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其の陸拾参 魔女と侍

 ──さて、何とか間に合った様子。居場所は分かれど、成る程洞窟の近く。近場を探しても見つからぬ筈だ。

 今しがた外に出て子供達とも会った。加えて先の爆発が証明となったに御座るな。

 だが、今はそれより指摘しておかねばならぬ。


「ヴェネレ殿。衣服を消失したか。ミル殿から借りたであろう服が落ちておる」


「……え……? きゃ! 私、裸……って、きゃって……変な声出しちゃった……」


 見るからに薄着となったミル殿に、ほとんど何も羽織っておらぬヴェネレ殿。

 戦闘の余波か別の要因か。羞恥的な格好になっておられる。何故なにゆえ拙者はこうも裸体の女子おなごに縁があるのか。因果的な何かを感じるの。


『邪魔ばっかしおってからに! それになんだい! そこの小僧は! 魔力を全然感じない! ハズレもいいところじゃないかい!』


 拙者を見、遠目から見ても分かる程に苛立つ老婆の姿。奴が今回の犯人か。


「拙者、魔法は使えぬ。故に魔力も宿っておらぬ。主の狙いがなんなのかは分からぬが、ヴェネレ殿らは返して貰うぞ」


『魔法を使えないだってェ~!? 貴様こそが本当に使えない存在じゃないかい! そんな奴に用は無いよ! さっさと殺してやる!』


「今はまだ死する訳にはいかぬ。主の目的が何かは存ぜぬが、ヴェネレ殿らが犠牲になるのは確定事項の様子。それを阻止させて貰う」


 魔力が展開され、それによって持ち上げられた土塊が降り注ぐ。

 それらを避けながら老婆の元へと駆け抜け、鞘に納めた刀にて顔を打ち抜いた。


『……! なんだいこの速度……!』

「……。確かに直撃したのであるがな」


 ご老体故、加減はしたが意識を失う程度の威力は込めた。

 その上で何ともない様子。別にこの世界では不思議でも無いかもしれぬな。


『ヒッヒッヒ……ああ、当たったよ……けど残念。アタシャ不死身なんだ。如何なるダメージも即座に治る。外傷から内部の物まで全てねぇ』


「フム、不死身の老婆で御座ったか。それは哀れに御座るな」


『哀れだぁ~!? 一体アンタは何を言っているんだい!? 不死身の肉体! そのお陰で永遠に魔法を研究出来るんだよ! 羨望こそはされど、哀れまれる筋合いはないね! アンタもあの娘も、馬鹿しかいないのかい!?』


 あの娘……フム、やはりヴェネレ殿もこの存在を哀れむか。

 両親と多くの友を失った拙者に母君を失っているヴェネレ殿。この老婆は何処まで行っても哀れでしかないと分かり切っている。


『哀れかどうか、試してみなよ!』

「……」


 魔力を使い、大地を操作。巨大な土の波が押し寄せ、それを拙者は踏みつけて跳躍した。


『空中に逃げても無駄だよ!』

「…………」


 空に向け、火炎と風刃が打ち出される。

 鞘を回転させた風圧で相殺し、老婆の脳天へと一撃を叩き込む。


「既に二本取ったぞ。哀れな老婆よ」

『……っ! 効かないって言ってんだろう! 愚かな子羊よ!』

「拙者、羊では御座らん。人間である」

『あのメスガキと似たような事言ってんじゃないよ!』


 雌餓鬼とな。年齢を惟ればミル殿の事に御座ろうか。

 まさか地獄の餓鬼に雌雄があったとは驚きだが、似たような事を言っていたのにも驚きだ。

 世は驚きに溢れておるの。


『調子に乗るんじゃないよ! 下等な人間が!』

「…………」


 鞭のような魔力が射出され、一瞬だけ刀を抜いて全て切り刻む。同時に踏み込み、老婆の腹部を柄で打ち抜いた。


『グハッ……!』

「傷は負わねど、言葉を綴るに当たって呼吸はある。呼吸せずとも死ぬ事が無いとしても、話の途中で息を漏らすのは恥であろう」

『何をごちゃごちゃと……! クソガキ!』

「拙者、一応既に成人しておるのだがな。確かに主からすればまだまだ幼いわらべやも知れぬ」


 突き上げた老婆は魔法を使い、拙者の足元から鋭利な大地を穿つ。

 効かぬからこそ自分諸とも貫けるのであろう。不死身ならではの戦い方よ。

 拙者は飛び退くようにかわして大地の先端に立ち、踏み込んで老婆の眼前へと迫った。


「…………」

『ぐっ……! この……!』

「……」

『ガァ……!』


 頬へと勢いよく打ち込み、細い腕にて捕らわれるのを避け、腕を弾く。そのまま腹部へ鞘を突き刺し、弾くように再び距離を取らせた。

 瞬時に踏み込んで迫り、連続した刺突を繰り出して最後に吹き飛ばす。

 吹き飛んだ老婆は自らで作り出した鋭利な大地に突き刺さっては砕き、身体中から赤黒い血が流れる。


『この程度……何のダメージにもならないよぉ~。ケヒャヒャヒャヒャ……』


「その様で御座るな。然れど主は話、意思疎通も出来る。果たして斬っても良いのか疑問だ」


『斬っても意味無いからね……! 例え細切れにしても再生するよ! アタシに弱点は無いからねぇ!』

「フム、その様に御座るな」

『……!?』


 会話の途中に迫り、言われた通り細切れにする。

 見た目が老婆故、刀を抜くのには躊躇いもあったが、この者は山姥やまんばなどの類い。即ち人にして鬼と化し、死以外の救いは無くなった存在。故に斬ったが、即座に肉体は再生した。


『ヒッヒッヒ……ほらね。言わんこっちゃない……。アタシャ不死身なんだよ』


「先程も聞いた。だが、主のような輩には拙者にも倒した経験がある。いずれは斬れよう」


『アタシのような不死身を? ハッ、夢でも見てたんじゃないかえ? 永遠に夢の中へいざなってやるよ!』


 目に見える青き魔力。見るからに眠くなりそうなモノよの。

 夢の中へ誘う。此れ即ち、ただ単に眠らせるだけではなく永眠の意。なればこの魔力はそれへと繋がる代物か。


「食らう訳にはいかぬな」


 呟き、老婆との距離を詰める。同時に頭をね、体を縦に両断させた。


「キエモン……凄い……私達があんなに苦労したリッチを一方的に……」

「けど、あれじゃいつまで経っても倒せないよ。きっと」


『ヒヒヒ……』


 また赤黒い血が流れるがそれものとも戻り、肉体が再生する。

 以前の不死身のような妖、鬼の怨念は朽ちた肉体は泥のようになって消え去ったが、この老婆の場合は元あった肉体が遮蔽物関係無く引っ付くように戻っておるの。あの鬼とは勝手が違うようだ。


『何度やっても無駄さね! さあ、お死に!』


 溶解液のような液体が地面を溶かしながら迫り、近くの木へと乗って離れる。

 毒か。この世界に来てから様々な魔法を見たが、毒魔法は見て御座らんの。

 拙者は大丈夫だが、ヴェネレ殿らは……大丈夫のようだな。


「やっぱり私達は毒とかじゃ狙わないんだね」

「そうみたいだね。貴重な魔力源だからかな」


 毒や今までの余波は彼女らに及んでいない。何としてでも生かしておきたい様子。

 拙者としても都合が良いの。元より余波程度でやられる者達では御座らんが、それでも心配にはなる。ヴェネレ殿らが無事な事実だけで肩の荷は軽くなろう。


『死にな!』

「……」


 溶かす毒液を操り、拙者の方へとけしかける。

 水魔法も操れるのだ。毒であっても液体なら例外はないか。

 木から飛び降り、大地を踏み蹴って跳躍。毒の及ばぬ範囲へと行き、範囲外から迫る毒を躱しつつ老婆へ刀を振り抜く。


『厄介な刀だ! 砕けちまいな!』

「……!」


 そこへ土魔法の派生か、鉄と岩石の集合体を打ち出す。

 とてつもない硬さであろう。が、それを容易く切り裂き、弾いて老婆の上半身と下半身を分断させた。


『チィ……鋼鉄と硬度な岩をも斬っちまうなんてね。アンタの方が余程の化けもんだよ! 剣の騎士!』


「そうに御座るな。拙者もそれを自負しておる」


 縦にも振り下ろし、更に刻む。

 化け物。まさにその通り。万の兵のみならず、今まで多くの人々を斬り殺して来た。人の身でありながら鬼神を謳われる程の存在となったのだ。

 傍から見れば拙者も十分、哀れな怪物だろう。


『じゃあ死にな!』

「断る」


 追い付いた毒の波を跳躍して避け、高い木に乗る。

 あの老婆も飲み込まれたが死なぬ存在。毒の中であっても平気のように御座るな。


「……」


 乗った直後に木も腐り落ちる。

 此処が森の近く故に拙者は飲み込まれておらぬが、そのうち大きく引き離されてしまうの。それだけは避けねば。


『此処からは本気でその化け物を倒すよ!』

「本気か。良かろう。来てみよ」

『言われなくてもねぇ!』


 魔力の塊が天から落ち、重圧によって押し潰す。

 数は一つだがその範囲は広大であり、近辺に巨大な匙で掬ったような痕跡が造られていた。


「なんて範囲の大きさ……」

「この一角だけが丸々消滅したみたい……」


 ヴェネレ殿らは無事。範囲は広いが、そこまでは届かせておらぬのだろう。

 その代わり、ヴェネレ殿らよりも前の領域は全てが無くなり、断層が見えておる。そして底が見えぬ。この老婆、天狗並みの力はあるやも知れぬな。


『へえ。避けたかい。すばしっこさは一流だねぇ』

「昔から戦場を駆け抜けていたからの」


 拙者も無事ではある。一気に駆け抜け、森の方へと赴いたからの。大分距離は離れてしもうたが、即座に追い付く所存。


『アタシ相手に、距離なんざ無意味だよ!』

「フム、そうか」


 次いで魔力を鞭のように放ち、森の木々を薙ぎ払う。以前の月からの使者を彷彿とさせる一撃。

 木々は切り倒され、そこから更なる追撃が及ぶ。


『膨大な魔力の力を思い知りな!』

「…………」


 風が球を成し、雲を巻き込む嵐となる。

 刹那に降下し、暴風の嵐が倒れた木々と散らばった土塊を巻き上げ大きな竜巻となった。


「これ程の魔法をたった一人で……」

「私だって万全なら出来るもん……」

「アハハ……そうだね」

「うん。そうだよ」


 確かに中々の範囲。やはり天狗並みの力が無ければこれ程の威力にはならん。

 このまま避けるのは容易いが、避ける暇があるならあの老婆を斬る事の方が優先であろう。拙者にはそれを遂行させるまでの頼もしき味方が居る。


「ヴェネレ殿。ミル殿。お頼み申した」

「「ぇ……?」」


 頼み、駆け抜ける。

 二人は素っ頓狂な声をあげた気もしたが、拙者の声は届いたと思おう。

 些か距離はあるが、彼女らならば受け取ってくれよう。


「……そうか。ミルちゃん。前にやった巨大な魔法。撃てる?」

「魔力は大分回復したけどまだまだだよ。不発に終わって私が倒れちゃう」

「うん。だから私達2人でやるの!」

「2人で?」

「2人で!」


 どうやら伝わった様子。流石だ。ヴェネレ殿。

 なればもう気にする必要もない。拙者は信じ、ただひたすらに進み行くだけよ。


「私が炎魔法の分は支えるから、土魔法と風魔法お願い!」

「もう、仕方無いな。やるよ!」


 ヴェネレ殿が杖を構え、ミル殿も態勢を立て直す。拙者は今一度深く踏み込み、老婆の眼前へ刀を突き出した。


『なっ……なんて速さ……!』

「…………」


 首元を貫くが、老婆は難なく言葉を発する。

 現世では拙者も首を皮一枚残して切られたが、とても喋る事など出来なかったぞ。

 それでもなお言葉を発するなど、この世界の住人は本当に談話が好きなようだ。


『ヒヒ……だが、後ろががら空きだよ!』

「そうに御座るな」


 既に準備は整った。

 拙者の背後から完成された暴風の塊が迫り、


「詠唱は?」

「簡易的なのを一つ」

「じゃあ頼んだよ。私もするから」

「うん! ──赤き焔の精霊よ。渦巻く火炎を纏わせ、力を与えん! “フレイムトルネード”!」

「──大地のうねり、与えられし火炎と共に。風を纏って敵を穿て……──“獅子粉塵”……!」

「「“焔”!」」


『……!』


 火炎が内部にて燃え盛る大地が浮くように巻き上がり、風と共に巨大化して水球の嵐と正面から衝突を起こす。

 爆発的な破壊の衝撃は二つの嵐となって一帯を荒らげ、互いに押し合った。


『キィーッ! たかが人間が……! アタシの魔法と互角だなんて許せないねぇ!』

「違うの。互角ではなく、主の負けだ」

『……!?』


 魔法に気を取られた瞬間に再び肉体を切り刻み、補助を阻止。同時に水球は火炎と砂嵐に巻き込まれて包みまれ、刻んだ老婆の体を飲み込んだ。


『そんな……アタシが……全知全能となり……神となり……この世の全てを支配する筈のアタシが人間如きにィィィ~~~ッッ!!!』


 甲高く、歯切れの悪い叫び声を上げて暴風炎の粉塵に包まれる。

 ヴェネレ殿とミル殿は互いに手を合わせ、更なる魔力を込めた。


「「──粉塵炎の嵐よ。周囲の水を飲み込み、その身を固めん。“獅子粉塵・凝固”!」」


『ア゛……ァ゛……!』


 事切れるような声を上げ、砂に粉微塵となった肉体が固められた。

 今回は前のような何でも斬れる感覚にはならなかったが、それでも固める事に成功する。これならば後何千年かは抜け出せまい。


「や、やった!」

「はぁ……はぁ……魔力をまたほとんど失っちゃったけどね……」


「見事で御座った。お二方。妖怪の老婆はあの中に閉じ込められたぞ」


「「えへへ……」」


 褒め、二人は照れるように笑う。

 こうして見ればミル殿も年相応よの。初対面の時以来よ。

 老婆は封じた。此れにて一件──。


『まだ……ダ……! マだ終ワってオランゾ……ガキ共……!】


「そんな……!」

「……っ」

「フム、何やらまた既視感があるの。前の怨念の時もこの様な感じで御座った」


 封じ込めた老婆が魔力の塊と化して蘇り、巨躯の存在となって立ちはだかった。

 この世界へ来た当初に相対した鬼。その主の怨念。相似した存在になったのは体内に宿る魔力の影響に御座ろう。


「さて、ヴェネレ殿。ミル殿。主らは休んでいてくれ。此処からは拙者が一人で相手を致そう」


「私は守られる程……じゃないね。魔力が少し枯渇してるし、キエモンに任せるよ」

「悔しいけど私もね。お願い。キエモン」


「承った。あの老婆を討ち倒して御覧に入れ、主ら二人をお守り致そう」


 銀色の刃が光る刀を再び抜き、巨躯の老婆へと構える。

 拙者らと老婆の戦闘。それは少々体格差はあるが、一対一。サシの立ち合いへと移行した。

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