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其の肆拾伍 騎士入団試験・その1

 ──“月の国”からの使者が送られ、遠征部隊を決めてから一週間が経過していた。

 そろそろ拙者がこの国へ来てから一月ひとつきが経つの。早いものだ。

 遠征部隊に選ばれる事の無い拙者は変わらず任務や騎士としての役目を果たしている。給与も入り、一先ずの借りていた分はヴェネレ殿へお返し申した。本人は断ったが、これは拙者の気持ちの問題。しかと渡し終えた。


 そして今日は、ちょっとした“いべんと”とやらが開かれるらしい。

 騎士達は何人かが調査遠征で留守にしているが、折角なのでと拙者とヴェネレ殿。セレーネ殿はそのいべんとを見る為、今日は闘技場の観客席へと入っていた。

 隣ではヴェネレ殿が少し弾んだ声で話す。


「いよいよ今日、騎士の入団試験が始まるね!」


「その様に御座るな。然し、本来ならば拙者もこれに出なくてはならぬのではないか?」


「キエモンはいいの。王様直々のスカウトだからね。実力はもう既に上位だし、誰も不満は言っていないよ。それと、この試験で騎士に合格した人達と一緒にキエモンの入団授与式も挙げるから、なるべく顔は覚えていた方が良いんじゃないかな? 言わば全員がキエモンの同期だからね!」


「そうであるな。エルミス殿も今回出ると言う。他の皆の顔も覚えておこう」


 今日のいべんとは、騎士の入団試験。前から決まっていたらしい。全く知らなかった。

 国中から鍛練を積んだ魔法使いや冒険者がこれを受け、国に仕える身になるとの事。出稼ぎに来ている者もチラホラ。

 拙者は特例故に既に騎士となったが、本来はこの様に手順を踏んで役職に就くらしい。

 直々の勧誘を受けた拙者は些かずるかったかもしれぬな。


「では、今回の主催は私が行う。騎士団長のバラグ・ファベルだ。以後よろしく」


「「「はいっ!」」」


 主催者は毎年変わり、今年はファベル殿の様子。

 成る程の。拙者一人の入団試験の時に、騎士団長であるファベル殿が居合わせたのは今年の主催だったからか。

 特例であったとしても審査をするのは変わらぬのだろう。


「試験は大きく分けて三つ! 一つ目は今現在の己が使える魔法を見せる魔力操作! 二つ目が即席の連携を試すチーム戦! 三つ目が今までの試験で各々(おのおの)の力や手の内を完全に明かされた状態で行われる個人戦だ! 一次試験の座学は既に終えた! 二次試験にして最も重要と言える本番の今回は実技メインとなる!」


「「「はい!」」」


 なんと。本来なれば座学の試験もあったので御座るか。

 もし拙者が受けていればその時点で失格だったの。元の国での学問は平均だが、理の違うこの国ではそうもいかぬ。それを理解した上で主君は実技のみを受けさせたので御座ろうか。それなら有り難き事よ。

 然し、字の読み書きを出来ぬ者も居ると言う。座学はその者達が答えられる事であったのだろうか。

 ともかく、今はエルミス殿の姿もある。即ち座学には合格した様子。流石で御座るな。


「えー、そして今日は王の体調が優れぬ故、現国の王女であるヴェネレ様のみがられる。だが、王にも報告が入るので手などは抜かぬよう気を付けよ!」


「「「はい!」」」


「大丈夫で御座ろうか。主君は」

「多分大丈夫だよ……うん、きっと大丈夫。ちょっとした風邪らしいから」


 ヴェネレ殿が居る理由は単なる観戦ではなく、主君の病状が悪く、とても表に出られる様子ではないから。

 ヴェネレ殿は風邪と申されているが、風邪は万病の元と言う。拙者にとっても恩人。早く治って欲しいものに御座るな。


「それでは第二次試験──」

「「「…………っ」」」

「「「…………っ」」」


 ファベル殿が溜め、候補生達が息を飲む。

 自然と此方にも緊張が伝わり、妙に落ち着かぬ。

 試験の空気を肌に感じるとはこう言う事で御座るか。

 緊張感のある試験はこの瞬間──。


「始め!」

「「「……!」」」

「「「……!」」」


 始まった。

 各々(おのおの)が一斉に己の杖を取り出し、ファベル殿は先程から使っている声の範囲を広げる魔法にて更に綴った。


「まず! 炎魔法!」

「「「赤き焔よ──」」」


 魔力の操作。それはファベル殿……と言うよりその時の主催者が出題した魔法を如何に早く、鋭く出せるかの試み。

 試験者達は同時に言葉を綴って魔力を込め、火炎を放出する。


「23番10秒18」

「64番10秒22」

「132番10秒85」

「5番11秒01」


 経を読み、審査員の騎士達が魔法を放つまでの時間を計測。

 早さは重要であるの。それによって戦況が大きく変わるのがこの世界の在り方。

 そことは別に、威力や射程などは囲むように騎士達が判定している。

 この様な試験は拙者の国では無縁の作業であったが、此処では重要なのだろう。


「次! 水魔法!」

「「「青き水よ──」」」


 次いで放つは水魔法。

 こうして見れば、確かに人によって練度が違うの。魔力を練るまでの早さ。的確な狙い。的を射抜く破壊力。

 中々に見応えがある。拙者も力を込めれば妖術を使えるようにならぬであろうか。

 その次は風。土。その他諸々。無論、全員が全員全てのえれめんとを使える訳では無さそうだ。それを踏まえ、様々な魔法を経て魔力の操作を終えた。


「はぁ……はぁ……」


「ほう、エルミス殿。前までは回復術だけで御座ったが、今では水魔法と少しの風魔法を使えるようになったのか」


「たった2週間でスゴいね。初級魔法から中級魔法くらいは身に付けたのかも」


「ウム。大したモノに御座るな」


 拙者が注目しているのは、知り合いという事もあってエルミス殿。

 少しばかり贔屓目に見てはいるが、それを踏まえた上でも単純な力は中の下程。

 だがそれは、決して過小評価では御座らん。

 此処に集まった者達はいずれも幼少期より魔法を鍛え、精進して来た者達。

 その中に放り込まれ、つい最近まで回復術しか使えなかったエルミス殿が真ん中程の実力になっているのは凄まじき成長速度だろう。


「次! チーム戦を執り行う! 即席の為、選別魔法が自動的に選出するぞ!」


 ファベル殿が告げ、候補生らが隊列を組む。

 選別の魔法。そう言うものもあるので御座るな。此れならば均等に分けられる。魔法とは便利なものよ。


「では、開始! 1班と2班! 前へ出よ!」

「「「はい!」」」

「「「はい!」」」


 エルミス殿の班は……十二番目に御座るか。

 場所が森とかではなく、あくまでも闘技場内。故にその限られた壇上で何れ程の見せ場を作るか。これまた見物だ。


「──紅蓮の炎よ! その力を解放し、敵を焼き払え! “ファイアウェーブ”!」

「──鈍色の土よ! その力を使い、攻撃を防げ! “ランドシールド”!」


 火炎が放たれ、土の壁によって防がれる。その死角から他の者達が迫り、敵陣へ攻め込んでけしかけた。

 攻撃と防御。そして連携。それらを如何様な方法で活用するか。様々な戦略が生まれる。

 だが、決して孤軍で戦ってはいけないのだろう。あくまでも試験であり、この後に態々(わざわざ)個人戦の場を設ける事からするに“ちぃむわぁく”とやらを見ているのだろう。

 そこに気付けるかが“ちぃむ戦”の肝で御座るな。


「次! 23班と24班! 前へ!」

「「「はい!」」」

「「「はい!」」」


 試合がいくつか行われ、愈々(いよいよ)十二番目。エルミス殿の出番が回って来た。

 当のエルミス殿は班の者達と話していた。


「君がエルミスだな。私はフォイラ=ペトラ。得意魔法は火と土で、憧れの騎士はファベル様とフォティア様だ! よろしく!」


「え? あ、はい。よろしくお願いします」


「ペトラさんとエルミスさんで御座いますわね。わたくしはレイン=ブランカ。全てのエレメントを扱える才能溢れたご令嬢ですわ! よろしくてよ!」


「うわー。あからさまなのキター!」

「よろしくお願いします。ブランカさん」


 班の人数は本来の騎士と同じように三人一組。どうやらエルミス殿の班は皆が女性のようだ。

 此処まで声は届かぬが、見た感じ押しが強そうな茶髪の娘が一人。圧が強そうな金髪とやらの娘が一人。エルミス殿の性格では馴染めるか不安に御座るな。


「これからチームを組む中ですわ。お互いに協力し合い、勝利を掴みましょう!」

「そりゃやるからには勝つけどさ。一応5分間の作戦会議は設けられているから話し合わない?」

「そうですね」


 戦闘の前には組んだ者達とは、五分間の話し合いの場が設けられる。

 開始直前に選別されるので何もかも分からず、本当に即席の者達が集まるからだ。

 各々(おのおの)で言葉を出し合う。


「ふふん、貴女達は所詮私の引き立て役ですわ。つまり、その協力方法とは、貴女方がテキトーに下品に暴れ回って隙を作るべきですわ!」


「要するに囮と陽動役に分けるって事だな。ちゃんと考えているじゃん。言い方は悪いけど。実際、全てのエレメントを使えるブランカが主軸にはなると思うし」


「私が出来るのはちょっとした水魔法に更に弱い風魔法と……完璧な回復魔法です!」


「……! へえ。完璧……か。言うじゃないか! エルミス!」


「フフ、その自信。本当にそうなのね。肉壁役にピッタリですわ。先の試験、拝見致しましたわ。ペトラさんの土魔法ならば更に強固な盾が出来るのでなくて? 壁を張って下品に動き回り、精々私のお役に立ちなさい!」


「相変わらず見下した言い方だけど、良い作戦かもね。私が壁を張ってエルミスの無限回復。そこから攻撃の要としてブランカが攻め立てる。悪くない」


 観客席から見ても分かる程に大きな態度を取っている女性も居るが、もう一人が上手くいなし、話に纏まりが生まれていた。元より作戦にも筋は通っておる。

 加え、エルミス殿はすっかり己の回復術に自信が付いた様子。これは良きちぃむやも知れぬ。


「作戦会議終了! 各々(おのおの)で配置に付け! 始めるぞ!」


 ファベル殿の号令と共に陣を取り、ちぃむ戦が開始された。


「──土の精霊よ。その力を周囲にちりばめ、一つ一つを顕現せよ! “多重土石防壁”!」


 手始めにエルミス殿の仲間である女子おなごが杖を振るい、闘技場の床から複数の壁を形成した。

 相手の者達は周囲に現れた壁へと警戒し、三人が背中合わせに構える。

 そこから態度の大きな娘が飛び出すように仕掛けた。


「──あらゆる精霊さん。どうかその力を私に授けて下さいまし……そして、敵を討ち滅ぼしましょう! “四大元素大爆撃”!」


「「「……っ」」」


 相手ちぃむの三人は己を護る壁を顕現。火、水、風、土の四つが無数に降り注ぎ、その壁を狙った。


「調子に乗るな! 我が力を魔力へと変え、対象を全て消し飛ばす! “エクスプロージョン”!」


「広範囲の爆発魔法!? なんて高度な魔法を……!」


 魔力が収束からの発散。エルミス殿の仲間の壁を全て吹き飛ばし、三人へ一気に大きな傷を負わせた。

 エルミス殿は魔力を込める。


「癒しの精よ。その力を私に授け、周囲を修復せよ! “広域回復”!」


「「「……!?」」」


「まさかこれ程の……マジで完璧な回復魔法じゃん。いや、というかもはや……時間その物の修復魔法……」

「へ、へえ……少しはやりますわね。冒険者出の彼女……」


 エルミス殿の回復術により、爆風で吹き飛んだ自分等と闘技場の修復を終えた。

 他の魔法も成長したが、回復術は相変わらず一線を画しておるの。

 人間のような生き物のみならず、舞台まで回復させてしまったのだから。


「なん……だと……?」

「マズイぞ。爆発魔法は体力を大きく消費する……逃げ回るくらいは出来るが、しばらく魔法は使えない……!」

「初手必殺魔法ブッパとかなに考えてるのよ……!?」


 最初から大技を使い、勝負を決めに行くのも強ち間違っていないが、相手が悪かったの。

 元より一人で全てを決めてしまっては審査にも受からぬ。選択を誤ったようだ。


「エルミスが居てくれるなら、いくら攻めても問題無いって訳だ!」

「そうですわね! 元々私一人で十分でしたが、その案に乗って差し上げますわ!」


 後方による支援をエルミス殿に頼り、残り二人は自らで攻め立てる。


「来るぞ……!」

「一人は後方……実質的な数の差はそんなに無い!」

「魔力も少し経てば回復する……頼んだ!」


 二人が攻め、向こうも二人が抑える。

 エルミス殿は完全な後方支援に回すようだが、事実その方が得策やも知れぬ。

 他者のそれを超越した回復術。ある種の一方的な攻撃が可能となる。


「土の精よ! 悪戯と共に敵を惑わせ! “土壌大迷宮”!」


「……! 全方位に壁……!」

「戦えぬ者と分断する魂胆か……!」

「なんと狡猾な!」


 エルミス殿の仲間である女性が造り出した土の迷路。

 それによって周囲は困惑し、もう一人が動く。


「優秀な私なら、1vs1で敗れる事はありませんわ!」

「……っ!」


 既に経は読み終えていた。魔力の込められた杖が差し向けられ、高飛車な女子おなごは経の続きを言う。


「──“雷鳴降落槍”!」

「──!」


 一筋のいかづちが降り注ぎ、その者の体を貫き感電させた。

 ゴロゴロという音が遅れて響き、一人の意識が無くなる。


「オイ! 何があった!? オイ!?」

「今、アンタらの仲間が2人(・・)倒されたのさ!」

「おま……」

「既に詠唱は終えているよ! “ロックプロタード”!」


 困惑する一人の足元から大地が突き出し、横転。同時に生き物のように絡み付き、動きを止めた。そのまま締め付け、意識を奪い取る。


「オイ! クソッ……! 全員やられたか……!」

「魔法が一時的に使えないアナタでしたら、私にも勝てます……!」

「この……!」

「キエモンさんなら、素の身体能力だけで終わらせていた事でしょう……!」


 残り一人の方へエルミス殿が行き、簡易的な風と水を放出。

 魔法が使えなくなったその者は成す術無く拘束され、試合が終わった。


「そこまで! 勝者、24班!」


「やった……!」

「やるじゃん。見直したぜ! その規格外な回復魔法!」

「少しはやります事ね。貴女方。認めて差し上げてもよくってよ!」


 上手く分断し、連携を取って勝利を収めたエルミス殿らの班。見事な戦いで御座った。

 そして残るは、自身の力のみが頼りな個人戦に御座る。

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