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其の陸拾壱 ヴェネレの災難

 ──や、やっほー。私は優秀で聡明で美人な皆に好かれたいお年頃の王女様、シュトラール=ヴェネレ。

 ついさっきまで教会で私が友達と思っている女の子と、その子と一緒に住んでいる子供達と居たんだけど──。


『ヒィーッヒッヒッヒ……まさかこんなところで大国のお姫様に会えるなんてねぇ~。誰も心配しない孤児のガキ共に狙いを定めていたら、とんでもない収穫があったねぇ~。良質な魔力……アタシの魔法が更に強力になるよぉ~。これなら夢の全知全能も夢じゃない……』


「……っ」


 ──変な魔女のお婆さんにさらわれてしまった。

 現在地はよく分からない……家? 洞窟の中に色々置いただけの場所。

 不覚、私程の実力者やミルちゃん程の存在が居て不覚を取るなんて思ってもいなかった。

 てか、ヒィーッヒッヒって笑ったり、変な言い回しだったり何なのこの人……。いや、そもそも人かどうかすら怪しい……。


「ミルお姉ちゃん……」

「大丈夫……?」

「うん……大丈夫……大丈夫……私は平気だよ……」


「ミルちゃん……」


 戦闘により、ミルちゃんは負傷した。

 何とか回復魔法を使いたいけど杖は取り上げられちゃったし、私自身も少しケガしている。そして全員が拘束魔法で縛られた状態。

 どうやらこの人は上質な魔力を欲しているらしいけど、一体何が目的なの!?

 魔力を奪う為に今現在の時点で殺される事が無いにしても、今かき混ぜている鍋が完成したらきっと殺られる。

 キエモン……助けて……。


『ぁあ……大丈夫さね。何故ならす~ぐに楽~になれるからねぇ~。こう言うのは順序が大事なんだよ。恋と一緒さ。順番を間違えたら失敗する……まずは大きな魔力のお嬢ちゃんや姫様から。そして徐々に小さな魔力の子供達を投入して魔力の質を整える……料理にも近いねぇ~。子供達は謂わば塩や香辛料のような調味料さ……。助けを求めても無駄だよぉ~今さっき……ほぉんの数秒前にアタシのしもべが森へ向かったからねぇ。仮に誰かが居ても殺されるのがオチさ』


「ひぃ……!」

「うえーん!」

「お姉ちゃーん!」

「「……っ」」


 会話は成り立つけど、成り立つだけ。止めるよう告げても止まる輩じゃないのは明白。

 せめて杖があれば良いんだけど……。


(……。いや……)


 助けを求めるだけの囚われのお姫様は、私が嫌いなもの……だからここは私が自分で何とかしなくちゃ……!

 不幸中の幸い、魔女は鍋をかき混ぜているのに夢中で、言葉には返すけどあまりこっちに視線とかは向いていない。

 見たところ感知魔法とかも無いようだし、足とか体を擦って小さな物音を立ててみたけど反応は無し。あまり大きな動きじゃなければ気付かれる心配も無さそう。

 的確な隙を突いてあの魔女を抑えれば……!


『美味しくなぁ~れ。美味しくなぁ~れ。燃え燃え飢愉ン♡』

「うへぇ……」


 何か変なニュアンスで気持ち悪い事言ってる……。キュンはキュンでも心臓を握られた感じのキュン……。

 まあ、その変な歌に夢中だからバレてないんだけど。今のうちにそーっと立ち上がって……。


「ヴェネレ……何するつもり……?」

「私があの魔女を抑える……! 杖だけでも取り返せば、ミルちゃんなら無詠唱で拘束魔法くらいは解けるでしょ? 傷に響くけど……」

「そんな……傷は大した問題じゃないから可能ではあるけど、貴女のリスクが大き過ぎるよ……!」

「ふふ、女は愛嬌と同時に度胸も備えなくちゃ。特にお姫様の私はね」


 私とミルちゃんの会話も、魔女には届いていない。

 この子達には悪いけど、子供達の泣き声のお陰でヒソヒソ声なら聞こえないみたい。

 子供の泣き声が好きなのかそれを止めようとはしないし、よく見れば隙だらけ。今ならやれる……!


「それ突撃ー!」

『んあっ!? いきなり何すんだい!?』


 大声を上げ、泣き声に酔いしれていた魔女を驚かせてそのまま突進。

 蹌踉よろめいたは蹌踉めいたけど、体幹が強いのか倒れはしない。

 けど、誰のでも良い。杖さえミルちゃんに渡せれば!


「何もしないままやられるなんてごめんだからね! 私だってやるんだよ!」

『この……小娘が……!』

「ミルちゃん!」


 鍋の近くにあったテーブルを無造作に蹴り飛ばす。

 後は天命に身を委ねる。私達がまだ生きて良いなら沢山置かれた杖のどれか一つくらいはミルちゃんに届く筈……!


「……全く……はむっ。無茶(むふぁ)()()ぁ……!」


 狙い通り一つだけ近くに落ち、ミルちゃんは口で杖を咥える。

 本来は詠唱が必要だから愚作もいいところだけど、無詠唱で魔法を放てるミルちゃんなら解ける!


「ほへっ!」


 掛け声を上げ、少なくなった魔力を使用。私達の拘束を解き、魔女に投げ飛ばされた私も杖を手に取る。


「──癒しの炎よ! 私達の傷を癒せ! “ヒートヒール”!」


 炎魔法の派生からなる熱魔法で治療。これでミルちゃんの底を尽きかけている魔力も少しは戻ったかも!


『フン、無駄な足掻きを。万全のアンタ達でさえアタシ一人にゃ勝てなかったんだよ? 今更悪足掻きをしたところで何になる』


「そうだね……貴女への嫌がらせが出来るかな? この、クソババア!」


「ア゛ァ゛!? クソババアだとぉ~!? ババアだけなら許すが、クソを付けるのは許せないねぇ!!」


「ババアだけなら良いんだ……」


 自分をババアと自覚している魔女ババア。……って、そんなどうでもいい事は置いといて、まずは子供達を逃がさなくちゃ!


「みんな! 早く逃げて! ここは私達が足止めするから!」

「け、けど……ヴェネレ様とミルお姉ちゃんが……」

「大丈夫! 私達は強いんだから!」

「う、うん……」


 不安そうな表情は隠せず、それでも言う事を聞いて逃げてくれた。

 これで後はどれくらい足止め出来るかだけど……。


「何処へ行こうと言うんだい!? 浅はかなガキ共! アタシから逃げられると思うなよ!」


「大変そう……」

「同感」


 魔力を束にして放出し、子供達を捕まえようと伸ばす。

 だけどこれくらいならまだ防げる範囲内。


「──赤き炎よ! 炎陣を組み、対象を捕らえる! “ファイアネット”!」

「そこに魔力の上乗せ!」


『なんだいこんなもの! この程度でアタシの魔法を防げると思うな!』


「思ってないよ! だからやるのは足止め!」


 何のエレメントも有していない、魔女の魔力のみでミルちゃんの魔力を上乗せした炎の拘束が解かれる。

 けど、それだけでも時間は消費する。今は少しでも遠くに子供達を逃がしてから。


『小癪な……! 先程だけではやり足りなかったかい!』

「全然足りないね! お姫様だから!」

『関係あるのかえぇ~!?』


 私の作り出した守護炎は即座に破られた。

 けど全然OK。数秒でも長く足止め出来たらそれで良いからね。


『フン、だったら教えてやるよ……アタシら“リッチ”はアンタらのような人間より遥かに優れた魔法を巧みに操るってねぇ~!』


「……! リッチ……!」

「それであの強さなのね……年季の差で私が押されるのも分かったよ」


 リッチ。お金持ちって意味じゃなくて、凄腕の魔法使い……だった魔物。

 自ら魔物に成り下がった哀れな存在。

 何でそんなA級……いや、その更に上の……“S級”相当の魔物がここに……!?


『ヒッヒッヒ……その恐れ戦く可愛い顔……アタシの好物だよぉ~』


「誰が恐れてなんか……! 魔物として魂を売った愚かな存在が……!」


『魂を売ったんじゃない……魂が邪魔になったから捨てただけだよぉ~。夢の全知全能……それを手にするには人間としての肉体、寿命。その他諸々が足りなかった。邪魔な物は捨てるのが一番手っ取り早いのさ!』


「へえ……結局だね。それ全部引っ括めて魂を売ったって言ってんの! 自らの意思で人間やめた時点でね!」


 不死身の体を手に入れて魔法に全てを注ぎ込んだ存在。それがリッチ。

 そこまでの覚悟や信念があったとしても、そのままで叶えようと言う意思は無かったって事。結局全部諦めてスタートしてんじゃん。肉体全てをやり直さないと何も出来ないなんて本当に哀れな存在!


「そんな人ならざる者に私は負けない!」

『ヒッヒッヒ……負けてんじゃないかい。負けたよね、さっき。だからアンタらは此処に居るのさね!』

「私が負けたって思わなければ負けてない!」

『なんだいその無敵理論。生意気なお姫様だよ!』


 更なる魔法が展開され、鞭のような魔力が私達を外へと押し出す。

 多分あそこは研究室的な場所。そこで力を発揮するのは本人的にも避けたいみたいだね。


「お姉ちゃん達……!」

「ああ……!」


「……っ。あまり時間を稼げなかった……!」

「不覚……!」


『ヒィーッヒッヒッヒ! これで戦いやすくなったよ!』


 洞窟から外へと出され、一時的な空中浮遊で停止。安全に着地する。ミルちゃんはまだ拘束されたままだね……。

 ほうきが無いのは機動力的な問題で少し厄介。それに、子供達があまり遠くには逃げられなかったのも……!


「けど! ──赤き焔よ。敵を撃て! “ファイアボール”!」

『ヒヒャヒャア! なんだいそんなショボい魔法は!』


 詠唱は短く、威力は低い。

 だけどまだ子供達が逃げるまでの時間は稼げる。


「あなたの癖のある笑い方も一体なんなの!?」

『生まれつきだよ!』


 どんな小さな事にも突っ掛かり、なるべく気を引く。

 ミルちゃんの魔力も回復しつつあるけど、今は私が大きく動かなくちゃならない。


「火炎よ。私を加速させる! “アクセルファイア”!」

『自ら突っ込んで来るか愚か者!』

「アナタよりは大分マシな愚か者だよ!」


 空中では自由も利かない。だからこそ自分から飛び込んで相手を巻き込む。

 魔力の鞭は依然として伸び、無数に迫る。だけど私を殺す気も無い筈。死んだらあの魔女が集めている魔力もパーだからね。

 掠り傷やちょっとしたダメージは負っちゃうけど、すぐに治る痛みなんてなんのその!


「──赤き炎……! “ファイア”……!」

『ヒャッヒャッヒャッ! リッチであるアタシが、この程度の動きを見切れないとでも思ったかい! その程度の速度上昇、いくらでも見てきたわい!』

「……! まあ、こうなるよね……!」


 ヒラリとかわされ、魔力によって拘束される。

 けどそれでもミルちゃんは何とか着地出来たみたい。それに、私は何重にも策を練るタイプのお姫様!


「この距離なら……! ──“ショット”!」

『……! ローブの下に……!?』


 拘束されたけど、足はまだ動く。杖は足で掴み、既に仕込んでいた炎魔法を近距離で撃ち出す。

 服とローブはボロボロになっちゃうけど、確かに怯ませる事は出来た。それによって子供達とミルちゃんを逃がす事にも成功。


『馬鹿だね! 自分自身にも熱が及ぶだろうに!』

「地肌だからアナタが思っている以上に熱かったよ……けど、お陰で私以外は全員逃がせた!」

『小娘ェ……!』


 怒らせる事には成功。多分今すぐにでも私に仕掛けて来る筈。

 うん、ここから先、どうしよっか。今の時点でもヒリヒリしてるけど、痛いのは嫌だなぁ。


『その素肌、アタシが食い尽くしてやる!』

「あっそ。やっぱり魔物に成り下がったから人間を直接取り込む事も出来るんだ」


 既にボロボロだった服が破られ、私の肌が露になる。

 仕込みの警戒と食べやすさ優先。当然だよね。生きたまま食べられる……凄く痛そう。杖も落ちちゃったし、万事休すかな。


「させないよ!」

『……!?』

「……!?」


 ──その刹那、大地が盛り上がり、無数の土槍が私と魔女の間を抜け、引き離した。

 落下に伴う私を風魔法が包んで支え、ゆっくりと地面に降ろす。

 魔女は私達の方を見た。


『ケヒヒヒヒヒ……戻ってきたかい。哀れな子羊よ』

「私は人間だよ。目まで衰えたの? 魔物になったババア!」

『口だけは変わらず達者だねぇへへへ』

「ミルちゃん……!」


 食べられる直前に助けてくれたのは、子供達と一緒に逃げた筈のミルちゃん。

 彼女も大概お節介みたいだね。……私に負けず劣らず。


「あのまま逃げたら何とかなったと思うけど、なんで来ちゃったのかな。ミルちゃんは」

「助けられてばかりが癪だから。貸し借り無し。良いね?」

「十分だよ!」


 杖を持ち、私の杖と裸体を隠せるくらいの服も渡してくれる。ローブとから無いからミルちゃんが下着姿になっちゃったけど、あまり気にしていないみたい。

 形勢は変わらない。魔法はまだそれなりに使える私と、魔力が回復しつつあるミルちゃん。そして万全の魔女。つまり相手の方が断然有利。

 だけどまだ私達は戦える。守られてばかりのお姫様じゃない!

 私達とリッチの戦闘。今度こそやられない!

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