其の伍 拙者、城へ仕える
「さっさと始めるぞ! こんな事、あって良い筈がねぇ!」
「相分かった。主の挑戦、何時でも受ける」
「……っ。今度は主催者気分かよ……! 舐めやがって……!」
箒に乗り、セーダ殿は空中へと移動。
今更ながら、空を舞うとは如何様な気分なので御座ろうか。鳥のように舞う事が出来れば世界を新たな形で見る事も出来るやもしれぬ。
「青き水よ、水を司る精霊よ。その片鱗を我に与え、敵を窒息させよ、“ウォーターボックス”!」
「……!」
瞬間、拙者の周りを水が囲み、そのまま形成された水の牢獄へと閉じ込めた。
広範囲の水。成る程。息が持たぬな。衣服が濡れ、動きも鈍くなる。水は砕けぬ故に木刀を振るっても透き通るばかり。
「バカみたいに攻撃魔法を行うのだけが戦いじゃねえ……絡め手……それが俺のやり方だ!」
水に囲まれている為、セーダ殿が何を述べているのか存ぜぬが、現状向こうが優位に立っていると言うのは実感して分かる。
然し、拙者は城に仕えていた頃に鎧のままで川を渡ったりなどの経験があり、水中での動きは多少なりとも心得ている。呼吸が途切れる前に終わらせれば良かろう。
「そして! 次の攻撃をもってしてお前は終わる! 高圧で噴出した水は、鉄をも貫くレーザーとなるからな!」
「……?」
何かを述べ、杖を拙者に向けた。
仕掛けてくるか。ならばそれを利用せしめよう。
「水を司る精霊よ。その力を圧縮し、敵を射抜け。“ウォーターアロー”!」
杖から射出された水の矢。通常の矢より些か速いが、避けられぬ速度ではない。
あの勢いならばこの牢にも小さな穴が空くであろう。
その瞬間、水の矢が水牢へと入り込み、一筋の小さな道が作られた。
「……」
「……!?」
矢は躱す。浮遊感に包まれつつも態勢を整え、同時に水牢から木刀を放り投げた。
木刀は矢の道筋をそのまま辿り、真っ直ぐ直進してその杖を弾き飛ばす。
「……っ。この距離を……!」
水牢が緩み、崩壊。セーダ殿は手を押さえ、驚愕した面持ちで拙者を見やる。が、既にそこに拙者は居ない。
「……!? どこ行きやがった!?」
「真下で御座る」
「……!」
真下から跳躍。既に拾った木刀を振るい、奴を殴打。箒から吹き飛ばした。
この高さは危険で御座るが、先程拙者が入っていた水牢の痕跡はまだ残っている。故にあれが緩衝材となりてセーダ殿は無事で御座ろう。
拙者は着地し、一時的に意識の消え失せた背後のセーダ殿へと視線を移した。
「勝負あり! 見事だ! キエモンよ!」
「……」
主君からの令が掛かる。何うやら拙者は認められた様子。主君へ会釈して返す。
そんな拙者の元へ、いの一番にヴェネレ殿が参った。
「凄い! 魔法を使わないで勝っちゃうなんて! おめでとー! キエモン!」
「ヴェネレ殿。忝ない」
拙者の合格を祝い、手を取って飛び回る。
ヴェネレ殿は誠に活発な女子で御座るな。拙者の国では静なる淑やかさが女性の美とされていたが、真逆の位置に居られる。が、嫌いではない。
「アマガミ=キエモンか。これはまた面白そうな者が入ってきたな。改めて、私は“シャラン・トリュ・ウェーテ”騎士団長。バラグ=ファベルだ。よろしく頼む」
そこに、先程相対した者達の長であろうバラグ=ファベル殿が姿を見せた。
片手に箒を持ち、脇差しのように杖を携え、凛とした態度にて拙者へ改める。
「拙者の名は天神鬼右衛門。しがない浪人で御座る。今しがた主君に認められ、正式な兵士となった。ファベル殿。お願い奉り候う」
「おう! 言葉の意味はよく分からぬが、おそらくキエモンの国の作法なのだろう。改めてよろしく頼む。先程の戦い、かなりの実力であった」
互いの手を取り、ファベル殿が拙者を称える。
その手の感触から理解した。この者、出来る。
騎士団長という役職は、おそらく兵隊の長。かなり鍛えており、あの者達よりも遥かに上の次元である事を理解した。
「「「納得……出来るかーッ!!!」」」
「「……!」」
決着後の束の間、先程打ち倒したカーイ殿、マーヌ殿、セーダ殿が火、水、風を各々撃ち出した。
今回経は唱えておらぬな。然し、近くにはヴェネレ殿も居るというものを。見境無しの様で御座る。
拙者は咄嗟に木刀を構え、ファベル殿が杖を振るう。
それを見やり、拙者は木刀を納めた。
「……。成る程。予想通りの強者で御座ったか。ファベル殿」
「やめろォ! お前達ッ! 決着は既に付いた! これ以上やると言うのなら私が直々に稽古を付けてやる!」
「「「…………っ」」」
拙者達の前に造られた、土からなる巨躯の防壁。その壁が拙者に向けて撃たれた三つを防ぐ。
余波すら後方に伝わらず、完璧なまでの守護で御座る。
「ちっ、覚えてやがれ……!」
「絶対に目に物見せてやる……!」
「クソが!」
「言葉を慎まぬか!」
魔法が防がれ、悪態を吐きながら三人は場を離れる。
自分等の居場所に余所者が来るという事。あの様に横暴な態度となるのも致し方無かろう。城に仕える身。拙者も気を付けなくてはなるまい。
「ヴェネレ殿を護って頂き感謝致す。拙者だけでアレは防げなかったやも知れぬ故」
「いや、部下の不始末は私の役目。ご迷惑をお掛けした。キエモン殿」
「そもそも私、守られる程弱くないし……」
拙者とファベル殿の会話を耳にし、不貞腐れる如き様を見せるヴェネレ殿。
はて、何か気に障ったので御座ろうか。しかしあの性格なら分かる。護られる立場ではありたくないのだろう。
そんな拙者達の前へ主君もやって来た。
「見事だ。キエモンよ。今の結果、正式に我が城の騎士として加入する事を認める」
「はっ、殿」
「お父様がスカウトしたんじゃなかったっけ?」
「こう言う時は雰囲気で考えるものじゃよ。ホッホッホ」
呵々と笑う。
何にせよ、これにて拙者はこの城の兵となった。
浪士であっては明日食う飯も儘ならぬ。一度は鬼神となりて死した拙者が何故かに与えられた二度目の生。
先刻ヴェネレ殿は物の怪から拙者を救い、主君が行き場の無い拙者に役職を与えてくださった。
ならばこの命、新たな主君らの為に使うのが礼儀。このご恩は返してみせよう。
今一度膝を着き、ヴェネレ殿と主君に頭を下げる。
「拙者、命に代えても貴殿らを御守り致します。この御恩は忘れず、必ずやお役に立てて見せましょう」
「お、大袈裟だよキエモン……!」
「ホッホッホ! 愉快痛快! 面白い奴だの! アマガミ=キエモンよ!」
侍の誓いは一生のモノ。妖術の使えぬ拙者であってもやれる事はあるで御座ろう。
此れにて一段落。名実ともに城に仕える兵となり、晴れて新たな主君に仕える身となった。




