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其の参拾捌 藪での出来事

「……。ヴェネレも行くの……?」

「そりゃあね。友達の記憶を探るんだもん。行かない訳にはいかないよ!」

「ふふ、ありがと」


 ──翌日、拙者とセレーネ殿はまた“裏側”に赴く準備をし、そこにはヴェネレ殿も加わっていた。

 理由は友だから。同行するには十分なものだろう。友の素性は気になるものだ。


「行くのは私達だけになりそうかな?」


「そうで御座るな。マルテ殿は今朝まで見張りをしていた故、昼間は休んでおられる。サベル殿は個人任務。エルミス殿は騎士になる為の修行中。ファベル殿、フォティア殿は騎士団長故に多忙。諸々の理由から拙者らだけよの」


 裏側の藪へ向かうのは拙者らのみだが、特に不安も無い。裏側では妖も見ておらぬからな。

 準備を終えて裏側へと赴き、入り口に踏み込む。今日の景色は黄昏時を彷彿とさせる妖しい色合い。現時点の時刻はどちらかと言えば朝なのだが、場所も時間も入る度に変わる。相も変わらず不思議な空間よ。


「まだ起きたばかりなのに夕方なんて、何だか不思議な気分。夜更かししてつい寝過ごした日でもこんな時間にはならないよ」


「夜更かしとな? 夜遅くまでやっておる事があるのか。ヴェネレ殿」


「まあね~。魔法の勉強とか、気が付いたら朝になっている事が多くて……あ、魔力の消費も多いから夕方に目が覚める事もあるかも」


「もはや夜更けという領域を越えておるの」


 自堕落と言う訳ではなく、己に厳しい課題を与えるからこそ睡眠時間が足りなくなっているのだろう。

 ともかく、その様な夕刻を感じさせる場所から高台に行き、一気に降下する。

 拙者はそのままでも問題無い。ヴェネレ殿なら拙者とセレーネ殿の二人を連れて行けるだろうが、なるべく負担を減らす為にも飛び降りるように行く。

 直ぐに町の前へと辿り着き、記憶を頼りに拙者が案内をする。


「此処を真っ直ぐ進み……いや、口で言うより直接行った方が早いの。セレーネ殿はヴェネレ殿のほうきに乗せて貰った方が良い。拙者は地に着けて駆ける故、かなり揺れるからの」


「だってさ。掴まって、セレーネちゃん」

「うん……」


 セレーネ殿はヴェネレ殿にお任せする。

 前は気を失っていたので拙者が運んだが、衝撃は大きいので箒に乗れるなら乗せた方が良いであろう。

 ヴェネレ殿に手を引かれて座り、拙者は駆け抜けその後を二人は続いた。


「結構距離はある? 私達に気を使わず飛ばしても良いよ。キエモン」

「そうか。半日は掛かる。少し飛ばそう」

「OK。足で行くキエモンには負けないんだから!」


 少し速度を上げ、整備されておらぬ道を風を切って駆け抜ける。

 森を抜け、草原を抜け、ヴェネレ殿らがその後を続き、セレーネ殿を見つけた藪に到達した。


「ここがその場所ね。セレーネちゃんが居たのはどの辺り?」


「そうで御座るな……ウム、資材を集めていた故、近くの木々は斬り倒されている。それなりに目立つ所であろう」


「OK。それなら空から探した方が良さそうかな。二人は下で手掛かり的なの探してみて!」


「ウム、了解した」


 そう言い、ヴェネレ殿は空にて見回す。

 拙者とセレーネ殿も辺りを探し、切り倒された木々の付近を見つけ、何も見つからなかった。


「何もないの。この辺りだと思うたが、そうであったとしてもセレーネ殿の手掛かりは無さそうに御座る」

「うん……そうみたい……」

「空からも見て回ったけど手掛かり無いよ~」


 予想よりも遥かに何もない。

 これは完全に手詰まりよの。

 そこへ、ふと思い出したようにヴェネレ殿が話した。


「あ、そう言えば何かキラキラ光っている物があったよ。目を凝らしてもよく分からなかったけど、そこに行ってみる?」

「光る物……成る程の。何もない現状、少しの手掛かりでも欲しいところだ。是非とも参ろう」


「よし、決まり。着いてきて」

「ウム」

「うん……」


 ヴェネレ殿が見つけたと言う光る物。

 日の光が反射したのかガラス片か、何にしてもあった方が良いだろう。

 ヴェネレ殿を追うように進み、その場所へとやって来た。


「これは……」

「へえ……」

「……」


 ──そこにあった物は、金銀財宝。宝石類など多種多様の宝。

 藪の木が隠すように取り囲んでおり、金塊、鮮やかな宝石、きらびやかな品々があった。


「凄い……宝の山だ……!」

「そうで御座るな。これだけあれば一生を豪遊して暮らせる程だ」

「…………」


 金銀や宝石の価値は拙者にも分かる。拙者とヴェネレ殿は若干胸が高鳴り、セレーネ殿が何も言わずに此方を見つめる。

 確認の程をしておこう。


「セレーネ殿。これらに心当たりは? これ程の宝となれば、必ず持ち主が居ると思われるが」


「うん、そうだね。流石にこんな宝を放置なんてしないだろうし、朧気な記憶とか無いかな?」


「……」


 二人が訊ね、セレーネ殿は顎に手を当てて思案する。

 空を見上げて腕を組み、ハッとしたように手を叩いて拙者らへ視線を向けた。


「多分コレ……私の……」

「「……!?」」


 その言葉に拙者とヴェネレ殿は目を見開いて驚愕する。互いに顔を見合わせ、再びセレーネ殿へ視線を向ける。

 この宝全てがセレーネ殿の物。それが本当ならばとてつもない大金持ちだ。


「それは誠か? 何か思い出した事が?」


「うん……。少しモヤが掛かっている感じだけど……この袋を手渡されてどこかに行った記憶がある……」


「成る程……ならばこれは間違いなく主の所有物という事になる」


 旅などの資金だろうか。それとも使いに出されたか。

 どちらにせよ、これ程の宝を渡せる財力ならばセレーネ殿も姫君のような立場にあったのか、国を動かす程に大きな役割を担っていたかのいずれかだの。

 セレーネ殿は拙者らの方を見て話す。


「旅の資金だと思う……。記憶の中にお使いに関する物は全く無いけど……どこかに行って、見てきてって言われた記憶はある……」


「何処か……それが“裏側”か“表側”の世界のいずれかとすれば視察が目的だった可能性もあるの。それにしてもこの宝は過保護に思えるが」


 何処かの国から派遣された視察団の可能性も浮上して来た。

 そこまで話、今もなお止む事無く光を放ち輝き続ける宝を見て更に話す。


「この宝……今の私じゃ使い道が思い付かないから二人にあげる……倒れていた所を助けてくれたから……そのお礼も兼ねて……」


「なんと!?」

「ウソッ!? いいの!?」


 宝を授けるとの事。

 理由は今しがた告げられた通り。

 いくらなんでもお人好し過ぎるに御座るな。確かに倒れていた所を拾いはしたが、それだけでこれ程の宝物を与えるとは。

 セレーネ殿は頷く。


「うん……それが一番良いって私が決めた……。恩を売るとかそんなんじゃない……純粋な気持ち……」


「むぅ……」

「セレーネちゃん……」


 受け取らぬつもりだったが、純粋な気持ちと言われたら無下にするのも思うところあり。

 今後、セレーネ殿が帰る時の金銭問題はどうなるのであろうか。募る不安は多々あれど、此処でこれらを授けられるのは大きな恩恵にもなりうる。


「流石に……断れないかな……」

「ウム、そうであるな。何も今すぐ全てを使い果たす訳でも無かろう」


 ヴェネレ殿が小声で言い、拙者も納得する。

 記憶を全て思い出し、国に帰る事があった場合、ある程度なら返す事も出来る。今はこの恩恵に身を委ねるとしよう。


「では、セレーネ殿。有り難く頂戴致す」

「ありがとう。セレーネちゃん」

「うん……こんな形でだけど……少しは恩返し出来たならそれで良い……」


 何とも懐深きお方。

 記憶はなくとも基本的な知識はある。金銀財宝がどれ程の価値なのかも心得ているだろう。

 拙者とヴェネレ殿は顔を見合わせた。


「けど、これで街の復興資金とか、貧しくて食べる物に困っている人達に支援出来るね!」


「そうであるな。少しずつだが世界を良い方向へ運べるやも知れぬ」


「うん! お城の方で賄えるのは限りがあるし、この資金はみんなの為に大きな収穫だよ!」


 これだけあれば世界を少しだけ進める事も出来る。

 そんな拙者らの言葉を耳にし、今度はセレーネ殿が驚いたような表情をしていた。


「いいの……? 二人とも……そのお金があれば二人がもっと楽になるのに……」


「拙者は今の暮らしに満足しておる。既に恵まれている拙者より、この世に生を受けて恵まれぬ者達の支援をした方が良いだろう」


「うん。私のお城の生活もごはん食べたりお風呂入ったり、貧民層に比べたら遥かに贅沢。自分だけが良い思いをするんじゃなくて、みんなに良い思いをさせてあげたいんだ!」


「…………」


 拙者とヴェネレ殿の意見は合致した。

 セレーネ殿は目を丸くして言葉に詰まり、ゆっくりと顔をあげる。

 そして口を開いた。


「……私……やっぱり二人が好き……この世界とも仲良くしたい……」

「そ、そんな急に言われても照れるなぁ……って、世界と? それってどういう──」


 ヴェネレ殿が訊ねようとした刹那、嫌な気を感じた。

 拙者は二人に飛び掛かり、頭を抑えて身を低くさせる。


「二人とも。危険に御座る!」

「え!?」

「……」


 お二人の衣服を汚し、少しだが痛みを与えてしまった。武士として情けぬ事よ。

 その直後に藪が切り払われ、大きく砂塵を上げて拓けた土地と化した。


「ぇ……? なに、これ……」

「……。どうやら敵襲のようだ」

「……」

「敵襲……?」


 突然の風。それと同時に消し飛ばされた藪林。

 拙者は二人を庇うように立ち上がり、その者へと向き直る。


「随分な挨拶に御座るな。何者かは存ぜぬが、拙者らの敵であるか?」


「敵? ふーん、敵、敵かぁ。どうだろうね。その御方の近くで刀や杖と言った人を殺す野蛮な凶器を引っ提げた君達は、僕から見たら間違いなく敵だ。因みに何者か。役職は従者と言ったところかな」


「そうか」


 質問には答えた。

 そしてその者の示す“その御方”。両者共に姫君であり、そう言われる立場にあるが、これはおそらくセレーネ殿の方。

 総括すれば、この者はセレーネ殿の護衛か何かに御座ろうか。


「仮に主が仕える間柄の場合、主君を巻き込む程の攻撃を仕掛けるのは得策ではないな」


「そう? ちゃんと狙いは外したし、そもそも彼女なら林を丸坊主にする程度の攻撃、何でもないと思うんだよね」


「フム、成る程の」


 何も無闇矢鱈に仕掛けた訳には御座らぬようだ。

 だが、埃が立ち、倒れた木々の破片が飛んだりと危険は多い。やはり従者としては失格だな。


「して、主の望みは?」

「ここに来た時点で、大凡おおよその予想は付いているんじゃないかな? 君達と戦いに来た」

「そうであるな。然し、主が望まぬならば拙者が刀を抜く事も無い」

「駄目だね。僕には僕の役目があるからね」


 どうやらやらざるを得ない様子。

 元より、一度詳しく話を聞いておく必要もあるの。セレーネ殿が何者なのか、やはりこの場に戻ってきたら手掛かりがあった。

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