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其の肆拾漆 騎士入団試験・その3

「我が力よ。霆へと変えて天から降らしなさい! “ライトニング”!」

「……っ。“水流風傘”!」


 ブランカ殿が雷を落とし、エルミス殿は水と風によって雷の通り道となる傘を作り、それを周囲へ散らして自分を守った。

 経が短かった故に全ては防ぎ切れなかったようだが、火傷などの傷も癒えていく。


「成る程ね……自動回復魔法も自分自身に使っていたんですわね。だからこそ、完全に守れなくとも治る」


「はい……! 他の魔法を多く練習しましたが、回復魔法は更に鍛え、多種多様の回復術を身に付けました……!」


 自動的に回復すると言う現在のエルミス殿。相変わらず凄まじい回復術よ。

 自身にその力を付与し、常に回復するのであれば戦場での死者や怪我人も減る。なんとも素晴らしき力だろうか。


「やっぱり一気に畳み掛けるべきですわね。もし無理であるのなら持久戦ですわ! ──元素の精霊よ。私に力を御貸しし、全方位を撃ちなさい! “エレメンタリーインパクト”!」


「粘り強さなら負けません! ──癒しの精よ。我に力を譲渡し、脅威からその身を守る! “ヒーリングシールド”!」


 火、水、風、土からなる囲む攻撃に対し、癒しの力で己を囲み、直撃した傍から回復する。

 直接防ぐ事は出来ぬようだが、傷を癒す事で実質的に無効化している。中々に考えるで御座るな。


「──青き水の精よ。その力を譲渡し、水陣を作る。“ウォーターウェーブ”!」

「──翠の風よ。その力にて水陣を吹き飛ばしなさい! “ウィンド”!」


 波打つ水が吹き荒れる風によって消され、周囲に水滴が散った。

 その水滴は意に介さず、ブランカ殿は更に攻め立てる。


「──紅蓮の炎よ。凝縮した熱にて対象を射抜きなさい! “フレイムレーザー”!」

「……っ」

「貴女の魔法は大したものですわね。故に、貴女自身を傷つけなくてはなりませんわ! 意識を失い、適切な処置を施してくださいませ!」


 細長い炎の光が突き抜け、エルミス殿の体を貫く。

 貫通した先が焦げて発火し、衣服の炎は即座に水で消し去り、苦悶の表情で顔を歪めながらブランカ殿を見やる。


「いえ……私も騎士になりたいので……貴女に負ける訳にはいきません!」


「傷が癒えたとて痛みの記憶は無くならない。なのに頑張りますわね。それ程までに騎士になりたい理由がおありで?」


「はい!」


 エルミス殿が騎士となりたい理由。拙者と共に働きたいとは言っておったな。

 だが傷付き、倒れてもそうしたいので御座ろうか。

 死と隣り合わせである、危険な職。親しき者と働く為だけに命を賭ける。何故そこまでするのであろう。


「ならば、すみませんね。エルミスさん。貴女の夢はここでついえる事となります!」


「させません! 私を救って下さった、あの方の為にも!」


 いかづちが迸り、自動的な回復で傷が癒える。

 然しそろそろ効力切れか、次第に治りも遅くなった。これ程の力。やはり数分しか持たぬのであろう。

 水魔法がブランカ殿に目掛けて放たれ、同じ水魔法で相殺。周囲に水が散り、押し勝ったブランカ殿の水がその体を撃ち抜く。


「カハッ……!」

「一気に決めますわ! 全ての力の根源よ! 一部を私へ授け、対象を終わらせます! “エレメンタリー”──」

「……っ」


 トドメとばかりに大きな力を込める。

 エルミス殿はフラフラになりながらも立ち上がり、杖を構えた。


「“ファイアショット”!」

「“ウォーターウォール”!」


「「…………!」」


 その刹那、隣の試合で炎魔法と水魔法が衝突。それによって水蒸気が満ち、煙幕のようなモノが張られた。

 そう、これは一対一の立ち合いだが、周囲の余波は当然及ぶ。運良くエルミス殿は煙幕に救われ、ブランカ殿は魔力を込め直す。


「チッ! おっと、下品な口調はいけませんわね……しかし運の良い事……! こんな煙幕、払って差し上げますわ! 突風よ吹き荒れ、煙幕を晴らせ! “トルネード”!」


 視界が悪くては有利が覆る。故に竜巻を起こし、全ての煙を晴らした。

 その竜巻はそのまま進み、煙幕に紛れていたエルミス殿を追尾する。


「そこですわね! さあ! 逃げ惑いなさい!」

「逃げません! “ウォーターボール連弾”!」


 竜巻に向けて水弾を撃ち込み、全てが弾かれて周囲に飛び散る。

 そのままほうきに乗って旋回するよう進み、箒に乗ったままのブランカ殿と距離を詰めた。


「遠距離では無駄と判断しましたか。舐められたモノですわね。私、近接戦も出来ます事よ! 元より、近付く事さえさせませんがね! ──赤き炎。その力で焼き払え! “ファイアショット”!」


「……っ」


 火球を避け、飛び上がるように上昇。ブランカ殿は更に狙いを定め、次々と魔力を込めた。


「“ウォーターキャノン”!」

「……っ」

「“ウィンドソード”!」

「……っっ」

「“ランドハンマー”!」

「……っっっ」


 水弾。風刃。土鎚。

 避ける事へ専念しながらそれらの攻撃をかわすエルミス殿は水魔法を打ち出しては防がれ、徐々にその距離を詰め寄る。


「もう埒が明きませんわね! だったらこれで終わらせます! ──雷の精霊よ。その霆を我に授け、対象を焼き切る! 感電しなさい! “サンダーボルト”!」


「今……! 私の体を加速させる! “アクセルウィンド”!」


「……!」


 雷を放つまでは少し時間が掛かる。故に力を込めていたエルミス殿が風の力で箒ごと加速し、その距離を一気に詰めた。

 馬よりも速いものだが、既にブランカ殿も完了していた。


「私の方が速いですわよ!」

「……ッ!」

「やった! 私勝ちましたわ!」


 雷がエルミス殿に直撃し、目映い放電と共に雷鳴が轟く。

 然し彼女は意識を失っておらず、箒から飛び降りてブランカ殿へ抱き付いた。


「何を……!?」

「私、負けません! 貴女に!」

「……! 自動回復魔法……! そして体が……濡れてらっしゃる!?」

「はい! ビショビショにしてました! 一緒に浴びましょう!」


 胸と胸が押し合い、首の後ろに手を回してがっしりと抱き付く体勢になる。

 エルミス殿はブランカ殿の耳元で囁くよう、艶やかな声で笑顔を向けた。


「ふふ……どちらが耐えるか……勝負しましょうか……ブランカさん♡」

「貴女……! まさか……イヤァァァ!?」


 度重なる水魔法によって濡れた体。加え、自分自身は自動的に回復する。

 感電がブランカ殿にも伝わり、バリバリと周囲にも電撃が散りばめられる。

 見れば床もエルミス殿の水魔法で水浸し。つまり逃げ場は無く、一度痺れてしまえばどちらかが倒れるまで続く。……いや、倒れてからも続くで御座ろう。


「マズイな。32番のエルミス! 205番のブランカ! 主らの対決はそこまでだ!」


「「…………」」


 既に互いの意識は遠く、聞こえていない。

 試験者の安全を守るのも役目のファベル殿は土魔法にて雷を消し去り、二人は箒から落ち、柔らかな土にて受け止めた。


「……。勝者、リーヴ・エルミス!」

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 状態を確認。ブランカ殿は既に意識を失っており、エルミス殿もフラフラ。勝利宣告を受けた後に倒れる。

 エルミス殿とブランカ殿の戦闘。それは自ら感電し、耐え抜いたエルミス殿の勝利となった。



*****



 ──“医務室”。


「はっ……ここは……」

「気付いたで御座るか。エルミス殿」

「おはよう……」

「キエモンさん……と、セレーネさん」


 少し後、戦闘を終えたエルミス殿は医務室で目覚めた。

 隣にはブランカ殿も寝かされており、先に気付いたのはエルミス殿に御座る。


「私、勝ったんですね……」

「ウム。見事な勝利で御座った」

「いえ……隣の試合の影響が無ければ負けてしまっていたですし……運が良かっただけです」


 あまり勝利を実感していない面持ち。確かに運に救われた部分もあるからの。不本意なのも理解出来る。

 少し落ち込み、エルミス殿はふと周りを見渡した。


「ヴェネレ様は?」

「主催側だからの。試合を見ている。故に拙者とセレーネ殿だけで来たが、待たせるのも悪いので主が目覚めたのならば戻るとしよう」

「そうですか……分かりました。もう大丈夫です!」


 一瞬だけ表情が暗くなり、笑顔を向けて話す。

 何か思うところがあるに御座るのか、相手の内情は分からぬな。ヴェネレ殿らにもしばしば指摘されている。


「……。全く、私に勝っておいてなんて暗い表情ですの。エルミスさん」


「……! ブランカさん……」


 すると、隣で寝ていたブランカ殿が起き上がった。

 殆ど同じ時に倒れたからの。同じように起きるのはおかしくない。

 ブランカ殿に指摘され、エルミス殿は呟くように話した。


「タイミング良く水蒸気が来なければやられてましたし……実質的な勝者は──」

「そこが気に入らないんですよ。エルミスさん!」

「ふ、ふぁい……?」


 エルミス殿の頬をつねり、ブランカ殿は言葉を続ける。


「戦場で運は言い訳にならなくてよ。負けた時点で私は死んだも同然。あの時も、水蒸気に覆われた瞬間にでも雷魔法を使っていれば私が勝てたんですもの。判断ミスですわ」


「けど……」

「成る程。運が無ければ勝てなかったと私を蔑みたいんですわね。ただの運だけで私は負けたと。運や神様の所為で私は勝てなかったと。……全く、いい性格していますわ」

「わ、分かりました。私はちゃんと勝ちました……」

「それで良いのですわ!」


 高飛車な態度は健在だが、よく人を見ておる。無理矢理にでも褒めなければエルミス殿は受け止めなかろう。果たして褒めていると取れるかは分からぬが。

 何はともあれ、此方のお二方も仲良くなれそうで何よりだ。


「では、拙者はヴェネレ殿の護衛も兼ねている。これにて御免」

「じゃあね……」


「はい。また後で。キエモンさん。セレーネさん」

「いつかは私も騎士となりますわ」


 雰囲気は悪くない。これならば大丈夫だろうと拙者らは医務室を去る。

 その後残りの試合も終わり、回復術をもちいて復活を遂げた二人も集まり、最後の合格報告が始まった。



*****



「──では、候補生諸君。ここまでの試合、ご苦労であった! これまで座学、魔力操作、チーム戦、個人戦を経て記録した情報の元、合格者を発表する!」


「「「はい!」」」


 ファベル殿が前に立ち、騎士の候補生達に報告する。

 これで決まるだろう。果たして誰が新たな仲間となるか、口を開く。


「まず1番」「よっしゃ!」

「3番」「やった!」

「7番」「ふっ……」

「そして──」


 一人、二人、三人。合格者は番号を呼ばれ、前に出て各々(おのおの)で歓喜する。

 番号順で呼ばれているのを惟るに、呼ばれなかった者達はその時点で不合格となるのだろう。


「10番」

「やった! 私も合格!」


 更に呼ばれ、ペトラ殿が合格となる。

 そこからまた進み、次はエルミス殿の番だが、


「32番」

「や、やった……選ばれました……!」


 無論、選ばれた。

 前回の、冒険者の時の貢献。及び今回の戦闘。回復術の凄まじさも広く伝わり、選ばれぬ事は無いと判断していた。


(ふふ、流石ですわね。エルミスさん。私が選ばれなくとも、頑張って下さいまし)


 ふと視線を向け、悟りの境地にいるブランカ殿が目についた。

 何も話しておらぬが、その表情から何となく諦めているのが窺えられる。その様な事は無いと思うがの。


「205番」

「え!? 私!?」


 その通り、ブランカ殿も選ばれた。

 本人は困惑し、ファベル殿は残りの十数人を言い終える。


「以上! 選ばれなかった者達は失格だが、これに懲りず精進し、更なる高みを目指すのだ!」


「「「はい……!」」」


 言われ、騎士となれなかった者達は悔し混じりに返事をする。

 これにて選別は終了だが、納得出来ぬのかブランカ殿が挙手した。


「あの……! なぜ私は敗れましたのに選ばれたのでしょうか……!?」


「敗れたと言っても最後の個人戦だけであろう。我ら騎士は、完璧を求めてはいない。それは入団し、より上へと来てから考える事だからだ。即ち個人戦はあくまで最後に確認するだけ。今現在の力が分かり、入団する資格があると分かっただけで良いのだ!」


「……!」


 試験はあくまで試験であり、その存在全てを定める事ではない。

 故に騎士足り得ると判断されればそれで良いのである。

 ブランカ殿は頭を下げて自身も下がり、ファベル殿は更に続く。


「では! これにて解散! 騎士の授与式は近日執り行う! 皆、騎士の誇りを忘れるな!」


「「「はい!」」」


 その言葉を最後にこの場は解散となる。

 良い見世物で御座った。これからエルミス殿らと共に騎士として行動するのが楽しみだ。

 これにて騎士の試験と言う“いべんと”は終わりを迎えた。


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