其の肆拾 一段落
「さて、今此処で訊ねるか町の方へ連れ帰るか。どちらに致す?」
「えーと……生きているんだよね?」
「ウム。殺めては御座らん。手は抜いてある」
「あれで手を……相変わらずキエモンは魔法じゃ測れない強さを持っているよ」
意識を奪った後はヴェネレ殿が魔法で拘束した。手足は特に重点的に。
何かされる前に打ち仕留めた故、まだ何かの奥の手があるやも知れぬからの。
「けど、どこで話を聞くかは悩みどころだね。普通にするなら街で聞くのが良いけど、どれくらい意識を失っているのか分からないから無理矢理にでも叩き起こして今のうちに聞くのもありだよね」
「どちらにせよ連れて行くのだろう。一先ず町まで運んではどうだ?」
「うん。詳しい事情聴取は街でするし、運んで移動しながら聞くのが一番かも」
話し合いの結果、この者は町へ連れ帰り、途中で目覚めたらそのまま話を聞く事にした。
嘘を吐かれる可能性を考え、道中では話半分に。
そうと決まれば事を起こす為、拘束そのまま箒に吊るして移動を開始する。
「セレーネ殿とその者を合わせ、計三人。重くは御座らんか?」
「大丈夫! 伊達に魔法の特訓はしていないからね! 大岩も持ち上げられるんだから人三人くらい平気平気!」
「それならば何よりだ」
魔力操作とやらにも長けているヴェネレ殿。
成る程。拙者も吊るされる形ならば彼女らの幅を取らずに共に乗れるの。然し今は持ち物もある故、拙者は走って行く。
会話は終わらせ、拙者がセレーネ殿の宝を担ぎ、全員で帰路に着いた。
*****
「……! うっ……オェ……一体何が……」
「あ、キエモン。この人が目覚めたよ!」
「む? そうか」
少し行き、仕掛けてきた者の意識が戻った。
どうやら吊るされ、激しく揺れた事によって具合が悪くなっているらしい。まだまだ鍛え方が足りぬの。
歩みは止めず、拙者は箒に近い高さの木の上へ移動し、木から木へと跳び移りながらその者へと話し掛ける。
「主は拙者に敗れ、捕らえられたのだ。今現在、町の方へ向かっている」
「あー……オェ……成る程……ね……それで拷問を受けていると言う訳か……」
「フム、確かに拷問にも等しいの。拙者の国では罪人を縛り上げ、晒し者にする罰もあった。然し命を狙ってきた者に対してこれだけで済ませているのは温情だろう。基本的に処される故」
「へえ。死刑だったところをこれだけで済ませるなんて確かに優しいね。それで、生かしている時点で訊ねたい事があるんだろう?」
「ウム。素性についてな」
「嘘は吐き放題だけど?」
「故に話し半分に御座る」
「成る程。実に合理的だ」
具合が悪くとも会話は成立する。これならば話は聞けそうだが、本人の意思を考え確信に至る事は無いだろう。
早速訊ねよう。
「従者と言っておったが、主はセレーネ殿のお目付け役という事に御座るか? そして主らは何処からやって来た?」
「うーん、悪いけど、此方としても事情があるんだ。君達に言えないと言う問題のね。大抵の質問には答えられない」
「フム、難儀で御座るな。痛みや苦痛を与え、拷問などに掛けても先に自ら命を絶ちそうだ」
「鋭いね……魔法を使えないようギチギチに縛り付けているんだろうけど、体内には魔力が流れている。その魔力を先程の鞭にでも変換させれば、僕は僕の肉体を内部から破壊する事が出来る。つまり秘密を守ってこの世を去れるのさ」
「だろうの」
「そこまで……」
「……っ」
その言葉に嘘偽りはない。拙者とヴェネレ殿の反応はともかく、セレーネ殿の表情が変化した。
嘘かどうかを明かす事は出来ぬにせよ、感情を読み取れるセレーネ殿がこの様な面持ちになったという事は、本当にそうするつもりだから。
死なれては元も子も無いが、町に着いたとしても答えられない質問をすれば自害するであろう。
「では答えられる範囲の質問をするしかないの。その答えられる範囲で嘘かどうかを見極めなければならぬ。面倒だ」
「面倒で悪いね。僕にも僕の役目があるんだ。それこそ命を賭けてのね」
「だが、今この場で即座に自害せぬという事は、生きようという気概も一応はあるという事。なるべく死にたくはないのだろう」
「……それはそうだね。答えられる質問だ」
死ぬ事は出来るが、なるべく生きたいとは思うておる様子。それも当然だろう。この者にも帰るべき場所はある。
死にたい者を止めはしないが、死にたくない者を無理に殺める事もせぬ。時と場合によるがの。
「“何処から来たのか”、“従者の意”。それらは言えぬ質問。ならば“セレーネ殿を知っているか”。それはどうだ?」
「答えられるね。彼女を知っている。さて、次の質問は?」
「拙者の実力を見計らっていたの。その理由を教えて貰おう」
「君を見計らっていたのはそう。けど、理由は教えられない……今はね」
「今は、か」
問答を開始する。
セレーネ殿だけではなく、拙者にも着目はしていた。その理由は言えぬという事。
然し意味深長な言い回しよの。今はという事は、時が来れば言えるのだろうか。もしそうならばその時を待つか。
「主の役目はあくまで見張りか?」
「そうだね。君達の監視。それは言える」
「最初に主がやって来た目的は……セレーネ殿だけか?」
「おっと、カマを掛けてきたか。意外と狡猾だね……それなら答えられる言い回しだ。答えはNO。違うよ」
「フム……」
つまり、狙いはセレーネ殿だけではなかったという事。
今までの流れから考えればセレーネ殿と拙者だが、奴は最初から拙者に興味があった訳ではなかった。興味を持ち出したのは拙者と相対してから。
──即ち此奴の目的は、セレーネ殿とヴェネレ殿。
一国の姫君であるヴェネレ殿に狙いを付けるのは分かるが、今日来るとは確定していなかったであろう。
あの藪を訪れた時、この者は拙者ら三人が来た瞬間に気付いたという事となる。
つまり裏側に来た時点か、城を出た時から監視が始まっていたと考えるのが妥当。
謎は深まるばかりだ。
「もちろん、今まで応えた全ての質問が嘘の可能性もある。どう受け取るかは君達次第だ」
「……。一つ言うが、おそらく拙者らの会話はヴェネレ殿らに聞こえておらぬぞ。風を切って進んでおるからの」
「成る程。一本取られた。複数形ではなかったね」
まだ聞きたい事は色々あるが、殆どは答えられぬ質問だろう。そのくらいの事は大凡でも分かる。
故にもう話はない。
「もう会話は終わりかい? 吊るされ揺らされ、退屈なんだ。談笑でもしようじゃないか」
「主は捕虜という扱いになる。仲良くする必要も無かろう。殺める時に気の緩みが生じては精神的苦痛が増える」
「僕を処刑する可能性を考慮してくれてありがとう。心から感謝するよ」
口は減らぬ。戦闘中もずっと話しておったからの。この世界の者達は人間から妖まで、皆が皆、会話が好きらしい。
確かに拙者の国でも昼間は同じ武士の仲間達と集まり談笑をして過ごしていた。皆死したがの。
ともかく、多くは語らぬ。奴との会話はこれにて終わりよ。
「ヴェネレ殿! 少しは情報を収集した! 後は纏めようぞ!」
「OK! じゃあ少し飛ばすよ!」
「ウム」
「あ、僕が酔うから少しはお手柔らかに……っ。オエッ……」
相手の言葉に聞く耳持たず、拙者らは先を急ぐように飛ばす。
この者を揺らし、まずは裏側の町に戻った。
*****
「フフ……大した事……うっぷ……な、ないね……オェ……」
「フム、此処まで強がれる胆力は一人前よの」
「はぁ……なんかどっと疲れた……」
「ヴェネレ殿もご苦労で御座る」
「いやいや、なんのこれしき……」
裏側の町に入り、長老や役人方へ事情を説明して降ろす。
藪へ赴き、着いてからも捜索や避難にて殆ど飛行していたヴェネレ殿の体力。及び魔力を回復させる為、少しは町に滞在する事とした。
「この者は強力な魔法を使う。故に、頑丈な檻と縄は無かろうか」
「ふむ、では小槌を使おう。それならば造れる」
「忝ない」
「いやいや、この街を救ってくれた方々だからの。これくらいはお安いご用じゃ」
長老があらゆる魔法を使えるようになる小槌を使い、鉄よりも遥かに頑丈な牢を造った。
望みの物を造れる小槌。狙われるのも頷ける代物よ。
従者はその牢へ入り、拙者らを見て話す。
「殺風景な牢獄だね。相変わらず体の自由は利かないし、トイレとかに行きたくなったらどうすれば良いのさ?」
「自動的に浄化される魔法を使うた。いくらでも漏らして構わぬよ」
「成る程。そりゃ親切だ」
皮肉混じりに話す。
人も他と同じく催す生き物。故の生理現象。拙者もヴェネレ殿も、先程厠に行き申した。
厠の心配をするのは当然。そして魔法でそれは出来る。誰に見られる訳でもなく、衛生面も悪くなかろう。
「では、ヴェネレ殿とセレーネ殿は見張りを。拙者は町の手伝いをし、あの金銭を長老殿に渡してくる」
「うん。ここは私達に任せて……と言ってもそんなに大きな役柄じゃないね」
「行ってらっしゃい……鬼右衛門……」
自由は完全に奪った。この町にもある魔道具で悪行を目論んでおらぬのも確認済み。そもそもセレーネ殿を連れ帰るのは目的でも無さそうに御座る。
「長老殿。ヴェネレ殿、セレーネ殿からの気持ち。受け取って下され」
「えぇ!? いや、これ程の物を!?」
「ウム。元よりセレーネ殿の私物。町の復興に役立ててくれ」
「あ、ありがたいが……本当に良いのか? それ程の財宝の半分もくれるとは……」
「構わぬ。町を建て直すにも金銭は必要であろう」
「そうか……では頂くとするよ。しかし、全ては受け取れん。半分の半分……そのまた半分だけで良い」
「フム、分かった。更に半分は……外側の恵まれぬ子供らや人々の為に使おう」
元より半分は外側にて子供らに使うつもりだったが、この町用の半分も要らぬらしい。
論じても無意味と判断して引き下がり、残りも外側で使う事にした。加え、セレーネ殿の分も残しておく必要はあるからの。
話はすぐに終わった。その後町の復興を手伝い、ヴェネレ殿の体力も順次回復。空を飛び、拙者らは外側の国“シャラン・トリュ・ウェーテ”へと帰った。
*****
──“シャラン・トリュ・ウェーテ”。
「さて、これから僕はどうなるのかな?」
「このまま檻で生活よの。自害せず、先程答えられなかった質問に答えてくれるのならばその内容次第では解放の目処が立つ」
「成る程。それは無理そうかな。まあ、まだその段階じゃないから国も動かないと思うけど」
「国……主の国か」
「そ、僕の出身国」
長老の造ってくれた檻諸とも運び、城の牢獄へと持って行く。
国その物が行動に関わっている。ヴェネレ殿とセレーネ殿。この二人の存在は如何程なのだろうか。それはまだ分からぬ。
「ふぅ~……これで一件落着だね!」
「そうであるな。牢も長老殿が造って下さったあれがある。見張りも安全圏から常にある故、暫くは安全であろう」
「アハハ……あの牢屋を抱えた状態で正規ルートを……私達がほうきで崖上に登るよりも前に到達しちゃうなんてね……」
「なに、あれくらいは問題無い。飛脚の者達は日本を横断するように手紙などを運んでいたからの」
「日本……キエモンの出身国の大きさが分からないけど、距離があっても手紙と牢屋は重さが段違いのような……」
「そうで御座るか」
「ふふ、そうだよ。魔法でもあんなに持ち上げるのは大変だと思うし」
何にせよ、今回の件は解決したと見て良いだろう。あの者も暫くは抜け出す事も無い。
一先ず一段落は付くのであった。




