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其の伍拾肆 眼鏡の少女

「女の子……?」

「メガネっ子……」

「白い子供ですわ」

「不思議だなぁ~」

「元気な人……」


 少女が現れ、ヴェネレ殿、エルミス殿、ブランカ殿、ペトラ殿、セレーネ殿が順に話す。

 当の白髪少女はヴェネレ殿らを見、興味津々に動き回って話す。


「わお! 美人さん揃い! しかも多種多様! それに男が一人! つまり一夫多妻制ってワケ! ハーレムだね!」


「賑やかな女子おなごに御座るな」

「い、いいい、一夫多妻!? そ、そそそ、そんなの……!」

「わ、私がキエモンさんと……」

「私も鬼右衛門と……」


「どう思う? 人間性は悪くないよな~。キエモンさん」

「そうですわね。けれど、私の求める真実の愛とはまた違いますわ。信用と信頼はしていますけど、殿方としてはまだお早いですわ」


 一夫多妻は分かるが、はーれむとは何か。まだまだ拙者の知らぬ言葉も多いの。

 文脈からすれば一夫多妻とはーれむは同義なので御座ろうか。

 然し、拙者の国で一夫多妻は即刻死刑か男としての尊厳を完全に絶たれるもの。あまり喜ばしくは無いの。

 国が違えば理も違うが、自国の規律に従い生きてきた拙者。一月ひとつきで変えられる程ではおらん。


「貴女がマウンテンベアーを……そんな風には見えないけど……」


「そんな事無いよー。こう見えて結構強いんだからね。夢や目的もあるし……多分アナタ達より魔法は巧みに扱えるよ?」


「……! それは聞き捨てならないかな……私、舐められるの好きじゃないんだ」


「奇遇だね。私も下に見られるのは嫌い。そんな風に見えないって言葉、訂正してよね?」


「成る程ね。結構気にしていたんだ。何気無い今の一言」


「まあまあ、まぁまぁはね……!」


 気付けば今にも火蓋が切られる勢い。

 余裕があるからこその立ち振舞い。かつ、絶対的な自信。

 本を片手に眼鏡を動かし、懐から杖を出す。少女は本を閉じ、不敵に笑って言葉を続けた。


「私をわざわざ呼んだって事は、何かしらの目的があるって事だよね。一体全体何なのかな。私、気になったら追及したくなる質なんだ」


「そう。もう理由は分かったから用は無いかな。マウンテンベアーを倒したのがA級相当の魔物じゃなくて、この女の子って言うのは信じられないけど知りたかった事がそれだからね」


「へえ。じゃあ今度は魔法比べしようよ。貴女達の質問には応えてあげたんだからさ!」


 随分と好戦的に御座るな。

 ヴェネレ殿も負けず嫌いな性格。故に互いに火花が散っておる。

 それに触発されてか他の面々も何人かが乗り気で御座った。


「私達、舐められておりますわね。私より幼い子に……。あまり気分はよろしくなくってよ」

「挑発的だなぁ~。嫌いじゃないけど、確かに下に見られるのは気分が良くない」


「み、皆さん。そんな好戦的に……」

「ヤル気満々……」


 意欲的なのはヴェネレ殿、ブランカ殿、ペトラ殿。慌てるエルミス殿に平常心で変わらぬセレーネ殿。

 拙者としてはあまり戦いたくない相手よの。まだ子供。傷付けるのは武士の名折れよ。


「一つ聞き忘れてた。貴女の名前は?」

「今現在、進行形で敵対する貴女には偽名で十分。そうだね……ふふ、アジ=ダハーカとでも名乗っておこうかな」

「千の魔法を使う邪龍を名乗るなんてね。大層な事」

「私の目的は千の魔法を使う事だからね。昔絵本で読んだアジ=ダハーカ。悪役だったけど、多種多様の戦術で戦う姿は憧れ。今は多分999の魔法は使える。記念すべき千個目の魔法はアナタ達を使って覚えようかな」


 アジ=ダハーカとな。邪龍との事なら八岐大蛇ヤマタノオロチと同種に御座ろうか。

 然し不思議な名だ。


「鯵とな。塩焼きは中々美味に御座る」

「え? 食べるの!? えーと、君!」

「ウム。拙者の国では馴染みある魚で御座った」

「魚で邪龍……邪かどうかはともかく、バハムートの類いを日常的に食べていたという事……!? 恐ろしい国出身の人が居たんだね……確かに魔力探知魔法を使っても魔力が感じられない……感知無効の魔法を自動的に使っているのかな……」


 鯵の名を冠する龍。さぞかし美味なのやも知れぬの。

 龍を食した事は御座らんが、見た事はある。鱗などからするに蛇や魚のような味わいなので御座ろうか。


「こんな恐ろしい人が居たなんてね。想定外、だけど私の魔法を試すには持って来いの強者かもね……!」


「何かキエモンさんと話が噛み合っていないように思いますが……」

「なんにしても、本当に999の魔法を扱えるなら手強いなんてもんじゃないね……!」


 九九九の魔法。

 拙者の国にも九九九の武器を集める巨漢の話があった。実在した者の話に御座る。

 然れど何故にこうも半端に止まるのだろうの。加え、それ程の数字をハッキリと覚えているのも凄まじき事。

 手数が豊富なのはそれだけ戦略の幅があるという事なので難敵になるのは間違いないの。

 少女は口を開く。


「因みに沢山勉強した結果……」


「火の精霊よ。我に力を与え、対象を焼け!」

「雷の精霊さん。私にお力を貸して下さい!」

「土の精霊よ。我に力を授け、対象を打つ!」


 少女が言葉を綴る最中、ヴェネレ殿、ブランカ殿、ペトラ殿が経を読み、四人は同時に発した。


「──“フレイムスピア”!」

「──“サンダーソード”!」

「──“ロックハンマー”!」

「──無詠唱で使えるようになったんだよね」


 少女は魔力の塊を放出し、炎の槍。雷の刀。土の槌。それら三つの魔法を粉砕した。

 無詠唱。即ち経を読まずに魔法を使えるという事で御座ろう。四つの衝突によって森は揺れ、拙者はエルミス殿、セレーネ殿の前に立って風圧から護る。


「無詠唱って、単なる魔力飛ばしじゃん。それくらいなら私も出来るよ!」


「分かってないなぁ、その力で他の魔法を止めたならもう既に立派な魔法に昇格しているの。言うなれば、無属性魔法かな?」


 そう告げ、衝撃波のようなモノを周囲に散らしてヴェネレ殿らを弾き飛ばした。

 各々(おのおの)で堪えたが少女は即座に魔力を込め、大地に触れて大きく陥没させた。


「これは穴を造る魔法。大地操作魔法か落とし穴魔法って言ったところかな。うん、大地操作はまた別の魔法に変換出来るから落とし穴魔法にしておこ!」


「ネーミングセンスは非常にシンプルだね……!」


 四人はほうきに乗り、拙者はセレーネ殿を抱えて穴の届かぬ範囲へ移動する。

 ヴェネレ殿は箒に立って杖を構え、魔力を込めた。


「けど、穴を開けるくらいならわざわざ大地その物を操らなくても良いと思うんだけどね! ──赤き焔。火球を生み出し、敵を撃て! “ファイアショット”!」


 火球にて狙いを定め、撃つ。

 何度か同じような魔法を見、一つ気になるところがある。それは同じ魔法であっても経が違うのだ。

 おそらくそれは気分的な問題であり、より自分がして欲しい事を願いとして放っているのだろう。


「詠唱時間なんてムダムダ! 私の999の魔法は無詠唱かつ高水準なのが魅力的なの! 詠唱あり気と比べると確かに威力は少し落ちるけど、手数こそ正義だよ!」


 大地を操り壁を造り出し、ヴェネレ殿の火球を止めて爆炎が周囲に散る。

 そこから派生するのか、壁から槍が突き出されて空中のヴェネレ殿らを狙い、巧みに箒を操ってそれを避ける。


「フム、彼奴……拙者らは狙って御座らんな。あくまで狙いはヴェネレ殿ら三人のようだ」


「そうですね……一見はメチャクチャですけど、余波はあっても狙ってはいない。敵対した人だけを狙うように考えているみたいです」


 少女は純粋に戦いを楽しんでいる。

 愉快犯と言う訳でもなく、挑まれたから受けているだけ。

 フム、ならば先日の山熊の件。あれは散歩か鍛練か、ある日森の中を歩んでいた時に偶然出会(でくわ)し、襲われた事で敵対したと言った感じに御座ろうか。


「ふぅん。……ねえ、君。確かに口だけじゃない腕だね。それなら冒険者か騎士にでもなればかなりのものになると思うけど、何でこんな所でブラブラしてるの?」


「呼んだのはそっちでしょ? ま、確かに魔法の練習に1日のほとんどは使ってるかな。それ以外は家……の手伝いだよ!」


 伸ばした土の槍から更なる槍を生やし、全方位を巻き込む蜘蛛の巣のような大地を形成した。

 箒の逃げ場はそれによってせばめられ、三人の身動きが取れなくなった所に仕掛ける。


「これは風魔法。風の刃で切り刻む!」

「……!」


 無数の風からなる刃が放出され、ヴェネレ殿らが巻き込まれる。

 少女は口を尖らせた。


「むぅ。何で邪魔するのさ?」

「すまぬな。娘よ。拙者はヴェネレ殿を護らねばならぬ」

「ふうん?」

「私別に守られる程……けど今はありがと」


 風の刃。形無き刃であったが刀のような遮蔽があれば防げる様子。故に拙者が防いだ。

 風と言うだけあって見えにくくとも、空気の流れが違うので見切れるの。


「速くて見えにくい風の刃を見抜く実力……魔力を全く感知出来なかったり見切ったり、どんな魔法を使っているのかな? って、教えてくれる訳──」

「拙者、魔法は使えぬ」

「──な……え?」

「またキエモンは正直に……それを言わないだけで大きなアドバンテージになるのに……」


 正直に告げ、少女は素っ頓狂な声を。ヴェネレ殿は額に手を当てて呆れたような声を発した。

 魔法が使えぬと皆が皆、似たような反応をするの。この世界では当たり前に存在する魔法。それが使えぬとなると、拙者の世界で言うところの……何で御座ろうな。全員が当然のように出来、出来なければ驚かれるような代物。思い付かぬ。

 一先ずかなり異質な事であろう。周りがもう拙者に慣れ、指摘されなかった故に奥底へ消えていたその感覚を改めて実感する。


「魔法を使わないでこの速度と破壊力……そんな人間が居るの……?」


「今主の目に映っておる拙者がそうだからの。互いに同意した上での戦闘。横槍を入れるのは申し訳無いが、彼女らを傷付ける訳にはいかぬ」


「ふぅん。紳士って奴。それじゃ、私、君と1vs1で戦いたいな~」


「私達はもう眼中に無いって事……!」


 少女の指名は拙者。

 見たところ魔法に精通しており、拙者は対象外と思っておったが気にはなるのであろう。

 後ろではブランカ殿らも少女へ向けて話す。


「そうですわね。まだお互いに本気は見せていない……なのに興味が逸れるのは失礼ではなくて?」


「そうそう。私もまだ戦い足りないよ。それに、さっきの攻撃を直撃しても怪我しただけでやられないし!」


「主らには怪我をして欲しくないのだがな」


 確かにあの鎌鼬カマイタチのような風を受けても傷を負うだけで戦闘は続行出来たであろう。然し拙者の意思は今しがた告げた通り。

 彼女らの意思を汲み、少女は言葉を続けた。


「ふん、じゃあ相手を増やしてあげるよ。これは創造魔法の一種かな?」


 そう告げ、魔力を大地に与え、そこから土人形を形成。

 前の欲深きならず者相手の時にも見た魔法で御座るが、その土人形は鉄からなる体を持っていた。あの者より遥かに質が良い。

 兵力を増やせるにも関わらず、数の不利を気にせず仕掛けていた。奥底が見えぬの。


「これでまだまだ相手出来るよ。私は魔力の無い強い人とやるから君達はお人形遊びしていて!」


『『『…………』』』


「アイアンゴーレム……!」

「しかも特別製のようですわね」

「一体一体がどれ程の物だろうね」


 土人形ならず、数体の鉄人形。拙者には感じられぬが、有する魔力の質からヴェネレ殿らも警戒を高める。

 さて、必然的に少女と相対するのは拙者になってしまうの。あまり気は進まぬが、やるしか無さそうに御座る。

 山熊を追い込んだ少女との戦闘は、ヴェネレ殿らから拙者へと移行する。

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