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其の伍拾弐 新人の初日終了

「──これくらいに御座るの。エルミス殿。手間を掛けるが、この者達の傷も頼む」


「お安いご用です! それに、回復魔法のみならず魔法全般は使えば使う程に洗練されるので良い機会ですね!」


 他の獣らを打ち倒した拙者達は、一先ずエルミス殿に頼んでその獣の傷を癒し、山熊の近くへ寄った。


「どうやら落ち着いたようだな。熊よ。何よりだ」

『グウゥ……』


 暴れ回った弊害か、幾分疲れが見えている。

 いや、これは疲れでは御座らんの。エルミス殿の魔法によって疲れも取れている筈。即ち此れはまた別のもの。


「そうか。幾度か攻撃を加えた。警戒しているので御座ろう。言葉も通じぬ故、分かってくれとは言わぬが、もう拙者に敵意は御座らん」


『グウゥ……』


 拙者に敵意はない。それを告げ、熊は大人しくなる。

 言葉が分かるのだろうか。それとも野生の勘か。人ですら危害を加えられた者には中々警戒が解けぬが、獣の方が物分かりも良い様子。


「落ち着きましたね。マウンテンベアー」

「その様ですわね。一先ずこれで完了と言ったところでしょうか」

「そうだな。連鎖的に周りの魔物達も大人しくなったし!」


「そうであるな。そろそろ帰るとしよう」


 任務は終えた。故に拙者らは戻り行く。

 森も大分荒れてしまっておるの。戦闘の余波はそんなに無かったと思うが、大地その物を変動させた熊の攻撃で此処まで広がったのであろう。

 周りを見渡しつつ、整備などをせねばなと考える道中、エルミス殿は疑問を浮かべながら話す。


「それにしても、あれ程までのマウンテンベアーを傷だらけにする魔物が居るんですね。世界は広いです」


「そうよの。少なくとも山熊は、あの小槌を使うた奴よりも手強さがあった。然し動きに思考は無い。よく見ればかわせる程度のものよ」


 ……とは言ったものの、その手強き熊を彼処まで追い詰める存在か。気になるところよの。

 妖やものには“らんく”とやらがあり、あの熊はびぃ級以上。らんく分けによる厳密な強さは分からぬが、地形を変える程の破壊力があればそれ程と認定されるであろう。

 ともかく、それ程の危険な生き物が近場に居る可能性もあるなら警戒するべきだ。報告として御上へ伝えておこう。

 拙者ら三人は何事も無く戻った。



*****



 ──“ギルド”。


「よくぞお戻り下さいました。キエモン様。C級クエスト。2つの達成。お疲れ様でした」


「ウム。報酬金はこの三人へ。拙者は求めぬ」

「え? キエモンさん。良いんですか?」

「特に欲しい物も無いからの。主らの方が有効活用出来よう」

「私も別にお金には困っておりませんわ。お金持ちですから」

「そうか? 貰えるもんは貰って置こうぜ。折角だしな!」


 ギルドにて報酬金の受け渡しを終え、一先ず今日の任務は全て終えた。

 場所が場所なので何だかんだで夕刻。初日からあまり無理をさせるのも問題故にこの場で解散としよう。


「では、そろそろ頃合い。初日の主らに夜衛の任務はない。各々(おのおの)で帰ろうぞ。ペトラ殿はブランカ殿とであるな」


「そうですわね。キエモンさんとエルミスさんはお城の方ですので、私達は別々です。……では、これにて失礼しますわ。行きましょう。ペトラさん」


「そうだな~。んじゃ、キエモンさん。エルミス! また明日!」


「お二人もお気を付けてお帰りください」


 ブランカ殿、ペトラ殿と別れる。

 拙者とエルミス殿も城へ向かい、ギルドを後にした。


「キエモン! 終わった? 一緒に帰ろー!」

「ヴェネレ殿に御座るか」

「ヴェネレ様!?」


 ギルドを発った瞬間、空からほうきにてヴェネレ殿が姿を現した。

 此処まで迎えに来るとは珍しい。何かあったので御座ろうか。


「自ら赴くとは珍しい。一体何事かな?」

「別にー。偶然通り掛かっただけ!」

「そんな事は無かろうに。ヴェネレ殿の性格からするに、退屈だったので来たのだろう。後ろのセレーネ殿と共にな」

「あっ……バレてた……」

「やっぱり鋭いねぇ。キエモン!」


 来た理由は退屈しのぎ。彼女にとっては妥当な理由よの。

 二人は箒から降り、エルミス殿へも話し掛けた。


「や。どうだった。エルミスちゃん。初めての任務!」

「は、はい。キエモンさんのお陰様で上手く行き申しました」

「少し文法が変だね……けど、上手くいったなら良かったよ!」


 エルミス殿の初任務を訊ね、本人もしかと答えた。

 然し相変わらず謙遜しておるの。此処は拙者が成果を上乗せしておこう。それが彼女らの正当な評価に御座る。


「何も拙者だけでは御座らん。というより、大部分はエルミス殿ら三人の活躍あってこそだの。一つ目は三人全員が。二つ目はエルミス殿が活躍を見せた」


「へえ。初任務って動ける人の方が少ないんだけど、優秀な人材が入って来たね!」


「いえ、そんな……。私はまだまだで……」


 補足したが、それでもなお謙遜の態度を見せる。

 フム、自身を過小評価する癖が付いておられるな。此処はまたマルテ殿の受け売りを話しておこう。


「エルミス殿。マルテ殿が言っておった事に御座るが、騎士足る者、皆の安心と信頼を得る事で人々が平穏に暮らす希望となるらしい。故に自身を高く評し、人々に胸を張れる存在となろう。共にの」


「マルテさんがその様な事を……。人々の希望に……キエモンさんと一緒に……! はい! 分かりました!」


 はっきりと告げた。

 ウム、これで良し。少しは意志が変わったであろうか。拙者と同じようにな。

 拙者もヴェネレ殿とマルテ殿のお陰で成長出来た部分がある。言葉の持つ力と言うものは、魔力のようなモノとはまた別方面に大きいで御座るな。


「ふふ、一緒に帰ろっか。エルミスちゃんの部屋割りってまだ決めてないでしょ? 一緒に行こ!」


「はい! ヴェネレさん!」


 言われてみれば、部屋は案内したがあくまで数ある所の一つ。確かにエルミス殿の部屋は指定しておらんかった。

 ヴェネレ殿が直々に紹介して下さるのなら心強い。

 日が暮れても賑わいを見せる町並みを抜け、拙者らは城へと戻った。


「お帰りなさいませ。ヴェネレ様。キエモン様。エルミス様。セレーネ様」


「ただいまー」


 騎士達を抜け、城内へと入る。

 今は夕食刻よの。今宵は何を食そうか。そろそろ米を布教するのも良いやも知れぬ。炊き方は多少なりとも心得ている故、腕の良い料理人の居るこの城ならば故郷の味も再現してくれる事であろう。


「部屋案内の前にご飯にしよっか。エルミスちゃんも一緒にどう?」

「え!? いや、良いんですか!? お姫様であらせられるヴェネレ様とご一緒など恐れ多く……!」

「気にしない気にしない! てゆーか、キエモンも最初はそんな感じだったよ。今日はマルテさんやファベルさん達も夕食には居ないし、私達3人だけでも良いんだけど人数は多い方が美味しいでしょ?」

「そ、それは……そう、ですけど」


 食事に誘うヴェネレ殿だが、エルミス殿は少しばかり気難しい様子。

 立場が立場。新入りの騎士と姫君の食事などこうなるのも頷ける。事実、これまた拙者がそうで御座った。

 然しヴェネレ殿は身分の差を気にしない質。拙者も乗るとしよう。


「ウム。是非とも一緒にどうだ。エルミス殿。ヴェネレ殿の言う通り、賑やかな食事もまた一興よ」

「そうそう! キエモンもそう言ってるしさ!」

「私も……構わない……」

「……では、お言葉に甘えます」


 セレーネ殿も同意し、エルミス殿は頷いて返した。

 その後愉快な食事を摂り終え、ヴェネレ殿はエルミス殿、セレーネ殿とエルミス殿の部屋の方へ。拙者は隊長格の誰かへ報告しに向かった。


「──以上で御座る。隊長殿。しぃ級任務にて現れた、暫定びぃ級以上の熊。それが敗北による負傷をしていた。もう少し位の高きものが居るやも知れぬ」


「成る程。地形を大きく変え、森の魔物達よりも遥かに強いマウンテンベアーを一方的に蹂躙する存在か。その話が本当ならA級クラス相当の魔物か何かが裏に居る事になるな」


「おそらくは。あの熊が何者かに敗れたと言う部分は憶測もあるが、あの警戒。畏怖にも等しき態度。間違いは無かろう」


「……。分かった。近隣にそれ程までの存在が居るのは危険極まりない。君の話は信憑性も高いからな。明日、キエモンと団員~軍隊長クラスに声を掛け、森の調査に向かってくれ。本来ならば騎士団長や副団長クラスにも手伝って欲しいが、月の国の調査もある。人手不足は目立つがあくまで調査。くれぐれも無理をせぬよう、よろしく頼む」


「御意」


 事の発端を告げて明日、拙者を含めた何人かで調査任務へ赴く事となった。

 候補には団員も入っておるが、エルミス殿らを加えるのは思うところもあるの。

 えー級となればいつぞやの鬼の怨念や水龍……いや、海龍ミリュウ殿並み。あれらには拙者も苦労した。

 姿を見た訳では御座らんが、人選も上手く考えなければならぬな。加え、国には他の任務や調査が控えているので拙者を含めて三、四人程度で行動するべきだろう。あまり人員を割く訳にはいかぬ。


「よっ、キエモン。お疲れ~」

「サベル殿。お疲れ申す。……フム、主には荷が重いの」

「……? いきなりなんだよ? ま、確かに今日の任務も疲れたけどさ~! 新人数人の研修とC級任務複数。今日なんかスライムの群れを得意の風魔法でちょちょいのちょいってな~! 新人騎士達が“すげえ! 流石は騎士!”とかなんとか言われてな! 先輩らしく出来て良かったぜ!」


 伸びをしながら話す。

 新人の研修をサベル殿は頑張っている様子。なれば誘う訳にもいかなかろう。

 前述したように、仮にえー級が相手とならば危険の方が多くなる。


「それはご苦労に御座った。拙者はしぃ級任務を二つ受けただけよの。やはりもう少し数を増やすべきであろうか」


「最初はそんなもんで良いんじゃないか? スパルタな人はいきなりB級以上から始めたりするけど、のんびりと階級を上げた方が気持ち的には楽だ。ま、早く昇進して自分や家族、友人の為に稼ぎたいってのも否定はしないけどな」


 サベル殿は案外昇進に対する欲求が無いらしい。

 拙者もその傾向があり、マルテ殿などもそちら側。類は友を呼ぶと言うが、まさに今の状況なので御座ろう。

 ともかく、そうであればやはりエルミス殿らを明日の任務へ連れて行く訳にはいかぬな。誰にするか。


「キエモンはこれからどうするんだ?」


「ウム。今日は夜衛や夜番などのような役割はない。特にやる事も無い故、夜の鍛練を少し積み、入浴の後に就寝する」


「うわっ。スッゲェ真面目。俺も見習わなきゃだよな。こう言った部分。ついつい娯楽に興じてしまう悪い癖だ」


「娯楽とな?」


「ああ。ボードゲームとかカードゲームとか、ワインを飲みながらの雑談とかな。一応こう見えて、城を抜け出して女遊びや賭けのゲーム……ギャンブルはしないように心掛けているんだ」


「成る程の。遊郭通いや博打はせぬか。主も真面目であろう」


「ハッハ。本当に真面目なのは鍛練を欠かさず、睡眠もちゃんと取って遊んだりしないキエモンの事を言うんだよ」


「そうであるか?」

「ハハ、そうだな」

「フム、意外だの」

「そうでもないさ」


 此処は渡り廊下。サベル殿は別段鍛練を積む訳でもなく、向こうへと去って行く。

 だが、拙者が真面目と問われればそうやも知れぬな。たまには気を抜くのも良いかもしれない。

 食事と報告を終え、一人となった拙者はいつものように鍛練をし、汗を流して眠りに就くので御座った。

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