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其の参拾伍 相談

 ──“シャラン・トリュ・ウェーテ”。


「ここが鬼右衛門の住んでる街……」

「ああ。何度見ても圧巻だの」


 あの町を出て一夜を含めた数刻後、拙者とセレーネ殿はついにこの場所へ帰って来た。

 今の拙者の故郷は此処。活気に溢れ、慣れ親しんだ鮮やかな町並みが視界を覆う。

 レンガの建物に石畳の道。街路樹が立ち並び、道行く人々をやる気にさせてくれるような所。

 入り口の受付にて入国手続きの登録をし、拙者達はそこを進み行く。

 因みにだが、セレーネ殿の登録は拙者のように基本的な素性が不明。拙者が同行する事で入国が許可された。


「よっ。キエモンさん。今帰ったんですか」

「ウム」

「見ない美人さんだね。その人は彼女さん?」

「いや違う」

「今度ウチの店に寄ってくれよ!」

「サベル殿辺りと共に行こう」

「ヴェネレ様とは進展したかい?」

「主従の関係。進展する事柄が無かろう」

「マルテさんとはどんな関係だい?」

「良好に御座る」

「エルミスって冒険者、騎士になる為とキエモンさんと一緒になる為の修行に励んでるんだってさ」

「ほう、それは応援しよう」

「フォティアさんが今度一緒にお茶しないかだってさ」

「考えておく」

「ファベルさんが今度一緒に鍛練するのはどうかだってさー!」

「良さそうだの」


 道行く人々は拙者に話し掛け、それについて軽く返す。それだけで会話が成立し、拙者も向こうも納得するのは改めて考えてみたら変な事かもしれぬな。

 なんにせよ、国の者達とも親しくなりつつある。居心地も悪くない。


「鬼右衛門……すごい人気者……」

「ウム。“こみゅにけーしょん”と言うモノを頻繁に取っておるからな。任務などでも助けになる故、国の者達も頼もしい」

「そうなんだ……」


 人々に話し掛けられる拙者を不思議そうに見、普段からしている事を話す。

 返答は軽い相槌を打つだけ。此方も此方でセレーネ殿が何かを訊ねては拙者が返すだけで会話が成立している。

 案外会話とはどうとでもなるのだな。これまた不思議なものである。


「一先ずセレーネ殿は城の方へ案内しよう。今現在の拙者の住まいであり、主君は寛容なお方だ。行く宛の無いセレーネ殿も住まわせてくれるかもしれぬ」


「私を……?」

「ウム。主も住む場所が無ければ困るであろう?」

「うん……少し困る……」


 国の案内はまた少し後とし、今は城へと向かう。

 城にはまだ空き部屋があった。拙者自身が世話になっている身として我が儘を通すのは思うところもあるが、金銭も何も持たぬセレーネ殿を放り出す訳にはいかなかろう。


「あ、おーい! キエモーン!」

「む? これは丁度良い。ヴェネレ殿」

「ヴェネレ……」


 町を歩いていると、ヴェネレ殿が空からほうきに乗って姿を見せた。

 散歩に御座ろうか。何にしても此処で会えるのは都合が良い。話を円滑に進められる。


「丁度良いって? 私が丁度良い女って事?」

「……? 何を言うておる。実は相談があってな」

「やっぱり堅くてノリが悪いなぁ。そう言うところも良いけど……って、その子は誰?」

「セレーネ殿に御座る。藪で拾った」

「え!? 拾っ……どゆこと!?」


 セレーネ殿について話、二度三度とそちらを見て瞬きをする。

 確かに経緯を聞けばこうもなろう。若い娘を拾うと言うのは良くない事だからの。


「実はだな──」

「へえ、全裸で倒れていて外傷や汚れは無し……かぁ。普通なら信じられない事だけど、キエモンが言うなら本当にそうなんだろうねえ」

「ウム。誠に御座る」

「ふーん……君がそのセレーネ……さん?」

「ヴェネレ……鬼右衛門の……お嫁さん?」

「……!? そ、そそそ、そんなんじゃないから!?」

「良かった……」

「え? 良い? 何が……」


 フム、一瞬阿修羅の立ち合いの気配が見えたような気もしたが、親しくなりつつある……のかもしれぬ。

 我ながら憶測で惟る事が多いの。かもしれぬをこの短期間でどれ程思うたか。不確定要素が多過ぎるの。


「それで事は相談だが、話の通り素性は分からず、行く所も帰るところも御座らん。拙者の一存で決める事は出来ぬが、ヴェネレ殿ならば提供出来るやもと思案し、城へと向かっていた次第に御座る」


「うーん、確かに出来ない事は無いと思うけど……それなら規律とか色々厳しいお城より教会とかそう言う場所の方が良いと思うけど……君はどうしたい? セレーネさん」


「私は……鬼右衛門と一緒が良い……」

「成る程ねぇ……」


 少し考える。

 教会は拙者の国で言う寺のような所。つまり家を持たぬ者を受け入れてくれる施設であろう。

 そんなセレーネ殿の意思は拙者と共に居たいという事。

 おそらく、頼りになる者が居ないからこそ不安なのだろう。近くに知り合いが居た方が落ち着けるのが人の心境である。


「分かった。じゃあパ……父様に相談してみるよ。許可は降りると思うけど、素性が分からない以上、ちょっとした取り調べくらいはあるかも。それは大丈夫?」


「一緒に居れるなら大丈夫……」

「OK。じゃあ私も一緒に行くよ。手間が省けるからね」

「ヴェネレも……」

「うん……って、呼び捨て!? いや、別に良いけどさ。こだわってないしー」


 ヴェネレ殿も共に参る。

 どの道主君への報告まで同行せねばなるまい。一緒に行った方が好都合なのはそうであろう。

 町を案内しつつ城へと向かい、橋を越えて城門に入った。


「ヴェネレ様、キエモンさん。そしてご報告にあったセレーネ様ですね。キエモンさんの許可の元、入城を許可します」


「忝ない」

「キエモンもすっかり街に馴染んだねぇ。一人で入国手続きも出来ちゃうなんて」

「ウム。拙者の国に仕えていた時も似たような事はしておるからの」

「あ、そう言えばそうだっけ。慣れちゃえば大抵の事は出来るんだね」


 見張りの騎士殿に確認を取り、そのまま城内へ。

 セレーネ殿は興味深そうに周りを見渡している。拙者も興味深く見ていたな。二週間前だが、既に懐かしさを感じる。

 今ではもう見慣れた道を行き、この国に来た当初以来、久方振りに王室へと入る。そこで主君は待ってくれていた。


「さて、その者がキエモンが拾ったセレーネと言う娘か。入国審査の結果、素性はキエモン並みに分からぬようだが」


「そうに御座る。分かる事は裏側の藪で拾ったというのみ。本人自身、記憶が曖昧のようだ」


「そうじゃな。嘘や演技で無い事も魔道具にて立証済み。つまり本当に記憶が曖昧……前職が何かも分からぬと考えれば悩みどころだが……」


 主君は顎に手を当て、髭へと移動させて呟くように話す。

 拙者のように意思表示も出来る訳ではない。もっとも、拙者自身も上手く出来たかと言えば違うがな。


「一先ず、追い出す訳にもいかない。キエモンの時のように騎士にする訳にもいかぬな。キエモンは大丈夫と判断したが、この者は危なっかしさが感じられる。部屋は提供するが、記憶を思い出すまで様子見としよう」


「そうに御座るか。お気遣い、感謝致します。殿」


「ホッホッ。君への信頼があるからの。君がヴェネレの近くに居てくれれば、国の事も安泰よ」


「ちょ、パ……父上!」

「ホッホッ……主らが居れば大丈夫よ」


 席を立ち、主君は歩む。

 セレーネ殿の住む場所は決まったの。これで一先ず安心出来る。

 だが、今日の主君は普段より静かに思えた。何かを患っているのだろうか。調子はあまり良くなさそうに御座る。


「では、主らは下がって良い。ワシもそろそろ下がる。最近は色々と立て込んでおるからのー」


「分かりました。では、これにて御免」

「…………」

「もう……」


 最後に告げ、執務室の方へ赴いた。

 立て込んでいるという事は、王としてのお勤めが残っているのだろうか。

 それならば体調がよろしくないのも頷けるが、また違和感を覚える。最近、そんな感覚によく陥る。気掛かりな事が多いのだろうか。自分ですら分からぬ。

 ともかく話は終わり。お手数を煩わせてしまった事を踏まえ、拙者も任務にでも向かおうか。それともセレーネ殿の案内か。そのどちらにしても此処に用は御座らんな。


「では、ヴェネレ殿。セレーネ殿。拙者らも此処等で」

「そうだね。お父様も忙しいみたいだし、私達も王室を出ようか」

「……うん……」


 廊下に出、使用人に一礼して王室を去る。案内か任務か。セレーネ殿にでも聞いてみようか。

 拙者らは各々(おのおの)の役職に戻る。今日もこの国、“シャラン・トリュ・ウェーテ”は天下泰平。穏やかな日々に御座る。



*****



「──……ゴホッ……フゥ……ワシももう、長くはないかもしれぬの……」


 ──その裏で起きている、国をも揺るがす事になるであろう大きな事態。

 拙者らに、その時が来るまで気付く由は無かった。


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