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其の肆 拙者の実力審査

 兵達と相対する事になった手前、拙者達は城に備え付けられた道場へと移動する。確か、闘技場と言われていた。

 そこは広く、的のような物と柵のような物、見物人達の席以外には何もなく、力を競うには適した造りであった。


「始める前に一つ聞きたいが、魔法が使えないのは本当か?」


「はっ。拙者、妖術や神通力の類い……此処で言う魔法は使えませぬ」


「そうか。ならば何かしらの武器を進呈しよう。一応の杖を初めとし、今はもう使われていない武器類を後ろに立て掛けた。好きな物を使ってくれ」


「諸々のご厚意、感謝致しまする」


 拙者の近くには様々な武器が丁寧に置かれている。両刃の刃物に弓矢。拙者の知る物とは形の異なる、円錐形の鉄が付いた貫く事に特化したような形の長刀坂なぎなた

 魔法とやらを扱う為の杖に薄い鉄の塊……おそらく盾。そして重い鎧。

 さて、選択するが、鎧は要らぬな。護りが薄くなっても拙者は動き回れた方が得意だ。

 然し見たところ、拙者に馴染んだ刀は無さそうだの。だが、ご厚意に苦言を示すのも失礼に当たる。はてさて、れを使おうか。近しいのは杖か両刃刀くらいで御座るが。


「……俺達の練習相手があの変わった格好をしている奴か? 背筋は真っ直ぐだけど背も低いし、何か弱そうだな」


「聞いた話によれば魔法も使えず、魔力も無いらしい」


「なんだよそれ。ただの雑魚じゃねえか。何で王はあんな奴をスカウトしたんだ?」


「世界の根源が何なのかと同じくらい知らね。ま、逃げ回るくらいはやれるのかもな。動く的を狙うみたいなもんだろ」


 そして拙者の前に何人かの兵が姿を見せる。

 皆が皆、長き外衣を纏っており、杖とほうきのような物を携えていた。

 何を話しているのかは此処からでは聞こえぬが、大凡おおよその感情はやはり困惑が包んでいるらしい。


「コラッ。口を慎めお前達! 人を見掛けで判断するものではない!」


「団長。しかしですね、見掛けだけならまだしも、魔法も使えないと自負しているんスよ? 見掛けだけじゃなく、提示された情報の元の判断ッス」


「そんな奴、遠距離から初級魔法でも撃ったら簡単に死んじまいますって」


「寧ろ手加減するのが難しいって言うか、殺さないように魔力の微調整を目的とした練習なんじゃないですか?」


「ただの見掛けと魔法が使えない情報だけで判断するのが駄目だ。本当にお前達の思っている通りの力なら、王様は態々(わざわざ)この世界でも随一であるこの国の騎士に任命する訳がない。油断はするな」


「それこそただの憶測ですよ。弱そうな見掛けと魔法が使えない事実だけであのポニーテール野郎は雑魚確定です」


 何やら言い争っている様子。あの中で最も強いであろう者の言葉は聞こえた。

 どうやら拙者が争いの元のようだ。他所からの者が弾かれるのは世の常。あらゆる洗礼も心して受けるとしよう。


「決めたか。キエモン殿」

「はっ。決めました」


 拙者は一番手に馴染む木製の刀を手にした。

 木刀とはまた違い、両刃刀の練習具であろう。然し素材が木だからこそ通常の両刃刀より軽く、扱いやすい。

 今回はあくまで拙者の力を試す模擬戦。人を殺める訳でもなく、これくらいが丁度良い武器だ。


「なんだよアイツ。魔法も使えない癖に木製武器を選んだぞ?」


「てかあれ、魔力も込められてねぇだろ。古臭い廃産物の更に雑魚バージョン……やっぱ雑魚にしか思えねぇ」


「ハッハ、あんなんでも殴られたら痛いだろ。あまり言ってやるなよ」


 拙者の武器を見、嘲笑のような声が聞こえるが気にする事も無かろう。この城の兵になったあかつきにはまた人を殺める事も必要になるかもしれぬが、ただの模擬戦で命を粗末にする必要は無い。

 構わず闘技場に立ち、拙者は臨戦態勢へと入った。


「誰から行く?」

「んじゃ、俺から。最近はあんま戦争も起こんねぇし、野生の魔物を狩るだけじゃ物足りないからな」

「その辺の魔物にやられそうな雑魚でも一応人間だ。手加減してやれよ」

「ちゃんとするさ。俺の強さを示してヴェネレさんと婚約。玉の輿に乗るのが俺の目的だからな。俺自身もそれなりの力は見せるつもりだけどよ」


 何人かが話し合い、一人の男が名乗り出る。……が、フム、妙で御座るな。

 そこで拙者は浮かんだ疑問を口にした。


「そこに居る者達全員で仕掛けぬのか? 一人だけなら直ぐに終わってしまうと思うが」


「……あ?」


 てっきり拙者は全員で掛かり、なるべく本番に近い形で模擬戦を行うものと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 侍同士の立ち合いの如くサシで争うのだろうか。


「テメェ……立場分かってんのか? すぐに終わるのはテメェの方だ。テメェのような雑魚、カーイ、マーヌ、セーダ、我ら三人衆の中の一人、カーイ様で十分なんだよ! 何なら俺が最強だ……!」


「雑魚……生憎あいにく、拙者は魚では御座らん。漁もしていない。しかし、気に障ったのなら謝罪申そう。主らの力を軽んじているのではなく、お主一人では数が足りないのではないかと思った次第である」


「テメェ……言わせておけば……! 王直々にスカウトがあったからって頭に乗ってんじゃねぇぞ!?」


「あいや。そう言う訳では御座らん」


 少々言葉に語弊が生じた。

 拙者が述べたかったのは本番に近い形で行わないのか云々(うんぬん)だったのだが、逆撫でしてしまった。その者の表情が般若のものへと移り変わる。反省せねばならぬな。

 カーイ。

 マーヌ。

 セーダ。と申されたな。この者はカーイ殿か。


「ハッ、良いぜ。やってやるよ……テメェ如き、瞬殺だゴラァ!」


 杖を構え、ほうきに足を掛けて飛翔。この国の兵は空を舞うか。西洋や南蛮では空中で戦が行われているのかもしれぬな。

 カーイ殿は同時に杖を拙者の方へ向け、呪文のような言葉を発した。


「赤き焔、火を司る精霊よ。その力の片鱗を我に与えん。──“ファイアショット”ォ!」


「フム、赤きほむらの弾丸。火をやじりに与えた矢を見た事はあるが、これが魔法か」


 呪文と同時に拙者の元へ球体となった高速の赤い炎が直進する。

 弾はいささか大きいが、確かに火縄銃にも似ている。

 その焔は拙者の眼前へと迫り、同時に破裂して爆発を引き起こした。


「ハッハッハ! この雑魚が! 調子に乗るからこんな目に──」


「して、一つお聞き申したいのだが、弾を撃つ前のきょうのような呪文は何ぞ?」


「──う……なっ!?」


 高笑いするカーイ殿の背後へと回り込み、気になった事を訊ね申す。

 忍術や妖術のように呪文を唱える事で力の触媒になるので御座ろうか。その様な術を使っている者に会った事は御座らんが、それが気になり申した。


「テメ……!」

「すまぬ。驚かせてしまったか」

「……っ。んだとゴラァ!?」


 拙者の存在を知覚した刹那、脱兎の如く引き離れる。さながら鬼でも見たかのような動き。

 然し乍ら多くの人を殺め、命をむさぼり、名実ともに鬼と化した拙者はあながち間違っていないがな。


「オイオイ。マジかよ……今の動き見えたか?」

「いや……だがただの雑魚だろ? たまたま偶然当たらなかっただけじゃねぇの?」


「……っ。ぶっ殺してやる! ──猛き炎よ。激化し、周囲を焼き払え! “フレイムエンド”!」


 次いで新たな呪文を唱え、先程の火とは比較にならぬ大きさのモノを放つ。周囲が焼き消えてしまわぬか気になるな。


「死ねェ!」


「……なにマジになってんだよアイツ。本当に死んじまうぞ」

「雑魚相手になーにムキになってんだか」

「一応練習なのだがな。練習で本気を出すとは愚かな。此処は私が止めなくてはならないか」


 速度は先程の火球より遅いが、範囲が広い。

 避けようと思えば避けられるが、此処は正面から粉砕し申そう。


「キエモン!」


 拙者の身を案じたヴェネレ殿の声が耳に届く。

 その声を聞き、拙者の身体は紅蓮の炎に焼かれた。


「ハッハッハ! 死んだかァ!?」

「──鬼は地獄の業火にも耐えうる。一度死した拙者に、この焔は生温い」

「……なっ……!?」


 同時に焔を掻き消してカーイ殿の正面へと跳び掛かり、回転を交えて両刃の木刀を叩き付けた。

 無論、手加減は致し候。人よりも硬い木。それで死する可能性はあるからな。無益な殺生は必要皆無。空飛ぶ箒から落としただけに御座る。


「オイ……魔法も使えねえのにあんな跳躍するか? 普通……」

「……マジかよ……」

「やはり王の目は正しかったか。あの者、かなりの強者つわものだ」


 周りの者達はいくらか静まる。鬼神の如き力。他者の目からは脅威にしか映らぬだろう。力を持ってしまったからこそ迫害され、命を落とした者達も存じている。

 戦に置いては力を持つ者が英雄となるが、平穏に英雄は要らぬ。ある程度の落ち着きを見せれば後は無用の長物だ。


「して、お次は誰がお相手致す? 一人だけでは主君に示す事が出来なかろう」


「……! ……ハッ、調子に乗ってんじゃねえよ! 偶然勝っただけだろ。今度は俺が行くぜ……! このマーヌ様がな……!」


 何人かの兵が集められたのを見るに、まだ決闘は続けるべきで御座ろう。故に先を委ね、一人の兵が名乗り出た。

 マーヌ殿も杖を構え、ほうきへと踏み乗って宙を舞う。


「アイツは真っ直ぐなバカだから敵の状態を考慮してなかった。あくまであれは“跳躍”だ。飛んでる訳じゃねぇ。だったら、飛び回って遠距離から仕掛ければ楽勝じゃねえか……!」


「フム、確かに拙者は空を舞う術を持っておらぬな。天女や仏なら宙も舞えると思うが、拙者はどちらかと言えば地獄の鬼……宙を舞う手段など存じておらぬ」


「正直に言うのかよ。テメェも大概バカでお人好しだな……!」


 マーヌ殿は飛び回り、拙者も定位置に着く。次の決闘が開始された。


「吹き荒れる風よ。風を司る精霊よ。その片鱗を我に与え、敵を滅せよ。“キャノンウィンド”!」


 また経の如き呪文を述べ、大砲に等しき風を撃ち出す。

 これが風魔法か。ヴェネレ殿が火、水、風、土の“えれめんと”とやらを魔力に干渉させて放つと述べたが、風がさながら弾丸のよう。まさしくそうであるな。

 風の塊は着弾し、爆発的な暴風を巻き上げて周囲を霧散させた。


「フム、流石に空舞う敵を刀で倒す術はあらぬな。参った」


「ハッ! やっぱ魔法が使えねえと不便だよなぁ!? このままじわじわとなぶってやるよ!」


 その弾丸をかわした拙者に向け、ほうきに乗ったマーヌ殿は遠方から風の弾丸と砲弾を無数に撃ち出す。

 拙者はそれを避けながら思案する。


(風か。これ程の風では拙者の身体も浮き上がるな。其れを利用せしめるか、周囲の壁を伝うて飛翔するか。移動場所を確認してその場で跳ぶか。はて、如何いかが致すか)


「風を司る精霊よ。その力を我に与え、多の敵を殲滅せよ。“ガトリングウィンド”!」


 拙者が思案せしめる最中さなか、間髪入れずにマーヌ殿は風を放つ。その数は先のモノより多く、さながら何人かの兵が一斉に放射したかの如き様。

 此れをかわすとなれば労する事で御座ろう。風の弾丸は全て下方へと行き、先程まで拙者が居た場所は砂塵が舞い上がる。地上に居れば拙者自身が穴だらけになっていたやもしれぬな。


「ハッハー! やったかオラァ!? ここがテメェの墓──」

「見事。あれを躱すのには些かの迷いが生じたで御座る」

「場……んなっ……!?」


 拙者はその風に乗り、この者の眼前へと躍り出る。当然のように、その表情には煩いの色が窺えた。

 恐れられ、おののかれる。れが鬼の在り方。致し方無し。


「ここの高さ、何十メートルだと……!」

「……めーとる? 聞いた事御座らんな」


 残念ながら疑問には応えられない。同時に木刀を振り下ろし、薙ぎ払うようにほうきから叩き落とした。

 この高さから落ちれば死する可能性もある故、拙者は木刀を放り、兵の衣服を闘技場の壁へと突き刺してその者を手助け致す。


「なっ……魔法も使えない奴に……世界でも随一の、“シャラン・トリュ・ウェーテ”の兵士がことごとく……! あんな雑魚に……! 我ら三人衆が……!」


「それ程までにやられた時点であの者は既に強者の域にいる。王の見立てに間違いは無かったという事だ。セーダ」


「……っ」


 兵はまだまだ居るが、最も驚愕の色を表情に見せているのはあの者達と親しかったセーダ殿。

 実力は既に承知されたてあろう故に、そろそろ終わりで御座ろうか。


「して、次は如何致す? もう十分やもしれぬが」


「……っ。ハッ、偶然が二回続く事もあるだろ……! 次は俺だ! 終わらせてやるよ!」


 セーダ殿は冷や汗を掻きつつ、杖を構えて拙者に向き直る。王から制止の言葉も無き現在、されば拙者も続けよう。

 拙者と兵士の果たし合い。それは終局へと差し掛かった。

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