で行動するには向いておらん」
「そうか。仕方無い事だが、戦力を集めて纏めるのはキツいな。国を離れるとなるとこうも大変なのか。さて、一体どこに集まるか……」
裏側へと赴き、ファベル殿に報告をした。
然し事態は難航しておる。国から離れた騎士達であっても百人以上は居る。いや、千人は超えよう。ヴェネレ殿一派と侯爵一派。城から半数の騎士は此方側に付いており、戦力にそこまで大きな差は御座らんからの。
それについては良いのだが、国もなく千人以上の兵を何処に匿うか。悩みどころよの。
「悩ましいな。隣国へ亡命する訳にもいかない。国の状況を把握されるのは少々マズイ……どこか良いところは……」
「む? 隣国……隣国……そうだ。忘れておった。ファベル殿。そしてこの場に居る皆々方。昨日此処に来る途中、厳密に言えばカーイ殿らと合流する前に他国の兵と思わしき者達が嗅ぎ回っていたぞ」
「なんだと!? それは本当か、キエモン」
「ウム、色々あった故に報告を忘れていたが、確かに見つけた。どうやら内輪揉めが起こっているのを把握されているようだ」
「他国の!?」「マジかよ」「自国の問題だけで大変なのに」「近くの国か……?」「内状を知られていると……」「こんな時に……!」
ファベル殿の言葉を聞き、すっかり忘れていた事を思い出して話す。
一日ばかり遅れたが、あの時点の拙者がまだ問題無いと考えていたのならばその国も動く事は無かろう。
「拙者が見た限りおそらくまだ行動に移す事は無いと思われるが、国を奪い返した後、付け入れられるかも知れぬ事を肝に命じていてくれ」
「そうか。キエモンが見た感じではまだ仕掛けて来ないか。分かった。ではその者達については保留とし、全てが終わったら事を起こすとしよう」
他国はまだ偵察の段階。事実、全てが済んだ後に漁夫の利を狙って仕掛けてくる事だろう。
騎士団長らはおそらく世界的に見ても脅威的な存在。故に潰し合ってくれるのならば敵からしたら都合の良い事この上無し。
何処まで情報が流れているのかは分からぬが、何千何万人もの組織となると必ず漏れ出る部分がある。そしてファベル殿や拙者らの撤退を、気配の探知が届かぬ程の遠方から見ていたならば広くに伝わってしまっている事だろう。
それらを踏まえた上でまだ対策はせず、眼前の奪取に精進する。
「全員が集まらずとも、遠方間での情報交換が出来れば済む話。報告を届ける魔法などは御座らんか?」
「そう言った魔法はあるにはあるが、魔力を飛ばすやり方なので気付かれてしまうな。その方向で考えるのなら、今此処で話し合いをし、それを他の部隊へ伝達するのが一番現実的だ」
「なればそうする他あるまい。拙者らの所にはフォティア殿とマルテ殿の面々が他の騎士達と合流しておる。此処で話、再び彼女らへ伝え、決行の日に一気に仕掛けるのはどうであろうか」
「それなら拠点が疎らでも済むな。そうするとしよう。ではその作戦、開始時点からの指揮は私が執る。それまでは各々で指揮官を決めてくれ。……後はこの傷だが……」
「フッ、その為にエルミス殿を連れてきておる」
「ど、どうも」
作戦の概要は決まった。後は騎士達の中でも一番の傷を負っているファベル殿の治療。
此処まで引き返すのも兼ね、ブランカ殿とペトラ殿。そして治療の為にエルミス殿が来ておる。結果的に拙者の受け持つ班が揃ったの。
ともかくエルミス殿によってファベル殿の治療は完了する。此処からが正念場であるな。
──そして愈々、決行の日が来た。
*****
──“後日の夜”。
「では、拙者ら教会班は月が真上に昇ったら攻め入るの」
「なんだかドキドキします……皆様無事に済むでしょうか……」
「まー、大丈夫じゃない? ウチらなら上手くやれるっしょ!」
時が経つのは早く、作戦を伝えてから更に一日が経過し、なるべく早くに行動を起こすと考えてその日の夜に遂行する事となった。
ファベルらにも情報は伝わっており、残り一つの班はフォティア殿が率いる。
「そろそろじゃないかな。フォティアさん」
「そうだねー。んじゃ、また城内で会おっか!」
暫くは教会で待機していたフォティア殿。理由は大きく動き、偵察隊などに見つからぬ様に。
然しもうすぐ攻め込む頃合いなので作戦を纏める為にもこの場を離れた。
本来指揮官はもう少し早くに行くべきだが、これが俗に言う“まいぺぇす”というものなのだろう。作戦自体は単純なので大丈夫とは思うが不安だ。
然れどそれは杞憂。フォティア殿なればそうなる確信もある。
「私は……」
「此処でミル殿と待機に御座るな。ミル殿なれば騎士団長にも比毛を取らぬ。吉報を待つと良い。ヴェネレ殿」
「やっぱりキエモンにとっての私は守られるだけのお姫様か……」
「そうではない。ヴェネレ殿は国の未来を担う姫君。姫君には姫君の戦があり、拙者ら兵はそれに応えるだけ。守られるのではなく、ヴェネレ殿が居るからこそ拙者らは赴けるのだ」
「うん。わがままは言わないよ。私の存在意義、在り方はそれだからね。キエモン。無事で居てね」
「ウム、この刀に誓おう」
刃を少しだけ見せ、鍔にて打ち付け音を鳴らし、此処に誓った。
「それってなに?」
「金打と申す。侍が堅い約束を結ぶ時に行うものであり、起請を立てる事柄。今の行動には前の誓いも含まれておる。元より、ヴェネレ殿の為ならば起請の主要となる神仏に叛く気概に御座るがの」
「キエモン……」
話し終え、拙者はヴェネレ殿の目を真っ直ぐに見やり、会釈する。
「では、行って参る」
「それでは、ヴェネレ様」
「勝ってきます。ヴェネレ様」
「行ってきますわ!」
「勝ってくるぜ!」
エルミス殿とマルテ殿も一度だけ軽く頭を下げ、ブランカ殿とペトラ殿が話す。
拙者らは夜の“シャラン・トリュ・ウェーテ”。城内へと向かう。無論、セレーネ殿も此方にて待機。危険が多いからの。
拙者、エルミス殿、マルテ殿にブランカ殿、ペトラ殿率いる少数精鋭の教会班。
ファベル殿とサベル殿の班、フォティア殿の班。計三班体制となっており、皆が同時に行動を起こしている頃合いに御座ろう。
「街には悟られず、なるべく静かに侯爵を抑えて城を乗っ取る。みんな、分かっているな?」
「承知している。勝たねばならぬ、この戦」
「ヴェネレ様の為にも……!」
「まさか入団して僅か2ヶ月で国盗りに関わりますとは。思ってもいませんでしたわ」
「確かに驚きだな。文句無しのS級、最重要任務だぜ!」
班長となるのは一番階級の高いマルテ殿。拙者は副班長という役職にある。
エルミス殿、ブランカ殿、ペトラ殿の三人も気の毒だの。折角入ったと言うに、これ程までの大戦へと参加せねばならぬとは。
「お三方はまだ二ヶ月と言うに、難儀なものだな」
「えーと、キエモンさんもそんなに変わらないんじゃ……」
「む? そう言えばそうであった。何なら“シャラン・トリュ・ウェーテ”へと来てからも三ヶ月しか経過しておらぬ。色々と大事が起こっているからの」
「アハハ……確かにキエモンさんの受けたクエストを聞くと入団直後の騎士が受けなさそうなものばかりですね」
言われて気付く、拙者の入団歴。
エルミス殿の言うように、初日に暫定A級相当の鬼の怨念を討ち、様々な魔法を使えるようになったならず者。月からの使者や龍。リッチと呼ばれる暫定S級の妖。その他B級上位からA級相当が複数。熟練の騎士ですらそうそう受けぬ猛者らとばかり戦っておる。拙者はそう言った者を引き寄せる何かがあるのかもしれぬの。
事実、鬼神ならば修羅場からやって来るのも頷ける。
その様な会話をしつつ、拙者らは城の方へと──。
「──“風の叫び”」
「「「……!」」」
行く途中、暴風圧が押し退けるように放たれ、拙者らの体が飛ばされた。
箒に乗る四人は何とか逃れ、拙者は木に掴まって事なきを得る。瞬時に木は吹き飛ばされたが、刀にて自身へ振り掛かる風を斬り空気の溝を作って打ち消した。
「まさか、もう主が出てくるとはの。リュゼ殿」
「それはこっちの台詞だよ。ここは“シャラン・トリュ・ウェーテ”監視下の森……君達は一体どこで身を潜めていたんだ?」
現れた刺客、騎士団長のリュゼ=トゥルビネ殿。
既に教会付近の森は抜けており、町近くの所まで来ておる。警戒しながら進んでいたが、そこで会うとは思わなんだ。
「それは言えぬの。然し成る程この妙な風。森全域を主の感知魔法が張られていたか」
実を言うと、此方側の森に入った時から変な流れの風が吹いていた。この世界ではおかしくないのかと無視していたが、そうでもない様子。
リュゼ殿は頷いて返す。
「そうだね。本来なら索敵は騎士団員とかの役目だけど、その人員を僕一人なら全て補える。適役だろう?」
「進んで雑務を引き受けるとはの。その真面目さは認めるが、なれば何故裏切りなどの行為を取ったのか気に掛かるの」
「言っただろう。風の流れのように気紛れなんだ。それに、裏切り行為と言うなら現在進行形で行っているのは君達の方になるんだけどね」
「そうかも知れぬの。だがそれは主君を裏切ったのではなく、何の恩義もなく、付き合う義務の無い侯爵を裏切ったまで。拙者はヴェネレ殿一筋よ」
「大した忠誠心だ。それが仇になり、早死にする結果に繋がるとも知らずね」
「やられはせぬよ。リュゼ殿」
まだ町の方には辿り着いておらぬ。にも拘らず出会ってしまった最高戦力の一角。
此れ即ち、此処で落とせれば敵の戦力は大幅に下がるという事。何れは会う事となるのだ。消耗するよりも前に出会い、処理出来るのならばそれに越した事はない。
拙者は臨戦態勢へと入った。




