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其の伍拾参 捜索任務

 ──“翌朝”。


「ふう……これくらいにしておこうか」


 少し経て朝。拙者は日課の鍛練に励んでいた。

 瞑想にて精神統一。素振りを数千回程終わらせ、少し外周を駆け抜ける。そんな朝から掻いた汗は一度湯殿で流し、書庫にて一刻いっとき程本から読み書きを学ぶ。その後、再び素振り。汗は流れぬ程度に。

 本来の鍛練には笠懸かさがけなどもあるが、此処には生憎あいにく弓矢が無く、拙者もあまり使わぬからの。やれる事にも限りがある。

 素振り用の木刀は戻し、一呼吸。後ろからヴェネレ殿が話し掛ける。


「スゴいね。キエモン。朝からあんなに頑張ってて。私が同じメニューをこなしたら回復魔法を使う間もなく倒れちゃう」


「と言いつつ、ヴェネレ殿も魔法の錬度を上げておるではないか。杖を振るう事によって生じたマメなどは回復術にて癒しているが、拙者には分かる」


「……っ。アハハ……お姫様の手が汚れている訳にはいかないからね。キエモンにはバレちゃったか~」


「ウム。然し、姫君ならではだろう。他言はせぬ」


「ありがと。キエモン」


 ヴェネレ殿が隠れて努力をしているのは知っている。元より、夜遅くまで鍛練をする事もあると話していたからの。

 拙者らはその後にセレーネ殿、エルミス殿の部屋へと行き迎え出る。今日はファベル殿やマルテ殿、フォティア殿が城にもおらぬ日。この四人で過ごす事が多くなろう。

 そして現在は朝食時。


「……キエモンさんが朝から鍛練を積んでいるのにぐっすりと熟睡してしまうとは……お恥ずかしい……」


「睡眠も立派な鍛練よ。人は眠らねば弱り、死ぬ。肉体の疲労を癒すには睡眠、食事、風呂くらいに御座るからの。恥じる事はない」


「そうそう。私は任務とか行かないから魔法の修行で鍛えてるけど、任務とかにも行きたいんだよねぇ。お姫様だからダメ! が執事さんやメイドさん達の口癖になってるけど」


「これ美味しい……」


 パンを両手に持って恥じるエルミス殿に、卵を食す拙者。ヴェネレ殿は上品に汁物を啜り、セレーネ殿は次から次へと口へ運ぶ。

 各々(おのおの)のやり方で食事を摂りつつ他愛ない雑談。楽しき朝に御座る。

 然し、今日は森の調査へ赴く日。まだ誰と共に行くか決めておらん。鍛練中も思案していたが、案外思い付かぬものよの。カーイ殿、マーヌ殿、セーダ殿辺りでも誘おうか。


「フム……」

「……? どうしたの? キエモン」

「あいや、少し悩み事がの。大した事ではないのだが」

「悩み事?」


 食事を終え、食器を片付けた拙者は腕を組んで悩みながら渡り廊下を歩いていた。

 マルテ殿が居てくれたのなら一人は決まっていたのだが、知り合いが遠征に出ている今日こんにち。難儀な問題よ。


「ウム、昨日さくじつの山熊の件でな。元凶の可能性を惟、今日、森の調査に向かうので御座る」


「昨日の……マウンテンベアーですね」

「山熊って……まあいいけど。その調査で何を困ってるの? 昨日行ったエルミスちゃん達が居るじゃん?」


「それがだの──」


 渡り廊下を行きつつ事情を説明する。

 山熊の傷。それが何処で付けられたものか。元凶となりうる事は何か。昨日隊長殿と話した事を告げる。


「その調査が本格的にクエストとして始動するのですか」


成る程(なーほー)ねー。それで調査人数に苦戦中と。普通にエルミスちゃん達で良いんじゃないの?」


「それも考えたのだが、えー級以上とならば危険が多かろう。新人に斯様かような重荷を背負わせる訳にはいかぬ」


「あー、確かに2日目でA級は自殺行為かも。キエモンが居るとは言え」


 経験不足に伴い、エルミス殿らは保留。今日はまた別の騎士が割り当てられる。

 元より調査であって危険と言うのも憶測だが、身の安全は守るに越した事はなかろう。

 そこで、ヴェネレ殿が思い付いたように話す。


「じゃあその辺は私に任せて! 王女のコネと言うコネを使いまくって人員を割り当てるよ!」


「こね? 猫の親戚だろうか。然し当てがあるなら主にお頼み申そう。ヴェネレ殿」


「まっかせてー! キエモンは先にギルドに向かってて!」


 どうやら拙者の悩みはヴェネレ殿が解決してくれるらしい。

 何を企んでいるのかは相変わらず分からぬが、してくれると言うのならそれで良いかも知れぬ。

 言われた通りギルドへ向かい、ヴェネレ殿の動きを待つ。


「ヴェネレ様。考えとは……?」

「ふふーん。私、最近退屈してたんだよねぇ~」

「え゛……それってもしかして……」

「シィー! キエモンに聞こえちゃうから……!」

「ヴェネレ様ぁ~」

「……?」


 何やら背後でコソコソと話しておるの。

 あまり良い予感はせぬが、果たして本当に任せても良いのだろうか。

 ううむ。少しばかり考え過ぎて頭が疲れた。仕方無い。此処はヴェネレ殿に委ねるか。

 城を出、拙者はギルドへと向かった。



*****



 ──“ギルド”。


「成る程の。こう言う事に御座るか」

「まあね~」


 先にギルドへと着き、ヴェネレ殿を待っていたが、予感と言うものは的中するようだの。

 要約するとヴェネレ殿自らが赴くとの事。然しそれだけではない。


「抜け駆けはズルいですわ! 昨日の事が関わるのなら、私達のやるべき事ですの!」

「そうそう。少しは信頼してくれよな。いずれA級相当に挑む事もある訳だし、事前調査的な?」

「すみません……キエモンさん……」


 ブランカ殿、ペトラ殿、エルミス殿が順に話す。

 なるべく巻き込みたくなかったが彼女らが居るのは一先ず良しとして、一番の問題はこれだ。


「初任務……」

「騎士ですらないセレーネ殿が居られるのは何故かの」


 セレーネ殿の存在に御座る。

 彼女は騎士ではなく、客人のようなもの。任務を受けるなどあってはならないのだが。


「ほら、私達がお城を空けちゃうとセレーネちゃんは一人になっちゃうでしょ? だから連れて来ようって思ってね!」


「幼さはあるが、セレーネ殿もそこまでではなかろう。一人で過ごす事も出来ると思われるがの」


「でもほら、そこは寂しいじゃん? それに、確定はしていないからそこまで危険は無いと思うし」


「仮にしぃ級並みとしても常人には十分脅威的と思われる。セレーネ殿が戦う姿は見た事が無く、魔法を使った事もない。些か楽観的過ぎるぞ。ヴェネレ殿よ」


「えー……」


 言われ、口を尖らせて肩を落とすヴェネレ殿。

 相変わらずよの。お転婆で活発で我が儘。説得力も何も持ち合わせておらぬが、何やら放っておけない姫君。危なっかし過ぎるからの。


「仕方無い……今更追い返すのも忍びなき事。纏めて護れば良いだけだ」


「本当! ……って、私は守られる程弱くないって。けど、ありがとね。キエモン♪」


 ヴェネレ殿には敵わぬの。何だかんだで言いくるめられてしまう。

 人数は拙者を含めて六人。森の調査には些か多いが、うち二人は騎士でもなく遠征や他の任務を受ける訳ではない。

 結局のところ昨日とあまり変わらぬかもしれぬの。


「だが、本当にえー級相当の妖が出てきた場合は無理をせぬよう心掛けてくれ。特にヴェネレ殿。セレーネ殿。主らは騎士ではないのだからの」


「それは分かってるって。ちゃんと迷惑にはならない範囲で行動するよ。そうだね……迷惑を掛けそうなのはキエモンにくらいかな?」


「確かにヴェネレ殿の理屈ならば現時点での拙者くらいよの。実力的には騎士にも比毛を取らぬ。だが、何度も言うように無理は禁物よ」


「分かってるよ!」


 本当に分かっているので御座ろうか。いや、間違いなく本当に分かっておるのだろう。その上での参戦。

 信頼は出来るが、大変な調査になりそうよの。



*****



「マウンテンベアーはこの辺りで見たんだっけ。結構遠くまで来たんだね」


「ウム。動物達の騒がしい場所が此処だったからの」


「へえ……って、しれっとここまでの気配を把握しているって事だよね……。本当にキエモンは……というよりサムライって何なの……」


「国に仕える兵で御座る」

「いや、そうじゃなくて……」


 山熊の現れた辺りを見渡し、ヴェネレ殿が侍の存在を気に掛ける。

 然し来たばかりなのでまだ何も掴めず、あまり離れぬように痕跡などを探す。


「痕跡って、何を探せば良いんだろうな~。足跡とか?」

「足跡に傷、後はフンなどに御座るな。厳密な痕跡はそれくらいだ」

「糞って……想像したくないな~」


 ペトラ殿が訊ねてそれに返し、表情が引きる。

 確かに糞は嫌悪感が強まるの。拙者もあまり見たくない。触れたくもない。だが明確な痕跡となる。探すに越した事はなかろう。


「ねぇねぇ。ワンチャン呼んだら来ないかな?」


「何を根拠に申されるか。ペトラ殿。呼んで来たら苦労は無い」


「そう? 案外あり得るかもよ?」


「そこまで言うなら試してみよ。本当に来れば苦労は無くなるからの。呼ぶだけなら自由。物は試しとも言う」


 妙に自信あり気。

 そこまでなら賭けてみたくもある。然し博打をあまりせぬ拙者は運の良し悪しも分からぬ故、この場合の運はペトラ殿へのものだな。


「皆の者。ペトラ殿が根源を呼んでみるらしい。故に少し止まろう」

「え? ペトラちゃんそれ本気?」

「もち! ヴェネレ様も見ていて! 私、結構運良いんだよねぇ~」

「自信満々ですわね……」

「ワクワク……」

「セレーネさんは楽しみにしてます……」


 ペトラ殿の発言には三者三様。皆が皆、半信半疑であってセレーネ殿だけは期待している面持ち。

 拙者的には来ないで欲しい気持ちが強いの。戦力が整っているとは言えぬこのめんばぁ。何事も無く終わり、後日現れるのが望ましい。

 その様な思考の横、ペトラ殿は両手を頬に当てて声を発した。


「オーイ! いつかにマウンテンベアーを倒した何かー! 会いたいから来てくれないー!?」


「なんともまあ、単純な」

「アハハ……これで来たら逆に変だよ……」


 呼び方は単純明快。叫び、名指し。

 ヴェネレ殿の言うように、これで来れば言葉の分かる種か、同じ人間の仕業という事になろう。


「……」

「……」


 そして、数秒。辺りはシンと静まる。

 流石に数秒で来る事は無いと思うが、それそれとして何ともまあ、気まずき雰囲気。


「……ダメ……だったかな?」

「どうで御座ろう」


 更に一分程黙り込み、諦めが見え始めたところでペトラ殿が口を開き、何かが上空から勢いよく降り注いで来た。


「呼んだ? ……っと、なんか大きな熊なら倒した気もするよーっ!?」


「「「「……!?」」」」

「なんか来た……」

「フム、女子おなごよの」


 眼鏡を掛け、本を持ったまだ幼さも残る娘。

 白い髪に白い瞳をしており、全体的に真っさらな印象が見受けられた。


「……。一つお訊ね申すが、あの山熊は主が打ち倒したので御座るか?」


「ござる? 変わった言葉遣いだねぇ。多分そう。私がやったかも! 覚えていないけどね!」


 覚えてはいないようだが、どうやら間違い無さそうに御座るな。

 して、妖やものではなく、人間の少女があの熊を打ち倒したのか。かなりの強者とお見受け致す。

 森に入って数刻。原因と思しき活発な少女と出会った。

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