其の陸拾弐 ヴェネレの頑張り
──私は優秀な戦えるお姫様、シュトラール=ヴェネレ。
まだまだ私の戦いは始まったばかり。まずは!
『捕らえな!』
「──“ファイアガード”!」
「はあ!」
リッチの攻撃を防御。ミルちゃんが魔力の上乗せで防御力を高めてくれる!
けど、二人は無詠唱なのに私だけ詠唱付与って何となく浮いちゃってるかも。
ミルちゃんと違って私が無詠唱だと威力がとても見てられない程になっちゃうんだよね……。私だけじゃなくて無詠唱の練習していない魔法使い全員が。いや、練習していてもミルちゃんみたいには鍛えられないかな。
私達は杖と言葉を触媒に魔法を撃ち出しているからね。
「ミルちゃん。実際のところ、魔力の回復度は?」
「まだ半分くらいかな。だけど元々全快でも及ばなかった相手。微々たる差だよ」
「そんなところだよね。お互いに……!」
万全の状態でもやられた。けど負けてはいない。
ちなみにどんな感じでやられたのかと言うと。ほぼ不意を突かれた感じ。
【──キエモンお兄ちゃん早く戻って来ないかなぁ?】
【ふふ、すぐに戻ってくるよ。きっと】
そんな感じでキエモンの事を話していたら突然教会の入り口が破られ、無数の魔力が差し込まれてきた。
【下がって! 何かが来た!】
【礼儀知らずのお客さんだね……!】
私とミルちゃんはその気配に構えたけど、次の瞬間には。
【ヒィーッヒッヒッヒ! アンタらの魔力を貰うよ!】
【【……!】】
触手のような魔力が伸びて私とミルちゃんの体に絡み付いた。
それでミルちゃんはほとんど魔力を吸われて、私も吸われた。
だけどその魔法には限りがあるらしく、吸った魔力の量に限界が来たのか身動きを取れなくされた私達は攫われ、研究室で改めて魔力を取られそうになったって訳。だからこそ私はまだ余裕があったの。ミルちゃんの魔力総量の方が多いからね。
事実、今の時点で魔力吸収魔法は使って来ないからまだ満腹状態なんだと思う。
そんなこんなで万全でのって言葉には少し語弊があるかもだけど、実際にその状態でも魔力吸収から逃れる事は出来なかったからね。
万全でもやられて、負けてはいないって事は成立する。ただ諦めが悪いのもあるけど、割と理論は整えているよ。私、優秀なお姫様だもん!
『ヒヒャヒャヒャヒャッ! いつまで守れるかねぇ~っ!?』
「“ファイアガード・円”!」
魔力の鞭は伸び、私は全方位に守護壁を張る。
それでも防げるのは時間の問題。本当に万全の状態でミルちゃんが力を発揮出来て正面から迎え撃つ形なら勝てる見込みはある……! もちろん、私もやるからね!
『全方位の守護魔法……ヒヒ……却ってそれは愚作だよ』
「……!」
「ヴェネレ!」
正面から鞭が束になって突き刺さり、私の体を貫いた。
血が逆流するように上り、そのまま堪え切れずに吐血。嘔吐の酸っぱい感じと違ってドロドロした鉄の味が口の中に広がる。意識も遠退くし、結構不快……。
「カハッ……!」
「しっかりして!」
ミルちゃんが無詠唱で回復魔法を使用。傷は塞がったけど痛みは完全に消えていない。
だけど動けるくらいになったなら十分。まだまだ戦える。
「──焔の精……私の力となり……傷を癒せ……! “ウェアー・ヒーリングフレア”!」
自動回復魔法を私達に付与。これで自己治癒力は高まる。
傷を負ったくらいでミルちゃんの貴重な魔力を消費させるのも悪いからね。今の状態ならミルちゃんの魔力回復も早まる。
「この魔力……ヴェネレ。君もしかして自分の魔力を私に……!」
「ふふ、お安いご用だよ。ミルちゃん。これもお互い様!」
「……。ありがと……」
私の魔力を譲渡する事でミルちゃんの魔力を高める。
実際、私はかなり優秀だと思ってるけどミルちゃんは更に上の魔法を使えるからね。悔しいけど、もう少し鍛練積まなきゃ追い付けない。
いつかは越えて見せるけど、今の時点ならそっちの回復優先!
『どんなに回復しようと、全知全能を目指すアタシャにゃ追い付かんよ!』
「フン! 全知全能を目指すって! 不死身の体を手に入れて何年経ったのか分からないけど、今の時点でそうなってないじゃん! そんなんじゃ文字通り、永遠になれる訳ないよ!」
『黙らっしゃい! その為にアンタらを取り込もうって言うんじゃないかい! その全知全能になっていないアタシに負けてるアンタらは引き立て役ですらないよ!』
「私は私が認めない限り負けてない! アナタの負け! 終わり!」
『ムキーッ! 滅茶苦茶な理論を振りかざすんじゃないよ!』
「私を完全に倒してから言ってみな!」
さながら子供のように稚拙な口喧嘩。いや、子供でもこんなに酷い言い争いはしないかな。子供に失礼だよ。
言いたい事だけ言って何も認めない。相手が分からず屋なんだからこれくらいで丁度良いね。
高い知能にレベルの高い魔法。人間やめて手に入れたそれを以てしても、本質は人間と変わらないなんて皮肉だね。
『今の時点では殺さないけど、すぐにアンタらは殺されるんだよ! このアタシにね!』
「やられない! 私達が勝つ! ──赤き火の精よ。集い、穿て! “フレイムピラー”!」
魔女の足元から燃え盛る灼熱の火柱が立ち上る。
陽炎が揺らめき、その体を取り囲む。魔女は腕を振るい、それを払い除けた。
『勝つだぁ!? そんなチンケな魔法でどうやってアタシに勝つってんだい!? 数の差なんて一瞬で覆せるよ! アタシャ、リッチだ!』
「リッチだからなんだっての!?」
そのまま無詠唱で大地から複数の水柱を形成。天を突き、生き物のように蠢いて私達へ迫り来る。
「これくらいなら!」
『ヒヒ、お姫様よりかはやるようだねぇ。孤児達の最年長!』
水柱はミルちゃんが風魔法で突き破るように防ぎ、弾くように止めた。
散った水はキラキラと輝きながら地面に落ち、光の屈折で虹を生み出す。
『ヒャッハァ!』
「変な掛け声!」
お猿さんのような声をあげて放たれる風の刃。
ミルちゃんも使っていたり、結構使用者が多い風魔法。広範囲を迅速な刃が通り抜けるから汎用性が高いんだよねきっと。
「足止め優先……! 赤き焔、火炎の光よ。敵を閉じ込め、閉鎖する! “フレイムチェーン”!」
『捕まるかいな!』
「……っ」
炎魔法からなる鎖を使い、魔女の拘束を試みる。けどそれは水魔法によって払われ、辺りに水蒸気が漂った。
だったらこれを……!
「──火の精よ。最速で敵を撃て! 高速の火炎、“ソニックファイア”!」
『……?』
視界が悪くなる程の水蒸気の中。速い炎が突き抜け、引火した。
『まさか……!』
「……。ドーン♪」
一瞬煌めき、収束。そこから全てを放出するよう、水蒸気爆発が引き起こされた。
音と衝撃。私達の体も後ろの方に押される程のそれを受け、
『小娘がぁ~っ!』
「「……っ」」
ほとんど無傷の状態で魔女が背後に現れ、私とミルちゃんの体が衝撃波で吹き飛ばされた。
地面を転がり、今は露出が多い私達の肌は傷付く。
あれを食らってあの程度のダメージなんてね……。
『アンタの攻撃は読めてたよ……だから空間魔法で移動し、今に至るって訳さね。さあ、早くアタシの物になっちゃいな!』
大地を盛り上げ、巨大な土塊を高速で射出。
狙いは疎らだから何とか避けたけど、ちょっとキツイかも。
『これで終わりだ!』
何の属性にも属さない無の魔力が放出。
そうであっても破壊力はお墨付き。余波だけで大地が抉れ、詠唱が追い付かない程の速度で放たれる。
ダメ……間に合わ──
「七割は……戻ったかも!」
「ミルちゃん!」
──防げないかと思った瞬間、ミルちゃんが魔法をぶつけて相殺する。
流石のミルちゃんも属性付与が出来なかったみたいだけど、ただの魔力飛ばしと魔力によるガードが鬩ぎ合う。
「赤き焔、その火球で敵を撃つ。“ファイアショット”!」
『ヒィッヒッヒッヒ! お姫様の魔法じゃ、阻害にもなりゃしないよ!』
「くっ……!」
守っている間に何もしない訳にはいかない。火球で牽制するけど、周囲を吹き抜ける風魔法でろうそくの火みたいに消されてしまった。
本当に……人より努力してるのに……全然報われない……! ミルちゃんや……キエモンの助けになれないの……私……。違う……そうじゃない。そんな事は今気にする必要が無い……! 今はちゃんとやらなきゃ……! 目の前の敵に集中しなきゃ……!
「……っ」
『相殺したかい。見事だねぇ。孤児のお嬢ちゃん。だけど、それもあって折角回復した魔力がパーだ』
魔力同士が打ち消しあって消え去り、ミルちゃんの体がフラつく。
私はそれを支え、魔女に睨みを利かせた。集中したところで今はそれしか出来ない……。
『今度こそ終わりだよ! 捕らえな! アタシの可愛い魔力達!』
「「……!」」
無数の魔力が伸び、高速で射出。せめて私が前に出る事でミルちゃんだけは確保する!
相手の好きにはやらせない!
「させない!」
『ヒィーッヒッヒッヒィ!』
勝ち誇るように高々と笑う。
耳障りな甲高い声。だけどもう、最後まで目は離さない……!
「──見事に御座る。ヴェネレ殿。よくぞ耐え抜いた」
「……!」
──そんな私の目の前に、静謐で澄んだ目をした騎士が現れた。
魔力の鞭を、あろうことか刀と呼ばれる剣で切り裂き、私達を庇うように前に出る。彼は私の騎士……。
「キエモン!」
「お待たせ致した。ヴェネレ殿。先の爆発。目印となったぞ。よくやった。ミル殿」
「フン……なんか上から……。けど、助けてくれてありがと」
降り注ぐ無数の鞭。それら全ては刀で切り裂いて振り払い、いなす。
防がれた魔女は顔を歪めた。
『キィーッ! なんだいなんだい!? そいつはよぉ!? 次から次に邪魔が入るねぇ全く!』
地団駄を踏み、またもや魔力を展開。周囲がその渦に覆われる。
私とミルちゃんが織り成す、魔女リッチとの戦闘。そこにキエモンが加わった。




