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其の陸拾 獲物

 ──“孤児院・教会”。


「テキトーに座ってて。ボロボロだけど広さはあるから」

「ウム、では」

「お邪魔しまーす」


 少し古く、壊れ掛けている椅子に座り、茶を待つ。

 寂れ、木の匂いが強めな場所だが雰囲気は嫌いじゃないの。逆に懐かしさもある。拙者の故郷もこの様な感じに御座ったからの。


「それにしても……」


 座り、辺りを見渡すヴェネレ殿はミル殿の様子を窺っていた。


「お姉ちゃん。お腹すいた~」

「ご飯はまだだよ。ほら、あっちでみんなと遊んでなさい」

「はーい」


 風魔法にて子供達をあやし、土魔法が近くの川か湖からか水を汲んで桶に収め、炎魔法と水魔法で持ってきた水を焚いて煮沸と殺菌。茶を拵える。

 成る程の。多様な魔法を使えるようにしたのは魔物の撃退だけではなく、子供達の世話をする為か。

 平然と使っておるが、血の滲むような努力の末に身に付けた力なのだろう。


「凄いなぁ。ミルちゃんも。子供達の面倒見ながら準備してる。詠唱しない無詠唱魔法なのは素早く行動する為なんだ」


「フム、確かにそうで御座るの」


 ミル殿が魔法を使う際、経を読まぬ理由も明らかになった。

 その読むまでの間すら惜しく、すぐに子供達の面倒を見る為。

 彼女の魔法は全て、子供達の為に鍛え抜いたもののようだ。


「良い人だね。ミルちゃん。まだ子供なのに」


「ヴェネレ殿も言えた年齢では無いと思うが、確かにそうであるな。拙者の国では一二~一五でそれなりの教養を積まなければならなかったが、丁度それくらいのミル殿もしっかりとしているのだろう」


「へえ。キエモンの国での大人として見られる年齢ってそんなに若いんだ……って、私が言えた年齢じゃないって。もう17だから十分言えるでしょ! ……多分」


 最後の方は少し自信が無さげに話す。

 ともあれ、しっかり者のミル殿。やはり拙者も何か手伝いなどをしたいところよの。


「ミル殿。その頑張り、拙者は感銘致した。故に何か手伝いでも如何だろうか」


「手伝いかぁ……確かに人手はあっても良いよねぇ。……うん、じゃあそろそろお昼の準備をするから皿を置いたり野菜を切ったりお願い」


「承知した」


 申し付けられた命は野菜等の下準備。

 拙者の国で男が料理をする事は無いが、拙者自身は子供達の為に料理を作る事もあった。故に手慣れておる。


「わ、私も何か手伝うよ!」

「お姫様が手伝う? 普通」

「私はちゃんとするタイプのお姫様! だよ!」

「ふうん? じゃ、魔法が使える貴女は火に鍋を掛けて」

「任せて!」


 拙者に続き、ヴェネレ殿も名乗り出た。

 確かに姫君が調理をするのは変な話よ。だが、その意思を無下にはしない。

 本当にしっかりとしているの。再会した時も思うたが、先日の雰囲気は何処いずこに。ともかく拙者も野菜を切る。

 血にまみれた刀を使う訳にもいかぬからの。短刀か包丁が欲しいところだが……無いの。手刀で良いか。


「あ、野菜を切るならそこに入ってる刃物を……って、手で切ってる……」


「凄い早さ……」


 手はちゃんと洗い申した。故に清潔で御座る。

 どうやら仕舞われる形で包丁はあったようだが、まあ問題無し。手際よく野菜を切り、ヴェネレ殿は火を扱う。ミル殿も多少は楽になったのか子供達へと割く魔法の量が増えていた。


「これにて下準備は完了した。後は炒めるだけよの」

「炒める……焼くんじゃないの?」

「調理法は様々。焼くのも良しだが、鍋の準備をしておるなら炒める方向であろう」


「正解。するなら無難に野菜炒めかなー」


 鍋へ入れ、塩を少々。他の調味料は無さそうだが、それなりに高いからの。中々手も出せなかろう。

 塩だけでも美味く作れる。何なら生でも良し。十分に御座るの。


「みんなー! お昼の時間だよー!」

「「「わーい!」」」


 時間は然程掛からず、昼食が完成した。

 野菜炒めと薄味の茶だけで、美味くはあるが少し物足りぬの。

 直ぐ様食べ終えたが、子供達にはもう少しばかり食して欲しい思いもある。此処は拙者が一肌脱ぐとしよう。


「馳走になった。然し童ら、まだ足りぬだろう?」

「え? うん。足りないけど、あまりお金無いから大丈夫!」

「子供がそう遠慮するでない。時には我慢も必要なのはそうだが、拙者が何か採ってくるとしよう」

「「「ホントー!?」」」


 拙者の言葉に目を輝かせる。

 食事は人の喜びに等しい。少食の者も居るが、この子らはそうでもなかろう。

 故に拙者が名乗り出るが、そこへミル殿が耳打ちした。


「ちょ、ちょっと。一応お客さんなんだからそこまで……」


「構わぬよ。育ち盛りの童。今日は金銭を持ち合わせておらぬが、此処は森にある教会。この森に動物はおらずとも、しっかりと果実が実っておる。少し遠出すれば魚も獲れよう。この籠を借りるぞ? ミル殿」


「それは良いけど……」


 当てはある。理由は此処が森の中と言うだけで十分に御座る。

 食える実かどうかは拙者が自ら試せば良かろう。魚も同上。それに加え、拙者よりも知識のあるヴェネレ殿やミル殿がおるなら仕分けも出来る。


「一人で大丈夫?」

「心配するでない。ヴェネレ殿。道は一度見れば覚えられる。幻術にでも掛けられなければ迷う事も無かろう」

「それなら良いんだけど……」


 拙者の身を案ずるヴェネレ殿。

 今告げた通り、道はもう覚えた。これは元の国で身に付けた技能。囮を一人で担う場合、道を覚えなくては戦から帰れぬ事もあるからの。その手の事に対しては自信がある。

 ヴェネレ殿とミル殿は教会に残り、子供達の相手。拙者は足りぬ食料を取りに赴いた。



*****



「……フム、これくらいで良さそうよの」


 ──それから数刻後。

 ある程度の果実を採り、魚を獲った拙者はふんどし姿で川から出て預かった籠の中に獲物を収める準備を終えていた。

 大漁大漁。後はこの中のどれ程が食せる種かどうかよの。

 この様な狩りも久々だが、腕は鈍っておらん。動きが早く、警戒心の高い魚も集中すれば呼吸を読み取れる。

 これから食われる事となる魚は不憫だが、これもまた自然の摂理。世は食うか食われるかだろう。


「……。して、自然の摂理に従うのなら今現在の拙者はどちら側に御座ろうかの」


『ギャア! ギャア!』

『フシャーッ!』

『グルルルル……』


 ──そんな拙者は今、数頭の獣に囲まれて御座った。

 カラスのようなものに黒猫のような妖。狼のような獣。

 一見で分かるようにこれらは協力などをするような種族ではないが、拙者に狙い澄ましておる。

 即ち現状、拙者か拙者の取った果実や魚か、それら全てが獲物側に御座ろう。

 難儀である。


「この森に居るという事は実力もそれなりにある様子。避けては通れぬか」


 此処は相変わらず太古の妖の気配が漂う森の中。移動する術のない魚はともかく、態々(わざわざ)外からやって来る動物は暫定B級以上。

 一つの縄張りのヌシと同等の存在という事。

 そうなると今回は異様よの。

 同じ種族ならばまだしも、別々の種のヌシ格が同時に現れ、共に拙者を狙っている。まるで誰かにけしかけられたような雰囲気だ。


『ギャアーッ!』

「…………」


 一つの羽ばたきで加速し、鋭い嘴を拙者へ向けて穿つ巨躯の烏。

 容易く見切ってかわせたが、連なる木々に綺麗な穴が空いておる。そのまま木々は倒れ落ちた。

 そんじょそこらの弾丸よりも鋭く高い破壊力を秘めているようだ。


『ギニャア!』

「……」


 次いで黒猫が鋭い爪をもちいて斬りかかり、それもまた見切って躱す。

 空気が裂け、膜のようなものが一瞬だけ生まれて周囲の空気が埋め、風が生じた。

 この現象も拙者が刀を使えば起こる。然して珍しくも無かろう。


『グァォッ!』

「……」


 避けると同時に鋭い牙が差し込まれ、跳躍して木の上に移動する。

 烏や黒猫が居ては木の上も安全では御座らん。足場が狭まり、却って避けにくいの。直ぐに降り立った。


『フシャア!』

『ギャア!』

『ガウ!』


「……」


 降り立った瞬間に三匹は飛び掛かる。

 これは好都合。狙いが拙者ならば同じ位置にやって来る。

 即ち、その隙を突けば獣共を同時に打ち倒せるという事。

 数尺(※1尺で約30㎝)程の距離を迫られ、次の瞬間に同時に鞘を打つ。三匹は意識を失った。


「さて、このモノらは一体何なのだろうかの。野生の妖にしては統制が取れていた。何者かの指示によってやって来たので御座ろうか」

『『『…………』』』


 倒れている獣らに触れ、事態を確認。だが今のところは何も分からぬ。

 フム、念の為ヴェネレ殿らに報告しておくか。何かしらの裏があるやも知れぬからの。

 籠を背負い、川を離れる。

 獣らは暫く寝かせておく事にした。運べぬのが一番の理由。加え、例え運んだとしてもどうするか分からぬからの。

 拙者は一度教会へと戻り──。



*****



 ──惨憺たる光景を目の当たりにした。


「……。さて、何がどうしてこうなったのだろうか」


 籠を置き、崩壊した教会を確認。

 ヴェネレ殿らの気配は無い。然し念の為に崩れた教会を一通り探った。やはり誰もおらぬ。

 何か嫌な気配は残っておるの。血の匂いも少しあるが、致死量ではないのを惟るに連れ去られただけと言うのが妥当か。


「…………」


 辺りを確認。崩れ方などを思えば数刻前の出来事なのが分かる。

 連れ去った主犯が居るのならばもう大分遠くへと行っている。そして、ヴェネレ殿やミル殿を倒して連れたと考えれば、かなり腕の立つ何かの仕業だろう。


「……。向こうか」


 ──同時に拙者の内なる“鬼”が行ったであろう方向を睨み、犯人へ狙いを定めた。


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