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其の伍拾壱 森の動物達

「さて、残るは例の依頼文だけでは分からぬ任務よの」

「どんな感じなんでしょうか……」

「ふふん、私達ならば余裕ですわ!」

「上手くいくと良いね~」


 うぃんどばーどをギルドに明け渡し、報酬金を貰い受けた拙者らは再び森に入り、最後の任務へと赴いていた。

 文脈からは想像も付かぬ依頼。殺めるのではなく、あくまでも大人しくさせるというところが肝に御座るな。


「先ずはその動物達とやらを探さねばならぬな。特徴も何も分からぬ故、暴れていそうなものを見つける必要があるか」


「かもしれませんね。指定された位置はこの辺りです」


「キエモンさん。また探知をしてくださいませんか? 大人しくさせてという事は常に気が昂っているという事。キエモンさんならあるいは」


「そうよの。探ってみる。然し森は生き物の気配が多い。違う可能性もあるぞ」


 完全に把握出来る訳ではないと告げ、意識を周囲へ集中させた。

 自然に身を委ね、風と木々の音を感じ取る。ほんの僅かな気配すら見逃さず、生き物の呼吸を探った。


「成る程の。少々荒れている場所があるようだ」

「荒れている場所……」

「此方に御座る」


 複数匹の獣の気配。呼吸が荒く、縄張り争いでもしているかの如き様。

 此処は拙者が先行して行き、三人を案内するべきだろう。彼女らはほうきで行くので木の上を駆ける。


「彼処だ」

「本当です……」

「けど、土煙で状況はよく分かりませんわね……」

「平常ではないのは確かだね~」


 辿り着いた場所は少しばかり騒がしく、ブランカ殿の言うように土煙が立ち上っていた。

 念の為にまだあまり近付かず、少し遠くからその光景を眺める。


「どうしますか? キエモンさん」


「ウム、依頼通りならばあれらが暴れている獣……動物達と言う、複数指定を惟れば彼処に何体か居る事になるの」


「大人しくさせるには……」

「先ずは現状把握に御座る」


 目の良さには自信があるが、地上を覆い尽くす砂塵。これ程までとなれば近寄らなければ視認する事も出来ぬ。

 警戒するに越した事はないが、分からなければ動く事も儘ならぬ故。

 拙者は踏み込んで距離を詰め、エルミス殿らもその後ろを着いてくる。


『ギャウ……!』

『キーッ……!』


「……!」

「獣?」


 近くまで寄り、茂みに隠れてそこの様子を確認。その瞬間に鹿や猿のような見た目をした獣が何者かに投げられ、拙者らの背後にある木にぶつかって意識を失った。

 それらを放り投げたであろう主、それは──。


『グゴオオオォォォォッ!!!』


「……。熊に御座るか」

「しかもあの種類……マウンテンベアー……!」

「まうんてんべあぁ?」

「はい。土属性の熊であり、とても力の強い種族です……」


 土の熊。力に自信があるか。それなりに大きな獣をこの場所まで投げる程の腕力は大したものだろう。

 エルミス殿は「けど」と言葉を続ける。


「あの大きさ……普通ではありません。近隣の主と言ったところでしょうか。最低でもB級以上に指定される魔物ですよ……!」


「成る程の。通常より大きな熊の主。あれが暴れ回っている故、他の動物達も気性が荒くなっておるのか」


 土煙の中に居た大熊。確かに拙者の知る熊より遥かに巨大よの。

 目安であるが、二丈(※約6m)はあるやも知れぬ。拙者の知る熊、二、三頭が重なりあったくらいの大きさに御座る。

 何にせよ、動物達が荒れている理由もこれにて理解した。


「要するに奴を止めれば良いのだが、それもまた難儀であるな。想定外の危険度を惟れば拙者がやるべきで御座ろう」


「私達もやれます! やらせてください!」

「そうですわ! C級では物足りないと思っていたところですの!」

「そうそう。ちょっとは信頼してよね~」


 立ち、茂みから出ようとした時、エルミス殿らも名乗り出る。

 信用していない訳では御座らんが、心配にはなろう。……いや、成る程の。ヴェネレ殿が執拗に拙者を心配するのはそう言った心持ち故か。

 なればそれについて拙者が断る事は出来ぬ。


「了解した。然し、周りに居るのもびぃ級近くある。危険とあらば即座に退避し、己の安全を確保せよ。お三方」


「「「はい!」」」


 返事をし、拙者が飛び出し三人も続く。

 無闇矢鱈ではない。拙者が囮と陽動を担い、熊の注意を引く。

 周りにも他のものは居る為、その辺りを彼女らに任せるとしよう。


「熊よ。拙者がお相手致そう」

『グウ……?』


 飛び出した拙者に狙いを定め、即座に距離を詰めて巨腕を振るう。

 それを見切ってかわし、刀の鞘にて打ち付けた。


『グゥ……!』

「成る程。重いの」


 怯みは見せるが、野生動物は大概頑丈。この程度で意識を失う事も静まり返る事も無かろう。

 疑問を浮かべるよう、エルミス殿は訊ねた。


「キエモンさん? カタナは抜かないのですか?」


「ウム。依頼内容はあくまで大人しくさせる事。普段はあまり暴れる輩でも無いのだろう。真に危険な生物であれば騎士達によって既に討伐されている筈だからの」


「成る程……」


 討伐依頼ではない。故に一先ずは捕らえ、事情を確認する。

 熊の言葉は分からぬが、言葉が分からずともある程度の事は感覚にて把握出来る所存。それまで周りの獣共はエルミス殿らへと頼み申す次第だ。


「周りの獣はお任せした!」

「キエモンさん風に言うなら、承りました!」


 背中は任せ、まうんてんべあぁ。言うなれば山熊へと向かった。

 先程怯みを見せていた山熊は再び巨躯の肉体をもちいて突進をけしかけ、ヒラリとそれを躱す。同時に鞘にて腹部を小突き、今一度仰け反らせた。


『ガグァ!』

「遅い」


 馬よりは遥かに速いが、忍びなどを相手にした事もある拙者にとっては遅い。

 跳躍して頬を殴打し、その体躯を遠方へと吹き飛ばした。

 山熊は即座に起き上がり、再び攻め寄る。


『ガァゴァ!』

「フム、魔法能力のような物も使えるか」


 大地を操り、大きく揺らして森を沈める。

 これ程までの力。ちぃとした魔法使いより操れておるの。

 それを飛び越えるように避け、回転を加えて鞘で顔を殴り抜いた。


『ガルル……』

「……」


 躱しては打ち、躱しては打ちを繰り返し、山熊が何を思うておるかを思案する。

 目の前の敵を排除する事のみを考えているであろうと言うのは見て取れる。何がそこまでさせるのか、それを判断するだけに御座る。


『グオォォ!』

「…………」


 四肢を操り、大地を踏み砕いて加速。砂塵を巻き上げ、突き出した巨腕を紙一重で見切る。

 瞬時に懐へと潜り込み、鞘にて顎を打ち上げた。


『ガッ……!』

「成る程の。身体中が傷だらけ……おそらく痛みによって暴れざるを得ない状況のように御座る」


 原因は分かった。怪我が原因であるのならば、適任者が近くに居る。

 後は暴れまわる山熊を動けなくし、その力をもちいて癒すのみよ。

 仰け反りながらも返って来た巨腕をしゃがんで避け、適任者へ話す。


「エルミス殿。おそらくであるがこの熊は傷の痛みによって暴れている。故に、一時的に動きを止める。その隙を突いて回復させてやってくれ」


「は、はい! キエモンさん!」

「では、私達は周りの魔物達を足止めですわね」

「やる事は変わらないなぁ~」


 エルミス殿を拙者の近くに寄せ、ペトラ殿が周りの獣達を土魔法にて薙ぎ払った。

 同時にブランカ殿は風魔法を使い、突風にて獣を巻き上げ、そのまま地面へと落として意識を奪う。向こうは二人だけで大丈夫そうよの。


「では、此方も参ろう……!」

「相変わらず……凄い速さ……!」


『ガゥ……』


 踏み込み、疾風の如き速度で山熊の元へと駆け出した。

 それでも反応を示し、刃のように鋭き爪の巨腕が薙ぐように斬り付けられる。

 其の爪は跳躍で回避し、巨腕は空気を切った。背後へと着地した拙者の元に向け、空気を切り、そのままの勢いで振るわれた腕が迫るが仰け反るようにいなし、刀は使わず其の腕を素手で捕らえた。


『グガァ!!』

「…………」

「キエモンさん……! いくらなんでも生身で受けるのは……!」


 通常ならば熊の手を掴んだところで振り払われるのが関の山。然れど拙者は鍛えて御座る。

 熊が手を動かすよりも前に踏み込み、二丈程の巨体を背負い投げの要領で打ち倒した。

 振動が森を揺らし、大きな砂埃が散りばめられる。


「……ぇ……? 生身で……投げた……?」


 思わず困惑の声が漏れるエルミス殿。

 然し直ぐ様ハッとし、熊に向けて杖を構える。


「安らぎの精霊よ。この者の傷を癒し、精神的な安寧を与えん。──“ヒーリング”!」


 少しばかり違う経を唱え、その体を治療した。

 相変わらずの御技よ。仏様の如き力。彼女はその様な星の下に生まれたのだろう。とても優しき者で御座る。

 治療を終え、エルミス殿は拙者の側へと近付く。


「キ、キエモンさん。先程、一体どうやってマウンテンベアーを放り投げたのですか!?」


「ウム、あれは柔術の一種で御座る。あの熊はとてつもない速度で腕を薙いだからの。その勢いを利用し、体勢を崩すように放ったまで」


「成る程……。……あれ? けどそれでも、あの数tはありそうな巨体を放り投げた事実は変わらないような……相手の勢いと言っても限りがありますし……」


「フッ、どうであろうな。その様な事より、今はブランカ殿とペトラ殿の手伝いをせねばなるまい」


「あ、そうでした!」


 確かに拙者自身、本当に放り投げられるとは思わなんだ。

 れど投げたのが現状の紛う事無き事実。剣技はともかく、純粋な力であれを放るなど生前の拙者には出来ぬ芸当で御座った。

 先生に言われ、自らでも実感しておった力。“鬼神”としての在り方が目覚めようとしているので御座ろうか。


『ウキーッ!』『キャーン!』『ガギャア!』


「キエモンさん早く来てくれ~!」

「少し手古摺てこずってしまってますわ!」


「ウム、今行く」


 その思考は他の獣共を止めてからでも良かろう。力が強くなるのであれば、その分他者を護れる機会が増えるという事。ならばそれに越した事はない。

 まうんてんべあぁなるものを倒し、その傷を癒した我ら四人。残りの片付けも終わらせ、国へ戻るとしよう。

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