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其の伍拾陸 終後・続行

 ──“城内、医務室”。


「あれ……ここは……」

「目が覚めたか。娘よ」

「……! 貴方……は……!」


 数刻後、一先ず城へと連れ帰り、少女はベッドと言う名の布団の上で目覚めた。

 魔力切れと言うものは深刻よの。体力が無くなるのと比べ、尽きると目覚めるまで時間が掛かるようだ。


「申し遅れたの。戦闘につき、名乗っておらなんだ。拙者、天神鬼右衛門と申す」


「アマガミ=キエモン……。敵対していたのに、なぜ私を運んだの?」


「主がまだ幼き少女であり、動物の多い森に一人残す訳にもいかなかろう。そも、主を呼んだのは拙者らの方だからの」


「……。そう……」


 返答に対して一言だけ返し、眼鏡をかけ直して拙者の方から視線を逸らす。

 戦闘時の性格と幾分変わったのう。だが、呼び、争い、倒れた。少女からしたら堪ったものではなかろう。とばっちりも良いところに御座る。


「あ、起きたんだ。やっほ。アジ=ダハーカちゃん」

「げ……何か高貴な雰囲気漂ってる人……」

「何その妙に具体的な印象……まあ間違ってないけど。私はシュトラール=ヴェネレ。この国の王女様だよ」

「王女……こんなのが……!」

「こんなのって無いでしょ。こんなのって。取り敢えずよろしく!」


 ヴェネレ殿が扉を開け、見舞いにやって来る。

 少女もその事は覚えており、嫌そうな表情をしていた。然し構わず名乗り、少女は疑問を浮かべる。


「なんでそんなに馴れ馴れしいの? 敵だったんだけど」

「考えてみたら先に貴女の気に障らせちゃったのは私だからね。喧嘩両成敗って感じかな?」

「なんと。それは死罪の事に御座るぞ。ヴェネレ殿」

「あ、本来の意味じゃなくて少しマイルドにした感じの……まあそんなところ!」


 本来の意味とは違う喧嘩両成敗。言葉の綾という事に御座ろうか。

 何にせよ、ヴェネレ殿は気にしておらぬ様子。元より自分に非があると考えていた。

 だが、少女はまだ納得出来ていないかもしれぬの。


「……ミル」

「え?」

「ミル=ウラーノ。私の名前。一応教えとく……。呼ぶならミルって呼んで」


 ミル=ウラーノ。それが少女の名。

 名を教えるという事は、少しは心を開いてくれたのだろうか。

 一瞬だけ止まり、ヴェネレ殿は笑顔で返した。


「うん。ミルちゃん♪」

「ふん……」


 そっぽを向くが、その表情には柔らかさが見えていた。

 声も心なしか弾んだようなものとなっており、嫌な気分では無いようだ。

 ミル=ウラーノ。ミル殿。おそらく彼女とは和解したであろう。



*****



 ──その後、ミル殿の様子を見にエルミス殿、ブランカ殿、ペトラ殿の三人とセレーネ殿がやって来た。

 拙者やヴェネレ殿のように自己紹介をし、ミル殿はまた困惑を表情に浮かべる。


「王都のお姫様や騎士がどんな感じかって思ったら……何か拍子抜け。何でこんなにのんびりしてるの……」


「お姫様や騎士って言っても、まだみんな新人だからね。私もお母様のような王女になれてないし……とにかく、基本的には緩くやってるよ」


 立場的に拙者らはまだまだ下の方にある。ヴェネレ殿も拙者の知らぬ母君と自分を重ね、まだまだと判断している様子。

 故に特有の緩さ、和やかさがこの場にはあった。

 ミル殿はまた疑問を浮かべる。


「緩くて良いの? 魔力も戻ったし、まだやろうと思えば相手になるけど」

「大丈夫。ミルちゃんはもうそんな事しないよ」

「何でそれが分かるのかな?」

「セレーネちゃんがそう言ったからね」

「セレーネが?」


 そう言い、ヴェネレ殿はセレーネ殿を前に出す。

 彼女は頷いて返した。


「ミルの荒んだ感情が落ち着いてる……今は穏やかな状態……だから大丈夫」

「感情……なに、セレーネは心でも読めるの?」

「心は読めない……感情とか色々なものを感じ取れるだけ……」

「ふうん。……良かった。心は読まれたくないからね」

「……今一瞬だけ感情が変わった……」

「……。ふん、そりゃこんなに緩やかなムードに包まれちゃったら心変わりもするよ」


 確かに一瞬だけ表情が曇ったようにも思えたの。何か訳ありか。

 されどそれを指摘するのは無粋な事。知られたくない事情を詮索するのも悪かろう。


「それで、ミルちゃんはこれからどうするの? もし良ければ騎士になってみない? 999の魔法。あんな力を使えるならすぐにでも──」


「断る。私は騎士になんかならない。別に嫌いじゃないけど、私には私の事情もあるからね。早く帰らなきゃ」


 ベッドから起き上がり、立て掛けていた杖とほうきを手に取る。

 家事などする事があるので御座ろうか。

 確かに数刻は空けている。もしそうならば早く戻りたいのも頷ける。


「けど、まだ疲れとか残ってるんじゃないの?」


「おあいにく様、私は回復魔法も使えるの。そこそこ上質なね。少しでも魔力が回復した今なら、もう大丈夫」


 引き留めるヴェネレ殿の言葉は聞かず、己へ回復術をもちいて癒す。

 傷は負っていないが、疲労はある。その疲労を今この瞬間に取っ払ったらしい。


「じゃあね。お姫様と騎士さん。またいつか、会えたら会おうかな」


 それだけ告げ、窓から箒に乗って移動した。

 忙しないが、それくらい早く帰りたかったのだろうか。謎は深まるばかりだの。


「行っちゃった……」

「訳ありの様子に御座るな。だが、彼女には彼女の事情がある。拙者らが動く必要も無かろう」

「そう……だね……」


 心配そうな様子で頷くヴェネレ殿。

 フム、見たところミル殿に異常などは無く、外傷なども無かった。

 外傷は回復術でどうとでも出来るだろうが、時折思うところのある表情をするだけで精神的に参っている様子も無し。それからするに、本当に個人的な悩みを抱えている事が推測出来た。


「それ程までに不安なら、また明日辺りにでも森へ赴けば良かろう」


「うん。そうしてみるよ。キエモン」


 何もするなとは言っておらぬ。無粋であっても気になる事ならば調べてみると良い。

 ヴェネレ殿は頷いて返し、物事を考える。エルミス殿らも違和感は覚えている様子。

 ミル殿に対しての疑問を残しつつ、拙者らも医務室を後にした。



*****



「それでは、これからどうしますか? キエモンさん」

「まだお昼前ですわね。今回の件はギルドに報告もしましたし、また平常に戻りますか?」


 医務室を後にし、ヴェネレ殿らとも別れて渡り廊下を行く拙者らは今後の方針について話していた。

 方針と言うても大層な事でも助長な目的ではなく、今日をどう過ごすかというだけ。

 午前のうちに任務はおこなったからの。残る事は城の警備か町の見廻りくらいに御座ろうか。


「そうよの。やるべき事は終えた。後はまた雑務か任務を受けるかだの。今日の見張りは強制ではないからな」


「それならば任務の方が良いですわね。見張りなども必要な事とは理解していますが、ミルさんにお会いして実感しましたわ。私、もっと強くならなければ騎士が務まりませんの!」


「私も任務派かなぁ。だって不完全燃焼だし、一度スッキリしておきたいからな!」


「わ、私も……! 今回は何もしていません……! もっと自分自身を高めないと……!」


 三人の意見を纏めると、任務の方を優先したいとの事。

 自分より幼いミル殿があれ程の魔法を使い、戦っていたのだから思うところもあるのだろう。


「そうか。では任務に赴くとしよう。主らの実力ならば、しぃ級任務ではなくびぃ級任務を受けられるだろう」


「B級任務……それなりの魔物が相手に……! 望むところですわ!」

「良いね。B級……それくらいなきゃこの不完全燃焼感は拭えないから!」

「私も……! やってやります!」


 話し合い、びぃ級任務を受けさせる事にした。

 後進の指導も組織を作るに当たって重要な事。彼女らの実力を低く見積もり、昨日はしぃ級任務を受けさせたが少々過小評価が過ぎたように御座る。

 あの雑多な鬼のよりも強き鉄人形を相手に粘れていた。つまりその程度なれば勝てる見込みがあるという事。

 いざという時は拙者が護れば良いだけ。いざ行かん、びぃ級任務へ。


「それとキエモンさん。何となく貴方のニュアンスは間違っていますわ。しぃ級やびぃ級という言い方ではなく、C級やB級。唇の形をこう、意識してみてください」


「む? し、しー級。びー級」

「惜しいですわ。もう少し口を開けて、そんなに大きくなく、半開きのように」

「C級。B級……どうであろうか?」

「OKですわ!」


 にゅあんすを直されるという行為。これもまた久し振りの感覚よの。

 西洋風の言い方は微妙に合わぬが、最近は少しずつ言えるようになってきた。これもまた拙者の成長よの。


「ウム、では参ろう。B級任務へ」

「フフ、古風な感じの話し方にB級って言葉が入るのは変な感じですわ。あ、悪い意味ではなくってよ」

「むむむ、言葉と言うモノは難儀に御座るな」


 また新たな発音を覚え、一つ成長を遂げた拙者。ミル殿の事情は気になるが、一先ず今回は任務へと赴く。

 今日と言う日はまだ半日以上残っておるからの。

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