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其の参 拙者、城へと招かれる

「それではキエモン様。準備はよろしいですね? これから貴方へいくつか質問を致します」


「ウム。構わぬで御座る」


 女子おなごが準備を終え、拙者に改めて向き直る。

 何やら神妙な面持ちで御座ったが、曲者くせものの可能性を思えば当然の事。一時は殿に仕えていた拙者もの程度の事は分かる。


「まず、改めて名前を教えて下さい」

「天神鬼右衛門と申す」

「ヴェネレ様とは発音が違いますね。国籍はこの国ではない事が分かりました」


「……では、次は出身国をお教え下さい」

「日本でそうろう。ヴェネレ殿には日本が“日出処國ひいづるところのくに”という事と、“倭國わこく”や“黄金の国”と云われていた事も御教え申した」

「成る程。国の名とその別名。細かい情報提供、ありがとうございます」


「ではお次に、貴方はなぜこの街へ?」

「このみやこの外にて路頭に迷っていた所をヴェネレ殿に助けられた」

「なぜ外部に?」

「分からぬ。気付いたら此処に御座った」

「それについては黙秘……しかし嘘や隠し事がある訳ではなく、本当に分からないみたいですね」


「そして次は──」


 その後、拙者は様々な問い掛けを受けた。

 国の位置や拙者の役職。位置は東。役職は無し。全て嘘偽りなく赤裸々に応え申す。無論の事、れだけではなく簡易的な事や国を治める者の名など様々。

 そう言った問答を終えた女子おなごは絵を消し去り、改めて拙者とヴェネレ殿に向き直る。


「お疲れ様でした。ある程度の情報はまとまりましたけど、残念ながらまだ入国の許可は出せませんね。役職が無い事と国の名。何の目的でここに来たのか。それについての詳細が分かりませんでしたので敵国の諜報の可能性もありますから。……しかし、嘘は言っていません。真偽を定める魔法も使いましたので。つまり完全な入国拒否は出来ず、一旦厳重な監視の元、お城へと向かって王様の許可を得る必要がございますね」


「やっぱりそうなるよね。分かっていたけどさ。まあ、キエモンの情報が色々分かったのは良いかな。キエモン。これからお城に行く事になるけど良い?」


「城となると、この街を治める主君がられる場所か。その様な目上の存在に余所者よそものである拙者が会っても良いのか疑問であるが、拙者には行く当ても目的も無し。ウム、共にさんたてまつそうろう


「OK。……って事で、キエモンも行くってさ!」


「い、今のが共に行くという意味ですか。分かりました。王には私奴わたくしめから伝えておきましょう」


 れにて拙者はヴェネレ殿の案内の元、“シャラン・トリュ・ウェーテ”の城へと向かう事になった。

 城か。殿に呼ばれ、何度か行った事はあるが改めなければなるまい。この様な服装で良き事かも疑問だ。言葉遣いとやらもヴェネレ殿に合わせた方が良いのだろうか。

 国に入るには後は殿の許しを得る事が条件。拙者達は活気のあるレンガとやらが使われている歩廊を行き、城へと歩みを進めた。



*****



「到着っと。キエモン。殿様って言う、私達で言うところの王様に仕えていたなら分かっていると思うけど、ここでは態度に気を付けてね。王様は温厚だけど、周りの兵士達が問題だから……」


「ウム。分かっておる。有り体に言えばヴェネレ殿と同じような立ち振舞いをすれば良いのであろう?」


「分かっているなら良いんだ。じゃあ、気を付けてね」


 数刻もせぬうちに目的地の城へと着き、ヴェネレ殿から忠告を受けて拙者達は小道を進んで堀に架けられたレンガからなる橋を渡り、城の中へと入る。

 城の中は拙者が知るような物とは大きく違う。さながら竜宮城の如く豪華絢爛な内装。赤い織物おりものが真っ直ぐに敷かれており、道筋を現していた。

 壁には景色や人々の描かれた絵が飾られ、鉄からなる頭や身体に纏う衣服のような物が健在している。おそらくあれは鎧の類いで御座ろう。

 鉄の鎧。拙者の知る鎧は胸など重要な箇所のみに着用して刀や矢を防いだり機動性を高めるような代物で御座ったが、あれでは自由に動けなさそうで御座るな。


「……? キエモン。何か気になる物でもあった?」


「少しな。彼処あそこにある鎧。これがこの国の戦着かどうか気になった」


「あー、あれ? あれは昔……まだ魔法が発展していなかった時代の鎧だよ。今はただの装飾品。頑丈なのは頑丈なんだけど、重くて動きにくいからね。普通の衣服を魔法で強化した方が、強度は鉄より少し下がるけど機動性が高くなって魔法使いからしたら扱いやすいんだ」


「成る程……この国に合わせられた武具という訳で御座るか」


 ヴェネレ殿曰く、古来に使われていた鎧との事。妖術が中心となったこの世界には無用の長物という事であろう。

 色々と興味の引かるる物は多い。然し余所見せず、ヴェネレ殿と共に参る。此処にては立ち合いも御座らん筈。故にヴェネレ殿を三歩後ろに下げ、蛮族ばんぞくから護る必要も無かろう。

 暫く進み、拙者達は城の門を彷彿とさせる大きさの扉の前へと到達した。


「ここから先が王様の部屋。……いい、キエモン? 王様の前では失礼が無いようにね!」


「心得ている」

「オーケー!」


 うやら此処が主君の居る座敷の様子。

 ヴェネレ殿に念を押され、拙者は頷いて返した。

 門の前には何人かの兵も居る。武器のような物は杖しか持っていないが、妖術使いであるこの者達にとっては刀や槍は必要としていないのであろう。


「……。シュトラール=ヴェネレ。戻りました。役所から既に報告はある筈。王様に御用があります」


「御待ちしておりました。ヴェネレ様。そちらの方が旅人のアマガミ=キエモン様ですね。門を開けます」


「はい。お願いします」


 ヴェネレ殿が兵と言葉を交わす。

 成る程。拙者は“旅人”という名目でこの都で預かる事になったようだ。

 元より既に主君に仕えぬ浪士ろうしのようなもの。妥当な役職で御座ろう。


「じゃあキエモン。行くよ」

「相分かった。共に参ろう」


 門が開き、ヴェネレ殿と拙者は座敷へ足を踏み入れる。いや、此処では畳を見ておらぬな。座敷と呼んで良いのだろうか。……気にする事も無かろう。

 拙者達は主君の前へと参った。



*****



「「「ヴェネレ様。キエモン様。どうぞお入りください!」」」


「フム、凄まじき圧で御座るな」

「行くよ……」


 入るや否や、兵達が拙者とヴェネレ殿を迎える。見たところ敵意も無い。緊張はあれど、事が荒立つことは無さそうで御座るな。

 拙者らは絢爛けんらんな椅子の前へとやって参った。


「えーと……それでキエモン。何で靴を脱いで座っているのかな?」


「うむ? 建物の中では草履ぞうりや下駄を脱ぐのが当然の習わしでは御座らぬのか?」


 拙者はその場に草履を脱いでしたが、ヴェネレ殿が何やら気になった様子。小首を傾げておたずね申された。

 何を言うておるので御座ろうか。拙者は礼儀作法を全うしたに過ぎぬのだが。


「あー……それはキエモンの故郷での礼儀かな。ここでは別に建物の中では靴を脱ぐ事も無いんだ。それと、食事とかじゃないなら立って話すんだよ」


「フム、そうで御座ったか。失敬千万。気を付け致し候」


「アハハ……さっきも言ったように、ここでは私と同じ態度を取ってね」


「うむ、今度こそ心得た」


 苦笑を浮かべて告げるヴェネレ殿。

 此処と拙者の故郷の礼儀作法には相違点があるようだ。

 然し、郷に入っては郷に従えと申す。改めて気を付けるとしよう。


「よく来た。ヴェネレ。そして異界からの来訪者よ」


 そして暫し経過し、年を経た尊老そんろうが御目見え致した。この者が国を治める主君で御座ろう。

 拙者は会釈し、ヴェネレ殿が疑問をぶつけるように訊ねた。


「異界……ですか? キエモンが?」


「フッ、キエモンとやらはその名以外、全てに置いて不明と聞いた。ならば考えられるのは“裏側”の住人か“異界”からの住人の他にあるまい」


 主君とヴェネレ殿が会話を執り行う。

 この場は拙者が口を挟んでも混乱させるだけ。暫しの間、主君とヴェネレ殿の話しが済むまで口を慎むべきであろう。

 尤も、主君が拙者と会話を試みるのならば話は別だが。


「して、キエモンよ。ワシとヴェネレの会話、静聴してくれたのだろう。ありがとう。主の話、申してみよ」


「はっ、殿。拙者の話は幾ばくか長くなり申し奉り候。心してお聞き下され」

「……? 変わった言葉遣いだな」

「ちょっと、キエモン……!」

「おっと失敬。此処はヴェネレ殿と同じように……」


 ヴェネレ殿が若干の慌て振りを見せる。

 忘れて御座った。此処はヴェネレ殿と同じように話す場。此処に来てから直す事が多く、礼儀は礼儀であっても拙者の故郷の礼儀ではいかぬのだ。

 先のヴェネレ殿の言葉を思い出し、一呼吸終えて拙者は主君へ告げる。


「ゴホン。──王様。ワタシの名前はキエモンって言うノ。よろしくネ」


「……は?」

「「「……!?」」」

「キエモンンンン!?」


「む? どうか致したか?」


 拙者の言葉を聞き、目に見えて驚愕致す主君と兵達。そしてヴェネレ殿。

 はてさて、一体どうしたので御座ろうか。拙者はヴェネレ殿に申された通り、ヴェネレ殿と同じように話した筈だが。


「そうじゃないよキエモン! 厳密に言えば王様と会ってからの私の真似で……!」


「成る程。拙者が今までに見ていたヴェネレ殿ではなく、此処に参ってからのヴェネレ殿で御座ったか。これは失礼した」


「謝るのは私にじゃなくて王様に!」


「ハッハッハ! 愉快な者だな! 確かにこの国の者ではないようだが、それとは別に面白い奴だ!」


 拙者とヴェネレ殿のやり取りを見、声を上げて豪快に笑う主君。

 ヴェネレ殿は何やら焦って御座ったが、主君を不快にはしなかったようだ。


「ヴェネレよ。面白い男を見つけてきたな。急に男を連れて来ると言うからどうしたものかと思ったが、この男なら良いだろう。その付き合い、私が直々に認め──」


「違うよ! パパ!」

「パパ……?」

「はっ……!」


 パパ……? また南蛮の言葉やも知れぬ。しかしこの態度を見るに、ヴェネレ殿と主君は何かしらの関係がある様子。

 深入りは失礼に当たるやもしれぬが、此処は敢えて訊ねるとしよう。


「ヴェネレ殿。“パパ”というのは?」

「違っ……! 違くないけど、お父さん……ううん。父上の事だよ!」

「父上……成る程。主君はヴェネレ殿の父君で御座ったか。ればヴェネレ殿を姫君……ヴェネレ御前と御呼びせねばなりませぬな」

「あ、いや別にヴェネレのままで良いよ。ヴェネレ殿って言うのも気になるけど……取り敢えず今のままで居て」

「そうか。分かり申した」


 謎は解けた。さながら学問にて計算を解いた時の如く納得致す。

 主君はヴェネレ殿の父君。道理でヴェネレ殿がいくらか寛いでいる様子。此処はヴェネレ殿の城であったか。


「ホッホッ。そうじゃ。ヴェネレは私の娘だ。この場で面と向かって会う時はヴェネレも気を遣ってこの様な態度になるんだが、やはり慣れなくてな。それと、話は変わるが元の性格も相まってまだ婿候補も居ない。それで今回男を連れて来ると聞き、もしかしたら何かしらの覚悟が生まれたと思ったのだが、どうやらそれも違うようだった。ヴェネレももう17。そろそろ誰かにとつぐ頃合いだと思うんだが、自分より弱い男は嫌だと候補の男性はことごとく返り討ちに遭ってな。本来は15で相手を見つける筈なのにの」


「成る程。跡目というものは名声と財。国としての現状の平和を永劫に渡って継続させる為に必要な事。主君も苦労なされているようで」


「おお、分かってくれるか。キエモンよ。その様子、どの国でも上の立場になると跡目問題に困っているのだな」


「ちょっと! 二人で盛り上がらないでよ! 何百年も前ならともかく、15で結婚はいくらなんでも早いから! それに、まだまだ現役のパ……父上が気にする事でもないでしょ!」


 自分の名と平和を守る為にも必要な跡目。確かに目上の立場の者はその様な苦労が窺える。

 拙者が仕えていた殿もそれについて苦言を申された事も屡々(しばしば)あった。

 ヴェネレ殿は活発な娘。そう言ったモノに縛られるのもあまり好いてはいないのであろう。


「それに、キエモンは成り行きで会っただけで魔法も使えないんだよ? あ、気を悪くしたらごめんね。……だから私より強い訳でもないし……」


「ヴェネレは昔から魔法の才能に溢れていたからな。5歳の時に中級魔法を会得したと聞いた時は流石に耳を疑った。だが、やはり父として早いところ安心させて貰いたいのだがな……」


「それとこれとはまた別! 私の道は私が決めるから、父上は気にしないで!」


 年頃から考えてもヴェネレ殿の気持ちも分かる。十七の割にはいささか活発が過ぎるが、拙者の国とは文化が違うので納得も出来る。

 そうだ。……と主君は何かを閃いたように拙者の方を見やった。


「フム……それならキエモン殿。一つ提案があるんだが……」


「……?」


 提案とは如何様なものであろうか。拙者が疑問を浮かべ、主君は申された。


「キエモン殿。城の騎士達と戦ってみてはくれないか?」


「……!? ちょっと!」


 唐突に申された言葉に、ヴェネレ殿は困惑したように返す。が、主君は変わらず言葉を続けた。


「私も長い事強者(つわもの)達を見てきた。たたずまいに態度。その事からキエモン殿もかなり腕の立つ者という事が窺えられる。行く当ても無いのなら、その実力次第ではこの城の騎士になって貰いたい。他国での戦争が終わらぬ今の世界。この国にもいつ戦火がやって来るかは分からないからな。無論、断ってくれても構わない。命の危険が伴う役職だ。戦うだけが職ではなく、一人一人、必ずやれる事はある」


 拙者の立ち振舞いを評価し、兵への挑戦を申される主君。いささか過大評価されているやも知れぬが、拙者からすれば有り難きもの。

 事実、行く当てが無いのはまこと。それならばこの申し出、受けない他に無いだろう。


「相分かった。拙者、行く当ても故郷も無きに候。その申し出、受けて奉る」


「キエモン!?」

「ハッハッハ! 本当に面白い者だ! 肝が座っている!」


 ヴェネレ殿の声は主君の声に掻き消され、その豪快な笑い声が響き渡る。

 ヴェネレ殿の案内によって城に招かれた拙者は、主君の兵と相対する事になった。

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