其の陸 城案内・問題発生
「して、ヴェネレ殿。これから拙者は何処に?」
「住む場所とか無いでしょ。キエモン。だからキエモンの部屋と、新たな騎士登録の手続きをするんだ。その前にお城の案内してあげる!」
晴れて主君に仕える身となった拙者は、ヴェネレ殿の案内の元城内を歩んでいた。
然し、不可思議な床で御座る。
木や石とも違う硬い材質。これも石の一種で御座ろうか。先程聞いたレンガとやらが使われているのやも知れぬ。その様な道を参る。
「騎士登録……文脈からして拙者を正式に加える儀式のようなもので御座るか。主君が御付きの許可を下さったのだ。わざわざ拙者が参る必要があるのかどうか」
「騎士という役職も国が行う経営の一つだからね。雇うって事になったら当然給料も払われるし、連絡手段が限られているから住む場所も把握しなくちゃいけないの。まあ住む場所についてはキエモンの家が無いからこのお城になるけど、何十何百の騎士や使用人が居るから、お城の方でちゃんと面倒見るようにするのが普通だよ」
「フム、そうで御座るか。確かに故郷で殿に仕えていた時も屋敷や城で生活をしていた。随分前故にすっかり忘れておった」
「忘れてただけで、仕える身としての知識はあるんだね? それなら上々かな。登録手続きは後ででも良いから、一先ずこのお城の生活スペースとか、知ってると便利な場所を案内するよ」
「それは有り難い。ヴェネレ殿に付き添い致そう」
ヴェネレ殿が前を行き、拙者は後ろを付いて行く形となる。
此処では立ち会いなども無い。前を行かせてもヴェネレ殿の身が危険に晒される事は無かろう。縦しんばあれば拙者が身を呈して護れば良いだけの事。
高所から見える外の景色に気を取られつつ歩み、書物の置かれた木造の棚が立ち並ぶ部屋へと参った。
「此処はお城の図書館。色々な本があるから魔物の情報とか魔法の事とか、大抵の事は調べられるよ!」
「フム、書物の蔵という事で御座るか。此処であれば拙者もこの国の知識を入れられるというもの」
所謂書庫。
事実、この国について拙者は大して把握していない。“魔物”と呼ばれる妖物についてもそうであるが、此処ならば其れの知恵を得られる。暇をもて余した時に寄るのも良さそうだ。
「ここはお城の食堂。王様達と騎士は食事の時間が微妙にずれて、騎士や使用人達はここでご飯を食べるの。料理長の作る料理は絶品だから騎士や使用人以外にもここに食べに来る人が後を絶たないんだ」
「食事処で御座るか。誠に良き香りが漂っておる。まだ腹は空いとらんが、空腹に関わらず食事を摂りたくなる場所だ」
食堂。
人々が椅子に座って食事を摂っている様子が窺えられる。拙者らは畳の上であったが食事の在り方も違うのだろう。茶屋に近いのやも知れぬ。
しかし見たところ米が御座らんな。此処で米は高級品であって滅多に御目にかかれぬのかもしれん。食事時に聞いてみるか。
代わりに茶色の土の塊のような物を食している。見た目はレンガにも近い。丸みを帯びていて、口に入れている以上土ではなさそうだが、何であろうか。む? 中は白いな。
「キエモン?」
「あいや何でも御座らん。ちとあの食べ物が気になってな」
「パンが? えーとね、小麦から作る主食って感じかな」
「麦の一種で御座ったか。忝ない。」
「アハハ……大袈裟だなぁ」
教えられ、頭を下げる。
麦の類いからなる食物。それならばあの色合いも納得がいく。
穀物ならば確かに空腹を満たせるな。
「此処は大浴場。騎士達が疲れを癒す為に入るの。王様達は専用のお風呂かな。お湯は外の水を濾過してそのまま温める感じ。作りを細かく説明すると大変だから温かいお湯が出るとだけ考えてくれたら良いよ」
「湯殿か。姫君であるヴェネレ殿と共に入れぬのが残念だ。湯に浸かり、共に語り明かしたかった」
「え゛……? 一緒に……いや、まあその……男と女だよ……?」
「む? 違うのか。拙者の国では男女共に湯に浸かるのが主流であった」
「あー……国の文化の違いね。確かにキエモンに下心は無さそう。それなら入っても良いかもしれないけど……やっぱり恥ずかしいからダメダメダメダメ!」
「顔が赤い。疲労か何かで熱が出たのか? 心配だ。案内はまた後日であっても良いが」
「これはその……羞恥的な意味での紅潮だから大丈夫だよ。次行こ次!」
何やら慌てた様子でヴェネレ殿は拙者の手を引く。
拙者の知識不足や発言によって迷惑を掛けてしまうのは思うところあり。言葉に気を付けるとしよう。
「って、あ……手……」
「……?」
そして終いには何も発言していないにも関わらず離れてしまった。
むう。これは難儀。ヴェネレ殿が何一つ分からぬ。
「こ、ここはパーティルーム。立食パーティーとか舞踏会とか定期的に色んなパーティーが開催されるから興味があったら参加してみて!」
「ぱーてー?」
「えーと、宴とかそう言う感じの事かな」
「成る程。宴会場で御座るか」
次いで紹介にあるは宴会場。
舞いを舞ったり食事を摂ったり、宴会や余興のような事を行うらしい。
拙者も宴会は嫌いではない。常に油断は出来ぬが、親しき者と語り明かすのは良き時間を過ごせる。
もっとも、その親しき者が国を裏切り敵に回った時は斬り伏せたが、遠き過去の記憶。その敵も背負っている。
「……? どうかしたの。キエモン?」
「何でもない。城に仕えていた時、宴会を行ったなと遠い過去の記憶に思いを馳せていただけに御座る」
「そうなんだ」
嘘は言ってない。これならば地獄の閻魔様に舌を抜かれる事も無かろう。
深くは言及せず、次の場所へと向かう。
「それで此処がメイン! キエモンの部屋だよ!」
めいんとやらである、拙者の部屋。
今しがた、この城を見て回った時に拝見した他の部屋と同じような造り。
レンガを使うた床に布団となるであろう布。どうやらこの国の者達は少し高い所で眠るらしい。これならば下から槍で突かれても少し幅を取れる。
畳が無く、硬い床なのは少々気に掛かるが、地べたで眠りにつく事もあった。布団があるだけ良き事だろう。
木枠の棚もあり、本が敷き詰められている。座布団の代わりに高い椅子とそれに合わさった机。燭台もあるので夜に本を読む事も出来る。然し、蝋は少々匂う。やはり日が暮れたら直ぐに眠るのが良さそうだ。
「拙者の部屋か。畳ではなくレンガの床なのは慣れぬが、主君。及びヴェネレ殿の御厚意に感謝致す。誠に忝ない」
「さっきも似たような事言ったけど、そんな大袈裟に言わなくて良いよ。このお城に仕える騎士になるんだもん。これくらいは当然!」
明るい笑みを浮かべ、楽しそうに話す。
しかし路頭に迷っていた拙者を拾って下さった方々。主君とヴェネレ殿の為に、身を粉にする勢いで仕えよう。
ふと拙者は部屋から外を見た。
「してヴェネレ殿。一つお聞き申したいのだが、良いだろうか」
「ん? なにー?」
「何やら町の方が騒がしくあるようで御座る」
「え?」
拙者の示した方にヴェネレ殿も視線を向ける。
彼女は目を凝らし、確認した刹那にそこから飛び出さんとばかりに乗り出した。
「あれって……!」
「危のう御座る。ヴェネレ殿」
「あ、ありがとう。けど、ちょっと問題発生かも……」
「問題?」
見て分かる程の焦りが窺えられる。ただ事では御座らんな。
ヴェネレ殿は頷き、拙者へ返す。
「ええ。人々が逃げ交っている……魔物が王都に入って来たのかも……」
「魔物。先の妖物で御座るか。然し、妖術の使える者達ならば対処は出来るのではないか?」
「うん。街の騎士達が出向かってると思うけど……お城から街の入り口まで結構距離があるから少し掛かるかも……近くの騎士達だけで対処出来るかな……。王都の門にも騎士は居るし、それを突破されたって事は少し強い魔物かも」
不安げに言う。
城の見付役の者達が向かっているようであるが、些か距離が遠い。故に間に合うかどうかは賭けのようだ。
元よりこの国の見張りが少ない訳ではない。それを突破されたと考えれば中々の強者である妖という事。
「……!」
「む?」
その刹那、門付近の建物が倒壊した。
この位置からでも音を立てて崩れ、煙を上げる様が窺えられる。
ヴェネレ殿は冷や汗を掻いた。
「あの破壊力……まさか……オーガ……!?」
「おーが?」
「とても力が強い魔物だよ……3~5mの巨体と棍棒一振りで今みたいに建物を破砕する腕力……魔法使いでも一筋縄じゃいかないの……」
「フム、鬼のような存在であるな」
鬼に近しい生き物の様子。
それは大変だな。拙者の国では鬼によって村一つ、都一つが滅びた前例もある。この国も例外とはいかぬのだろう。
「一体どうすれば……ねえ、キエモ……ン……?」
拙者は部屋から飛び出し、高所から飛び降りた。
ヴェネレ殿は驚愕するような表情で乗り出す。
「ちょっとキエモン!? ここ、何メートルあると……!?」
「ヴェネレ殿。勤めを果たす。試合にて使った武器の手配を頼む」
「あ、いや……か、勝てる訳ないって! 相手は殺意を剥き出しにした魔物なんだよ!? 対人戦とは違う……魔法を使えないのにどうやって……!」
「精進致す」
城の屋根に飛び乗り、そこから更に降下。屋根から屋根へと渡れば危険無く近距離で行ける。武器が無くとも足止めくらいは出来るだろう。
相手は鬼のような妖。拙者がこの国の侍足るものかを示すのに丁度良い相手に御座る。




