其の陸拾漆 重要任務
「キエモン! おはよー!」
「キエモン……朝……」
「おはようございます! キエモンさん!」
「おはよう。キエモン」
着替え終え、完了すると同時にヴェネレ殿ら四人がやって来る。
早朝から元気よの。だが拙者も挨拶を返すとしよう。
「ヴェネレ殿。セレーネ殿、エルミス殿にミル殿。お早う御座候。今日も良き日々で御座るな」
「なーんか、その言い回しにまだ慣れないなぁ。数ヶ月経つのに。ヴェネレ達は気にしないの?」
「うん。まあね。国が違えば特有の訛りとかもあるし、もう慣れちゃった!」
「私は故郷と言い回しが近い……気がするから平気」
「私もなんか慣れちゃいましたね!」
老婆と相対してから既に二ヶ月の月日が流れていた。
初日から一月の間は様々な事情があったが、この二ヶ月間はこれと言って大きな出来事も無く、平穏な日々。
此処まで経つとミル殿の侍従としての在り方もすっかり板に付いたの。元より物覚えが良く、賢い娘。慣れてしまえば早いもので御座る。
「ヴェネレ殿。今日の主君の容態は?」
「うん……ずっと寝たきりのまま……二ヶ月前はただの風邪って言っていたのに……」
「そうで御座るか。これは難儀な……」
「私の回復魔法も効きません……そう言われていましたもんね。医療魔法とはまた違く……これでは完璧な回復術師は名乗れませんね……」
国は平穏に御座るが、ヴェネレ殿の父君。即ち国の主君はそうもいかない。
何週間か前に病状が急激に悪化し、そこからあまり食事も取れず寝たきりの状態にある。ヴェネレ殿は悲しみ、エルミス殿は力になれぬ事へ歯噛みする。
拙者も出来る事なら何かして差し上げたいが、刀を振る事しか脳が無い故、どうにも出来ぬ。無念だ。
「ほらほら、落ち込んでても仕方無いでしょ、そんな姿を王様に見せたら不安になってもっと病状が悪化しちゃうよ。こんな時こそ私達が強がりを見せなくちゃ!」
「ミルちゃん。……うん、そうだね。暗くしたって治る訳じゃないんだし、明るく過ごそっか!」
「ウム、それが良かろう。笑う門には福来る。暗くては運気も逃げてしまう」
「そうですね。そんな時の為に、私も医療回復魔法を訓練します!」
「私も頑張る……何かは分からないけど……」
ミル殿に言われ、気を持ち直す。
あの愉快な主君だ。拙者らが暗き表情にて思い詰めるよりかは笑って明るく過ごして欲しいと思われよう。
ならばと普段の調子に戻し、一先ず自室を後にした。
「やあキエモン。ヴェネレ様方。おはよう」
「あ、マルテさん。おはよう!」
「お早う御座候」
渡り廊下を少し行くと、昨日は夜番でなく、普通に寝て起きられたマルテ殿と出会った。
フム、今日は健康的よの。目元に隈は無く、足元もフラついていない。
疲れている時も足元をフラつかせてはおらぬが、やや体幹がぶれているのが分かる。無茶をする者だからの。やはり睡眠は大事なようだ。
「昨日は良く眠れたようで何よりだ。マルテ殿」
「フッ、君には他者に分からぬ私の疲労とかも見抜かれるからな。流石に無茶はしないさ。だが、将来的に婚姻を結ぶならば君のような人が良さそうだ」
「そうであるな。マルテ殿をしかと見てくれる殿方と結ばれて欲しいものよ」
「はあ、全く君は。本当にやれやれだな」
「……?」
「アハハ……その気持ち分かりますよ。マルテさん」
「成る程。君も相変わらず苦労しているようだな」
普通に会話をしただけに御座るが、マルテ殿は肩を落としてエルミス殿が同意するように頷く。
はて、何で御座ろうか。と言うか、ほぼ毎朝似たようなやり取りをしているの。拙者、何か致命的な事を見落としているのやも知れぬ。
「フム、これは面妖な。主らで通じ合えるモノがあり、拙者が見失っている何かを肌に感じる」
「「「まあね」」」
「多分……」
「薄々気付いていたけど、私以外みんなそうなんだね。なんか疎外感感じる……感を感じるって変かな」
ヴェネレ殿、セレーネ殿、エルミス殿、マルテ殿に共通する何かであり、ミル殿は関係の無い事か。
少しずつであるが謎は紐解けつつあるの。これなれば分かる日も早かろうて。
「オッスー。朝から相変わらずハーレム築いているのに鈍い事やってんねー。キエモン」
「サベル殿。フッ、見積りが甘いの。既に拙者に関する何かが原因と分かりつつある。答えを見つける日も近いぞよ」
「すぐ分からないのが鈍いっての」
「なんと……! そうであったのか……!」
「そう。そう言うもん。俺はもう、キエモンの鈍さを鑑みてヴェネレ様達全員を応援してるよ」
隊列にサベル殿が加わる。
俗に言う賑やかし要因であり、拙者としても数少ない親しき同性の知り合い。誠にサベル殿かファベル殿しかおらぬからの。
当然拙者はヴェネレ殿らも好いておるが、やはり性別の壁があり、少し身を引いてしまうところもあるのだ。
何はともあれ、拙者らは食堂へと赴き、朝食を摂る。この後はやるべき事がある。
この国に来てから計三ヶ月。拙者達にもその任務が回されたので御座る。
食事を終え、拙者と何人かが騎士団長の部屋に呼ばれ、ファベル殿から任務を言い渡された。
「ジュピテール=フォティア。フォーコ=マルテ。及びアマガミ=キエモン。リーヴ=エルミス。そして特例としてヴェネレ様にセレーネを加え、フォティアを隊長とした“月の国”調査の任務を命じる。その為“海の島”へと赴いてくれ」
「「「はい!」」」
「御意」
そう、その任務とは遠征。どうやら上層のお偉方が直々に拙者らを指名してくれたとの事。
返事はしたが、この人選は少し気に掛かるの。水を差すようで忍びないが、聞いてみるとしよう。
「ファベル殿。お言葉に御座るが、些か戦力が過剰にも思える。騎士団長のフォティア殿を加えるとは。それに、此処に呼ばれていた時点で薄々感付いてはいたがヴェネレ殿とセレーネ殿に御座るか」
「ウム、それについても話す。率直に言えば2人が“月の国”に深い関わりがあるからだ。しかしセレーネはキエモン以外に心を開かぬからな。ヴェネレ様にも心当たりは無い。故の2人とも抜擢だ。そして姫様の護衛とあらば騎士団長クラスは必要となる。広大な海の島。どの様な魔物や悪人が居るかは分からぬからな。過剰戦力とはならぬだろう」
「成る程。そうで御座ったか」
筋は通っている。月の国の手掛かりを得るなら記憶が無くともヴェネレ殿、セレーネ殿の存在は大きなものとなる。そして騎士団長を班長とした組み合わせも姫君の護衛なら足りない程。
改めて班を見てみれば拙者やセレーネ殿の知る面々で構成されておる。そして如何なる傷も即座に治せるエルミス殿。即ちあらゆる事象を配慮した上での組み合わせという事。
ヴェネレ殿とセレーネ殿を心配する余り、そこまで思考が回っておらなかったの。
「海の島かぁ~。あそこはバカンスに最適だよねぇ」
「フォティア。またお前はお気楽な事を」
「大丈夫! ちゃーんと分かってるから! 任務放棄とかはしないよ? 騎士団長としての自覚はあるっしょ!」
ばかんす。にゅあんすからしてみれば娯楽のようなモノに御座ろうか。
フォティア殿も相変わらずに御座るな。然し始まる前から思い詰めていては気疲れする。気を抜き過ぎるのは良くないが、程々が一番だろう。
「では、行ってくれ。成果がある事を祈る」
「「「はっ!」」」
「承った」
言われ、部屋を出る。次なる場所は海の島。海か。拙者の国は島だった故、海とは馴染み深いところがある。
寿司や鰻など、海産物も多い。まあ鰻漁は河川などで行われる事もあるに御座るが。
何はともあれ目的地は選定された。拙者らはそこへ向けて行くのだった。
*****
「ねーねー! キエモンっち達は海に行った事あるー?」
“海の島”とやらに向かう道中、フォティア殿が箒に座って空を舞いつつ拙者らへと質問をした。
何も話さぬのは退屈。応えてしんぜよう。
「拙者はよく行っていた。出身地が島国だった故、食料調達の為に釣りなどもよくしたものよ」
「私は昔にお母様と一回だけ。キラキラしてて綺麗だったなぁ……」
「私はありませんね……村でもそうだったのですけど、上京して冒険者になった後、海は未知数なので依頼があってもB級以上はほぼ確定。とても及びませんでした」
「私は覚えてない……」
「私は任務で何度か。確かに広く、美しい場所だった」
その質問には全員が返す。
拙者とヴェネレ殿、マルテ殿は行った事があり、エルミス殿とセレーネ殿は行った事がない。
割と半々のように御座るな。然しこの国は地続きであり、海に囲まれている訳ではない様子。国の地図は拝見済みなので間違いない。
故に見た事の無い者も決して少なくはないのだろう。
もっとも、記憶の無いセレーネ殿はこれまた例外に御座るが。
「フォティア殿は行った事がおありで?」
「もち! 言ーか、場所関係無く色んなクエストをこなさないと騎士団長にはとてもなれないからね~」
「フム」
話を聞く限り、エルミス殿も言っていたように海での妖退治などもあるのだろう。
偉大なる生命の母を謳われる海だが、その分危険も多い。気を引き締めようぞ。
「てゆーかキエモンっちって、本当に速いよねぇ。その脚力。魔力で強化しても中々到達出来ない領域にあるよ」
「拙者の国では呪術や妖術はあれど、魔法を使える者はおらぬからな。前述したそれらも使える者と対象は限られておる。故に生身を鍛えるしかならなんだ」
「へえ。極限まで生身を鍛えてもその段階には到達出来ないと思うけど、ちゃんと理由はあるんだねぇ」
拙者の身体能力に対し、改めて感心するフォティア殿。
この様に他愛ない会話をしつつ海の島を目的に進み行く。
フム、然し海の島……海なのに島とはこれ如何に。行ってみれば分かる事なので御座ろうかの。
「お、みんな。見えてきたよ! あそこが島に浮かぶ海。通称、“海の島”!」
「此れまた奇っ怪な島に御座るな。いや、海に御座ろうか」
比喩に非ず、見た通りの海島。
拙者らの視線の先にあったのは、まさしく島の上に海が浮いている光景。
陸地は続いているが、海が球体となって空に浮かんでいる。これも魔法か、はたまたそう言った自然現象か。
初の承った遠征依頼。来て早々、驚きが隠せぬ海の島へと到達した。




