其の伍拾伍 多様の魔法
『『『…………』』』
「……!」
まず先に鉄人形が動き、ヴェネレ殿らへ鋼鉄の巨腕が打ち出される。
体が体なので決して速くは無く、三人はそれを躱した。
「……っ。なんて破壊力……!」
「B級以上はありそうですわね……」
「その辺の魔物より遥かに手強そう」
躱した先に叩き付けられた鋼鉄の巨腕。それは誰にも当たらず地面に当たり、そのまま地割れを引き起こして数本の木々を余波だけで薙ぎ倒した。
この世界での、主未満の鬼よりは遥かに力が強いの。
「けど、やれない相手じゃない!」
「良い鍛練ですわ!」
「乗った!」
炎と雷と土。各々の魔法にて鉄人形を撃ち、怯ませる。
頑丈な肉体ではあるが、攻撃が効かぬ訳でもないらしい。力の根源は彼女らへ宿る魔力。それが変わる事もなく、同じ根源故に通そうと思えば通せるようだ。
「あの二人は戦うつもりが無いみたいかな。じゃあ、私と遊ぼっか! 魔力の無い騎士さん!」
「本当にただの遊びなら微笑ましいのだがの」
気乗りはせぬが、向こうは既に臨戦態勢へと入っていた。
あの年齢にしてもう戦闘へ意欲的に御座るか。拙者も幼き日より戦には出ていたが、多くの仲間や同じ釜の飯を食った友が次々と命を落とす場。戦いは好きでは御座らぬ。
拙者はただ単に、春の曙。夏の夜。秋の夕暮れ。冷たき冬の日。それらを感じつつ日がな一日を縁側で茶でも啜りながら過ごしたいものよ。
「まずは小手調べ!」
「火炎か……」
魔力を込め、杖から放たれた赤き焔。
触れるだけで火傷の恐れがある危険な代物。されど小手調べと言うだけあって容易く避けられる。
それを躱し、ヒラリと舞って近くの枝へと乗った。
「…………」
「身軽だね! じゃあ次!」
避けた先に向け、無数の風刃が放出される。
隙間無く放たれたそれらは鞘でいなし、自身に降り掛かる影響は排除した。
「まだまだァ!」
「……」
次いで撃ち出すは鉄砲水。
水鉄砲のような可愛らしいものではなく、木々すら飲み込み流してしまう洪水に御座った。
故に更に逞しき木へと移動し、その水も受けぬ。
「範囲は狭まれているよね!」
「……」
再び大地を操り、槍や鞭を形成して拙者へ叩き込む。
だがそれらは流動せず、確かに触れる事が出来る。即ち足場が増えたようなモノであり、それらの上を踏み越えて距離を詰めた。
「ふん、この程度! 魔法無しで全部避けるのはスゴいけど、足場になるなんて考えは早計だよ!」
「…………」
踏み乗った側から忽ち枝分かれし、細い槍が足元から突起される。
操った大地をそのまま別の形へ変換させる力。派生があると事前に確認した上、把握していなければ引っ掛かっていたかもしれぬな。
先は壁から突起させていたのだ。情報一つで受ける傷をかなり減らせるの。
「これも見切るんだ。じゃあこれならどう!」
「…………」
基本となる四つの属性を避け、次いで周囲の木々を操りそれを用いて拙者を絡める。
木まで操るとなると、エレメントではなく陰陽五行思想の方が近くなるの。もっともそれは、あくまで占星術などに使われる事に御座るが。
その枝を見切って飛び乗り、伸びる木々を駆けて少女の背後へと回り込む。
「……っ。後ろを取ったからって油断しないで!」
「…………」
大地と枝を伸ばし、次々と迫り来る自然。
枝に乗っては大地を切り捨て、落ちた地面を足場に飛び回る。
「乗れるのはダメかな!」
無駄と判断し、次いで放たれた火と水の蛇。
互いに干渉はさせずに拙者のみを狙う。
確かに火は焼け、すり抜け、水は沈み、落ちる。これらを足場にする事は出来ぬな。
「……」
「……! 上手くぶつけたね……!」
故に動き回り、操る少女の判断が追い付くより早くに互いに衝突させて打ち消した。
大きな火が大きな水で消えた事によって辺りは水蒸気が広まり、それを不都合と判断した少女は風魔法にて吹き消す。
「……! あの人は……!」
「此処に御座る」
「……っ」
だが、一瞬でも相手の視界が悪くなるなら十分。死角へ回って肩に手を置き、少女へ話す。
「主の魔法。確かに目を見張るものがあるが、拙者には些か遅い。まだ幼き主を傷付けたくは無い故、これで手打ちとせぬか?」
「……っ。舐めないで!」
全方位に風を巻き起こし、拙者の体を引き離した。
フワリ宙を舞った拙者は近くの枝を掴み、体を後方に回転させてその上に乗る。
少女の全身を覆うは風の鞭か刃か。そのどちらにしても触れるだけで傷を負う危険性があるの。
「これならどう!?」
「見ての通りよ」
「……見えなかった……」
自身を覆う風を拙者に放ち、その隙間を抜けて少女の横を通り過ぎるように立つ。
多様な魔法を扱えるのは凄まじき才だが、如何せん経験不足が目立っている。狙いも粗く、質量による押し込みが主なやり方。これならば拙者の体力が尽きるまで当たらぬの。
「一人じゃ分が悪いかな……!」
「結局一人なのは変わらなかろう」
「うるさいな!」
飛び退くように離れ、複数の鉄人形を顕現。
表面上の数だけなら拙者を上回ったが、とどのつまり少女の魔力からなる人形。即ち結局は一人で御座る。
「やっちゃえ!」
『『『…………』』』
「……」
複数体の鉄人形が攻め込み、拳を打ち出す。
だが、何なら先程までの魔法よりも遅い。当たる訳が無く、数の差も拙者にとっては却って都合の良き事に御座る。
『……!』
「…………」
『……!』
『『……!?』』
「……」
左右から攻め込んだ鉄人形を見切り、互いの拳を紙一重で流す。
流した方向には別の鉄人形がおり、互いを打ち抜く形となって粉砕させた。
「……っ。けどまだまだストックはある! 私の魔力が継続する限りね!」
『『『…………』』』
「そして! 私自身も仕掛ける!」
「そうか」
更なる鉄人形を形成し、四方八方から槍のような四属性が迫り来る。
だが、向こうの数に対して拙者は一人。相手を減らす要領は先程と変わらん。
『『『…………!?』』』
「御粗末」
鉄人形の拳が鉄人形を打ち砕き、火が水を消し水が火を消して土を和らげ、その土が風を受けて乾き、鉄人形の拳によって砕かれ、それらも焼け、濡れ、打たれ、吹かれ、粉砕される。
結果的に互いを全て打ち消し合う形となった少女の魔法。あらゆる属性を一気に扱えれば良いと言うものでも御座らぬな。
「一つ助言をするのなら、鉄人形の邪魔にならぬ魔法を巧みに操り、同士討ちの形が作られぬよう注意する事に御座る」
「アドバイスなんかしないで! 魔法を使えない君にはされたくない! まだまだ魔法の末端も見せてないんだから! 勝った気にならないでよね!」
目に見える苛立ちを隠さず、全身から放電させる。
フム、雷に御座るか。自然の物とは違うと思うが、どちらにせよ受けた事が無い。当たれば痺れそうよの。
「いくら速くても……流石に雷速は避けられないでしょ!?」
そう告げ、落雷を横に放つ。
考える間も無い速度。拙者は風を切って突き抜け、瞬く間に詰め寄って少女の体を抑えた。
「……ウソ……!? 何で当たらないの!? まさか雷を避け……!?」
「やろうと思えば出来たかもしれぬが、避けたところで増え続ける為に無意味。故に主の鉄人形を使わせて頂いた」
「……! アイアンゴーレムの破片……! それを避雷針にして……!?」
別方向に置かれた鉄。感覚で分かったが、鉄を伝えば雷は流動して地面に吸われるらしい。そして雷は鉄目掛けて落ちる。つまり拙者ではなく、辺りに落ちている鉄が拙者を雷土から護ったようだ。
魔法なので自然の物とは根本的な部分が違うかもしれぬが、結果的に防げたのならばそれで良しに御座る。
「今のところ、主の力が主の邪魔をしているようだの」
「……っ。私の力を利用して……!」
なんとなく感想を言い、それが少女の気に障ったのか逆上する。
周囲に砂が舞い上がり、砂塵が意思を持つかの如く動きで波のように覆い被さる。
「斬れない! 砕けない! 壊れない! 砂ならアナタを捕らえられる!」
「そうに御座るな。砂はサラサラしていて斬れぬ。更に細かくし、状況が変わらぬのがオチよ」
「じゃあやられちゃって!」
「悪いが断ろう」
砂蛇が降り注ぐように落下し、拙者は戦闘の余波にて倒れた木を持つ。
それを振り回し、風圧で砂を払った。
「ウソ……! バカバカバカ! あり得ないあり得ない! 何で消えちゃうの!?」
「砂は吹けば飛ぶであろう。素振りによって生じる風を受ければ軽い砂など容易く吹き飛ぶ」
「いや! そんなワケ! 魔法を使わないでそれ程の身体能力なんて……!」
「なれば風で煽られても大丈夫な魔法を使うと良い。だが、岩などは容易く砕ける。そうだの……火などを混じれば少なくとも吹いて飛ぶ事は無かろう」
防御混じりにあどばいす。火ならばより燃え盛り、威力も上がるであろう。
少女は更に杖を振るう。
「だったらお望み通り……! 全部吹き飛ばしてあげるよ!」
「フム、中々やるの」
それによって再び砂が蛇の形となり、火炎混じりに拙者へ襲い来る。
またもや丸太を振りかぶり、砂塵と火炎を吹き消した。
「えー!?」
「言い忘れておった。火もまあ、消せぬ事もない。拙者の方が風圧があるからの。そうだな……ウム、風でも交えて拙者の風圧を消しては如何かな?」
「舐めてる……! 私、スゴく下に見られてる……!」
また別のあどばいす。風には風で対抗するのが良かろう。
少女は更に声を上げた。
「だったらやってあげるよ……! 詠唱とか呪文とか、ダサいけど威力は高まる……! 見せてあげる! 私の本気……!」
砂が舞い、先程のように火炎をくるみ、風が吹き荒れて形を造る。
その姿、さながら猛き獅子の如く様。
「──大地のうねり、火炎の煌。風を纏って敵を穿て……───“獅子粉塵・焔”!」
「獅子奮迅……ではなく粉塵か。だが、勢いは正しくその通りよ」
経を読み、火炎と暴風を纏う獅子の形となった砂塵の嵐が拙者へ振り掛かる。
鉄人形の相手をするヴェネレ殿らが此方を見た。
「あんな魔法……! キエモン! 避けて!」
「キエモンさん……!」
「班長……!」
危機を感じている様子。
当然であろう。災害を彷彿とさせる大嵐。風によって舞う砂は刃と化し、炎は更に燃え広がる。
触れるもの全てを吹き飛ばさんとばかりのそれを前に拙者は丸太を降ろし、少女の元に近寄った。
「これで終わ──」
「ウム、終わりに御座るな」
「あ……れ……力……が……」
あれ程までの魔法。いつかにヴェネレ殿の言っていた事、魔力も体力と同じように尽きる。
扇動し、態々大きな魔法を使わせた甲斐があった。全力で走れば息が切れるのが早いように、大きな力を使えばより大きく消耗するだろう。
「よくもまあ、彼処までやれるものよ。見事だ。娘よ」
「……! ……。……温か……い……」
少女は意識を失った。
傷付けたくは無かった故、思った通り倒れたのなればそれで良し。
箒から落ちるよりも前に受け止め、着地した。
「あ、アイアンゴーレムが……」
「崩れますわ」
「体力が尽きたみたいだね。彼女の」
魔力によって動いていた鉄人形も崩れ落ち、動かなくなる。
ヴェネレ殿らは杖を納め、拙者は少女を抱えて歩む。
これにて一件落着。一先ず山熊を倒した者との戦闘は終わりを迎えるのだった。




