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其の漆拾壱 月の王族

 ──“建物内”。


 シスイ殿の案内の元、城の中へと入った拙者らは興味深く辺りを眺めていた。

 造りは“シャラン・トリュ・ウェーテ”などより、どちらかと言えば拙者の国の物に近く、赤を基調とした床や天井が広がっておる。そうであってもやはり程遠いがの。

 フム、拙者自身が行った事は御座らんが、みんの構造に一番近いのかもしれぬ。確か外来の者がそんな事を話しておった。

 赤い柱が連なり、窓の外には海中の景色が映り込む。……む?


「……海……?」


「はい。認められたアナタ様方がお入りになられたのならば、もう地上に留まる必要はありませんので。詮索されたら面倒ですからね。しかしご安心を。閉じ込めたりはせず、アナタ様方の目的が達成され次第また地上へと戻ります」


「そうか」


 成る程の。拙者らが入った瞬間に沈み落ちていたので御座ろう。

 夜の海だが月明かりが差し込んで視界は確保出来、そこを泳ぐ魚達が流れるように通り過ぎる。


「変わった造りのお城だね……レンガは使っていないのかな? 大理石が主体になってるっぽい」


「基本は海の中ですからね。水圧に強く、なるべく目立つ色合いにしているのです」


「あー、確かにそうだね。海の中だと暗かったり青かったりで見えにくいかも」


 城の材質など、他愛ない雑談をしながら渡り廊下を行く。

 此処も赤い敷物、“れっどかぁぺっと”と謂われる物を敷いているの。それについてはヴェネレ殿の城とも同じに御座る。

 然し提灯ちょうちん暖簾のれん等、馴染み深き物が多い。この世界での城は“しゃんでりあ”なる物や蝋燭の燭台が明かりとして使われているが、何となく懐かしさを覚えた。


「ここが貴賓室となります。ここは王政。今現在の王は前述したよう私が承っております」


「現在の王は主だが、あくまで仮初めの王……故に現在の主は“我々”と告げたのか」


「ええ、仰る通りです。仮初めの王、名を貴方様に頂いたシスイと申します」


 改めて頭を下げられ、貴賓室へと入る。

 そこは明るく、広い部屋で御座った。床には廊下と同じく赤い敷物が敷かれており、天井からは造形が提灯に近い照明が吊り下げられている。

 壁際には高そうな調度品が置かれ、相変わらず空から見える海には魚達が舞い踊っていた。


「……。して、彼奴等は一体?」

『『『ようこそ御越しくださいました。我らが主様。及び護衛の皆様』』』

「わあ……マーメイドだ……」


 まぁめいど? 冥土の一種に御座ろうか。

 それが何かは分からぬが、あの姿はどう見ても──


「人魚では御座らんか?」

「人魚は知ってるんだキエモン。あ、人魚もマーメイドも同一種……みたいな感じだよ? 呼び方の違いかな?」

「フム、成る程。それだけの差に御座るか」


 “まあ、冥土”とは人魚であったか。

 然し拙者が絵巻で見た物とは随分と違うの。絵と実物が別物なのはよくある事に御座るが、かなり人間に近い見た目よ。頭のみならず上半身全てが人の姿とはな。

 生物的にも人間に近いのか、胸など貝殻で隠しておる。ほぼ隠せておらぬと指摘するのは無粋か。


「へえ。マーメイドってウチ初めて見たよ。滅多に人前に現れないもんねー」


『『『ウフフフ……♪』』』


「ウム。食えば不老不死になると言う。だからこそ滅多に姿を明かせぬのだろう。食われるからの」


『『『え゛……!?』』』


 拙者の言葉に不敵な笑みを浮かべていた人魚らの表情が強張る。そして魚の尾を器用に扱い、ササッと拙者から距離を置いた。

 やはり警戒心は高いの。此処は一つ言っておこう。


「案ずるでない。拙者、不老不死など興味がない故、主らを食う事はせぬよ。人間の部分は兎も角、魚の部分の味は気になるがの」


『『『ヒッ……!』』』


 サササッと、更に距離を置かれた。

 ウム、今のは一言多かったの。反省せねば。何にせよ出迎えてくれたのは人魚。やはり俗に言う人が此処へ来る事は滅多にないのであろう。


「どうぞお掛けください。皆々様方。アナタ方はお客人。やましい事は御座いません」

「うん……本当に裏がない……善意で言ってる……」

「セレーネ殿が言うのなればそうなのだろう。元より信用もしつつあった。それが確信に変わるのは良い事だ」

「だね! やっと月の国の手掛かりが掴めるかも……!」


「「あ……キエモンの隣……」」


 セレーネ殿が確認を取って座り、その隣には拙者が。その隣にはヴェネレ殿が掛けた。

 それを見、マルテ殿とエルミス殿が謎に反応を示す。はて、何で御座ろうかの。

 何にしても低い机を囲むよう、全員が座る事は出来た。


「さて、アナタ様方のお聞きしたい事とはなんでしょう。我らの主になる訳ではなく、その事があって呼んだみたいですからね」


「話が早いね。単刀直入に言うけど、“月の国”について知っている事を全部教えて」


 シスイ殿が訊ね、こう言った交渉の場に慣れているヴェネレ殿が話を進める。

 聞きたい事は“月の国”。

 この城も気にはなるが、一先ずはいずれ敵対する可能性もあるそれについて知る事が重要で御座った。


「分かりました。全部ですね。……コホン、“月の国”とは古来より月に顕在する国であり、この地上世界とは比べ物にならない程の力を有しております」


「……! 月って……本当に空に浮かんでいるあのお月様!?」


「はい。この星から約30万㎞離れた場所にあるお空の月で御座います」


 先ずは一つ目の情報。“月の国”とは比喩ではなく、本当に天上の月にあるらしい。

 ヴェネレ殿らは大変驚いているが、拙者の国には月の伝承が多々あるからの。大きくは驚かぬ。驚き自体はしたがの。

 シスイ殿は滔々(とうとう)と綴る。


「……続けます。いずれも高水準の魔法を使い、かつてはこの地上と交流があり、数百年前にとある魔神・邪神の類いを討ち滅ぼした後、それを機に地上を離れ、二度とその姿は見せませんでした」


「魔神と邪神……って、数百年前!? なんか、遥か昔ではあるんだけど凄く最近のような……」


「そうですね。割と最近です。離れた理由は地上世界の育成。独自に進化をさせる時、どの様な変化が訪れるかの経過を見ておりました」


「まるで実験されてるみたい……」


 おそらくかつては月の者達が色々と手助けをしてくれたようだが、他者へ頼りっぱなしなのを鑑みて方針を変えたのだろう。

 ヴェネレ殿の呟きへ何とも言えぬ表情をし、話す。


「そして、最近になって地上の様子が再び気になり、十数年前に再び使者を送りました」

「十数年前……つまり20年も経っていないんだね」

「はい。本当に最近です。その使者は残念ながらお亡くなりになってしまいましたが」

「え……それは……その……すみません」


 既に使者は死しているとの事。

 ヴェネレ殿はハッとして申し訳無さそうに謝罪をし、シスイ殿は小さく笑って返す。


「ふふ、構いませんよ。月の民も人の身。いずれはその命を落とします。気の毒なのは……その使者のお子様です、ヴェネレさん。残される者はいつの世も苦労しますから」


「お子様……子供が居たの?」


「はい。その使者は月の国ではそれなりの地位におり、この星の男性へ恋に落ち、結婚して子供を授かりました」


 地上へ降り立った使者には子供が居た。

 何年間生き残れたのかは分からぬが、最大で二〇年間、死するまでに猶予があったのなら子供をこしらえる事もあるだろう。

 少なくとも月の民もこの世界の人も同じような人種ではあるようだからの。


「それなりの地位……って……」

「“月の国”の王妃の妹君です」

「王妃の……兵士ですらないんだね。それがなんで地上の調査に……危険も多いんじゃないの?」

「はい。故に我々は止めました。しかし妹君は申されました。きっと地上は良い所。私が行っても無事な程に。その結果、妹君の死はあくまで病。戦などに巻き込まれる事もなく、大往生です」

「なるほど……」


 運悪く病を患ってしまったが、自身の身を以て安全を証明した様子。

 その為に二ヶ月前、月から再び使者として海龍殿らの仲間が来たのであろう。結果的に被害は出なかったが、月の国が何を考え、望んでいるのかは分からぬの。

 その話を聞いていたヴェネレ殿は次第に表情が曇り、吐息で述べるかのように言葉を発した。


「その……乙姫様の名前は……」

「──“ヴェーガス=ルナ”」

「……っ」


 その名を聞き、ヴェネレ殿は形容し難い表情となった。

 乙姫とはかの伝承に出てくる姫君の名ではなく、姫君の妹の総称。それを訊ねて今に至る。

 聞き馴染みのない名前だが、此処までの話を聞けばある程度は察しが付く。


「……。ヴェネレ殿の母君で御座るか?」

「うん……お母さんの名前と旧姓……」


 やはりと言うべきか、その名はヴェネレ殿の母君。

 シスイ殿は更に言葉を続ける。


「ふふ、やはりそうでしたか。──ルーナ様」

「……!?」

「るぅな?」


 また出てきた、別の名。

 ヴェネレ殿は驚愕の表情となってシスイ殿を見、当のシスイ殿はセレーネ殿とヴェネレ殿を交互に見た。


「セレーネ。ルーナ。それらは別の呼び方でありながら、同一人物である月の女神から付けられたモノです。貴女様のシュトラール=ヴェネレはあくまで仮の名。本名は、月の王妃が決めていた妹君の娘様の名は、ルーナ。“ヴェーガス=ルーナ”で御座います。おそらく、心当たりは御座いますね? ヴェネレ様」


「…………」


 シスイ殿の言葉にまた表情が強張る。

 ウム、もはや何が何やらで話が追い付かんの。元よりこの世界の在り方を詳しく知らぬのもあり、新情報を得るたびに混乱する。

 だが、当のヴェネレ殿は色々と知っているようだ。


「ヴェネレ殿。その名に心当たりが?」


「う……うん……えーと……大事な名前だから結婚する時にだけ相手の旦那様に教えるようにって昔言われて……。……キエモンになら良いかな。ここまで言われちゃったし……。──私の本名はルーナ=シュトラール=ヴェネレ。ルーナは隠し名でヴェネレは旧姓のヴェーガスから頭の文字を取ったんだって……」


「そうで御座ったのか」


 何故そこまでひた隠しにしていたのかは分からぬが、立場的に思えば珍しい事もないの。

 拙者の国でも名を変えて隠れ住む大名や武将はおった。“月の国”も似たような理なので御座ろう。


「それってウチらが聞いちゃって良い系?」

「さあ……しかし、言い触らしたりしなければ良さそうです」

「そうだな。流石にヴェネレ様が隠していた事を露見させたりはしない」


 情報の波によって理解が追い付かぬが、重要な事なのは間違いない様子。

 然し此処に居る者達は皆が信用に値する存在。他の所へ漏れる事も無かろう。


「さて、他にお聞きしたい事は御座いますか?」

「えーと、“月の国”の目的とか、月までの行き方とか……国に重要そうなのはそれくらいかな」

「フム、残念ながら。目的についてはお答え出来ませんね。最重要機密事項ですので。月への行き方は現状、月の民達の船に乗る以外は分かりません。我々も基本的には此処で過ごしており、たまに行く報告は向こうから迎えが来ますから」

「そうなんだ。うん、ありがとう」


 やはりと言うべきか、あまり重要過ぎる事は言えぬとの事。

 確かに今回、重要な話は耳にしたがあくまでヴェネレ殿周りの事が多い。本人が知らぬ素性までが最低限の範囲なのだろう。


「さて、他には?」

「うーん、特にないかな。後は言えなさそうな事ばかりだろうし」

「そうですか。では、お帰りになりますか?」

「うん、そうするよ」

「分かりました。城を再び浮上させます」


 話は終わった。存外早く済んだの。得られた情報も多い。後は国にて纏めるくらいか。

 海の民。その現主から色々と話を窺った拙者らは、地上へと戻るのに御座った。


 ──そして、それがまた別の問題を呼び込む結果に繋がるのを、拙者らはその日に知る事となる。


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