其の肆拾壱 月夜の来訪者
──“夜”。
「今宵も美しい月が出ているの」
「お、なんだそれは。キエモン。私を誘っているのか?」
「マルテ殿。もう酔うておるのか?」
「君は相変わらずドライだな」
その日の夜、拙者はヴェネレ殿、マルテ殿、フォティア殿、サベル殿、ファベル殿の五人と共に食事の席を設けていた。
皆の都合が合うのは珍しい事。特にフォティア殿とファベル殿、騎士団長の面々は拙者らの中でも随一の忙しなさ。
故にこの様な面子で食事を摂るのは愉快である。
「オイ……あの席……」
「ああ……ファベルさんにフォティアさん……騎士団長を始めとして隊長のマルテさん……錚々たる顔ぶれだ……」
「記憶喪失のセレーネという人も居るな」
「ヴェネレ様に、何かと話題に挙がるアマガミ=キエモンも居る」
「一体どんな関係なんだ……」
此処等は人も少ないのだが、流石にこの者達が集うと目立ってしまうようだな。
拙者の隣に座るサベル殿は肩を掴み、ガックリと己の肩を落としていた。
「ねえ……何で俺だけ話題に挙がらねえの……俺も結構頑張ってるんスけど……」
「フム、やはり何かと地味なのであろう。主らと違い、魔法を使えぬ拙者は嫌でも目立ってしまう。加え、姫君のヴェネレ殿。騎士という役職の上に立つマルテ殿ら。つまり主にはこれと言った特徴が無く──」
「待て。そんな冷静に分析してズバズバ言わないでくれ。傷付く……」
「貶した訳ではない。主は己の役職をしっかりと果たし、良くも悪くもと続けようと思っていたのだが……」
「ハハ……悪気が無くて逆に気を使ってくれているのが分かっているからこそ傷付くんだ……」
「そうか。難しいところよの」
「そう。人は難しいよ。我ながらね」
サベル殿は目立ちたいのだろうか。確かに戦果を挙げれば昇進も近付く。意欲的なのは良い事だ。
そして此方は此方で、目立ちはするが周りの者達も誇り高き騎士。気を使い、寄って来る者は居ないので落ち着いて食事も摂れる。
「しかし、セレーネ殿と申されたな。来て早々刺客に襲われたりと何かと苦労しているようだ」
「……別に……そんなに困ってない……」
「フム、キエモンが居てくれるからか。確かに頼もしくあるだろう」
「滅相もない。ファベル殿」
「フッ、謙遜するでない。お陰で今回の刺客からも助かったのであろう」
「うん……」
城に住んでいる以上、セレーネ殿の事は騎士達にも伝わっている。然し詳しく話したのは拙者とヴェネレ殿のみ。
ファベル殿らとも交流し、親睦も深めて欲しいものよ。
そんな中、フォティア殿が拙者の肩を組む。
「けど、キエモンっちはまた綺麗な人を拾ったねぇ。そう言う星の下に生まれたんじゃない?」
「そう言う星の下? 如何な星の元で御座ろうか」
「見ての通り、鈍感でモテまくってちょー良い調子な感じ!」
「……。サベル殿。異国の言葉故、訳を頼む」
「俺に丸投げしないでくれ……けど、フォティアさんの言い分も理解出来るな。正直羨ましい」
「むぅ……如何なモノか……」
性格は良く、悪人でも無いのだが、何となくフォティア殿には苦手意識があるの。言っている事がさっぱりだ。
然れど無下にするのも心が痛む。はてさて、一体どうするべきか。
「フォティアさん、キエモン困ってるから。あまり困らせないで」
「おっと、悪いね。キエモン。ヴェネレ様に叱られちゃったよ。まさしく正妻の制裁ってね!」
「フォティアさん!?」
「フム、この国でも洒落込む事があるのか。懐かしきものよ」
「キエモンはキエモンで何かのシンパシー感じてるし……」
賑やかな食事だの。ヴェネレ殿が騎士用の食堂に来るのは意外だったが、楽しんでいるなら何よりだ。
元より皆でワイワイ楽しみたいと言っておったからの。
「ふぅ。ごちそうさま」
その後楽しき食事は終わり、食後の挨拶を交わした。
前までは食前と食後に挨拶をする風習は無かったが、ヴェネレ殿やマルテ殿が広めてくださったのだろうか。
何にせよ、食物に感謝するという習慣は善き事で御座ろう。
「さて、これからマルテさん達はどうするの?」
「今日は私の夜番も無い。久々にぐっすりと眠れそうだ」
「ウチはあるんだよねぇ~。お肌が悪くなるし、サイアクー」
「それも仕事だろう。文句を言うでない。フォティア。……私も今日は夜番だが、城ではなく街の方だな」
「俺は普通に休みッスね。ま、所詮は地味な一団員なんで仕事も少ないんスけど」
「そう悲観的になるな。サベル殿。主の頑張りはきっと主君も見てくださる」
「ハハハ、ありがとさん。キエモン」
宴も酣。楽しき時はすぐに過ぎる。
食器類を纏め、この場を後に──。
「……!」
「なんぞ」
──その刹那、空から目映い光が発せられた。
急に昼間にでもなったのだろうかと錯覚する程の光量。拙者らとその場に居合わせた全騎士達が明るい夜空を見上げ、“ばるこにー”へと乗り出した。
「一体なんの光だ!?」
「知るか!」
「怒鳴るな!」
「お前もな!」
「マジでなんだよ!?」
突然の出来事に騎士達は混乱する。
それを余所に光はより強まり、発光に伴って段々と人影のようなものが浮かび上がってきた。
やがてそれが光の乗り物と分かり、地上にいくつかの影が降り立つ。
「何かが降りたぞ」
「え!? 見えたのキエモン!?」
「ウム。人影のようなモノがな。数は五つ。見てくる!」
「あ! キエモン!」
ばるこにーの欄干に足を掛け、飛び降りるように城の屋根へと踏み込む。
瓦ともまた違う屋根を駆け降り、城下町の屋根へと跳び移って更に走り行く。
光と共に現れた何か。食後故に少々体が重いが、大して影響は無い。
「我らも行くぞ。キエモン!」
「そうだねー。なんかゲキヤバって感じだし!」
「ああ。着いて行く!」
「フム、流石に行動が早いで御座るの。お三方」
駆け抜ける拙者の後をファベル殿、フォティア殿、マルテ殿が追い来る。
ヴェネレ殿とセレーネ殿は待機。サベル殿に護れるだろうか……いや、サベル殿も含めてヴェネレ殿に護って貰おうか。
「キエモン。君が人影を見たという場所はどこだ?」
「あの光のすぐ下に御座る。移動しているやも知れぬが、その付近と考えて良いだろう」
「そうか。分かった」
マルテ殿に聞かれ、先程拙者が見た場所を教える。
各々の速度は同じようなもの。すぐに着く。
*****
「──さて、なぜ、どうして、なんでわざわざ私達は地上世界に来なければならないんだ?」
「国の民が捕まっちゃったからね~。色々と調べられるよりも前に助けなきゃ~」
「ならこんな堂々としなくてもいいじゃねェかよ。こっそり隠れ、なるべく戦わねェようにやるべきだぜ!」
「全く、君は、この君は。言葉遣いの割には滅茶苦茶慎重派だな」
「言葉遣いと性格は関係無ェだろーが!」
「良いんじゃないの~? 警戒するに越した事は無いし~」
「まあ、そんな事よりその事より、客が来たようだぞ。構えろ」
「早いね~。凄いね~。頑張るね~」
「チッ、なるべく目立たず戦闘を避けるべきだというのによ……」
──拙者らが辿り着いた時、五人中三人が会話をしていた。
それ自体は聞こえなかったが、仲は悪くない様子。そして各々が強者なのは見て取れる。
「お訊ね申したい。主らは敵か? 目的も言ってくだされ」
「敵かどうかは君達の対応次第。目的は大切な仲間を連れ戻しに来た。それ以外は無い、ただそれだけのたったそれだけだ」
「そうに御座るか」
ならば十中八九捕らえているあの者が原因。然しまさか、たった一日でやって来るとはな。民に優しい国の者達のようだ。
それについては親近感が湧くの。さて、如何程にするか。
「ファベル殿、フォティア殿。此処は拙者やマルテ殿ではなく、主らが決める事と思うぞ」
「ま、そうだねー。ウチらの方が立場は上だし、ここは騎士団長らしくしよっか」
「そうだな。質問に答えてくれたならば会話は成り立つ。後から他の騎士達も来るが、数でも向こうが有利。一先ずは穏便に話し合いで運ばせる」
必ずしも侵入者を排除する為に戦う必要は無い。“シャラン・トリュ・ウェーテ”は強国だが、そうであっても好戦的ではない。
此処はファベル殿の提案の元、相手と話し合うとしよう。
「……そちらの事情を聞き、我らが対処致す。それで良いか?」
「ハッ、そりゃあ良い。事が穏便に運ぶならそれに越したこたァねェ。余計な血が流れないやり取り、理想その物じゃねェか……!」
「おい待て、待て待て、少し待て。そこは“んなまどろっこしい事しねェで物理的にやんぞ!”の流れだろうが。それに、穏便に済まぬ可能性もある。私達は彼らの全てを知らないんだからな」
「アホか。進んで戦いたがるバカがどこにいる。誰でも平和が良いに決まってんだよ戦闘狂。それに、捕虜がまだ生きてる時点で進んで殺生を行う民族じゃねェのも立証済みだ」
一人は友好的だが、一人は思うところありの様子。
両方の意見には一理ある。
まず平和が良いのは誰もが考える事。争いを進んでする者は居ない。
そして拙者らが向こうを信用出来ないように、向こうも此方を信用する事は出来ない。これまた正しき判断。難しい問題よ。
手始めに聞いてみる。
「彼奴の答えられなかった質問に主らは答えられるか?」
「話し合いに越した事はねェが、その質問には答え兼ねんな。こちらとしても目的があんだ。国の機密を易々と漏らす奴は居ねェだろ?」
「そうだな。それについても一理ある」
至極もっともな意見。
此処に来た以上、この者達の国とやらの指示。そして会話は好きなようだが口を割らぬあの者を考え、この国に対しての何らかの目的があるのは明白。
事態は難航しそうに御座るな。
「見たところこの国の見張り役。やはりやっぱり、この場で倒し、活路を開くべきだろう」
「相変わらず血気盛んだね~。嫌いじゃないけど、敵から見たら印象悪いよ~」
「つーか、アンタもウチらを敵って断定してんじゃん。口悪そーな奴しかまともな人居ないの?」
「君も育ちは良くないんじゃないかな~? ちょっと苦手な感じでね~」
「ウチも話が遅いアンタは嫌いだわ」
「気が合うね~。腹立たしい~」
「同意見っしょ」
一人は好戦的。もう一人はフォティア殿と口戦的。
ウム、思った以上に厳しいの。
光と共に降りてきた五人衆。残り二人の全貌は掴めぬが、面倒臭そうなので我関せずと言ったところであろうか。
何はともあれ、進展しなければ始まらぬ。話は此方で進めるとしよう。




