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其の漆拾玖 一句

 ──“教会”。


「ただいまお戻り致した。お三方はご無事に御座るか?」

「お帰り……私は無事……」

「帰って来ての第一声がそれ? 私も……というより私達は大丈夫だよ。そっちも成果はあったみたいだね。ブランカちゃん達が居るもん」


 裏側から教会へと戻り、一先ずはヴェネレ殿とセレーネ殿、ミル殿の無事を確認した。

 外では変わらず子供達が遊んでおり、狼と黒猫と烏も過ごしておる。つまり今のところこの教会には何の影響も及んでいないという事。それは何よりに御座る。


「こんな所にヴェネレ様がられたのですわね。確か、ミルさん達の暮らす場所。来るのは初めてですけど、年季が入っており、風情の感じられる場所ですわ」


「この場所的にも隠れるのにはピッタリだな。なぜか近場には魔物とかもいなかったし」


 何気にお二人は来るのが初めてに御座ったの。話には出していたが、興味深そうに周りを見渡す。


「で、そんなにのんびりしている暇は無いでしょ? 今国中が大変なんだから」


「おっと、そうでしたわ。中々に興味深い場所でして、気を取られてしまいました」


「悪い悪い。ミル」


 そんな二人へミル殿は指摘し、本題へと戻る。

 案内や散策はまた後日で良かろう。教会の椅子へと座り、早速話しに入る。


「先ず、ファベル殿らと合流し、その分の兵力は確保出来そうに御座る。然し問題もあり、皆が皆同じ場所に留まっておるという訳でもなく、各個にて分かれて行動しているらしい」


「じゃあ、前に割り出したおおよその候補地3ヶ所を合わせて、そこに全員が集まっているって考えて良いのかな?」


「かもしれぬの。拙者が赴いた場所にはファベル殿らが。他の騎士達を思えば各々(おのおの)で行動している事だろう」


「俗に言うレジスタンスって訳だね。それならフォティアさん達が上手く運んでくれるかも」


「れじ……? ともかく、そうであるな。彼女の手腕ならばきっと手中に収めてくれよう」


 戦力は着々と集まりつつある様子。

 それに関しては順調だが、不安要素も幾つか存する。

 数刻前にあった内通者騒動や敵の居場所など。それについても話し合い、より確実性のある攻め方を志すとしよう。


「──こんなものかな。はあ、疲れた~。もうすっかり日も暮れたよ」

「ウム、ご苦労であった。ヴェネレ殿」

「お疲れ……ヴェネレ……」

「キエモンもセレーネちゃんも、他のみんなもお疲れ様のご苦労様♪」


 更に数刻を経て話し合いが終わり、ヴェネレ殿は伸びをする。

 今朝に比べ、随分と元気を取り戻したようだ。それは何より。父君が亡くなったのは辛き事であるが、ヴェネレ殿も落ち込むばかりでは要られぬと律したのだろう。

 その分、拙者が支えてやらねばの。姫君に仕える護衛として。


「エルミスさん達も遠出しているのですわね……本当にあちらこちらで皆様が動いておりますの」

「私達も似たようなものだろー。少人数で行動するのが鉄則。みんなちゃんとやってくれてるさ」

「言われなくても、それくらい理解しておりますわ。エルミスさんも私のお仲間なのですから」


 此方も此方で未だ帰らぬエルミス殿を気に掛ける。主にブランカ殿が。

 然し見て分かるように心配はして御座らんようだ。

 時折立ち上がっては窓の外を見、また席に着いてはそこから窓の外を見る。子供達は既に教会へと入っているが、ブランカ殿は常に窓の外を外を見ている。ウム、全く心配して御座らんの。ただ単に窓の外をこれでもかと言わんばかりに見ているだけよ。


「そろそろご飯作ろっか。今日はブランカ達はどうするの?」

「どこに敵が潜んでいるか分かりませんからね。ご迷惑でなければここに泊まりますわ」

「全然迷惑じゃないよ。それに、子供達も嬉しそう♪」


「お姉ちゃんたちとまるのー?」

「やったー!」

「おはなししよー!」


 今日は皆で泊まり。子供達は人が増え、楽しそうにしておる。微笑ましいの。

 それから夕餉ゆうげの準備に取り掛かり、ささっと作って摂り終え、子供らと女性陣は風呂へと入った。

 その後に拙者も身を休め、子供達が寝静まる頃には教会の屋根にて夜空を眺めつつ見張りを努める。


「キエモン。こんな所に居たんだ。よく空を見てるね」

「ウム、ヴェネレ殿。今宵も良い月が出ておる。空は変わらぬ。故郷と同じよ」

「へえ。故郷に思いを馳せていたんだ」

「む? 成る程。確かにそうであるな」


 言われて気付く。

 拙者、空を見るのは嫌いじゃない。この国でも暇さえあれば空を眺めておる。

 フム、拙者自身が意識をせぬうちに故郷の空とこの世界の空を重ね合わせておったのであろうか。辻褄は合うの。


「何処の国でも空は美しきモノよ。一句詠じたいが、拙者には才能が御座らん。のんびりと過ごすとしよう」


「一句? なにかを読むって……本とか?」


「そうか。この国では俳句や短歌が知られておらぬのか。……ウム、句と言うのは五・七・五からなる詩や五・七・五・七・七からなる歌の事よ。今の情景、季節、心持ちなどを文にして示し、それを詠じるのだ」


「へえ。魔法を使う時の詠唱にも近いね。して欲しい事、やりたい事を言葉に乗せるの」


「そうであるな」


 言われてみれば、詠唱というモノを拙者は経と表していたが、詩にも近いの。

 同じような力であっても人によって詠唱の形は違く、放たれるモノも違う。此れもまた面白きものよ。


「ねえねえ、どんな感じなの。ハイク? タンカって!」


 ヴェネレ殿は興味津々に拙者へ訊ねる。

 なれば実演してみるかの。


「フム、拙者、詩人ではない故に才能は無いが、参考までに今の情景を一句読んでみようかの。──“静寂の、影を照らすは、月のめい”。フム、果たして良い句なのかどうかは分からぬ。因みに季語は月。単体では秋月を示す。今の季節とは違うの」


「キゴ?」

「季語とはその季節を示す言葉よ。俳句には季語を入れねばならぬ。然し例外はあり、季語の入れぬ句も多々ある」

「へえ。結構複雑なんだね。それで、今の句はどう言う意味を込めて作ったの?」


「今宵も静かで平穏な夜。然れど国の事にて不穏な幸先。即ち影が差しておる。其れを消してくれる程の月明かりを詠じたのだ。聞けばヴェネレ殿の真名は月の女神を示すと言う。この不穏な夜を照らしてくれるは月の明(ヴェネレ殿)と思うてな」


「へえ……あんな短い言葉の中でねぇ。本当に色んな意味が込められているんだ。けど、私なんかがその影を晴らせるかな……」


 自信は相変わらず無さげな様子。多少は元気を取り戻せたが、度重なる強敵と不幸が押し寄せ、自然とそうなってしまうのだろう。

 なれば拙者、此処は家臣として発破を掛けるとしよう。


「そう卑下するでない。主ならば必ず出来る。先刻にも言ったように、拙者はそう確信しておるよ。その手助けの為に拙者が居るのだ。拙者と己を信じよ。ヴェネレ殿」


「キエモン……。うん、分かった。信じてみるよ。私とキエモンを……! パ……父上の国は私が受け継ぐ……!」


「その意気に御座る。拙者、何処までもヴェネレ殿へと御使い申し奉り候」


「どこまでも私と……ふふ、何かを誓う時はキエモンって難しい言い回しになるよね」


「そうかの? まあ、敬意を表しての態度と言葉。難しく、堅いと思うのは当然よの」


「そうだね。……けど、キエモンになら、私……」

「如何したか?」

「ううん。なんでもなーい」


 何かを呟くように言ったが、そこまで耳を澄ませておらなんだ。まあ、何でもないと申されたなら深く探る事も無かろう。

 拙者とヴェネレ殿の過ごす月の夜は穏やかに過ぎていく。



*****



 ──“翌日”。


 次の日、一と半刻(※約3時間)程眠り、それまで見張りをしていた拙者は皆と共に集まっていた。

 と言うのも、朝早くからマルテ殿、エルミス殿の班とフォティア殿が帰って来ていたのだ。

 昨晩に来た訳ではなく、皆が起きてから。故にすぐ集まる事が出来た。


「エルミスさん。お久し振りですわ!」

「何週間か振りだな!」

「はい、お久し振りです。ブランカさんにペトラさん!」


 ブランカ殿とペトラ殿がエルミス殿と嬉々として抱き合いながら話す一方、拙者とフォティア殿も報告し合う。


「主らが来たという事は、他の騎士達についての事だな?」

「そんなとこだね。予想通りその方向に他の騎士達は居たよ。キエモンっちの方は?」

「ファベル殿らと無事合流出来た。内通者など色々と騒動もあったが、まあ問題無い」

「じゃ、戦力集めは無事完了だね。後は騎士達を集めてどうやって攻め込むか考えなきゃ」


 事は順調に運んでいる。第一段階の兵士集めは無事完了したと見て良いだろう。

 さすれば次の段階へと踏み込まねばならぬの。

 先ずはその騎士らと合流。拠点となる場所を作り、そこから“シャラン・トリュ・ウェーテ”へと攻め入る。


 だが然し、街の住民を巻き込む訳にもいかなかろう。街の方にもヴェネレ殿の支持者は居るであろうが、印象を悪くしてはそれらが離れていってしまう。国を成すのは大部分がそこに住まう人々。離れられては元も子もない。

 故にフォティア殿も考えているよう、攻め方も問題点よの。


「正面突破は街の人達を怖がらせちゃうからダメだし、どうしよっか」


「あくまで町の者達に知られなければ良い。なれば、城にて侯爵を包囲し、降伏を促すのが一番よの」


「それが理想的だね。お城の方は私一人でも直す事は出来るし、戦場にするならお城の中かな」


 町の人々に気付かれぬよう、城にて全てを終わらせるのが望ましい。

 幸い町中から城までにはいささか距離があり、多少なれば騒がしくとも気付かれぬ。

 それに加え、町からも滅多に人は来ぬ。その辺を上手く利用して行動を起こすべきで御座るな。


「好ましいのは暗くて見えにくい夜。町の者達が来る可能性も一番低かろう」


「そだね。お城の門も閉め切って音漏れもなるべく無くそっか。住民に不安を与えちゃダメっしょ!」


「それを踏まえ、改めて話し合う必要があるの。ファベル殿らと共に」


「そうなるねー」


 詳細の話し合いはファベル殿ら他の騎士達が揃ってから。何にしても人を集める必要があるの。

 今日のやるべき事は決まった。残りの騎士達を一ヶ所に集め、態勢を整える。まだまだやる事はある。国へと戻るその日まで更に忙しくなろう。

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