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其の漆拾 試練

「方法と申すのなれば、話し合いが望ましいところよの。海の人」


「おや、貴方は……魔力を感じませんね。それにその佇まい、雰囲気。まるでこの世の者では無いようです」


「この世の……まあ、強ち間違ってはおらぬの」


 現れた者へ質問をし、彼女は応える。と言うても質問への返答には御座らんがの。

 然し有無を言わさず仕掛けて来ぬという事は好戦的ではない様子。それなら話し合いの余地はより増えたと見て良さげだ。


「一つ聞きたい。いや、一つだけでは留まらぬやもしれぬ……おそらく幾つも質問するだろうが、先ずは一つ。ぬしらはその建物のあるじか?」


「そうですね。穏便に済むなら悪くはない……答えるのなら半分が“はい”で、もう半分が“いいえ”です。あくまで我々は“今現在”の主であり、従来の主は別におります」


 話し合いは可能へと変わった。

 それなら何より。余計な血が流れる心配が減ったのだからの。

 して質問の返答。あくまで現時点で仕切っているだけであり、従来の者はまた別との事。

 おそらくそれがヴェネレ殿やセレーネ殿。月の国の者達なのであろう。


「そうか。して念の為の確認……おんしらの指し示す従来の主は、“月の国”と関わりがあるか?」


「はい。御座います。“月の国”の正統継承者が我々の本来の主であり、世界を支配する者。“支配者”に御座います」


「支配者とな」


 王とも主君ともまた違う、支配者。

 本来の意味はそれらと同じに御座るが、この者達の示す言葉はまた別であろう。

 態々(わざわざ)そう言った事が何よりの証拠。はて、あまり善からぬ事なのは響きで理解出来るが、それについては暫し置いておこうかの。


「拙者ばかりが質問するのは忍びないが、すまんの。まださせてくれ。主の言う世界とは“月の世界”の事なのか、“この世界”の事なのか。そして此処に居ると言う主二人は、此方のお二方なのかについてだ」


「…………」

「「……っ」」


 ヴェネレ殿とセレーネ殿を指し、女性はそちらを見て拙者の方へと向き直る。

 さて、どちらとも取れる反応。どちらであるか、それは重要だ。


「──はい。そこにられるお二方。彼女らが間違いなく正統継承者で御座います。……と申しましても、支配者は基本的に一人。故に、継げるのはどちらかだけとなりますが。そして世界とは、貴方が思う貴方の中の世界で結構です」


「……。そうか」


 ヴェネレ殿とセレーネ殿。やはりその二人は月に関する者の様子。そして支配者の素質があるとな。

 既に姫君であらせられるヴェネレ殿はともかくとして、セレーネ殿がどうなのか。もしやヴェネレ殿の親戚や遠縁に値するのかもしれぬな。


「さて、まだ一番最初の……と言うには少々語弊があるか。冒頭の質問には答えて貰っておらんな。拙者らを相手にする方法……それは此処まで通り、冒頭でも申し上げた話し合いは如何かな」


「そうですね。悪くない提案です。我々も穏便に済ませたい心意気なのは変わりません」


 幾つか質問したのち、改めての提案をする。

 何度か言うように、相手も別に争いたい訳ではないだろう。半分は同意気味。然しその答えは──。


「アナタ方へ試した後、その資格があるかどうかを見定めて決めましょう」


「成る程の」

「「「……!」」」

「あれは……」

「タコさん……」


 女性が告げ、海から無数の柱のようなものが突き上げて辺りを揺らした。

 セレーネ殿の言うように蛸などのような生物の一種だろう。


「あれは“海の魔物”、“海の悪魔”、“デビルフィッシュ”。呼び方は様々です。しかしその名は“クラーケン”。島に匹敵する大きさを誇り、島をも飲み込む軟体生物。これがアナタ方のお相手をし、確かめましょう」


 そう返された瞬間に無数の赤き柱……おそらく脚。それが伸び、拙者らを捕らえんと動いた。

 だが、此処に居る者は皆が強者つわもの。拙者はセレーネ殿をかかえて飛び退き、ヴェネレ殿らもほうきに乗って空へと離れた。


「試すと言うのは如何な事で? あの蛸を倒せば良いのか?」


「雑多に言えばそんな感じです。そしてこれは所謂いわゆる試練。勝負してください」


 謂わば討伐が目的。然れど雑多に言えばとの事。つまり完全に倒しては欲しくないのであろうか。敢えて濁し、態々(わざわざ)試練と言った事も気に掛かるの。


「ふぅん。じゃ、さっさとやっちゃってこの辺り一帯を蒸発させよっか!」


 杖を構え、魔力を込めるはフォティア殿。だが拙者はそれを制する。


「案外力押しのようで御座るの。フォティア殿。然し待たれよ。なるべく穏便に済ませたい様子の向こう。あくまでこれは試練と考え、やり方を考えるべきでは御座らんか?」


「えー。けど、一理あるね。何でもかんでも倒せばOKって訳じゃないのがこの世界の在り方……暴力だけで解決出来るのは一時的なものだけだもんね」


「……。ほう? あの方……」


 相手の目的は拙者らの見定め、即ち値踏み。幾度と無く穏便にと言っているのならばそれも手蔓てづる

 元より話し合いでどうこう出来る妖ではないが、そこを上手く立ち回らねばならなそうだ。


『…………!』

「とは言っても、攻撃しないでどうするのかな。キエモンっち!」

「力を誇示するのも試練の在り方であろう。あくまでトドメを刺さねば良いのだ」

「そいじゃ、一本一本が山並みの大きさはあるあの脚くらいなら破壊しても良いんだね!」


 判断して経を読み、蛸の脚を一つ焼き尽くして消し去った。

 確かに一つ一つが巨躯のモノ。さながら一つで一体の生き物の如く様。脚一本で数里はあるかもしれぬな。


「マルテさん!」

「ああ。ここは協力しなくてはならなそうだな。私達はまだフォティアさん程の実力には達していない」

「わ、私も風魔法で火のサポートをします!」


 ヴェネレ殿、マルテ殿、エルミス殿が協力する事によって巨大な火球を顕現。脚を焼き消した。


「鬼右衛門……こっちに来た……」

「そうであるな。倒さず静める方法……セレーネ殿。主の力を貸してくれ」

「私の……?」

「ウム」


 一つ思い付いた。それならばあのクラーケンと呼ばれた蛸を倒さずに静められるやもしれん。

 元より支配者とやらの資格足り得るのはヴェネレ殿かセレーネ殿。故に今現在拙者におぶさっているセレーネ殿へと耳打ちして頼む。


「──出来るか?」

「分かった……やってみる……」


 コクリと頷いて返し、蛸の脚を駆け抜けるように突き進む。

 自分の脚であっても気にしないのか蛸は無数の脚を鞭のように叩き付け、拙者を狙う。然し遅い。


「アナタは今、どんな気持ち……?」

『……!』


 話し掛け、蛸はピクリと反応を示した。ような気がする。

 他人の感情が分かるセレーネ殿。それはおそらく他生物にも例外無し。そう判断した上での接し方。

 蛸は迫っていた脚を止め、セレーネ殿の言葉に耳を貸す……いや、果たして蛸に耳があるのであろうか。何にしても聞こえている様子なので良さそうだが。


『…………』

「うん……うん……」

「言葉が分かるのか?」

「言葉は分からない……感覚は分かる……」


 今度はセレーネ殿が蛸に耳を貸し、頷いて返す。

 何を言っているのかは分からぬとの事だが、それ以外は分かっている様子。その証拠に蛸は大人しくなった。


「お見事です。見事静かにさせましたね。流石は月の民……。アナタ様方の実力もしかと把握しました。合格です」


 どうやら納得してくれた面持ち。

 本体を止めたのはセレーネ殿だが、全員が蛸の脚を防ぎ切った。その点が評価され、フォティア殿らも合格したようだ。

 女性は更に言葉を続ける。


「ただし、そちらの今時剣を携えた騎士様。貴方は避けるばかりで力を見せておりませんね。魔力を感じぬその体……貴方の力を把握しなくては完全な合格は授けられません」


「そう言えば言い忘れておったの。拙者、魔法等は使えぬ。生身のみで戦っております故」


「魔法を……!? ……成る程。少々取り乱しました。ならばますます信頼出来ませんね。果たして貴方様があの方達の護衛足り得る者か」


 拙者はまだ認められていない様子。先の戦闘で力を見せていないのと、魔法が使えぬ事がその要因となっているのだろう。

 魔法については今さっき話したばかりだが、どちらにしても拙者の力を誇示せねばならぬとだけ惟れば良かろう。


「フム、ならば如何致す? 要するに力の誇示が大事との事。今此処で示せば良いのか?」


「そうですね。確かにそうかもしれません。忠義心は既に証明されました。後は貴方様の力……」


 言葉を途中で打ち止め、両手を広げて周囲の海水を操る。

 それらは竜巻のような形となりて周囲を飲み込み、娘は更に続けた。


「私へ一太刀でも入れる事が出来れば認めて差し上げましょう」


「フム、手っ取り早くて助かるの」


 方法は単純。あの者へ一撃を与える事。

 然し傷付けるのはあまりしたくないの。傷付ける事無く認めさせるとしようか。


「では、お覚悟を──」

「──して、これで良いか? 娘よ」

「……っ」


 水を操り、差し向けた瞬間に蛸の脚を蹴って踏み込み、刹那の刻に詰め寄った。

 鞘に納まったままの刀を向け、首元をしかと捉える。


「なんて速度……」

「大体皆、似たような事を言う。拙者の速さはこの世界でもかなりのモノのように御座るの。それは誇らしい」


 大渦が到達する前。更に言えば、出現と同時に舞い上がった雫が海へと落ちるよりも前に終えた行動。

 さて、なるべく傷付けたくはない故。これで見逃してくれるかどうか、悩みどころよの。


「して、どうであるか? 名をまだ聞いておらぬ事を踏まえ、娘と呼ばせて頂く。女と呼ぶのは失礼にあたり、女子おなごと言う歳でも無かろう」


「……っ。年齢の事はなるべく言わないでくださいまし! 何より、貴方に娘と呼ばれる筋合いはありません!」


「それはそうよの。拙者、結婚はしておらん。故に娘も息子もおらぬ。然しイマイチ何と呼べば良いかも分からぬのだ」


「そうですか。では適当にウォーター、アクア、マリン、スイ、レイン、シャワー等々、水に関する名を御呼びください」


 名無し呼びは失礼に値する。その為、何と呼ぶか訊ねたところ何かしらの水に関する言葉で呼んで欲しいとの事。

 然しフム、ウォーターやアクアは魔法の呼び名で使われる為、紛らわしいの。

 だからと言ってスイはしっくり来ず、シャワーは馴染みあるが変な感触。レインはブランカ殿の姓故、これまた紛らわしい。


「フム、ではシスイ殿と御呼びするか」


「……シスイですか?」


「ウム。“明鏡止水”と言う、拙者の国の言葉から取ったモノに御座る。磨かれた鏡の如く透き通っており、穏やかな水面みなもの如く落ち着いた様。刃を抜いておらぬとは言え、喉元に刀を突き付けられても慌てぬその様と淡々とした態度。主にピッタリであろう」


「お好きにどうぞ。……悪くはありませんね。泥とか沼とか、あまりよろしくない呼び方を想像していました」


「気に入ってくれたのなら何よりに御座る。そして、泥や沼にも生き物はおり、役割がある。確かに不気味な印象は受けられるが、悪い事ばかりではないぞ」


「ふむ、自然も尊重している。構いません。貴方も合格です」


 何が琴線に触れたのか、何にせよ拙者も合格を言い渡された。

 これで皆、この城のような建物の中へと入れる事を許されたので御座ろう。


「では改めまして。よくぞ御呼びくださいました。ようこそ我々の城へ」


 シスイ殿は手を広げ、改めて海から現れた城へと視線を移す。

 一瞥してその中へと入り行き、拙者らも互いに顔を見合わせて向かう。

 月の国の手掛かり。果たして何か掴めるであろうか。

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