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其の陸拾陸 追憶の風景

 ──辺りは黒煙にて何も見えぬ戦場で御座った。

 血と火薬の嫌な匂いが蔓延り、今もなお戦火と戦風が荒野を通り抜ける。

 今日の天候は日本晴れ。数刻前までは。今は火薬兵器による曇天の空模様よ。

 そんな戦場にて、兵士が拙者へ名乗り出る。


「やあやあやあ我こそは! 東は江戸、晴天の使い! 名を雨野あまのの晴十郎せいじゅうろうと申す! 鬼の名を冠し、鬼人を謳われる武人、天神鬼右衛門殿! いざ尋常に、勝負!」


「受けて立とう。晴十郎殿」


 戦に置いて名を名乗るという事は、今から相手を討つ。その為に堂々と合間見れようと言う意思表示。

 今から殺し合いを行う事への証明書。


「得意の槍にて主を討つ!」

「…………」


 馬に乗って駆け抜け、槍を構える。

 拙者は己の愛刀を握り、態勢を低く迎え撃つ形となった。


「「…………」」


 武士にて自己紹介以外の会話は必要無い。数秒後にはどちらかがこの世を去っているのだから。

 馬に乗った晴十郎殿は高速で槍を突き、拙者は居合いの形にて切り捨てた。


「切り捨て御免」

「見事……!」


 鞘に納め、晴十郎殿が声を発した刹那にその頭がゴロンと転がり落ち、戦場に新たな血が流れる。

 互いに尊重し、賛して尊き命を奪う。戦と言うものは虚しき事よ。


「“鬼人”が居たぞォーッ!」

「討ち取れェーッ!」

「多勢にて攻めさせて頂く! 許せ! 天神鬼右衛門!」


「構わぬ。何人足りとも我が刀にて斬り捨てるのみ。承知の上だ」


「了解した!」「遠慮はせぬぞ!」「いざいざ──」


 複数人の兵達が拙者の元へと馬で迫り、瞬く間にそれら全員の頭をねた。

 瞬時に戦況を見極め、仲間達と敵陣を確認。南西側が少し押され気味の様子。踏み込み、馬よりも速く駆け抜けてそちらへと赴く。


「助太刀致す!」

「鬼右衛門殿!」

「すまぬ! 助かった!」


 数十の兵を斬り、鮮血を体に浴びて戦況を有利にする。

 今回の軍は敵が三〇〇〇に対し、我が軍は六〇〇。その差は五倍。拙者が一人で千の兵を切り捨ててもまだ足りぬであろう。

 だが、兵として与えられた役割は全うするのみ。なるべく仲間を生かし、敵を減らさねばならぬの。


「向こうを攻めよ! 天神鬼右衛門を討ち取れェーッ!」

「「「ウオオオォォォォッ!!!」」」


「…………」


 雄叫びを上げ、数十の兵が迫り来る。それによる地響きが戦場を揺らした。

 有象無象ではない。皆が日々厳しい鍛練を積んだ強者。然れど退く訳にはいかぬ。先ずは仲間を逃がし申す。


「主らは後衛へ。此処は拙者が引き受ける」

「鬼右衛門一人でか!?」

「行こう。鬼右衛門ならば大丈夫だ」


 留まろうとしたが、拙者の覚悟を受け取ってくれたのか後退する。

 拙者を信頼してくれる良き仲間を持った。思う存分戦えると言うもの。


「掛かれェーッ!」

「「「オォォォ!!!」」」


 後方に銃撃隊が十人。前衛に槍が十二人、刀が十五人。騎馬隊が五人。奥には矢兵隊が数十人。

 難儀で御座るな。狙いは的確。仲間に当てる事無く火縄銃が撃ち出され、槍が振り払われる。


「…………」


 だが、これくらいならば打ち倒せる。

 駆け、槍を持った騎馬一頭を斬り伏せる。槍を奪い、柄を打ち付けて三人を馬から落馬させた。

 あの勢いでは骨が折れるか死し、再起不能に御座ろう。

 その槍を投擲し、騎馬隊の最後の一人を貫く。同時に銃弾が迫るが翻弄するように駆け抜けて避け、前衛部隊を斬り捨て行く。

 刀が振り上げられた瞬間に斬り、背後から突かれた槍は柄を脇で抑えて折り、そのまま引き寄せて首を斬る。槍は便利だが、拙者の方が小回りも利く。刀にて懐へと迫り、舞うように九人の槍兵を斬り伏せた。落ちていた槍の先端を残り一人の槍兵へと放って貫き、槍部隊も全滅。


「「「…………!」」」

「……」


 残った前衛の者達が一斉に仕掛け、刀の振り下ろされる位置を把握。読み解き、当たらぬ位置へと赴いて斬り捨てる。

 生き残った何人かを盾に銃弾を防ぎ、また一瞬だけ力を込めて加速。後衛部隊へと迫り、前方の三人を両断。弾が詰められ火が着いた銃を三つ拝借し、順に頭を狙い撃って三人を倒す。

 距離を詰め、残り四人を斬り伏せた後に隊長格の者へと迫り行く。


「来るか! 鬼人よ! 受けて立──」

「…………」


 頭をね、絶命させた。

 数十の兵達はほふり終え、天を仰げば矢の雨が降り注ぐ。

 隊長の体を片手に肉体と鎧を矢避けの傘として防ぎ、弓矢部隊を標的に遺体を投げ付ける。

 死してなお体を愚弄するのは失礼に当たるが、そうも言っていられない。遺体に押し潰された二人程は動けなくなり、先ずは構えている者達へと視線を向けた。


「矢を放て! 標的は“鬼人”! 天神鬼右衛門だ!」

「「「…………」」」


 引かれ、高速の矢が迫る。

 自分に降り掛かる物は刀の平地にて弾き、拙者自身が矢の如き速度で突入。内部から刀で斬り捨てる。

 各々(おのおの)も刀を持っているが抜く隙すら与えず、目につく範囲の弓矢部隊も全滅させた。


「そこだ!」

「……!」


 遺体から抜け出し、一人の兵が刀で斬り掛かる。油断はしていないが、若干の疲労によって少し反応が遅れてしまったたの。

 仕方無し。肉を切らせて骨を断つか。


「はあ!」

「……!」


 そう思った矢先、仲間の一人が刀を放ってその者の首を貫いた。

 刎ねるまでは及ばなんだが、首筋なれば絶命した事で御座ろう。


「**殿。助かり申した。感謝致す」


「気にするでない。仲間なのだ。互いに護り合うのが在り方。残りの兵、打ち沈めようぞ!」


「相分かった。では、共に参ろう」


 雑ではあるが、実力は本物。遺体から刀を抜いて血を払い、鞘に納める。

 まだまだ一角に過ぎん。此処から更なる反撃の元、この戦に勝利しようぞ。


 ━━━━


「──何故……何故だ……!? **殿! 主、敵軍の……!」

「すまぬ。鬼右衛門よ。こうするしかなかった故、国の為に死んでくれ!」

「……っ。仕方無い……戦おうぞ!」

「いざ尋常に」

「勝負!」


 立ち合いの末、敵軍の廻者であった其奴を自らの手で殺めた。


「見事だ……我が最良の友よ……!」

「…………」


 大きな戦が終わり、囚われた友らは皆、打ち首獄門の刑に処された。

 かつての友を斬り、現時点での友も護れぬ拙者は何で御座ろうか。

 その後、拙者の軍が勝利したは良いが、親しき者は皆死した。やるせなき事よ。


「……。腹が減ったの……」


 後に拙者の仕えていた殿は拙者が遠征の最中、城に攻め込まれて崩壊。雇い主の居なくなった拙者は浪人となる。


「……拙者の悪運も此れまでか。短くも濃い人生で御座った……」


 雪の降る日、野垂れるように倒れ伏せ、体を冷やしながら命が尽きるのを実感する。

 果たして友を護れず、友を斬った拙者は極楽浄土へと参られようか。拙者は眠りに就いた。


 ━━━━━


「……! 此処は……?」

「あ、起きたよ!」

「先生ー!」

「鬼右衛門が起きたー!」


 目が覚めると布団の上に横たわり、わらべらが取り囲んでいた。

 童により、先生と呼ばれる者がやって来る。


「目が覚めたか。鬼右衛門よ」

「……! 貴殿は……!」

「フッ、覚えていてくれたか。久しいな。鬼右衛門」

「先生!」


 そのお方は拙者が寺子屋時代に面倒を掛けた恩師。

 何と言う偶然であろうか。嬉しき再会よ。

 後にその村の用心棒とし、拙者は雇われた。


 ──その日までは。


「なんと……それは誠か!?」

「はい。確かにお聞きした次第。この村も戦火に飲まれましょう……!」


 先生が伝達者に言われて動揺を隠せぬ様子。聞けばとある城の殿様が領地を広げる為にこの辺りを戦場へとするらしい。

 それは聞き捨てらなぬ。今度こそ拙者は大切な者を護り抜く。


 ━━━━━


「何奴だ!?」

「通せ! 身の程知らずが!」

「いや待て、此奴、何処かで……」

「鬼……“鬼人”、天神鬼右衛門だ!」

「なんと!? 何処ぞで野垂れ死んだかと思うたが、生きていたのか!?」

「鬼人が何の用だ!?」


「此処から先は拙者の大切な村。主らのこの後に遺族となろう親族には申し訳無いが、皆殺しに御座る」


「何を……!?」

「邪魔立てするならば殺す!」

「やれェーッ!」


 数刻後、その場に居た拙者以外の者達は全滅し、殿様が駕籠かごに乗りつつ姿を現した。

 今ならその首を容易く取れるの。


「一つ提案をしよう……我が軍勢は計三十万を優に越える。流石の鬼人もこれ程の相手をすれば只では済むまい。主が無事であっても、村の方へ何人かは取りこぼそうて。故の交渉じゃ。主の首一つでこの先の村には手を出さぬ。今この場で印を書き記し、町へと広める。これで約束を破れば町人に謀反を起こされ兼ねん。どうだ?」


「それは誠か?」


「儂も嘗ては武士であった。男に二言は無い。この場で嘘を吐けば惨めなのは儂の方となる。切腹と言う形なれば、世俗に恥じる事も無かろう。晒し首にはせぬ」


 その約束を信じ、拙者の首を差し出す事とした。

 町内の瓦版にはそれが張り出され、約束が守られたのを確認した後、拙者は腹を斬った。


 ──さて、拙者はこれを経て確かに死した筈だが──



*****



 ──“早朝”。


「…………」


 その日、拙者はいつも通り目が覚めた。

 フム、今日も今日とて良き朝に御座る。

 しかし久しいの、現世は。夢であったとしても子供らや先生の顔が見れた事は喜ばしい。

 今でも目を閉じれば瞼の裏にその顔が浮かぶがな。

 この世界では価値的にも、よもや盗人などに取られぬとは思うが、近くに立て掛けていた刀を確認し、腰に差す。


「良い朝だ。美しき朝日よ」


 窓から射し込む日光を浴び、伸びをする。

 今日も平穏無事。天下泰平。現世とも違う町、魔法が主流の“シャラン・トリュ・ウェーテ”。その日が始まった。


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