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其の参拾玖 藪の中の戦い

「ヴェネレ殿とセレーネ殿は下がってくだされ」

「私も戦えるよ……!」

「えーと……その方は……」


 拙者の主であるヴェネレ殿と関わりのあるセレーネ殿を下げるが、ヴェネレ殿は戦うつもりがあり、セレーネ殿は記憶が曖昧故にあの者を理解していない様子。然し下がってはくれるだろう。

 さて、確かにヴェネレ殿は強き者。然れど奴は未知数。如何様な魔法を使ってくるかも分からぬ故、前線に出すのは得策ではないな。


「記憶の混同はそのまま……それについては問題無し。この世界にも好印象を抱いているようだ」


「その言葉、やはり何かを知っていると見て間違いないな。今一度訊ねるが、どうしても戦わなくてはならぬか?」


「そうだね。僕達としても、君達について知っておきたい事は多々ある。そしてそれを教える訳にはいかない。決定事項さ」


 腕を振るい、刹那に空気が切断された。

 拙者はヴェネレ殿とセレーネ殿の手を引き、斬撃のような力から逃れる。

 射程距離は数里(※1里で約4㎞)に及ぶ程。その距離を一薙ぎで一秒も掛からずに切り裂くと見て良いだろう。

 当然のように走って逃げる事は叶わぬ。やはり正面から迎撃するしかないの。


「ヴェネレ殿も戦えるのは分かるが、ほうきにて空でセレーネ殿と避難して下され。優先すべきは彼女に御座る!」


「う、うん! 分かった! 相手は未知数の斬撃魔法! 気を付けて!」


「承知した!」


 ヴェネレ殿とセレーネ殿は空へ避難。そちらが狙われるよりも前に決着を付けるべきだろう。

 踏み込むと同時に駆け出し、鞘に納めたままの刀を持つ。


「成る程。なるべく人は殺したくない様子。刃物を抜かないか。そして人間離れした瞬発力。護衛としては申し分無い」


「…………」


 拙者の相手は基本的にペラペラと話ながら戦う。だがそれを無視し、鞘に納まった刀を振るって狙った。


「狙いも悪くない。容易に距離を詰められるのは得策じゃないか」


「……」


 飛び退き、そのまま距離を置く。

 離れた場を一瞬で詰め寄り、鞘を突き出した。

 相手はその鞘を逸るようにかわし、両腕を振るって斬撃を放つ。

 左右へ避けるようにいなした拙者は地面を蹴って距離を縮め、再び鞘で突く。


「良い動きだね」

「……」


 その一撃も避けられ、逆に相手の蹴りが飛んでくる。

 咄嵯に左腕で防ぐものの、衝撃により体が後ろへと飛ばされた。

 地面に足を踏ん張らせながら勢いを殺し、体勢を整える。


「距離さえ空けば此方のものだ!」

「……」


 離れたのを見計らい、腕を振るって見えない斬撃を放つ。

 刀も杖も持ち合わせておらず、腕を振るう事で放たれる斬撃。厄介よの。やはり刀を鞘に納めたままでは戦闘に支障をきたすな。

 然し、刀を抜けば相手を殺める可能性が高まる。セレーネ殿の事を聞く為、生かしておかなくてはなるまい。

 なれば峰打ちか。鞘を砕く訳にもいかぬからの。


「仕方あるまい……」

「へえ。遂に刀を抜くか……けど、まだ殺意は感じられない」


 鞘から銀色の刀刃を出し、鞘を腰へ差す。次の刹那に斬撃が飛び交い、それを刀で受けていなした。


「……! 鉄くらいなら切断可能な斬撃を弾いた……成る程。特別製か」


 説明口調で何かを納得するが、些か距離がある故呟くようなその声は届かない。

 構わず拙者は詰め寄り、刀を振るって峰を打ち込む。その者は仰け反るように見切り、拳を突き出す。


「…………」

「この距離でその反応……やるね」


 彼奴あやつの拳は刀で言うところの刺突。振るえば裂け、突けば刺さる。

 この者の腕はさながら刃の如し。然れど受けぬ様子から、腕その物が刀になっている訳ではなさそうに御座る。

 ヴェネレ殿に魔法のなんたるかは教えて頂いた。魔力を変換し、様々な現象を引き起こす事柄。此れ即ち、この者は魔力を刃と化しているのであろう。


「……」

「……っ。何も峰で打つだけでもない……か……!」


 柄をもちいて腹部を突き、少しの距離を引き離す。瞬時に詰め寄り、隙を突いて峰でその者の右腕を打ち抜いた。

 然し、当たったのだが妙な感触。魔力を腕に流し、弾くように防いだのだろう。便利なものよ。


「刀一本で僕と張り合う騎士が居るとはね。そもそも今時刀を使っているのなんて初めて見たよ」


「…………」


 戦闘中にも関わらず話続ける。一応耳には入れておくが、聞く気はあまり無い。

 他人の話は聞くべきだろう。然れど敵の話は関わりが深いモノ以外聞く意味が無い。

 再び駆け、敵の眼前へと迫る。


「さっきは会話してくれたのに、冷たい人だね。まあ、刀を使う君の戦い方は近接戦闘。僕とは距離を詰めなきゃならないし、話ながら動くのは余計な体力を消費しちゃうかもね」


「…………」


 言葉を紡ぎつつ後へ下がり、詰め寄る拙者に向けて鞭のような斬撃を放出。

 これだけならば今までと同じ。然しその軌道が些か歪であった。


「……」

「それそれそーれ!」


 縦、横、斜面、あらゆる方向から確実に二つ以上の斬撃が斬り込まれる。

 それらを避け、かわし、いなしつつ相手の動きを確認。よく見れば腕を振るうのみならず、微かに指も動いておるの。

 成る程。十本の斬撃を操っておるのか。


「……」

「……! お、動きが変わった(……気付いたみたいだね。僕の魔力の軌道から察したのか? 鋭い観察眼だ)」


 呟くように言い、少し静かになる。何かを思案でもしているのだろう。

 種は分かったが、高速で放たれる斬撃の鞭。手強い事には変わりないの。


「まあ、気付いたところで対処法は限られてるけど!」

「…………」


 瞬くように鞭が振るわれ、刹那の間隔で地面が抉れる。

 目には見えぬが狙いは拙者。そして自分自身の避けそうな方向を惟れば躱せぬ事もない。最小限の動きで見切り、奴の元へ行く。


「牽制は意味無し。距離を離してもすぐに詰め寄られる。この身体能力と魔法を使って来ない戦法……本当にこの世界の人間か?」


 話ながら背後の木に鞭を伸ばし、枝へと巻き付けてまた距離を置く。

 頻繁に拙者から離れている事からすらに、近接戦闘は然して得意でもない様子。

 そして彼奴あやつの斬撃は刃ではなく、鞭からの派生だったようで御座るな。魔力を鞭のように扱っているのであろう。

 そうであったとしても出力と範囲は目を見張るものがあるが。


「まあ、魔法を使って来ないのはブラフの可能性もあるし、警戒するに越した事はないか……」


「魔法か」


「そうか。相手はキエモンが魔法を使えないのは知らないんだ。だからそんなに攻めず、防戦に集中している……何をしてくるか分からないから……!」


 どうやら相手は拙者が魔法を使えぬ事を存じていない様子。空中ではヴェネレ殿も何かを考えている様子。声は届かぬが。

 辺りに緊張が走り、一瞬だけ静まり返った。


「拙者、魔法は使えぬ。故に刀のみでの立ち合いをしておる」

「……え?」

「キエモンンン!? ちょっと! それ!」


 一対一サシの立ち合いで騙しながら戦うのは悪い。正々堂々と向き合おうぞ。

 先程は聞こえなかったヴェネレ殿の声も拙者の耳へ入る。その者は困惑していた。


「えーと……そうなの? それって言わない方が有利だった気もするんだけど……」


「何を言うておる。戦に裏切りは付き物だが、拙者としては堂々と相見えたい所存」


「馬鹿正直だな。どこの世界でも正直者は不幸になるって知らないのかい?」


「拙者の国では正直者が報われる伝承が多いがの」


「それは現実がそうじゃないからこそ、そうであって欲しいって願望だよ。本当に変な奴だ。なのに無駄に強い……まあ、これならしばらくは大丈夫そうだけど」


「何を言うておる」

「僕としての役職に関する事さ。お目付け役なんでね」

「そうか」


 やはりセレーネ殿のお目付け役という事に御座ろうか。

 ほぼ核心的な事を教えてくれたの。一体何が目的なのかは今でも分からぬ。


「事は順調……後は護衛の君がどれ程までやれるのかを確かめておこうか……」


「先程から戦闘をしているだろうに」


「いいや、違うさ。だってさっきまでは魔法を警戒していて攻め切れなかったからね。ここからが本番だ」


「視認出来る程の鞭か」


 魔力を束ね、先程までは目に見えなかったが今度は目にする事が可能な程のモノとなった。

 枷が無くなったとも取れる。故に此処からが本番であろう。


「遠慮無く攻めさせて貰う!」


 束ねられた鞭が一直線に突き進み、移動による余波で空気の膜が取り囲み、周囲を抉って抜ける。

 それを紙一重で避け、遅れて鞭の射出音が響いた。


「速さは音速の数倍。普通の鞭ですら音速を超えるんだ。魔力からなる僕の鞭をいなせるかな?」

「…………」


 音速とな。確かに速いが、それは馬よりも速いのだろうか。何を言うておるのかさっぱり分からぬ。

 然し見切れぬ速度ではなく、避けるだけなら容易だ。


「……」

「構わず突き抜けてくるか。いいね。だったらこっちもやってやるさ! “音速包囲網”!」


 鞭が散り、全方位から拙者を囲う。

 包囲網。言い得て妙。これは鞭ではなく網だからの。

 だが、どうと言う事はない。


「へえ……これも避けるか。……けど!」

「……!」


 足元から一筋の鞭が伸び、刃のように貫いた。

 直撃はしておらず、掠めただけ。然し奴は地面の中からも自由に仕掛けられるのだろう。


「運良く避けただけ。これで決まるな!」

「……」


 十本の鞭が更に枝分かれし、更なる網が形成される。

 周囲の木々や空気は切断され、遅れるように衝撃音が響き渡る。軌跡と音。それらにズレが生じ、少しばかり避けにくいの。


「ハッハッ! さあ、君には資格があるかな!」

「……」


 資格。セレーネ殿らを護る資格に御座ろうか。それならば持ち合わせていると思っているがの。

 鞭が横を抜け、頬が斬れる。血の流れる感覚が伝わった。

 面倒。拙者に触れる事の出来る鞭であるならば、拙者がそれを斬れば良いだけ。


「…………」

「……! 止まった……? 諦めた訳じゃなさそうだね……」


 その場に停止し、拙者に降り掛かるモノのみをのらりくらりと避ける。全てを纏めて切り裂くには、根本を断つのが一番に御座ろう。


「キエモン! 止まっちゃダメ! 逃げて!」

「鬼右衛門……」


「…………」


「お望みならば、トドメを刺してあげるよ!」


 ヴェネレ殿の声とセレーネ殿の声のみが聞こえる。奴も何か言うたであろうか? その様な物、どうでも良かろう。

 踏み込み、音の出所を確認。遅れている事を前提とし、全てが重なり合い、一つになった時点で行動に移る。

 それは、今。


「……!」


 重なった鞭を裁ち、彼の者の背後に立つ。既に事は済ませた。

 刀が捉え、奴を打ち抜く。

 刀を振って鞘に納め、その者に告げた。


「……。峰打ちだ。命までは取らぬ」

「今の……気迫……魔力……? いや……間違いなく……神の……」


 何かを言おうとした瞬間、意識が飛んで倒れる。

 峰打ちでも当たり処が悪ければ死ぬ。故に、当てる瞬間は力を一気に落とした。

 この者にはまだ聞きたい事があるからの。


「ヴェネレ殿。セレーネ殿。終わり申した」

「はあ……心臓に悪いよ……キエモン……」

「うん……ドキドキした……」


 心配は掛けてしまったが、結果的に少し掠めた程度の傷で済んだ。これ程の使い手を相手に上々だろう。

 セレーネ殿の手掛かりを探しに来た藪。そこで何かを知ってそうな者と相対し、打ち倒す。

 立ち合いは此れにて終幕に御座ろう。

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