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其の肆拾捌 祭典

 ──騎士の入団試験から三日ばかりが経過していた。

 既に城へ出入りしている者達もおり、エルミス殿、ペトラ殿、ブランカ殿もそのうちの一人ずつに御座る。


「キエモンさん。約束通り騎士となりました! 色々と手続きがあって会うのが少し遅れてしまいましたが、これで共に行動する事が出来ますね!」


「ウム、そうに御座るな。喜ばしい事よ」


 早速エルミス殿が拙者へ話す。

 以前から共に任務を受けたいと述べていたからの。拙者としても晴れて仲間になれたのは良き事かな。

 そんな中、次いでエルミス殿はセレーネ殿へと振り向く。


「セレーネさんは騎士では無いんですか?」

「うん……私は鬼右衛門と一緒に居るだけ……」

「キエモンさんと一緒に……成る程……」

「……?」


 少し表情が暗くなる。

 何があったのだろうか。時折エルミス殿はこの様に暗くなるの。前まではその様な事なかったが、最近は少しその傾向がある。


「取り敢えず、今日ですね。騎士の授与式! キエモンさんはもう既に貴章を受け取っているようですが、就任式の方には出るのでしょうか?」


「ウム。貴章の授与はもう終えている故、出るのは就任式とやらの方だけに御座る」


 話を変え、今日執り行われる式についてを述べる。

 そう、以前からヴェネレ殿に窺っていた騎士の入団式。それは愈々(いよいよ)今日開かれるのだ。

 思えばこの国へ来て一月ひとつき余り。騎士となったのは初日に御座るが、ついに民達へ正式に伝わるのだの。

 マルテ殿に言われたよう、民へ拙者の存在を知ろしめす事が出来る。


「今日もお父様の調子は悪いから……私と騎士団長の人達が進行するよ。よろしくね。新人さん達!」


「よろしくお願いします。ヴェネレ様」

「今日はお頼み申す。ヴェネレ殿」


「うん、任せて!」


 父君の調子は芳しくない様子。良き国王故、健康には気を付けて欲しいモノに御座るの。

 然し拙者らに何が出来ると言う訳でもなく、成す術は無い。天に祈り、回復を願うだけで候。


「あの……ヴェネレ様。お父様のご様子ですが、私の回復魔法でも治らないでしょうか……」


「多分無理じゃないかな……回復魔法は基本的に傷に作用するもの……。病気はウイルスで、傷口とはまたベクトルが違うから別の回復魔法が無きゃね……。もしそれがあるならお医者さんが要らなくなっちゃうし、現状はお父様の回復力に頼るしかないかも」


「そうですか……。完璧を自称する回復魔法ですのに……力になれずすみません」


「いいよいいよ。気にしないで! エルミスさんが気に病む事はないよ! 少しずつ良くなっていってるから……最近は食欲も回復してきたし……」


 言葉を紡ぐ度にヴェネレ殿の声が小さくなる。

 自分の父親が病気なのだ。当然であろう。心配するなと言うのが無理な話。

 然れどヴェネレ殿は皆を不安にさせぬよう気丈に振る舞っておられる。ならば拙者に出来る事はヴェネレ殿の傍に居てやり、少しでも彼女を支える事だけに御座る。


「行こっか。そろそろ式の祭典も始まるし!」

「祭典とな?」

「うん! みんなを守る騎士が誕生するんだよ! めでたい事だからね!」

「成る程。騎士とはより平穏な国となる為の希望の存在。故に祭典か」

「そういうこと!」


 今回の式はこの“シャラン・トリュ・ウェーテ”にて一種の祭祀さいしの様子。

 確かに祭りにもなろうと思える事柄だ。だからこそ今朝から町が騒がしかったのであろう。


「式の開始まではまだ時間があるから、折角だしキエモン達も楽しんできなよ! 色々な屋台は出てるし、賑やかで楽しいよ!」


「そうに御座るか。ウム、楽しんでみるのも良いかもしれぬ。ヴェネレ殿らは?」


「私は色々と準備があるから行けないかな。マルテさん達も一応見張りの役割とかあるけど、騎士は足りているからね。みんなで行ってきなよ、キエモン。護衛も兼ねてさ!」


「そうか。では参ろう。セレーネ殿。エルミス殿。主らも良いか?」

「うん……鬼右衛門と一緒なら……」

「はい! お願いします!」


 ヴェネレ殿やマルテ殿らは祭典であっても忙しいらしく、行きはせぬとの事。

 然しセレーネ殿とエルミス殿が行くならばヴェネレ殿の言う通り、護衛として同行仕り候。

 拙者ら三人は祭典を満喫すべく、町へと赴いた。



*****



 ──“街中”。


「すごい賑わいを見せておりますね……」

「賑やか……」

「ウム、そうであるな。皆が笑顔で何よりだ」


 町へ赴くや否や、周囲は賑わいを見せていた。

 色とりどりの屋台が立ち並び、香ばしい匂いを漂わせている。

 彩り豊かな着物を着込んだ人々が立ち寄っては購入し、食事に遊戯。あらゆる娯楽を楽しむ。


「鬼右衛門……あれ買って……」

「フム、菓子に御座るか。良かろう。給与も入り、拙者自身があまり使わぬのもあって持て余していたところよ。エルミス殿も如何かな?」

「え……いえ、悪いですし……」

「構わぬ。そうだの、合格祝いと言うのはどうであろうか。まだ持ち合わせも少なかろう」

「そんな……ふふ、じゃあお言葉に甘えます。キエモンさん」


 セレーネ殿が望む菓子は赤き果実を水飴のようなもので包んだ物。値段も良心的よの。拙者の国で甘味は高級で御座った。

 エルミス殿はまた別の、黄色く細長い果実を黒い液体か固体か、“ちょこれぇと”とやらで包んだ物を頼む。これまた甘味。甘い物がいつでも食せるのは良き事よの。


「キエモンさんは何か買わないのですか?」

「ウム、そうで御座るな。折角の祭典。拙者も楽しむとしよう。……フム、何を食そうか」


 エルミス殿に言われ、拙者も屋台の中から選ぶ。

 何れも此れも美味そうだ。故に悩むの。記念日と言うのもあって甘味料は捨てがたいが、他の食物にも目移りする。


「む? あれはなんぞ? 雲であろうか」

「え? あ、あれはわたあめですよ。砂糖を糸状にして棒に巻いたお菓子です」

「わたあめとな。つまり飴の一種か。フム、飴ならば拙者にも馴染んでおる。雲のような見た目で気になるの。それを貰おう」


 興味深き菓子、“わたあめ”とやら。

 おそらく見た目から日本語、漢字ならば綿飴と表記するのだろう。

 見るからに柔らかく、材料から甘い菓子と分かる。それを購入し、早速口にした。


「ウム、美味し。繊維からなる菓子故、口に入った瞬間に消えたと錯覚するが後に届く甘味が絶妙よ。これは良い菓子だ」


「ふふ、子供っぽいですよ。キエモンさん」

「美味しそう……私も一口」

「ウム、良いぞ。セレーネ殿の菓子も一口くれぬか?」

「良いよ……」

「え゛!?」


 セレーネ殿に一口やり、交換のように果実の飴から一口貰い受ける。

 フム、これも美味なり。砂糖の甘さに果実の酸っぱさが備わり、これまた絶妙な味わいを生み出しておる。

 エルミス殿が近くにて口をパクパクさせていた。


「そ、そそそ……それって間接……」

「関節? 何処か痛めたか? エルミス殿」

「いや……その……キエモンさん……」

「……?」

「……?」


 困惑した面持ちのエルミス殿へ拙者とセレーネ殿は見合い、小首を傾げる。

 何で御座ろうか。一向に考えが読めぬ。


「セレーネ殿。エルミス殿は何を思うておるのだ?」


「なんだろう……ちょっと恥ずかしい気持ちと羨ましい気持ち。色んな感情が混ざり合ってる……」


「フム。困惑という事で御座ろうか。ならばエルミス殿も食うか? わたあめ。美味いぞ」


「へ!? いえ、私は……って、セレーネさん。私の感情を……」


「セレーネ殿は少し特異での。他人の気持ちが分かるので御座る」


「嘘!?」


 体質を説明し、変わらず困惑のまま固まる。

 彼女も賑やかな御方で御座るの。表情豊かな者が多いのは良き事だ。

 然しわたあめは受け取らんの。口惜しい。もう一口頂こう。


「ウム、やはり美味。砂糖だけでこれ程までの食感を生み出すとは。感銘致す」


「私の事は完全にスルーですか……いえ、聞かれても困るんですけど」


「エルミス殿も如何かな?」

「え……じゃ、じゃあ一口だけ」


 やはり食したいのかと考えてまた差し出し、今度は口にしてくれた。

 わたあめを味わい、言葉を発する。


「美味しいです……」

「そうであろう。もっとも、エルミス殿がお教えして下さった菓子に御座るがの」

「アハハ……で、ではキエモンさんも私のチョコバナナを一口いかがですか?」

「良いのか? “ちょこばなな”と。では、ありがたく頂戴しよう……うむ、これまた美味なり!」


 互いに分け合い、互いの菓子を楽しむ。これまた一興。良い事に御座る。

 当のエルミス殿は赤面したまま動かぬの。大丈夫だろうか。


「エルミス殿。気は確かか?」

「え!? わ、私はいつでも正気ですよ! ほら! 今だってこんなにピンピンしてて」

「ならば良いのだが。大勢の人が居る事によって当てられ、気疲れしたのかと」

「そのような事は無いのでご安心ください!」


 どうやら大事は無い様子。心配は杞憂であったか。

 なれば良いのだが、やはり最近のエルミス殿は少し落ち着きが無いの。騎士となり、緊張しているので御座ろうか。

 ならば一足先に騎士となった拙者が励ましの言葉を掛けるべきだろう。


「エルミス殿。悩み事があれば何でも言って下され。力になれるかは分からぬが、出来る限りの助けになろうぞ」


「キエモンさん……」


 我ながら無責任な言葉で御座るな。何の当ても無い。

 だが、武士に二言は無く、嘘偽りもない。拙者のやれる範囲内ならばエルミス殿をお助け申す。


「ありがとうございます。その言葉は嬉しい限りです。私のして欲しい事は一つ。前に話した約束についてです」


「約束で御座るか」


【──もし私が騎士となった暁には、キエモンさんと一緒に居させて下さい!】


 確かにその約束はした。

 成る程の。その約束を覚えているかどうかが不安だったのだろう。

 だからこそ拙者を前にするとしおらしくなり、言葉に詰まる。これで疑問は解決した。


「拙者と共に居る事。それが約束で御座ったな。互いに晴れて騎士となれた今、同じ班になれば共に行動出来る」


「……。成る程。本当に鈍い御方なのですね。キエモンさん」


「……?」


 約束を覚えており、それを果たすように掛け合ったりしてみるつもりだが、エルミス殿は何処か不満気で御座った。

 然し何やら妙に納得した面持ちであり、肩を落として言葉を続ける。


「これは難敵です。しかし、私も負けませんよ。ヴェネレ様……!」

「此処にヴェネレ殿は御座らんが……それに難敵とな?」

「ふふ、何でもありません。あくまでも私の中での出来事ですから!」

「フム、そうに御座るか。エルミス殿の表情が明るくなったならそれで良しとしよう」

「ええ、お陰様で♪」


 憑き物が取れたような顔となり、弾けるような笑顔で笑い掛ける。

 益々(ますます)分からぬが、拙者の心持ちは以上の通り。明るく笑えるならそれで良いに御座る。

 拙者とセレーネ殿とエルミス殿。もう暫く祭典を満喫する。

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