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其の漆拾陸 襲撃

「さて、降伏する気はないかい?」

「急ですわね……先程の貴方の言葉、スゴくやる気満々と言った感じじゃありませんでした?」

「言っただろう。僕は風のように気紛れな性格なんだ。君達は戦力になりうる。そう易々と処刑するのは真夏で風通しの良い屋敷に居るのに窓を開けないくらい勿体無い。あくまで殺めるのも辞さないだけで、なるべく生かして捕らえる方向なのは変わらないよ。僕達の標的はヴェネレ様だけなんだからね」


 また奇っ怪な物の例えをするの。加え、拙者らを率いる方向に話が進んでいるようだ。

 然し狙いがヴェネレ殿である以上、拙者のやるべき事は一つ。


「そうよの。主らが降伏し、ヴェネレ殿側へ付くのなら考えよう」


「それは降伏とは言わないよ。やれやれ。貴重な戦力は今後の国を纏めるのに必要なんだけどね。仕方無いか」


 ──刹那、拙者の刀とリュゼ殿の杖がぶつかり合い、辺りへ一迅の風を引き起こした。

 一時的に押し合いの形となり、互いに弾いて距離を置く。


「まだ刃は抜かないのか。他の騎士達は容赦無く切り捨てたと言うのに」


「主程の立場であればより多くの情報を持っているに御座ろう。下手に殺すより有用性の高い方を優先するのは当然だ。例えどんなに戦力に差があり、勝ち戦だろうと情報一つで敗れる事もあるのだからの」


「勝ち戦に敗れる事がある……か。おかしいな。冬に吹く温風のようにおかしい。その言い方、まるで僕達の方が戦力不足とでも言いたいのかい?」

「そうだが?」

「成る程。舐められるのはジメッとした風くらい嫌いだ」


 杖を振るって風を引き起こし、その隙間を読んで身を翻しながら鞘を突く。

 リュゼ殿は飛び退くように避け、無数の風刃を放出。それら全てを斬り伏せていなす。

 フム、経を読んでおらぬな。向こうも割と拙者を舐めているように思える。


「最初の一撃の時点で見切れませんでしたわ……」

「これが国の最高峰の戦闘……キエモンさんも団員の立場でありながら団長クラスと張り合っているな……A級相当からS級相当の魔物に勝ったって噂、マジだったみたいだ」


 拙者とリュゼ殿の戦闘の横にてブランカ殿とペトラ殿が話す。

 騎士となりて早二ヶ月。然しまだ経験不足も目立つ彼女ら。呆気に取られ、動けないように御座るの。

 だがリュゼ殿が連れて来た騎士達も動いておらん。互いに出方を窺っているのだろうか。


「ブランカ殿。ペトラ殿。どちらか、もしくは二人。この事を彼らへと報告へ。騎士団長の襲来とあれば迅速な対応が優先だ」


「は、はい! 分かりましたわ!」

「分かった。けどキエモンさん、一人で平気なのか?」

 

「問題無い。リュゼ殿以外ならば即座に切り捨てる事も可能だ」


「「「……!」」」


 念の為にファベル殿の名は出さず、ブランカ殿らを使いに向かわせる。

 外套を身に纏い、顔を隠しておる騎士の面々も拙者の言葉に少し反応したの。やはり下に見られるのはあまり好いておらんご様子。

 この者達が如何程の実力を有しているかはともかく、先ずはこの洞窟から引き離す事が第一に御座ろう。

 最悪、リュゼ殿さえ引き離せればこの程度の人数、負傷しているファベル殿でも十分だ。


「逃がすな。追え。僕はキエモンの足止めをする」

「「「はっ!」」」

「十分ではあるが、行かせる訳にはいかんの」

「「「……!」」」


 行動に移る瞬間、拙者が複数人を斬り伏せて止めた。

 だが今回は峰打ち。城では頭に血が上っていた為に何人かは殺めてしまったが、なるべく殺したくは御座らんからの。

 だが、誰も殺さず事が済むなど絶対に無いモノ。敵にも相応の信念があり、目的の為ならば命を捨てる者が殆どだからだ。

 絆されたりするのはその信念が所詮はそこで終わる程度ものだったから。それか単なる腕試しなど、殺す必要はない場合。大概の者はそうに御座ろう。

 以前の月からの使者達も死ぬ覚悟はあった。信念無き目的の先に待つは屈辱的な敗北だけに御座る。虎に化ける欲望に囚われたならず者がその一例。果たしてこの者達の目的に信念はあるか。見定めるとしよう。

 信念があるならば強者つわもの。無ければ難なく勝てる。さて、やろうぞ。


「…………」

「……っ。詠唱する暇がないね……!」


 踏み込みと同時に眼前へと迫って刀を振り抜く。

 リュゼ殿は辛うじてかわし、空へと舞って空中から拙者を狙った。


「風の精霊よ。その素晴らしき力を我へと与え、敵を吹き飛ばす。“ブロー”!」


「……」


 簡易的な経を読み、それに見合わぬ暴風が吹き荒れて洞窟の入り口付近と周囲の大地を抉り取るように吹き飛ばした。

 土塊と木々が舞い上がっては縦横無尽に飛び交い、突風の嵐とそれら物質が拙者の元へと打ち出される。


「…………」


 刀を使い、土塊や瓦礫は両断。片手に持った鞘にて暴風を相殺。

 この程度の攻撃は今更とも言える。風の隙間を突き抜けて直進し、その肩を貫いた。


「……ッ! 優しいね……狙おうと思えば首を狙えた筈……」

「…………」

「分かってるよ。敢えて殺さないように立ち回っているってね……! さっきの理由から!」


 相変わらずこの世界の者は話が好きなようで御座るな。満身があるのもその要因か。一人でペラペラと喋っておるわ。


「けど、その手抜きが仇にな……ッ!?」

「…………」


 何かを続けるよりも前に肩に突き刺した刀を回転させ、肉を抉る。同時に外側へと斬るように引き抜き、肉片と鮮血が空中に散った。


「リュゼ様!」

「今お助けを!」


「…………」


 周りの騎士達が身を案じ、風魔法を撃ち出す。

 囲んでいた者は皆意識を奪ったが、やはり物陰に何人か潜んでいたの。把握済みよ。


「さて、残るは何人か……」

「「「…………!?」」」

「いつの間に……!」


 駆け抜け、隠れていた騎士達を討伐。殺しては御座らん。ただ意識を奪っただけ。

 しかと連携も取れておる故、邪魔に入られると面倒だからの。


「けど、距離を置くのは僕の前じゃ愚策だよ! ──風の精霊よ。その美しい力を我に込め、対象を射抜く。“ウィンドアロー”!」


 拙者に向けて風の矢が複数本射出される。

 この矢の雨。戦場を思い出すの。風故に斬ってもそのまま降り注ぐが、同じ風なれば相殺も出来よう。


「…………」

「……! 倒れた大木を振り回して爆風を……!? 無茶苦茶するね……!」


 風にて風を打ち消す。同時に木を放り、その上へと着地。そこから踏み込み加速して空中のリュゼ殿へと迫った。


「投げた木を足場に……なんて瞬発力……!」

「…………」


 杖を振るい、暴風からなる膜にて拙者を押し返す。

 されど既に布石は打ってある。拙者の背後からそれが迫った。


「……」

「……!? 放り投げた木……そのまま迫っていたのか……!」


 布石と申したが、木で御座ったの。

 放った木は真っ直ぐに進み、リュゼ殿は辛うじて避ける。その先へ峰打ちの要領で脳天を叩き付けた。


「カハッ……!」

「一本」


 峰打ちとは言え鉄の棒。強く当たれば死する故、意識を奪うだけの為に加減はした。

 リュゼ殿はほうきから落ち、


「フム、成る程の」


 ──風となって消え去った。

 その事からするにあれはまた分身の類い。魔力を使った実態のある存在……前の老婆が近いかの。

 それを独立させて操っていた。此処まで自らで赴く事は無かろうか。


「……いつ頃に入れ替わったのて御座ろうな」


 刀の先を見、付着した血液に視線を移す。

 初めは本物のリュゼ殿だったであろう。分が悪いと判断し、退散した。考えうる入れ替わり時は身を潜めていた騎士達を打ち倒した時かもしれぬな。確かに数秒は目を離した。

 肩を深く切り裂かれた時点で勝てぬと判断しての行動。見事な撤退劇よ。

 騎士団長ともなれば状況判断能力にも長けておる。そうでなくてはなれぬのだろう。


「キエモンさん! 連れてきましたわ!」

「ちゃんと臨戦態勢に入ってるぜ! キエモンさん!」


 するとそこへブランカ殿とペトラ殿が何人かの騎士を連れて姿を現した。

 者達は辺りを見渡し、疑問に思うよう訊ねる。


「あれ? リュゼさんは?」

「撤退した。切羽が詰まっていたので御座ろう。何人かの騎士は放置しておる」

「撃退したという事ですわね!」

「そうに御座るな。無事、敵を撃退した」


 良い風に言えばそうだが、厳密に言えば逃げられただけ。

 然し撤退させたという方向に纏まれば自軍の騎士達の士気も高まろう。こう言った言葉の印象で戦況を動かすのも戦には必要な事に御座る。


「騎士達の回収を。いくらかの情報は持っているに御座ろう。加え、此処は敵に見つかった。離れる準備も必要だの」

「そうですわね。一体どこから情報が漏洩したのでしょう……」

「分からぬの。付けられた気配も無い。ともすれば……」

「始めから内通者が居た……?」

「その可能性は高いの」


 考えられる可能性。それは内通者が居るという事。

 狙い済ましたかの如く様。その結論に至るのは必然。はてさて、難儀なモノよ。

 それにつき、疑われる者は既に決まっている。


「お前が連れて来たのか……キエモン……!」

「……違うのだが、疑われるのも無理はないの」

「何を達観的に見ているんだ!」


 拙者が加わると同時に敵が現れた。つまり犯人は拙者の可能性が高い。

 始めからそうなる事は分かっているのだがな。弁明のしようがない。


「待て、マーヌ、セーダ。確かに怪しいが、キエモンも狙われたろ。断定するのは早いと思うぜ?」


「甘いぞ。カーイ。疑われ無いようにする為、口裏を合わせて襲撃を装った可能性もある。時間はあったんだからな。事実、キエモンが来た瞬間にリュゼさん……いや、リュゼが攻めてきた」


「ああ。このタイミング、キエモンしか考えられないだろ!」


 拙者を擁護してくれるカーイ殿と、反論するマーヌ殿にセーダ殿。

 どちらの言い分も有り得る事だが、やはり拙者が来ると同時に襲われた事が一番の問題となっているな。

 そこへ、ブランカ殿らが口を挟んだ。


「……。けどおかしいですわ。キエモンさんはこの場所を知らなかったんですもの。それに連絡手段もありません。仮に内通者として、もう少し経てから来なくては逆に怪しまれませんか? 自分が来ると同時に仕掛けるなど愚策でしかありません」


「だよな。だって自分が内通者ですって言っているようなモノだ。流石にそんなアホな人は内通者に選ばれないだろ」


 それもその通り。仮に拙者が内通者であっても暫くは様子を見てから仕掛けるであろう。少なくとも自分が来た瞬間に攻め入る事はせぬ。

 此れ即ち、


「本物の内通者がキエモンを嵌めようとしているって事か?」


「「「……!」」」


 サベル殿が続きを申された。

 拙者が来る時を狙っての騒動。即ち敵が拙者を陥れようとしているという事。

 何故その様な事をするのか。大凡おおよその検討は付いておる。ヴェネレ殿関連の事に御座ろう。

 彼女の護衛だからこそ第一に狙われる。それは当然の事。このまま此処から追い出されれば拙者が向かう先はヴェネレ殿の元になる為、何かと理由を付けてそこへと同行し、隙を見てヴェネレ殿を暗殺しようという魂胆に御座ろう。

 だがそんなヘマはせぬ。信頼出来る者以外の同行はどうあっても阻止する気概。思惑通りには進まぬぞ。


「だとしたら誰が……無論、キエモンの疑いが完全に晴れた訳でもない」


「その様だの。それもこれも全て、口を割るかは分からぬがこの者達へ聞いてみるとしよう」


「現状、それしかないな。必ず尻尾を掴んでやる……!」


 サベル殿の言葉へ頷き、一先ずのこの騒動は一時的に蓋をする。

 臭い物に蓋をしただけとは言え、内通者の事を考えれば互いが互いに疑心暗鬼となっては元も子もないからの。それこそ相手の思惑通り。

 此処は全員が怪しく思いつつも表面上は取り繕い、やれる事を冷静に対処すべきに御座る。


「では、一度奥へと戻りましょうか。これでまたリュゼさんかもう一人の騎士団長が現れれば好都合ですわ」


「向こうもそれを理解しているだろう。襲撃の直後は何気に話し合いをしやすい頃合いに御座る」


 攻め込まれた直後だからこそ纏まりやすくなる。内通者にも幾つかの作戦は漏れてしまうが、最重要部分だけは抑えて置くとしよう。

 騎士団長、リュゼ殿の襲来を撃退し、始まった内通者騒動。拙者らの逃避行、及び戦力集め。まだ暫く掛かりそうだ。

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