其の陸拾伍 思わぬ提案
「キエモン! 勝ったんだね!」
「ウム、ヴェネレ殿。心配御掛けした」
「ううん! キエモンならきっと倒せるって思ってたよ!」
「あんなに不安そうな表情で震えていたのに?」
「あ、いや、あれは違くて、とにかく信じてたの!」
「フッ、相変わらず愉快なお人に御座るな。ヴェネレ殿」
老婆が散り、一段落付いたところでヴェネレ殿とミル殿が拙者の元へと駆け寄って来た。
不安はあったにせよ、信用もしてくれていた様子。それに応えられたのならばヴェネレ殿を護る身として顔も立つだろう。
「最後にあのお婆さんと何か話していたの?」
「大した事ではない。辞世の句とでも言うのであろうか……。それともまた違うの。遺言ともまた別……ちょっとした雑談のようなものよ」
「へえ。あの魔女とねぇ」
老婆と話したのはヴェネレ殿へ言う必要も無い事。然し嘘を吐く訳にもいかぬ。
故に雑談と返した。これならば嘘ではなく、深く詮索もされぬだろう。
「では、教会の方へと帰ろう。子供達も待っている事であろう」
「うん。そうだね。早くヴェネレの服も探さなきゃ」
「あ……そう言えば私裸……。一応隠せてるけど……恥ずかしい……」
ミル殿から借りた服を握ってしゃがみ、赤面させる。
フム、確かに女子からすれば辛かろう。拙者の服も渡しておくか。
「ヴェネレ殿」
「え? キ、キエモン!? 服を脱いでナニするつもり……!? ミルちゃんが見てるし……私もまだ心の準備が……」
「これを着てくだされ。ミル殿には外套を。最近は暖かくなってきたが、その格好ではまだまだ寒かろう」
「ぇ……あ、そうだよね。ありがとう。キエモン」
「そう言えば私も下着だった。まあ、子供達と一緒にお風呂入ったりしてるからそんなに恥ずかしくはないけど。ありがたく着ておくよ。キエモン」
ヴェネレ殿は何やら慌てていたが、特に何もない様子。
お二人に服を貸し、森を行く。果たして子供達は無事に辿り着けている事だろうか。
「フム、不安よの。子供らは無事であろうか。あの獣らはおそらく老婆の使い。他に居なければ良いがの」
「え? どういう事?」
「実はかくかくしかじかで御座る」
「複数体の魔物……! あの時の老婆が言ってた僕……! キエモンが倒したとしても、確かに不安だね。一応早めに帰ろうか。ミルちゃん」
「うん。子供達が心配……! 教会までの道は分かると思うけど……」
子供らは道は知っているらしい。だが、老婆の使いであろう獣を思えば不安要素は多い。
拙者らはなるべく先を急ぎ、森を抜けて教会へと戻った。
「あ、お姉ちゃんたち!」
「帰ってきた!」
「ボロボロ~!」
「みんな! 無事だったんだね!」
「良かった。懸念は杞憂で御座ったか」
「うん。本当に良かったね! ミルちゃん!」
どうやら子供達は皆、無事に教会へと到達していたようだ。
変わらず元気な姿で拙者らを迎え出る。それは何より。良き事よ。
然れど疑問も一つ。
『クゥーン』
『ゴロニャーン』
『カァ~』
「……何故先程打ち倒した獣達が此処におるので御座ろうか」
「あ、やっぱりさっきの話に出てきた動物達なんだ……」
「なんかあの子達に懐いてる……」
拙者が倒した、老婆の使いと思しき獣らが居たので御座る。
居たは居たが、特に敵対している様子も無し。寧ろ慣れている。これは何故か。
「凶暴性が無くなっておるの。一度は敵対した拙者にもじゃれてくる」
『ワン!』『ニャア!』『カァ!』
狼に舐められ、猫に抱き付かれ、烏が頭に乗る。
フム、悪くないの。少しばかりデカいが、拙者にとっては大した問題ではない大きさよ。
「キエモン……大丈夫なの……? 狼っぽい魔物は3mはあるし、猫っぽいのは2mくらいで、烏っぽいのも1.5mはあるけど……」
「ウム。日々鍛練を積んでおるからな。これくらいならばどうって事もない」
「これくらいって……絶対数百キロはあるのに……なんなら1tくらいなら越えるかも……」
単位は分からぬが、まあ大体馬くらいだろう。問題無い。
少し大きな犬猫烏と思えば良いところよの。寧ろ拙者は上着を羽織っていない故、温かくて心地好い感触よ。
「子供ら。この者達は?」
「なんか知らないけど付いてきたの!」
「最初はこわかったけど、少したってやさしくなった!」
「うん! そのあとにうしろでばくはつ? みたいなのが起きた!」
「フム、爆発は戦闘の余波。ならばこの者らはあの老婆に操られていたという事に御座ろうか」
考えうる線はその辺り。調教されていたか催眠などで操られていたか。
現時点で子供らと拙者に危害を加えぬのを惟るに、後者が最有力候補で御座ろう。
「ミル殿。如何致す? 決定権は主にある」
「いかがって……まあ、帰る場所も無さそうだし、良い番犬番猫番鳥になりそうだから教会で飼っても良いかな。エサ代は掛かりそうだけど」
この教会の見張りを兼ねて飼うようであるな。確かに野放しになるより心強い。
然し、もしそうなるのなら金銭的な事情が問題となろう。
それにつき、ヴェネレ殿が提案した。
「あ、それについては大丈夫だよ! 私達……と言うか私のお友達。あ、セレーネちゃんなんだけど、彼女から貰ったお金があって孤児院とか教会に援助してるんだ。だからここにも資金的なサポートはするよ!」
「そ、そう。それはありがと。だけど今後の事を考えると……」
「「……?」」
「うーん……うん」
少し悩むように考えるミル殿。
一体何で御座ろうか。拙者とヴェネレ殿は小首を傾げて疑問を浮かべ、彼女は意を決したように言葉を発した。
「わ、私をお城の方で仕えさせてくれないかな。ヴェネレ!」
「え!?」
「ほう?」
それは、城にて働きたいと言う申し出。
ヴェネレ殿は二度三度と瞬きしてミル殿を見、肩を掴んで話す。
「良いの!? もう騎士の入団試験は終わってるけど……」
「うん。だから騎士じゃなくて、側近とかそう言うポジション。騎士は遠征に行く事もあるから、子供達の面倒が見れなくなっちゃうからね。必要とあらば戦闘にも赴くけど、基本的に身の回りの世話をする感じ。メイドさん達と違うのは戦闘にも出るってところ。階級は特に無くて、立場的には使用人と同じでね」
側近。即ち侍従。
立場的に言えば高位だが、それについては低く見積もる方向とするらしい。
騎士にしない理由は、側近なら暇を見つけて子供らの世話も可能と言うところ。
確かにヴェネレ殿は姫君の割には側近などおらぬの。もしミル殿が側に仕えるのなら頼もしい事この上無し。
「それでも子供達は……ほら、帰りも遅くなっちゃうし朝は早いし……かなり大変だと思うよ?」
「うん。それは覚悟の上。あの魔物達が居てくれたら教会の防衛は大丈夫そうだし、お城に仕える立場になれたら仕送りも出来るからね! だからその気になったの! それに、子供達は私が来るまで自分達だけで生活していたからね。その辺も大丈夫!」
決定的になったのは、あの物の怪らの面倒を此処で見る事にしたから。
費用は掛かるが、城に仕えるのなら養える。そして仕えている間は子供達も安泰。獣達の強さも上々。確かに説得力のある理由に御座る。
だが、ヴェネレ殿は少し気まずそうな表情となる。
「私はミルちゃんが来てくれるのは賛成だけど、その為の試験とかもあるんだ。それを受けなきゃならないけど、大丈夫なの?」
「自信はあるよ! お城の体制が厳しいのは承知してるもん! だからその試験に受かってヴェネレに仕えるよ! 侍女としてね!」
「……うん。じゃあ頑張って! ミルちゃん! 一緒に過ごせる日が楽しみ!」
ヴェネレ殿もミル殿が城に仕える可能性へ胸を踊らせる。拙者としても知り合いが増えるのは喜ばしい事よ。
そんなミル殿の服を子供達が引っ張る。
「どこか行っちゃうの……? ミルお姉ちゃん……」
「ふふ、大丈夫。夜にはなるべく帰って来るし、今までも私が何日か空けてた時もあったでしょ? それと同じだよ。むしろ出稼ぎの必要が無くなるかもだから、帰って来れる時間は前より増えるんじゃないかな? 私は移動魔法も使えるからね!」
「本当……?」
「うん。お姉ちゃん嘘吐かない!」
「……うん!」
子供の目線に合わせて笑い掛け、皆も納得する。
成る程の。今までは何日か分の金銭を集める為に教会を空ける事もあった。然し、城に仕える事が出来ればそれより遥かに多くの金銭が手に入り、騎士や冒険者と違い、決まった時間に帰る事も可能となる。
子供達にとっては良い事尽くしで御座るな。
「じゃあミルちゃん!」
「うん。侍女試験。すぐにでも受けるよ!」
「やった! 騎士の入団試験は決まった日程だけど、侍女とかメイドさんはいつでも受けられるの! 今日中……は時間的に無理だから、明日受けよっか!」
「任せて!」
二人は手を握り合い、互いに明るく笑う。
ミル殿にも笑顔が増えたの。様々な不安要素が解消され、希望が見えた。良い事が起これば自然と笑顔も増えるというのも。
「それは何よりで御座るな。では、お二方。子供達。拙者が取って来た魚や果実を召し上がろうぞ」
「「「わーい!」」」
「あ、そう言えばキエモンが離れてた理由ってご飯の調達だったね」
「そうだね。すっかり忘れていたよ」
無事であった食料類。それを差し出し、ミル殿の記念ぱーてーとやらを開いた。
小規模であるが、食事は美味。そして子供達の笑顔も溢れてある。それは素晴らしき事かな。
因みに余談だが、いくつかの食料は毒だった。が然し、老婆が連れていたと思しき獣らは拙者ら人間にとって有害な物も嬉々として食べられる様子。どうやら存在が存在故、毒を食う事でより力を強められるらしい。便利な生態に御座るな。
何にせよ、これにて本当の一件落着。山熊を初めとして今回起こった全ての騒動は解決致した。
その後日、侍従になる為の試験を受けたミル殿は見事合格し、晴れて城へ、厳密に言えばヴェネレ殿へ仕える身となる。それもまた何より。
数日にて起こった事柄は終わり、城に新たな仲間も増えた。
これからの毎日、また賑やかになるであろう。その日々が楽しみよ。
その数日前の今日この日、拙者らは新たな仲間と共に暫しの宴を楽しむので御座った。
めでたし、めでたし。




