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其の参拾参 藪の中の少女

「フム、町の方も大分立て直されて来たの」

「キエモンさーん! そろそろ休憩にしましょー!」

「ウム、今行く」


 ──一週間程が過ぎ、魔法使い達による妖術の助けもあって“裏側”の町も直りつつあった。

 拙者は町の者に呼ばれてそちらへ赴く。

 因みに今日はヴェネレ殿、マルテ殿、サベル殿にエルミス殿など何かと気に掛けてくれる者達はおらぬ。然れど妖術が使えぬ者同士通ずるモノがあり、町の者達と拙者は大分親しくなった。


「いやぁ。それにしてもキエモンさん。アンタはよく働いてくれるねぇ」


「いやいや、拙者があの場で主犯にトドメを刺していればこの様になる事も無かったのだ。償いのようなものよ」


「償いで被害以上の功績を残してくれるのは助かるなんてモノじゃないさ。所で彼女さんとか居るのかい?」


「唐突に御座るな。その様な者は御座らん。拙者は騎士。いつ何時なんどき命を落とすかも分からぬからな。作らぬ方が……もしも居るとしたら、拙者へ好意を抱き、将来的に妻となってくれる者の幸せだろう。他人の人生を奪いたくはない」


「お堅いねぇ。と言うか物事を悲観し過ぎているとも取れる。そんじゃ、魔力が無い者同士、ウチの娘とお見合いとかどうだ?」


「話を聞いていなかったので御座るか? 拙者、別にそう言う気は御座らん」


「いやいや、ウチの娘はべっぴんなんだが、少しばかり気が強くてね。そろそろ嫁にも──」

「何言ってんの! バカ親父!」

「あいだ!?」


 話の中に出ていた娘さんの重い一撃がおやっさんの脳天を突き抜けた。

 さて、死しておらぬか一応脈を確認。ウム、ちゃんと鼓動はしておる。


「ごめんなさいね。キエモンさん。私のお父さん、ちょっと気遣いが出来なくて……お節介って言うか何て言うか……とにかくアレなの」


「オイオイ。実の父親に向かってアレとはなんだアレとは。俺ァお前の為を思ってだな」


「その変がアレなの。少しの間意識失ってて」

「あがっ!?」


 ガンッ! と一撃。またもや脈を確認。ウム、無事に御座る。中々に頑丈なおやっさんだ。

 娘さんはおやっさんを引き連れて家の中に放り込み、代わりに拙者の隣へ座る。


「けど、キエモンさんに彼女居ないの意外だなぁ。こんなにカッコいいのに。本当に私と付き合ったりしない?」


「ウム。もしそうなれば結果的に主を悲しませるモノとなる。致す訳にはいかなかろう」


「ふうん。残念。他人の幸せは願ってるのに自分の幸せは後回しか……そんなところもカッコいいんだけど」


「元より拙者は……」

「うん?」

「あいや、何でも御座らん。そろそろ働きに戻る」

「えー、もう行っちゃうの? もう少し休んでもバチは当たらないよ?」

「気分の問題で御座る。……おっと、主との会話が気分を害した訳では御座らん。動いていないと落ち着かない性分故」

「へえ。まあ、そんな人も居るよねぇ」


 拙者は既に大切な者達を残して現世から消えた身。そんな拙者は人並みの幸福を掴む事すら許されぬ。

 然しそれを言う必要も無い。変に心配を掛けるのも信条から外れてしまうからの。いや、それは元々破っておるか。ヴェネレ殿らにはいつも心配ばかり掛けてしまっている。

 そこを発ち、町中を進む。


「うーむ……」

「……? 如何致した?」


 また仕事に戻る途中、何かしらに悩んでいる者が居た。

 はて、何で御座ろうか。それについて訊ね、男は話す。


「ああ、キエモンさん。いや、材料が足りなくてな。少し遠出になるし、街の外には魔物も居るからちょっと悩んでいたんだ」


「フム、そうに御座るか。ならば拙者が取って来ようか? 妖などは大した障害にもならぬ」


「そうしてくれると助かるけど、キエモンさんはほうきに乗れないだろ? 俺達もそうなんだが、足で行くには少しばかり遠くて」


「心配無用。その程度の事ならば問題無く行ける」


「そうかい? 確かに凄い脚力はしているけど……じゃあ頼んだよ。材料となる樹の取れる場所はここで……っと、地図を渡した方が早いか」


「忝ない」


 材料不足。建物が全て倒壊したのだからこうなるのも仕方無き事。

 小槌で材料を生み出す事も出来るが、あくまでそれは魔力を触媒として生み出されているらしく、長い年月を置く事も出来ないと言う。魔力によって生み出された物は永続しないらしい。

 故に地図を受け取り、刀を腰に拙者は地図の示す場所へと赴いた。



*****



「この辺りに御座るな」


 そして片道数刻。確かにそれなりの遠さ。拙者が行くかほうきに乗れるならば一日で往復出来るが、常人の足では数日は掛かりそうな距離で御座った。

 然し今はまだ昼間。指定された樹の元に行き、借りたナタを抜く。

 刀でも斬れるが、多くの血を吸った刀で斬った物を今後長く使われる建物の材料にする訳にもいかなかろう。

 故の鉈。拙者も国で野山に紛れて竹を斬ったり山へ芝刈りに赴いたり材料を集めたりした。使い方は様々。よろずの事に使える。懐かしいのう。


「さて、これくらいに御座るか。しなやかかつ頑丈。竹に似た材質よ」


 鉈も刀も同じ刃物。一振りで周囲の植物を斬り払い、暫くは材料に困らぬ程の数を集め終えた。

 これだけあればまた来れよう。棲まうと言う魔物とやらも姿を見せず、安全に収穫出来た。


「もう少し大きな入れ物を持ってくるべきで御座ったな。これでは全部入り切らぬ」


 よいしょっと篭を背負うが、材料を全て入れる事は叶わなかった。

 重さはそこそこで大した問題は無いが、どうしても入り切らぬな。無理矢理押し込んではせっかく指定された大きさに切ったのに無駄になってしまう。

 如何程のモノか。


「……。む?」


 その様な事を思案していると、不思議な光のような物を感じた。

 光を感じるとは日本語的に変だが、そうとしか形容出来ぬ事があったのだ。

 光ったのが見えたなどではない。光を感じたとしか言えぬ。

 一度篭を下ろし、光を感じた方へと向かう。


「……。これは……女……?」


 そこに着くと、一糸纏わず横向きに倒れている娘の姿が目についた。

 この辺りで人は見ていないが、暴漢にでもあったのだろうか。然し傷付いている様子も無く、土汚れすらない。綺麗な素肌を晒しておる。


「オイ、娘。聞こえるか? 娘」

「…………」


 返事はないが、屍でも無かろう。見れば呼吸はしている様子。

 一先ず拙者の外套を着せ、他に誰からぬか気配を探る。然し当然誰も居なかった。

 フム、湯殿でのヴェネレ殿に布団でのマルテ殿。そして妖に襲われていたエルミス殿にこの者と、拙者は裸体の女子おなごに何かと縁があるな。

 だが、裸体を見ただけで婚姻を結ぶ必要が無いと分かれば何でもない。上着を着せ、安全に介抱するだけに御座る。


「誰も居らぬなら、連れて帰るしか無かろう。妖に襲われでもしたら大変だ」


 娘を抱え、篭を手に持つ。重さは苦ではないが、走り行けばこの者が負荷に耐えられぬやも知れぬ。

 そうなると正面からの風を防げるよう、背負った方が良いのだろうか。

 思案し、娘を背負うて篭を抱えるような体勢となり、裏側の野山を駆け抜けた。


「……。んっ……」

「む? 目覚めたか。娘」


 少し進み、町まで後半分程となった現在、娘が目覚めた。

 意識ははっきりとしているのだろうか。キョロキョロと辺りを見渡し、おぶさる自分を見て声を出す。


「ぁ……アナタ……は……」

「拙者、天神鬼右衛門と申す」

「キ……鬼右衛門……?」

「む? 今、久方振りにちゃんと名を呼ばれたような気がしたの」

「ぇ……?」

「いや、何でも御座らん。そうで御座るな……確かこう言うのは“にゅあんす”と言うらしい。拙者の名のにゅあんすが正しかっただけよ」


 娘は拙者の名をしかと呼んでくれた。

 もう今のにゅあんすに慣れたが、改めて名を呼ばれると嬉しいモノもある。

 さて、改めよう。


「して、主の名は?」

「私は……なんだろう……確か……セレーネ……」

「セレーネ殿に御座るか。だが記憶が曖昧なように御座るな。朧気な面持ち。衣服を纏わず倒れていたのをするに、やはり何かあったのだろう」

「服……ぁ……確かに私……裸……」


 自分の状況も分かっておらぬ状態。

 外傷や汚れが無いのをおもんみれば襲われたなどでは無さそうだが、現状は名以外の全てが分からぬな。


「周りに誰も居らぬかった故、拙者がこれから町へ連れてく。良いで御座るか?」


「うん……大丈……夫……」


 大丈夫では無さそうだが、意思自体ははっきりしておる。そして微かにだが感じているであろう風圧にも特に反応は無し。

 まだ頭がぼんやりとしているだけであり、病気なども無さそうだな。


「少し飛ばそう。拙者の目測では的確な判断も出来ぬ。町医者かエルミス殿に診せた方が良さそうだ」

「町……医者……エル……ミス……?」

「ウム。倒れている者に対して適切な処置を施してくれる者達だ。曖昧な記憶も分かるやも知れぬ」

「うん……」


 踏み込み、セレーネ殿と篭が落ちぬのを確認。地面を蹴り抜き、一気に加速した。

 空気を突き抜け、大地を巻き上げて移動する。


「到着したで御座る」

「街……ボロボロ……」

「ウム、つい一週間程前にならず者が暴れての。その被害で今復興の真っ只中だ」

「へえ……」


 セレーネ殿を連れ、町へ到達。

 まずは篭を下ろすか衣服を買うかセレーネ殿を下ろすか……当然第三者に御座るな。


「では下ろすぞ。立てるか?」

「うん……立てる……」


 セレーネ殿を下ろし、篭を背負う。次にやるべき事は衣服を探そう。そこまで寒くもないが、外套一枚では何かと不便だろう。

 行く理由が無いので行かなかったが、裏側にも呉服屋はあろう。


「次は服を購入する。好みの物はあるか?」

「好み……私の……私は鬼右衛門が好み……」

「フム、拙者のような……“しんぷる”な服装が好みで御座るか」

「……」


 返事はない。一先ずこの様な色合いの衣服を探してみるとしよう。


「失礼。この辺りに呉服屋は御座らんか?」

「キエモンさん。……えーと……そちらは?」

「…………」

「ウム、この資材を取りに行ったら倒れており、周りに何もなかったので連れ帰った。衣服も何も身に付けておらぬ故、拙者の外套を貸しておる」

「成る程ねぇ。キエモンさんが言うなら信憑性は高いね。服屋は向こうの方にあって……復興も進んでいるから品揃えもあると思うよ。“シャラン・トリュ・ウェーテ”さんから色々と送られてますから」

「そうに御座るか。感謝する」

「いえいえ」


 呉服屋は向こうであり、“シャラン・トリュ・ウェーテ”からも支援があったらしい。

 そこに行くとまだ内装は整っていないが新品の服がズラリと並んでおり、セレーネ殿に委ねる。


「どれにする? 好きな物を選ぶと良い」

「……。鬼右衛門……」

「フム、やはり拙者のようなあまり目立たぬ、しんぷるな服か。店主。しんぷるな服を頼む」


「はいよ。その子、キエモンさんの彼女かい?」

「実はかくかくしかじかに御座る」

「成る程ねぇ。それで拾ったと。ま、それもまた運命。もしかしたらそう言う出会いかもしれないよ」

「運命……フム、確かにあの場に拙者が行かなければあのまま倒れていたかもしれぬ。運命があるのなら、セレーネ殿に生きろと言っているのやも知れぬ」

「かもしれないが二種類あるねぇ~」


 服の選別途中、店主と軽い雑談をする。

 何を以てしての運命なのかは分からぬが、セレーネ殿を助ける運命が初めから決まっていたのならば確かにそう言える。

 だが、結局は自分の感性次第。運命を決めるのも自分で御座る。


「こんなもんでどうだい?」

「フム、多様に御座る。セレーネ殿」

「…………」


 セレーネ殿は何故か肩を落とし、聞こえない程に小さなため息を吐いて服の選別を開始した。

 あの間は何で御座ろうか。拙者は何か気に障る事をしたのか、気になるがそれを聞くのも無粋。自分の犯した事は自分で省み、理解せねばならぬ。


「これでいい……」

「そうか。しんぷるな物ではなく、華やかな衣装。よく似合うておる」

「臭う……? 臭いの……?」

「む? ああ、雨と飴のように、にゅあんすが違う言葉だ。似合っている。可憐よ。セレーネ殿」

「そう……? ふふ……良かった……」


「ふうん? 良い雰囲気なのに、キエモンさんは鈍いのねぇ」

「ん?」

「いやいや、そう言うのは自分で気付くべきだね。はい。安くしておくよ」

「おお、それは助かる。拙者、まだ持ち合わせは少なくてな」


 何故か分からぬがまけてくれた。

 良い店主に御座る。いや、拙者がこの世界に来て、会う者は殆どが気持ちの良い者達だ。

 ある日のある刻。拙者は藪にてセレーネ殿と出会い、町を散策する。

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