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其の漆拾漆 内通者

「成る程。内通者か。おかしくはないな。それこそ、此処に居る半数以上がそうであっても不思議じゃない」


「そうに御座るな。侯爵が何処まで手を回しているか、これまた難儀な事よ」


 一先ず洞窟の奥へと戻り、ファベル殿へと現状を報告した。

 表面上は取り繕う方向となったが各々(おのおの)の態度に疑心暗鬼が現れており、襲撃前までは近寄っていた者達に若干の距離が生じているの。これも内通者の目論見通りだろう。

 然し拙者とブランカ殿、ペトラ殿、サベル殿は変わらぬ距離に居る。お互いに内通者ではないと確信しているからだ。

 ファベル殿は更に説明を続けた。


「だが、今のところ内通者の目的はヴェネレ様。つまりこの場では居場所を知っているキエモンが狙いとなる。嘘発見の魔道具があれば楽なんだが、占拠された街に保管されていて取り出せないからな。追い詰め、逃げ場を無くして内通者を暴く方向にしよう」


 敢えて声に出し、これからやる事を告げる。

 内通者を追い詰める。そうする事で自ら襤褸ボロを出すのを待つのだろう。

 内通者は自分が犯人なのを知っているからの。精神的に追い詰め、封じ込めるように捕らえるのがファベル殿の考えだ。


「ではまず、捕らえた騎士達だ。各々(おのおの)で分断させたか?」


「はい。分けました。ファベルさん」


 捕らえた騎士達は同じ場所に留めない。情報を聞き出すに当たり、口裏を合わせられると面倒だからの。ファベル殿もそれを心得ていたようだ。

 それを踏まえた上での幾つかの模擬実践はこなしていただろうが、全ての質問を推察出来る訳もなかろう。絶対に逃れられぬ質問をすれば済む。

 土魔法によって近場の音も遮られ、本人は目隠しをさせて何処に居るかも悟らせぬ。助かりたい一心で出任せを言ったとして、嘘を見抜く道具が無くとも把握出来る。

 早速聞き込みが開始された。

 因みに、一応怪しまれている拙者は待機。ファベル殿が目測で絶対に内通者ではないと思っている騎士達が相手をしている。


「フム、退屈に御座るな」


 見張りに付きまとわれつつも外に出て、ボーッと裏側の空を見上げる。

 地上とも地下とも違うこの場所。改めて不思議な空模様よの。こんな時でなければのんびりと空を眺めて過ごせたと言うに、苦労は変わらぬ。


「ブランカ殿、ペトラ殿も尋問には混ざれず拙者の見張りとは堪ったモノでは無かろう」


「ま、私もキエモンを庇った側だからなー。こうなるのもしょうがないさ」


「そうですわ。元よりキエモンさんの事は理解していますもの。仁義に厚い貴方はヴェネレ様を裏切るなど決してしないでしょうに」


 拙者の見張りはこの二人。

 今居る者達の中ではそれなりに親しき関係性。拙者を庇ったが為に拙者の見張りへと回されたように御座る。

 因みにもう一人、親しきサベル殿は出入口付近を仲間と見張っておる。此方も此方で大変そうよの。他人事みたいになってしもうたが、同情はする。

 それもこれも拙者を信じてくれているからなのだがな。


「だが、尋問に加わらぬのは良き事だ。嘘を見抜く魔道具などが無い拙者の国では拷問……即ち痛みなどを与えて吐かせていた。我慢強い者が殆ど故、苦痛によって上げられる叫び声は嫌なものよ。主らがその感覚を味わう必要も無かろう」


「……。確かにあまり良い光景では無いですわね。想像もしたくありませんの。それならキエモンさんやペトラさんとお話出来ている今の立場の方がよろしいですわ」


「だなー。悲鳴とか、基本的に気分を害する。そう言う風になっているんだろうけどな。人間の本能的に。そうであっても苦しみを聞きたくないし、みずからで味わいたくもないや」


 尋問によって執り行われる拷問。

 それは決して穏やかなモノでは御座らん。

 鋭利な石畳に座らせては上から重石を乗せて肉と骨を砕いたり、両方から牛に引かれ、体を裂かれたり、短刀によって指を削ぎ落としたり、馬に括り付けて市中を引き回し、全身をズダボロにさせたりと、拷問や処刑は一種の見世物のような扱いであったが拙者は良い気がせなんだ。

 おそらくそれも本能なので御座ろう。侍であり、国に仕える兵士である以上明日は我が身。拷問や刑を受ける者を自然と己に重ねていたのやも知れぬの。


「そうだの。拙者も拷問はゴメンに御座る。刑を受けるのも遂行するのも体験したくないモノよ。その様な事をするくらいならば、今現在のように親しき者と空でも見上げながら言葉を交わしていたいものだ」


「そうですわね。私も今の状態は嫌いではありません事よ。殿方と空を見るなど今までした事もありませんでしたが、キエモンさんのような方なら歓迎ですわ」


「だな。どことなく穏やかなんだよな。キエモンさん。ヴェネレ様やエルミス、他にも色々と惹かれる人が居るのも分かる。頼りになるし、変な壁がないから話しやすいんだ」


「フッ、お褒めの言葉を受けるのは悪い気がせぬの。嘗ては怨み言を言われる日の方が多かった。相応の事をしているのだから当然よ。そうであっても、いずれは敵味方関係無く酒を酌み交わして笑い合える日が来れば良いと思うていた。世の中はそう上手く回らぬの。然れど美しきこの世界。一人で過ごすのは勿体無い」


「「…………?」」


 天下泰平。それこそが人々の望み。拙者はそれを一時しか味わえなんだ。

 己の武士道に従って散っていった生前への後悔は御座らんが、心残りはいくつかある。子供らの事と、仇敵であったとしても腹を割って話し合えば分かり合えたのでは無かろうかと言う懸念がの。

 嘗ての友も仲間も敵も全てを切り捨て、尊い命を奪った拙者(鬼神)

 何も拙者は、仲間を斬る為に己の腕を磨いたのではない。仲間を護る為に鍛えていたのだ。だが待ち受けていた現実は護るべき者を自らの手で終わらせた。もう二度と叶わぬ願い。辛き思い出は多いの。


「なんか、キエモンさんは別の次元を生きているように思いますわね。この世界の戦争ともまた違う、もっと血腥ちなまぐさいモノを感じますわ」


「どの国でも戦争はツラいと思うけど、キエモンさんは別世界の存在に思えるんだよな。“裏側”がそうだったように、魔法を使えない人が居るのも変じゃないって分かったけど、違和感がある」


「そうだの。戦場は同じ世界とは思えぬ所よ。拙者は戦場に慣れてしまったからこそ、そう言った印象を与えるのかもしれぬの」


 何となくであるが、拙者は既に死しており、何故かこの世に目覚めたという事は隠しておきたい。

 理由は自分でも分からぬ。だがそうすべきと確かに拙者が思っておる。不思議な感覚よ。

 そこへ、下から声が届いた。


「オーイ! 騎士達が吐いた情報をまとめるってよ! キエモン達もすぐに来てくれー!」


「相分かった。サベル殿」

「分かりましわ!」

「オッケー!」


 どうやら尋問が終わった様子。もうそんなに時が経っていたか。ボーッとしていると時の流れが早く感じるの。

 拙者とブランカ殿らは出入口前へと降り立ち、再び洞窟の中へと入って行った。



*****



「──単刀直入に言う。取り調べの結果、騎士達は口々に内通者はキエモンであると告げた」


「そんな……!」

「ちょっと待ってよ!」

「待たれよ、お二方。まだ話の途中よ。判断を下すのは早計に御座る」


 洞窟に戻り、一先ずは拙者、ブランカ殿、ペトラ殿、サベル殿の四人にだけファベル殿から告げられた言葉。

 それにブランカ殿とペトラ殿が抗議するような反応を示し、拙者はそれを制する。

 ファベル殿は更に言葉を続けた。


「その結果、キエモンじゃない事が判明した」

「「え?」」


 口々に拙者を内通者とする騎士達の言葉。その情報を纏め、総括した結果に至った結論。拙者の無罪放免。

 お二方は素っ頓狂な声を上げ、ファベル殿が更に詳しく状況を説明する。


「当たり前だろう。仮に内通者がキエモンとして、全員に告発されるのは人望が無さ過ぎる。明らかにおかしい事だ。内通者が誰か聞かれたらキエモンの名を告げるようにとでも指示があったのだろう。キエモンを陥れる事が敵の目的なら、そこでお前の名を出すのは却って怪しいという訳だ」


「「なるほど……」」


 以上の通り。

 確かに軽々と口を割り、内通者の名を出すのは変だ。

 一人二人ならまだしも、全員がそう応えれば逆に不自然という事になる。元より仮にそうだとして、乱心した拙者が口を割った者達を斬り伏せる可能性もあるのにそこまでの危険は冒さなかろう。


「基本的に魔道具頼りだったからか、こう言った事への対処が甘くなっているな。分断させたとは言え、少し考えれば分かるモノを。国を奪い返した暁には尋問対策も練っておかねばならんな」


「そうで御座るな。今回はそのお陰で助かったが、今後その様な事があれば自軍の不利になってしまわれる」


 拙者への疑いは晴れたが、少しばかり知恵が足りんの。ファベルは国が元に戻った時はまた教育し直すと肝に命じた。

 さて、となると残る問題は一つ……では御座らんが、今の状況から出来る事と思えば実質的に一つに御座る。


「はて、本当の内通者は誰なので御座ろうか」

「そうだな。何も考えずにキエモンと言っていたから誰なのかは分からぬままだ。やはり拷問をするしかないか。あまり気は乗らないな」

「……フム、ファベル殿。その事を知っているのは今は誰々がおるか分かるか?」

「む? ああ、私と絶対の信頼がある者達だけだ。まずはキエモンへと報告する必要があると考えたからな。だからまあ、キエモンが無実と言うのを他の騎士達は知らないでいる」

「そうか、ならば一つ提案がある。上手くすれば割り出せるやも知れぬぞ」

「ほう? 良し、このままでは埒が明かないからな。乗るとしよう」


 一つ妙案を思い付いた。

 その策略が上手く嵌まるかは分からぬにせよ、見つけられる可能性が少しでも上がるのならば試してみる価値あり。ファベル殿もそれに乗り、ブランカ殿らにも演じて貰おう。

 博打は趣味では御座らんが、可能性を見出だす為に拙者は行動を開始する。

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