其の漆拾捌 発覚
「──皆の者、内通者が分かったぞ。騎士達に聞き込みをしたら即座に名前が出た。彼、アマガミ=キエモンの名がな」
「何だって!?」「まさか本当にキエモンが!?」「なんて事だよ……」「平然と混ざり、味方の騎士すら斬っていたのか……!」「考えてみればヴェネレ様とも一緒じゃない」「そうだ。居場所を知っていると言っても、どこに当てがあるかも分からない」「口から出任せを言っていたのか……!」
ファベル殿の言葉を聞き、騎士達は各々に言葉を綴る。
皆の者拙者を信頼していて下さった様子。演技とは言え、騙す結果となるのは忍びないの。
「皆の者、静かに。内通者としてキエモンには他の騎士達と同じ牢に入って貰う。異論は無いな? キエモンよ」
「ありませぬ」
ファベル殿の言葉へ返す。
内通者。即ち攻めてきた敵の味方なのだ。共に同じ牢獄へ入るのは当然の処置。
拙者から異論を述べる事も無く、周りから怪訝な視線は受けながらも歩み行く。
「信じてたのに……」「なぜだキエモン……!」「一体……」「騙していたのか……」
疑問の目も向けられ、信頼が地に落ちた拙者は刀をファベル殿へと預けて投獄された。
……さて、
「主らの目論見通り、拙者が投獄されてしもうたの。はてさて、一体どうしようものかの。困った困った」
「「「…………っ」」」
牢へと入るや否や、他の騎士達は警戒を高めて構える。
杖も持っておらんからの。元より魔力無き状態で戦いなどをしていた拙者。刀が無くとも素手で屠る事も可能。
だが、一応殺しはせぬ。
「案ずるな。命は奪わぬ。元よりこれが狙いだったので御座ろう? 何を身構える。仲間なのだ。仲良くしようぞ」
「ああ、我々の目的は達成した。このまま貴様から王女の居場所を聞き出すが、貴様は何が狙いだ?」
「……? 何を言うておる。拙者が牢へ入らざるを得なかったのは不可抗力。まんまと陥れられたからだ。狙いも何も無かろうに」
さて、流石に何の抵抗もなく受け止めて入る拙者には疑問を浮かべておるの。
この者達の警戒も、拙者の単純な力にではなくそれについてで御座ったかの。何にせよ懐へと入り込めた。外側でのファベル殿らにも期待しよう。
「何を身構える。もっと近う寄れ。そう警戒すると拙者が本当の内通者じゃないと言っているようなモノに御座ろうて。この場でそれがバレては主らにとって不都合なのではないか?」
「……っ」
拙者を内通者とした後の事は考えていなかったのかもしれぬの。
先の事を考えなくては手詰まりとなり、自身の首を締める結果になると言うに。仲間なれば同じ牢に投獄もされよう。
「何か言いたい事でもあるのか?」
「ああ、色々とな。内通者が誰か、既に検討は付いておる。つまり拙者は主らの猿芝居に付き合ってやっているのだ」
「「「な……!?」」」
動揺したの。因みに今のは出任せ。嘘も方便……とは少し違うか。然しヴェネレ殿を護る事は善行なり得る。適用されよう。
それについて話す事で本来の内通者を割り出す結果にも繋がるというもの。
「どうした? 内通者は拙者なのだ。何故主らが動揺を見せる? 見張りの騎士達もおる。あまりに不自然な行動を起こすと本当の内通者が明かされてしまうぞ? 声は牢の外まで届いておらぬのだ。会話くらいして頂こう」
「……っ。そう、だな。それで、貴様は誰が内通者と?」
「言えぬ……いや、言わぬ。が正しいかの。拙者、娯楽には飢えている故、主らを泳がせて見届ける今の様が面白いのだ」
「なんて趣味の悪い奴……」
「ハッハッハッ。主らがそれを言うか? 暗殺を目的としている主らよりは幾分マシと思えるがの」
此処まで殆どが嘘。即ち拙者は嘘にて話を進め、探るのが目的。
どちらにしても閉じ込められている現状、動けぬので時間など稼ぐ必要も無いが本当の内通者に悟られぬよう行動をしている。その上で少しでも手掛かりを掴むのが目的よ。
拙者が先に襤褸を出すか奴等が先に襤褸を出すか、根比べよの。
「我らの暗殺は大義からなるものだ。侯爵様は我らを拾って下さった恩人。なればそれに従うのみ」
「そうだ。国に来て3ヶ月足らずの貴様にどうこう言われる筋合いはない」
「フム、拙者と似たようなものか。拙者もヴェネレ殿、及び今は亡き主君に拾われた身。王位の継承ならばヴェネレ殿が受けるべきだろう。主らとは相容れぬ」
「そうみたいだな。だが、どうするんだ? 捕まっている身じゃ何も出来ないだろ。お互い様にな」
忠誠心は本物。侯爵に救われた身か。確かにそうであれば王にしたがるのも納得がいく。
だが、拙者がそれを譲る訳にはいかぬ。自軍の為にも内通者を炙り出さなくてはの。
「一つ教えておこう。拙者、実はわざと捕まったので御座る。口裏を合わせての。今頃真の内通者は囚われ、ひっそりと処理されておる。主らの邪魔が入らぬよう、拙者自身が見張りと処刑役を承っておるのだよ」
「なに……!? ハッ、そんな嘘に引っ掛かるか。アイツはそんな風に隙を見せたりしない。俺達が処刑されようと問題無く事が運び、ちゃんと拠点に帰るさ」
「そうか。然し残念よの。その拠点には既に拙者の仲間が向かっておる。今頃侯爵の首が取られていよう」
「なんだと……? どう言う事だ!?」
フム、乗ってきたの。やはり侯爵の名を出すと効果的のようだ。
先程は嘲笑するように一蹴されたが、嘘でもこんなに反応が良ければ此方としても騙し甲斐がある。
「考えてもみよ。拙者らから何の連絡も無かったであろう? その間にこうなる懸念を予期し、下準備を進めていたのだ。今頃フォティア殿が懐へと忍び込み、寝首を掻いておる」
「フォティア……騎士団長か。それも嘘だな。数時間前に街から逃げた時、フォティアも居た。そこからどうやって取り入る」
「取り入る方法など幾らでもあろう。主らは戦力を欲している。なればそこに付け入るだけよ」
「街には嘘を見抜く魔道具がある。質問されればすぐにアウトだ」
「その対策も考えているに決まっているだろう。無策で取り入るなどする訳もない」
「なんだと? 魔道具を無効化する力があるのか?」
「媒体が魔力であればどうとでも出来よう。騎士団長の魔力を知らぬ訳もない筈。さすれば利用法など幾らでもある」
「……確かに魔道具の構造を詳しく知っている訳じゃないな……しかし腑に落ちない」
牽制し合うような問答。拙者は殆どを嘘で固めておる。地獄に行けば閻魔様に舌を抜かれてしまうの、これでは。
だが拙者の死後の事など今は関係無い。既に一度死した身。そうして拾って下さったヴェネレ殿が無事ならそれで良い。
さて、此処から更に畳み掛けようぞ。
拙者は立ち、カツカツカツと下駄を叩いて足を数回鳴らす。騎士は小首を傾げた。
「何をしている?」
「どうやら内通者が捕まったらしい。故に拙者はもう此処を発とうと思ってな。その合図よ」
「なんだと!?」
無論、嘘に御座る。然れど意味深な行動。今までの論争からして何も考えずにそれを起こしたとは思わなかろう。
この騎士のみならず、牢屋の騎士は皆が目に見えた焦りを起こす。後は野となれ山となれ。
「今の行動へ対し、返答の合図があれば目的を達成した証よ」
「何を言って──」
「出るぞ。キエモンよ。事態は無事に解決した」
「……!?」
その刹那、ファベル殿が丁度良く牢の鍵を開けた。これは元から話していた事。拙者が何かしらの合図を出したら牢を開けてくれとの。
拙者はそちらを見、嘲笑うように騎士へと視線を向ける。
「無駄な努力、ご苦労で御座ったの。今から国を叩きに行く。主らはそこで恩人が成す術無く討ち取られる様を眺めていると良い。そうだの……頭くらいは主の前へと差し出してやろう」
「テメ……!」
牢の扉を閉める。わざと少し遅らせ、隙を見せるように。
この者達も手練れ。故に本当にそうであると考えれば行動に出るだろう。
「させるか!」
「「……!」」
拙者とファベル殿を突き飛ばし、鍵を奪い取って騎士達は駆け出す。
直ぐ様その後を追い、騎士達の様子を窺った。
「な……普通……じゃないか……」
「「……!?」」
「オイ、アイツら……!」
「抜け出したのか!?」
「一体どうやって……」
「見張りは!?」
他の騎士達は敵へ視線を向けて困惑の色を浮かべ、その敵達も困惑して辺りを見渡す。
それにより、把握した。
「ファベル殿。見つけたぞ。彼奴らはあの二人へ先に視線を向けた」
「成る程……アイツらか……!」
拙者が窺っていたのはその視線の動き。
当然この騎士達は誰が本当の内通者かを理解している。故に捕まったと知らされ、事が悪い方向に運ぶ可能性を惟ればその内通者へ真っ先に視線が向かう。
無論の事騎士らしく目立つように目を移したりはせぬが、拙者の観察眼なればその隙をも見逃さぬ。最初と、続くように見た二人目が内通者に御座る。
「──捕らえろ! 内通者はマーヌとセーダの二人だ!」
「「「…………!?」」」
「まさか……!」
「チィッ……!」
辺りへざわめきと動揺が走る。
反応を示した二人は即座に出入口の方へと向かい、拙者が柔術の要領で打ち倒した。
そのまま固めるように二人の動きを止め、ファベル殿が動揺隠せぬ騎士達へ説明をする。
「皆の者! 内通者はキエモンではない! キエモンは本物を炙り出す為の囮だ! 皆に集まって貰ったのは本物の内通者を見つけ出す為! そして今キエモンが捕らえた二人がそうだ!」
「な……!?」「まさか……!」「そんな……!」「マジかよ」「キエモンじゃなかったのか! 良かったー!」「驚かせんなよ……」「人騒がせな奴だな……」
ファベル殿の言葉に各々が口々に告げ、場が制される。
二人を拘束し、元より敵であった者達も再び牢屋へと投獄する。
此処までが拙者の思い付いた考え。合図を出すので、それまでになるべく同じ場所に他の騎士達を集めて欲しいというもの。そうする事で視線を読んだ炙り出しが可能となる。問答も全て、相手へ少しでも焦りを与える為のもの。冷静さを欠いた人間が一番手玉に取りやすいのだ。
「なんでテメェら二人がスパイなんか……!」
「……ハッ、俺達はどちら派とかどうでもいいんだ。なるべく楽して良いポジションに付けたらな」
「だから進んで殺したりはしねえし、報告だけで今後良い立場になれる内通者を選んだって訳だ」
マーヌ殿とセーダ殿に対し、疑問に思うはよくつるんでいたカーイ殿。
二人は楽をする為に内通者となった。ファベル殿らも殺生は好まぬ故、生き残れる確率が高く危険も少ない。
確かに賢ければ敵の多い此方側より向こう側に付く筈だ。
カーイ殿は憂いを帯びた表情にて二人へ話す。
「なんで……なんで俺を誘ってくれなかったんだ!?」
「「ぐはっ!? つか、そっちかよ!?」」
……あまりよろしくない方向で。ついでに殴り付けた。口が切れたのか二人は出血する。口内の傷は辛いからの。
だがカーイ殿は補足を加えるよう説明した。
「いや、それでも俺はどちらかと言えばファベルさん達に付くとは思うけど、やっぱそこは友達として相談くらいはしてくれても良いかなってな」
「信用出来るかよ……。まあそれとは別に、カーイは少し真っ直ぐで自分に正直過ぎる。そして俺達みたいに媚びるのも性には合わない」
「だからまあ、今回は誘わず、成り上がれたら後々誘おうって方向になってな」
「そうだったのか……」
……なんとも良い性格をしている。然しまあ、カーイ殿は裏切る事は無い様子。この二人も戦況次第でどちらにでも転ぶ。
平和主義者などでは決して御座らんが、闘争は求めても暗殺などに直接は関与せぬだろう。
裏切りや戦場での流れの変化を見てきて審美眼が鍛えられている拙者が思うに、此奴等は放って置いても良さそうに御座るの。既にカーイ殿によって処罰も下されていた。拳でな。
「ファベル殿。こう言っては悪いが、おそらくこの者達は阿呆の類い。一先ず他の騎士達と共に牢へ放り込んでおけば何もせぬまい。拙者らが勝利した暁には何食わぬ顔で此方側へと戻っている姿が容易に想像出来る」
「……ウム、まあそうだろうな。元よりコイツらは私の部下。今まで見てきたものからして、都合の良い方に付く。そして今回の件も含め、己の仕事はしかと丁寧に塾す。利用するのもまた一つの手だ」
単純な者達。故に扱いやすさもある。居ると色々便利な者なので一先ずは生かす方向で閉じ込めておく事にした。
「そして、さっきの騒動で見た感じどうだった。キエモン」
「そうよの。怪しい動きをした者はおらず、仲間を確認する素振りも無かった。元々この二人は特定の三人で組んでいる仲。カーイ殿が関与していないのならばもう内通者はおらんの」
最終確認を終える。動き、視線、呼吸。ありとあらゆる気配に関与し、それを探ったが怪しい者は無し。これにて解決と見て良さそうだ。
ファベル殿は安心したように話す。
「そうか。これで今回の騒動は終わりだ。そろそろヴェネレ様の元へ行きたいが、私はまだ自由に動けぬ。ブランカ、ペトラ。お前達なら親しく、怪しくもない。頼まれてくれるか?」
「ええ。かしこまりましたわ。ファベルさん!」
「まかせてくれよ! ファベルさん!」
内通者はもうおらぬ。だがファベル殿はまだまだ自由には動けぬのでブランカ殿とペトラ殿に頼み、拙者と共にヴェネレ殿の所へと向かう事になった。
此方の兵力は確保完了。後はフォティア殿らの成果を待ち、ヴェネレ殿と合流からの話し合い。後に“シャラン・トリュ・ウェーテ”へと攻め入る。
国との戦に当たり、拙者らの下準備は順調で御座った。




