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其の参拾陸 ヴェネレかく語りき

 ──久し振り! 私は優秀な一国の王女、シュトラール=ヴェネレ。

 色々と能力も高く、みんなに慕われていたら良いなぁって考える私は今、


「…………」

「…………」


 王族専用のお風呂で、キエモンが拾ったって言う女の子、セレーネちゃんと気まずい雰囲気を醸し出していた。


「……」

「……っ」


 もう、なんなの~!?

 個人的には王族とか貴族とか平民とか、身分の差は気にしないけど、何で彼女はわざわざ私がお風呂に入っているのを見計らって来たの!?


「…………………………」

「……っっ」


 うぅ、なんかジーっとこっち見てるし……。終始無言なのが怖い。不気味とか何考えているのか分からないとか、その全ての思考を森羅万象ごと引っ括めて怖い。お人形さんみたいに整っている端正な顔付きなのが一周回って怖い。色白で綺麗で、よく見たら体も良さげ……って、相手は同性だよ!? 何考えているの私は!?

 一体何が目的? 暗殺? 闇討ち? 奇襲? 強襲!? 私何か彼女にした? 明晰な頭脳を以てすれば相手の思考を読む事なんて……出来ない。

 本当になんなの……。


「いや、ここは覚悟を決めていざ……!」


 セレーネちゃんに背を向け、聞こえない程の声で呟きながら覚悟を決める。

 さながら千の敵兵に囲まれた騎士の如く(王女だけど)、意を決して逃げずに挑む。


「えーと……セレーネ……ちゃん? 何か私に話したい事があるのかね?」


「……?」


 いやーっ! なんか変な言葉遣いになっちゃった!

 綺麗だけど変なお姫様って思われてないかな!? てゆーか! キエモンは彼女の見守り役じゃないの!? いや、お風呂まで付いて来る事が出来ないのは分かるし、別にお城で好きにしても良いんだけどさ! なに、やっぱり私に差し向けられた刺客!? 記憶がないのは嘘じゃないって分かってるけど、入国審査の時にこの国の王女を暗殺する気はあるかとか聞いてないよねきっと!

 もしかしたらもしかしてもしかすると、やっぱり私を暗殺しに来た刺客! 刺客の資格を持ち合わせた公認の殺戮者スレイヤー!? 暗殺者アサシン!? ヴィラン!?


「……。鬼右衛門が任務に行ったから……知り合いがヴェネレだけだし……」


「え? あ、ああ。そう……なんだ。けど、だからってお風呂まで……」


「一人で部屋に居ると……何か寂しい……」


「うーん、まあね~。その気持ちは分かるよ。広い部屋にポツンと一人きり。なんかやるせない気持ちになるよねぇ」


 どうやらセレーネちゃんは、キエモンが任務で居なくなったから唯一の知り合いである私の所に来たらしい。

 それなら納得。一人だと寂しい気持ちはあるからね。だから私も立場無視して騎士達と一緒に行動してるし……。ともかく、私の思い過ごしみたい。

 あー、取り乱しちゃって恥ずかしかった。


「まあ、王族専用のお風呂だけど、お母さんも亡くなってるし、いつもは私以外に誰も居ないから二人なのはちょっと楽しいかも♪」


「そう……?」

「うん!」


 屈託の無い笑顔で返す。

 実際、一人で広いお風呂に入って一人で済ませるのはちょっと寂しい。使用人さん達が身の回りのお世話をしてくれたりもするけど、みんな忙しいし、私一人のプライベートに人員を割く訳にはいかないもんね。

 大人しい子だけど、お話が嫌いって訳でも無いみたい。


「ねえヴェネレ……」

「ん? なにー?」

「鬼右衛門とはどんな関係……」

「……へ!? えぇ!?」


 あまりにも唐突過ぎる質問。なんて答えれば……い、いや、そのまま答えれば良いだけだよね。別に深い関係でも……無い……から……。


「お姫様と騎士……普通の関係だよ。そりゃまあ、助けられたりもしたけど……特に何でもないし……」


「そうなんだ……。良かった……」


「良かった? なんかさっきもそんな感じの事言ってたよね……私とキエモンの関係が普通で何が良いの?」


 自意識過剰かもしれないけど、何となく私に突っ掛かっているような……。

 ここははっきりと聞いてみなくちゃ!

 私の質問に対し、セレーネちゃんは応えた。


「私、鬼右衛門と結婚したい……」

「……!?」


 け、けけけけけ、結婚!?

 予想の斜め上の答えが返ってきた。

 結婚って……決闘の聞き間違いとかじゃないよね……? 会ったの昨日だよね? いつの間にかそんなに親密度深めてたの!?


「へ、へへへ、へえ……そ、そうなんだー……ふーん……えーと……なんでまた? 会ったのは昨日なんだよね? そんなに仲良くなったの? ねえ、どういう事? 教えてよ!」


「ヴェネレ……質問多い……圧も掛かってる……」

「え? そ、そうかなぁ。私は別にそんなつもり無いんだけど……」


 お湯を揺らしてセレーネちゃんに迫り、胸同士の当たる距離で問い質す。本人はちょっと怯えちゃった。

 そんなにしつこかったかな……? 全然意識してなかった……私、なに必死になってんだろ……変なの……。

 セレーネちゃんの体から離れ、一旦深呼吸して落ち着く。


「ごめんね。ちょっと驚かせちゃったみたい。怖かった?」

「少し怖かった……」

「あはは……そんなに……」


 思ったより遥かに怯えていた。更に距離を置かれる。

 逆に自分の必死さに不安になるよ。けど落ち着いたから大丈夫。大丈夫、問題無い。


「な、なんでまたそんな気になったのかな……?」


「私を拾ってくれて……優しく接してくれた……」


「え、それだけ?」


「うん……鬼右衛門と話していると悪い気がしない……。……言ってないけど私……その人が何を考えているのか感覚で分かるの……全部じゃないけど……その人が善い人か悪い人かとか、悪意があるかとかないかとか……感情とか……」


「……!」


 考えている事が分かる。それが彼女、セレーネちゃん。

 テレパシーみたいに全てを分かるとかとは違うみたいで、あくまで性格とか感情とかだけ。キエモンのそれに惹かれたらしい。

 セレーネちゃんは更に続ける。


「ヴェネレの鬼右衛門へ向けられた感情は……親愛……友愛……敬愛……そんな感情……それだけじゃなくてもっと、そう言う関係になりたい感情だった……」

「……。ぇ……」


 一瞬、セレーネちゃんが何を言っているのか分からなかった。

 うぅ。一瞬じゃない。今でも分からない。彼女は一体何を言っているのか。

 いや、これは私自身が分かりたくないのかも……。


「だから気になった……私は鬼右衛門が好きになったから……私と同じような感情を彼に向けているヴェネレが……」


「……っ」


 ドクンっと、心臓が跳ねるような感覚に陥った。

 そんな生易しいものじゃない。跳ねた心臓をそのまま鷲掴みされ、引っ張り出されたような、そんな感覚。

 なに……コレ……言葉が出ない。


「けど、違うなら良かった……」

「そ、そうだね……じ、じゃあ私はそろそろ上がるから……」

「私も着いてく……一人は暇……」

「え、えーと……うん。あ、じゃあ、お城の案内でもしてあげるよ」


 湯船から上がり、少し駆け足気味で脱衣場に向かう。その後ろを着いてくるセレーネちゃん。

 今の会話は忘れて案内に集中しよう……彼とは会ってたった二週間……確かに助けられたりもしたけど……そんなんじゃ……。

 あーもう! 何で思考ですら止まっちゃうの!? 私の体どうしちゃったんだろう……。


「…………」

「あ、え、な、何でもないから。何でもない……」

「なにも言ってないけど……」

「そ、そうだったね。あははのはー……」


 多分、セレーネちゃんにも私の動揺は伝わっている。表情がそれを物語っていた。

 けど本人的に気を使ってくれているのか、あれ以上の核心を突いては来ない。

 良い子……なんだよね。多分。自分の感情に素直になれるような、そんな性格。……私も自分に素直になれたら良いのに……。別に偽ってるつもりはないけど。


「じゃあお城の案内をしつつ、キエモンの帰りでも待とっか。一人でも本を読んだり中庭を散歩したり、色々と時間を潰す方法もあるよ……」


「そうなんだ……詳しいね……」


「そりゃあ私の家だもん。……それに、一人で過ごす機会は多いから……色々と一人で時間を潰せる方法を模索してたんだ。ずっと使用人や騎士達に構って貰うのは迷惑が掛かっちゃうからね。一人遊びは得意だよ!」


「…………」


 私の言葉を聞き、少し悲しそうな表情をするセレーネちゃん。

 アハハ……今、言ってて少し悲しくなったのが伝わっちゃったかな……。彼女にも気を使わせちゃう。それじゃダメだよね。多分私の方が年上だし!


「とにかく、お姉さんに着いて来なさーい! 本当のお姉ちゃんと思ってくれても構わないよ!」


「お姉……ちゃん……?」

「なんだい? 妹よ……ふふ、なんてね♪」

「ふふ……変なの……」

「あ、笑ってくれた! さっきは表情が少し変わるだけだったからなんか嬉しいな!」

「そう……?」

「うん! もっと笑った方が楽しいよ! 可愛いし!」

「う、うん……」


 私に言われ、セレーネちゃんの表情が更に少し緩くなる。

 普段も可愛いけど、笑うともっと可愛く感じる。セレーネちゃん、私より年下だけど綺麗だよねー。私自身ももちろん、私のお母さん似の美人って自負しているけど!

 何はともあれ、お風呂から上がって服を着る。後はお城の案内。ふふ、キエモンやセレーネちゃんのお陰でお城で過ごすのがあまり寂しくなくなったかも。

 私とセレーネちゃん。前にキエモンに案内したよう、今回は彼女と見て回る事にした。

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