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其の肆拾肆 取引成立

「ただいま戻った。主らは無事に御座るか?」

「……ほう? テメェがやられるとはな。海龍ミリュウ

「私は負けていない。事実、倒れてはいないだろう。少し疲れただけだ」


 龍娘。名を海龍ミリュウと申すらしい。

 そんな彼女を背負ってきた拙者を見やり、穏健派の者が揶揄からかうように告げて海龍殿は返す。

 確かに倒し切れてはおらぬな。彼女の強がりでは御座らん。


「して、話し合いの方はどうで御座るか? ファベル殿」


「フム、色々話し合った結果、捕虜は返還する事にした。ある程度の情報と交換でな。これは国の上層部のみの機密事項となる」


「そうか。見たところ傷も何もない。様子におかしなところも無し。穏便に事が済んだようだ。」


「ああ。もっとも、現状の“シャラン・トリュ・ウェーテ”のみの戦力では勝てる見込みが少ないと言うのも理由の一つだ。この5人はあちらの国でも上の方らしいが、ただの様子見や使いとして送られた捕虜があの強さだからな。キエモンに聞いた通りの力ならば、この国でも上澄みへとなれるであろう者達の軍隊を相手取るのは愚作と判断した」


「賢明に御座るな。それ程までに悪い条件ながら情報と捕虜を交換出来た。その技量に感銘致す」


「買い被るな。此方側が見逃されたようなものだ」


 話し合いの結果、向こうの条件と引き換えに捕虜を明け渡すらしい。

 聞けばかなり不利な条件をいくつかの情報へと変えたとの事。買い被るなと申されたが、十分な成果に御座ろう。


「けどまあ、少しばかり俺達もテメェらを侮っていた。まさか海龍を単独でここまで追い詰める奴が居るとはな。国の兵士を総動員させても余計な血が流れそうだ。今回の交渉はお互いに利があったと思うぜ」


「私はまだまだ負けてない……」


「強がるのも良いが、誰が見ても現時点でのテメェは負けてる側だ。龍ってのはプライドが高ェな」


「なにっ!? 龍だと!?」

「あの女の子が!? うへぇ~そうなんだぁ~」

「フム、興味深いな。そもそもなぜキエモンの背に乗っているのか……」


 龍と聞き、ファベル殿、フォティア殿、マルテ殿が順に驚きの色を見せる。

 確かに龍と聞けばこの反応も頷ける。紋章などにも描かれている通り、この世界でも龍は神聖な生き物なのだろう。

 その海龍殿は口を開く。


「プライド。即ち誇りを高く持てぬ奴は愚者だ。いいように利用されて朽ち果てるのが関の山。生死か誇りならば私は誇りを優先する」


 誇りの高さ。龍としての気高さ。拙者にも刺さる言葉に御座る。

 おもんみれば拙者に武士としての誇りはあるが、拙者自身にはそれがない。神にも等しき龍の言葉。学ぶ事も多かろう。

 然し、拙者の背で争わないで欲しいものよ。


「して、主らの中で誰に受け渡せば良い? 海龍殿をお返し致そう」


「必要無い。もう自分で歩ける」


「へえ、珍しいな。キエモンっったか? 見たところ……頭の傷からして海龍は脳震盪でも起こしていたんだろうが、それ自体は龍の回復力ならすぐに治る。治ったのは大分前と考え、他者に身を委ねるなんて誇り高き龍らしからぬ行動だ。もしかしたらそいつに惚──」


「余計な事を言うな」


 何かを続けようとした瞬間、海龍殿の水刃が男の体を突き抜けた。

 仲間割れに御座ろうか。然しあの技、拙者の時は使って来なかったの。


「私はただただ単純に、この人間を面白い奴と考えただけよ。我ら龍族は長寿が故に暇を持て余している。その永劫にも思える長き時の中で惰眠を貪る者、戦いに興じる者、日々変わる世界を見届ける者と暇の潰し方は様々。単に彼ならば私の暇潰しに相応しいとそう考えたのさ」


「つまり惚れてんじゃねェか」

「黙っていろ」

「痛っ! テメェ、三度目はねェぞ……!」

「フン」


 今度は水弾にて男が吹き飛ばされた。

 大したダメージも無く起き上がってくるが、海龍殿は軽くあしらう。

 はてさて、何であろうな。この先程までの殺伐とした空気から一変した穏やかな事態は。


「ともあれ、事は解決したように御座るな。穏便に済んで何よりだ」


「まあ、それはそうだな。後は捕虜の受け渡しと、得た情報の整理だ」


 謎の五人衆を“シャラン・トリュ・ウェーテ”の町へ入れる事は無くなった。後は誰かが見張りをし、捕虜を渡すのみ。

 見張り役には拙者が名乗り出よう。


「では、ファベル殿らは捕虜の居る牢へ。拙者が此処に残り、見張りを承り候」


「一人でか? 確かに敵意は無いが、それでも危険かもしれないぞ?」


「問題ありませぬ。万が一、いざという時は己で対処する」


「……そうか。では、フォティア。マルテ。一度街へ戻るぞ」


 此処には拙者が残り、他の者達は町にて呼んでくる。

 妥当なやり方で御座ろう。

 そこへ、マルテ殿が名乗るように口を開いた。


「ファベル騎士団長。私も残る。彼の強さは理解しているが、敵陣にキエモン一人だけは不安があるからな。単純に心配だ」


 それは拙者だけではなく、マルテ殿も場に残るとの事。

 拙者一人を残すのが不安はなのは当然。だが、マルテ殿が危険を冒す必要も無いと思われるが。


「然し、マルテ殿。拙者は別に困らぬが、わざわざマルテ殿が名乗り出る必要も無かろう。一人でも十分に御座る」


「フッ、そうかもな。だがまあ、私がそうしたいだけだ。なぜかは分からないが、君の傍に居たい。居させてくれ」


「フム……そこまで言うのなら止めはせぬが……」


 気持ちの問題。おそらく班長として、部下である拙者の身を案じて下さっているのだろう。

 有り難い事だが、思うところもあり。然れどその気持ちを無下にするのも気が引ける。拙者は了承し、ファベル殿らも頷いて返した。


「そうか。では私達はなるべく早く戻って来る。もう一度言うように敵意は無いが、気を付けてくれ」


「了解した」

「ああ、心得ている」


「いやぁ~、甘酸っぱいねぇ~」

「「……?」」


 ファベル殿の忠告に返し、フォティア殿の去り際に放った言葉に疑問符を浮かべる。

 フォティア殿には特に返さず去り、この場には海龍殿含めた五人と拙者とマルテ殿の二人が残った。


「ハッ、海龍。どうやらライバルは居るようだぜ?」

「何をバカな事を。私はただ、どこまでも暇潰しが出来ればそれで良いんだ」


 向こうでも何かを話している。はて、何で御座ろうか。マルテ殿も少しばかりよそよそしく思える。

 斯様な状況、緊張せぬ方が不思議なモノか。両陣営にとってな。

 それから少しし、ファベル殿らと見張りの騎士が何人かやって来た。


「連れてきた。キエモン、マルテ。何事も無かったか?」

「ファベル殿。問題無い」

「ああ。互いに大人しく、待っていたさ」


「……! …………」


 ファベル殿に返し、マルテ殿が海龍殿を一瞥して睨み付けるように話す。海龍殿も無言で睨み付けて返した。

 惟れば口調など似ている部分も多かったの。それに加え、マルテ殿が得意とする魔法は火と土。海龍殿は水と風。相容れぬ存在なのだろう。


「これで約束は果たした」

「ああ。仲間はしかと受け取った。テメェらは約束をちゃんと守るみてェだな」

「お互いにな。この世界では相手を欺き、騙す事も多々ある。どうやらお前達とはそうならなそうで何よりだ」

「そうだな。……少なくとも今はまだ……な」

「そうらしいな」


 互いに牽制するように話し合う。

 今はまだ敵対関係に非ず。此れ即ち、いずれはそうなるという事の証明。

 元より裏側で掛かって来た者もセレーネ殿とヴェネレ殿の様子を確認しただけ。視察員と言ったところ。

 何がどうあってそうなるのかは不明だが、本陣営は動かぬのだろう。


「んじゃ、互いに深く詮索はしねェ。それで良いか?」

「ああ。それがお互いの利点だ」


 数言だけ交わし、五人衆は光の乗り物へと帰る。

 直ぐに消え去り、気配も無くなった。


「ご苦労だった。キエモン。お陰で話し合いがスムーズに進んだ」


「そうで御座るか。それは良き事。引き付けた甲斐があった」


 ファベル殿に言われ、言葉を返す。

 まだ全てが終わった訳ではなく、疑問点もいくつかある。

 一先ず拙者らも城へと帰り、ファベル殿らが話し合った内容を聞くに限る。

 この場を後にした。



******



 ──“城内”。


「……以上、これらが得た情報だ。雑多に言えばキエモンが視察員から集めた情報と同じ。違うとすれば詳しい出身国くらいだな」


 会議室へと赴き、聞いた内容が話された。

 狙いがヴェネレ殿とセレーネ殿という事。今回は戦闘の意思が無いという事。そしてその国、何処かと問われればそれ自体が疑わしき事である。


「……まさか、“月の国”出身とはな。眉唾物だ」


 ──“月の国”とやら。

 単なる名称か、本当に空に浮かぶ月なのか。そのどちらにしても大層な名であろう。


「私とセレーネちゃんが月に……ねぇ。思い当たる節が全く無いんだけど」


「私も……。忘れてるだけかもしれないけど」


 そこには当然、重要人物となっている二人も呼ばれていた。

 然し乍ら心当たりは無し。疑問しか残らぬ様子。

 ファベル殿は言葉を続ける。


「そうだ。現状は何も分からないが、敵か味方か、国の名は分かった。あの者は誠実。おそらく嘘は吐いてなかろう。故に、今後は“月の国”とやらを探し、情報を集めるとしよう。私も含め、世界中に“シャラン・トリュ・ウェーテ”の騎士達を遠征させ、国の場所を掴む」


「「「はっ!」」」


 その言葉に返事をする。

 出身国の情報と引き換えに返した捕虜。あのままで口は割らなかったと考え、有意義な取り引きであろう。

 国の名を知るのと知らぬのでは大きく違う。


「基本的に寄越すのは数十人。どこかには騎士団長も一人を遠征に向かわせる。後は副団長、軍隊長、隊長が団員を率いての少数部隊で行動する事になろう」


 この中に、まだ拙者は入って御座らん。

 理由はこの国の事も知らぬのに遠征へ寄越す訳にはいかぬから。

 それは当然の考え。そもそもの連携も取れぬ拙者は足手纏いもいいところ。個人の実力だけでは覆せぬのが遠征というものだ。


「話は以上だ。後は団長に副団長、軍隊長や隊長が残り、遠征メンバーを抜擢する。団員の皆は一応の備えをし、変わらず役職を全うするよう心掛けよ!」


「「「はい!」」」


 会議は此れにて終了。忙しなくなりそうで御座るな。

 拙者は他の団員らと交流を深め、連携を取れるようにすべきだ。それだけで戦いは楽になる。


「行こっか。キエモン。ファベルさんもフォティアさんもマルテさんも班長になると思うから残るだろうし」


「そうに御座るな。参ろうぞ、ヴェネレ殿。セレーネ殿」


「うん……」


 やる事もない。食後から少し経ち、これから入浴など一先ずは休憩でもしようと拙者ら“三人”は部屋へと──。


「ちょっと待ってくれ。キエモン。最近君は俺への辺りがキツくなってないか? 勘弁してくれよ……」


「フッ、冗談で御座る。サベル殿。おそらく唯一親しき団員は主。友情を感じている」


「ちょっと待ってくれ。それはそれで恥ずかしい。キエモンってそう言う事を堂々と言うからな……」


「アハハ……サベルさんも苦労してるね」


「ヴェネレ様に心配されるのは名誉ですけど、やっぱり他人行儀ッスか」


「うん。キエモン程親しくないから」

「ズバッと直球ッスね」


 サベル殿は賑やかに御座るな。この様な者が一人居ると班は和やかとなる。この様な存在も貴重な者だ。


 何はともあれ、セレーネ殿回りの事柄。“月の国”からの使者。

 この数日であらゆる事が起こり、少し戸惑う所存。然れど拙者のやる事は変わらず、騎士としての役割を全うする。

 今後にあらゆる課題を残しつつ、その日も終わりを迎えるのだった


 これにて、めでた……くは御座らんな。今回ばかりは。

 何にせよ、また新たな事象が起こりそうに御座る。


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