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其の陸拾玖 石碑の文献

 ──“神殿”。


「あー……ふう。楽しい一時はすぐに過ぎちゃうねぇ。どーよ。キエモンっち。海は楽しめた?」


「ウム。中々に良き休暇で御座った。まあ、休めたとはまた違うがの」


「それは何よりだねー」


 フォティア殿が伸びをして訊ね、それへ返答する。

 拙者らは着替えたのだが、遊び足りないのかフォティア殿は水着の上からそのまま外套を羽織はおっておる。然しまあ、此処は夜でも温暖な国。多少は薄着でも問題無かろう。


「して、文献の為に夜まで待ったとの事だが、一体何があるのだ?」


「そ、本題はこっから。夜の月は海に反射して映る。届くのは微量だけど、この石碑はその光に反射して文字を映すんよ。月って部分に惹かれない? 目的と関連性あるしね! んで、これに何が書かれているのかをセレっちに見て貰って、見覚えがあるか無いかを確かめるの」


「成る程の。それで分からなければ?」


「当然、振り出しに戻る。てなワケ。だとしてもセレっちが居れば何かが分かるかもしんないからね。後は運任せだよ」


「後は野となれ山となれ……に御座るか。致し方無し。この二月ふたつきでも“月の国”への手掛かりが掴めなかったのだからの。可能性が少しでもあるのならそれにすがる他無かろう」


 何の手掛かりも無い状態からほんの少しだけ出てきた可能性。試す他にやるべき事も無し。

 次第に月が現れ、海に反射し、その月が水路の囲う石碑の方へと光を差し向けた。


「ほう。これは面妖な」

「無地の石碑に文字が……」

「…………」


 光が連なり、反射。月を受けて文字が浮かび上がる。

 不思議な物よの。ヴェネレ殿の呟きの横でセレーネ殿が近寄り、その文字を閲覧する。


「…………」

「なんて書かれているか分かる? セレーネちゃん」

「なんて書かれているかは……分からない……」

「そう……」


 読むように見進めるが、何を書かれているかは分からぬとの事。

 質問したヴェネレ殿は肩を落とす。が、更に言葉を続けた。


「けど、意味は分かる」

「……え!?」


 書かれている事が分からずとも、内容を理解している。

 何とも不思議な事よ。然し乍ら、何となくセレーネ殿は疑問に思うような表情をしておるの。


「セレーネ殿。何か疑問が?」

「うん……続きがない……もう一つ……続きがありそうな並び……」

「「「…………」」」


 続きのない文。果たして文かどうかも怪しいが、何にしても続きとなりうるモノが無い様子。

 拙者を含めて周りの者達は数秒黙り込み、またヴェネレ殿が訊ねるように話した。


「じゃあさ、分かった部分だけは教えてくれないかな? 何も分からないよりは少しでも情報があった方が良さそうだし!」


「うん……書かれているのは単純な事……お空の月の事と──この世界に(・・・・・)月との交流(・・・・・)があった事(・・・・・)……」


「「「…………!?」」」


 その口から出た言葉は、周囲へ大きな驚きを与えるモノに御座った。

 嘗てはこの世界に月と交流があった。

 月にも者達は居た。故に交流があると言うのも別段おかしくはない。然し、何故此処にその文献があるのか。そして何故続きが書かれていないのか。疑問は多々ある。


「月との交流……あの月の国から来たって人達と関わりがあったのかな。私は捕虜になった一人以外には会っていないんだけど。この世界の事を知っているみたいなのは言ってたんだっけ」


「そだよー。ちゃんと話し合いもしたし、ウチとマルちーも加わってるし!」


「そうですね。私達も確かにそれは聞いていた……が、まあ向こうも素性はあまり明かしたがっていなかった」


 一応地上世界を知っているような口振りではあったようだが、交流についての言及は一切無かったとの事。

 拙者は海龍ミリュウ殿と戯れていたからの。その後の会議でくらいでしか聞いておらなんだ。

 セレーネ殿はヴェネレ殿の方を見やり、小首を傾げた。


「ヴェネレは分からない……? 私は初対面の時……ヴェネレを知らなかったけど……ヴェネレになにか知らない記憶はないの?」


「私の……記憶……?」


 彼女がヴェネレ殿へ委ねるは、ヴェネレ殿にも関するやも知れぬ記憶の所在。

 確かに気になるところではある。月の国からの使者の目的はセレーネ殿だけではなく、ヴェネレ殿も含まれていたのだから。

 つまるところ、ヴェネレ殿も月に何かしらの関連性があるという事。故の本人へ確認を兼ねた質問であった。


「……。ごめん。私にはよく分からないみたい。セレーネちゃんみたいになぞってみても何も感じないし、この文字か絵か……何を記してるのか分からないから」


「そう……」


 ヴェネレ殿には理解し難き事の様子。

 おそらく関係はしているのであろうが、だからと言って読めるという訳でも無いのだろう。

 おもんみれば記憶が分からず、裏側にて倒れていたセレーネ殿と“シャラン・トリュ・ウェーテ”で生まれ育ち、その記録も残っているヴェネレ殿。過去にセレーネ殿が何を学び、何をしていたのかは分からぬが文字の解読はそれを習うか習わぬかの違い。あの国で育ち学んだヴェネレ殿と何処で育ったか分からぬセレーネ殿は根本的な部分が違うのだろう。


「それで、セレーネ殿。何か文章の続き……その手掛かりになりうるものはあるか?」

「あ、そうそう。私は分からないから、やっぱりセレーネちゃんが頼りなんだよね」


「うん……探ってみる……」


 また石碑をなぞるように手を翳し、セレーネ殿はピクリと反応を示した。


「……歌……」

「うた?」

「ウタ?」

「唄?」

「歌ですか?」

「詩とな?」


 告げられた言葉、歌。

 フォティア殿、ヴェネレ殿、マルテ殿、エルミス殿、拙者でそれぞれにゅあん……いや、ニュアンスの違う言葉を発し、セレーネ殿は頷いて返した。


「うん……。歌に関する何かが書かれていて……月にまつわる人が触れてここまで読み進めた時……それが聞こえてくるって」


「「「…………!」」」

「……成る程の」


 そう告げられた瞬間、呼応するように心地好い歌声が響いた。

 即ちセレーネ殿が月に関する者なのがこの場にて実証されたという事。既に月の国の者達から認定されていたが、それはあくまで口から発せられた言葉でしかない。

 それも正しかったとは思うが、事象に現れたことではっきりしただろう。


【~~♪】《~~♪》『~~♪』


「綺麗な声です……」

「だが不規則な感じもある」

「読み進める事も条件の一つなら……視線か手の平か……何かに反応したって事かな……」

「それはあり得るねぇ。何にしても、ウチらは一気に月へ近付いたって事っしょ!」


 透き通るような美しい音色。それが声から奏でられているなど思えない程。

 石碑が光を放ち、水路を辿るように連なる。辺りは大きく揺れるがこう言った事柄には慣れている。慌てる事はなくとも警戒は高めて周りを見渡した。


「して、セレーネ殿。この後何が起こるか分かるか?」

「どうだろう……何かが現れるって書かれてる……」

「何か?」


 言葉に返した瞬間、ヴェネレ殿が神殿の外へ指を差した。


「みんな! あれ!」

「……!」


 ──そこにあった……というより、現れた物は、巨大な建物。

 赤を基調とした物であり、海の島、その外側にある海から姿を現す。

 水が流れ落ち、大きな波が起こる。

 今現在の時刻からして幸いにも人は少ないが、それでも町の建物から眺められよう。

 セレーネ殿が石碑を読み解き、前方に城のような物が現れた。



*****



「──さて、如何致す? フォティア殿。拙者らの今回の班長は主だ。決定権は主にある」


「ま、普通に考えて行くっしょ。出現方法が記されているって事は、あの中に誰かが居ても呼ばれたって理解しているだろーしねー」


 言われてみればそうである。

 拙者はてっきり、呼ばれた事を知らずあの建物の中ではぱにっく……パニックになっていると踏んでいたが、方法が中の者達にも伝わっているのならば動いた時点で気付いている事だろう。

 そうなれば選択肢は一つに御座る。


「ま、警備とか警戒とかがされている可能性もあるし、一応ウチらも警戒して挑もっか。一目見たらウチらが“月の国”出身とは思われないだろーからねー」


「そうで御座るな。いつでも戦える態勢は整えておこう」


「戦闘が前提……一応それは最終手段的な事だよね?」


「ウム。警戒はするが、穏便に済むならそれで良し。先に仕掛けては元も子もないからの。そもそも誰もいない可能性もある。一先ず今は住人の者達を彼処へ近付けぬよう動かさなければの」


「あ、それは“シャラン・トリュ・ウェーテ”代表としてこの国のお偉いさんに掛け合って私が手配するよ。護衛は……そんなに要らないかな」

「では拙者が行こう」


 警戒はしつつ向かう。

 目的で言えばヴェネレ殿は月の手掛かりの為に来ただけなのだが、住人達への避難勧告。国への手配とその地位を生かしてかなり貢献していた。

 必要も無い護衛として拙者が付き、住人への勧告を終える。ほうきで飛べるのが情報伝達に早くて丁度良いの。


「お、戻ってきた。早いね~」

「まあね。権力は使える時に使っておかないと!」

「流石はお姫様! ウチはヴェネレ様の大胆な所を高く評価してんだよねー」


 一先ずの準備は終えたと見て良かろう。国の兵士は何人か近くに居るが、大凡おおよその事は騎士団長を含めた拙者らに委ねて頂いた。

 どんな事態になるかも分からぬからの。遠目で見張って貰うのが最善策だろう。


「して、内部に人は?」

「まだ分からないかな。キエモン的に気配は感じられる?」

「……。そうよの。遮蔽のようになっており、詳しい気配は感じられぬがあるような気もする」

「成る程ね。気がする……つまり誰か居るのは確定みたいね」


 建物の近くに寄り、内部を確認。生き物の気配らしきものはあった。

 それを告げ、フォティア殿は確信へと至る。信頼してくれるのはありがたいの。そしてその確信は現実となった。


「アナタ方ですね。我々を呼んだのは。しかし……我々の主足り得る者は二人だけ。残りの皆様には如何様な方法でお相手致しましょうか」


「「「…………っ」」」


 少なくとも、歓迎されている雰囲気では御座らんな。約二名を除いて。

 忠義心はある様子。故に話し合いも出来ない事は無いやもしれぬ。はてさて、これからどうなります事やら。

 何にせよ、少なくとも当てには巡り会えるので御座った。

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