其の漆拾参 恩義
──“教会”。
「成る程ね。それでここに……無責任に励ますのは良くないと思うけど……大変だったね」
「うん……」
『クゥーン……』『ニャー……』『カァ……』
「ふふ、ありがと。君達……」
一先ず町からは追放された。故に拙者らは他の者達が近寄らぬミル殿達の居る教会へと足を運んでいた。
事情は説明し、彼女は迎えてくれる。
此処ならば比較的安全。敵の最終的な目標はヴェネレ殿の暗殺。あまり外には出れぬの。此処が森で良かった。食料には困らぬ。
「へえ。こんな所に教会がねぇ……子供達は元気みたい」
「きしだんちょうのおねえちゃん! あそぼ!」
「あそぼー!」
「うん、良いよー」
子供達の相手はフォティア殿がしてくださっている。
意外と手慣れている様子。その表情からしてもどうやら子供好きのようだ。
「みんな。今日から何日かお姫様や騎士さん達と一緒に過ごす事になりそうだからあまり迷惑掛けないようにね!」
「これから一緒に!?」
「わーい!」
「めーわくかけないよ!」
「そう。じゃあ、今はお外で遊んできて。あまり遠くには行かないでね。お姫様達と少し話したらみんなで遊ぼう」
「「「はーい!」」」
ミル殿が子供らへと話、纏めてくれた。
詳しい事情は大事。故に遠ざけてくれたので御座ろう。
各々で少し修繕された椅子に腰掛け、大人組みで話をする。
「して、ミル殿はご無事だったのだな」
「まあね。私は一応ヴェネレ様専属の側近だから、何週間か振りに教会で1日を過ごす事にしたの。で、それが1週間と少し前の事。色々とゴタゴタしていたから少しの間ここで休暇にしたんだけど、キエモン達が帰って来たと思ったらそんな事になっているなんて思わなかったよ」
ヴェネレ殿の側近と言う役職に就くミル殿だが、拙者らが留守にしている間は教会の方に帰っていたらしい。
城に仕えるだけで給与は良い。なのでそれを使い、休みのうちに教会の修繕等をしたのだろう。椅子を始めとし、見れば全体的に整っていた。
「だが、ミル殿にとっては良かったやも知れぬな。内輪揉めや権力闘争に巻き込まれては子供達も危険に晒されていたかもしれぬ」
「それは……そうかな。侯爵とは会った事が無かったけど、そんな事を考えている人だったなんてね」
城の手伝いもするにはするが、主にヴェネレ殿専属。故にミル殿らは巻き込まれず救われたと考えて良さそうだ。
フォティア殿はそこから話す。
「それで、別に孤立無援って訳じゃないみたいだね。ファベっち達も負傷はしたみたいだけど逃げ仰せたとは言っていたし」
「そうであるな。リュゼ殿はファベル殿らを“一派”と言っていた。即ち派生があるとの事。これを思えばまだ味方はおる。事実、新人であるブランカ殿やペトラ殿が先程の騎士らの中にはおらなんだ。偶々別の場所で待機していた可能性や、今日は居なかっただけの可能性もあるが、ヴェネレ殿と深く交流していた面々。ブランカ殿らとファベル殿にサベル殿は頼れるかもしれぬ」
先程の騎士達。知り合いと言えばそうであり、あの二月で少しは親しくなれていた者らだったが、そこに最も親しい者達は居なかった。
此方の陣営は騎士団長二人に姫君。その他の騎士達。復権はまだ考えられる範囲内に御座るな。
「……。話し合ってどうするの……もうパパも居ないのに……仮に勝てても幸先は絶望的だよ……」
建物の端にて俯き、涙で目を腫らしたヴェネレ殿が呟くように話す。
精神的にかなり参っている様子。折角月への手掛かりを掴めた矢先に父君の死が告げられ、国が乗っ取られていた。その心労は計り知れなかろう。
「大丈夫に御座る。拙者らにはヴェネレ殿が居るからの」
「なんでそう言い切れるの……大丈夫なんて気休め要らないよ……」
「気休めでは御座らん。拙者はそう確信しておる」
「なんで……なんで信じられるの……!? 私、王族ではあるけどまだ何も慣れてない……ママみたいな綺麗でカッコいいお姫様にもなれてない……! 前のリッチの時もほとんど何も出来なかった……! 信条も目的も信頼も強さも何もないの! 私はただの飾り……たまたま両親が王族だっただけの……普通の女の子だよ……」
話している途中に涙ぐみ、鼻声になって掠れる。
こうも後ろ向きのヴェネレ殿は珍しい。いつもはもっと活発なのだがな。
「では、これから国の王となれば良かろう」
「そんな簡単に言わないで……! 無責任に言わないで! もう無理だよ! 私はそんなものになれないの!」
「なれる」
「なれない!」
「なれるぞ」
「なれないって言ってるでしょ!? いい加減にしてよキエモン!」
感情任せに立ち上がって杖を取り出し、魔力を込める。そのまま経を読まずに杖先から火球を放出した。
火球が拙者に迫り、ヴェネレ殿はハッとする。
「ダメ……避けて! キエモン!」
「…………」
「ちょ……!」「キエモンさん!」
その言葉を発した瞬間、火球が直撃。エルミス殿とミル殿が慌てて水魔法を使い、拙者に燃え移った火を消した。
ヴェネレ殿は拙者へフラフラと歩み寄る。然し立ち止まった。
「キエモン……」
「問題無い。姫君へ口答えしたのだ。相応の報いは受ける所存」
「なんで……なんでキエモンはそこまで私にしてくれるの……? 前に一度助けた恩なんてもうとっくに返されてる……むしろ私の方が助けられてるばかり……なのになんでキエモンは……!?」
魔法を放ったからか少し冷静になり、膝を着いて涙を流しながら訊ねるように話す。
そもそもの理由である、ヴェネレ殿に救われた命。その恩はもう返されているとの事。はて、何故ヴェネレ殿はその様な事を申されているのか。それこそ疑問よの。
「何故、か。その様なモノ、当然過ぎて考えもしなかったの。この国へ来た当初の恩など切っ掛けに過ぎん。一宿一飯の恩。拙者を城へと招いてくださった恩。其れは一生掛かっても返せぬ代物。武士足る者、其の恩義の為ならば命を擲ち、賭す所存。恩義の為ならば国一つなど容易く討ち滅ぼして御覧に入れよう。拙者の忠義はヴェネレ殿に在り。この命、主と共に朽ち果てるまで御預け致し候。拙者の生涯は主の為に存するモノに御座る!」
「……っ。……それがキエモンの覚悟……武士道ってやつ……?」
「無論だ」
「命を……私なんかの為に捨てられるの……?」
「当然よ。して、ヴェネレ殿は“なんか”では御座らん。大切な人よ」
「……っ。なんでそこまで……」
「理由なら今しがた御伝え申した。それともまだ足りぬか?」
「…………」
その心意気は始めから変わって御座らん。拙者は一目見たその日からヴェネレ殿へ仕えると決めていた。
例え其れが如何様な修羅の道であれ、地獄への導であったとしても。
拙者は悪鬼。人の理を疾うに外れた鬼神。ヴェネレ殿の為ならば三千大千世界をも討ち滅ぼし、天上の仏様。地獄の閻魔様すら斬り伏せてしんぜよう。
「…………。うん……キエモンがそのつもりなら……私も……もう少し……頑張れるかな……」
「必ず出来る。そう確信しておると言ったであろう。我が主、ヴェネレ殿よ」
「ふふ、ありがと……キエモン……」
まだまだ立ち直った訳では御座らんが、少しでも元気が戻ってくれたのなら何より。
何度も述べるように気休めなどでは決してない。ヴェネレ殿が生きてさえいれば“シャラン・トリュ・ウェーテ”へ真の意味で帰れる事だろう。
「……なんか、ヴェネレ様に勝てなさそうです……」
「私も丁度そんな気がした。……だが、あれはあくまで家臣として。チャンスはあると思わないか? お互いにな」
「え? マルテさん……それって……」
「エルミス。君と同じだよ。俗に言うライバル同士ってやつだ」
「……ま、負けません……!」
拙者とヴェネレ殿の一方で、マルテ殿とエルミス殿が何かを話していた。
よくは聞こえぬが、勝てないや負けないと言う発言からするに、既に現“シャラン・トリュ・ウェーテ”奪還戦について話し合っているので御座ろう。流石だの。あの二人も。
話の纏まりが見えてきたところでフォティア殿が言葉を続ける。
「……とりま、話はその方面で進めて良いのかな? っし、不本意で参加している騎士達も居るだろうし、相応の刑罰は与えるとして、何より先にあの侯爵を討ち取った後で向こう側に付いている騎士団長を何とかしなきゃならなそうかな。あとファベっち達と何とかして合流しなきゃね。国の半数以上が敵となると厄介だし」
「そうに御座るな。権力者に従わなければ自分と家族が被害に遭う。故に従わざるを得ない者もおろう。拙者とフォティア殿が既に討った騎士らがその可能性もあるの」
「そうだね……。けど、これはもう戦争の領域に到達してる。向こうも向こうで覚悟の上だと思うよ。裏切り、こちら側にウチが居た以上、もう別れとかは済ませてると思うしね。殺害も辞さない……」
誰だって人は殺したくない。先程まで動き、生きていた者が血や体内の物を流して朽ちる様は何度見ても無情の虚無感に包まれる。
それこそ生まれながらの人斬りか殺戮者くらいしか嬉々とするか何の感情も持たずに人を殺める事は無かろう。拙者も必要とあらば人は殺めるが、そう言った哀れな者に成り下がるつもりは毛頭御座らん。
何にせよ、多くの人死にが出るのはほぼ間違いない。戦と言うものはいつの世も始まる前から億劫よの。
「じゃあ、ファベっち達が行きそうな逃走経路を割り出すよ。“シャラン・トリュ・ウェーテ”の大雑把な地図がこんな感じだから……まあ、東西南北。各種方面が候補だね」
「流石に城の向こう側は無さそうだ。そこは除外しても良かろう」
「だね。お城から遠ざかるように離れる筈だから、一旦街の外に出てから迂回する可能性はあるけど今の段階では除外かな」
「あ、この辺りとか丁度隅になっていますよ?」
「フム、こちら側も見張りが居なければ隙が突けそうだな。私はよく夜番をしていたから信憑性は高いぞ」
各々で話し合い、ファベル殿らが行った可能性の高い道筋を推察する。
箒にて移動したならは隣国なども候補に入ってくる。移動手段が豊富なのも考えものだな。
何にせよ、拙者らは先ず合流と兵力の拡大を志す。
国が乗っ取られ、追いやられた現在、そうであっても反撃の為に着々と準備を進めていくので御座った。




