其の参拾弐 問題解決in裏側
「……その者を癒せ……──“ヒール”」
避難場所となっている洞窟にて、エルミス殿の治療で主犯を含めた全員の治療が完了した。
見事な手際。天晴れに御座る。
「流石であるな。エルミス殿。皆が皆、完治しておる」
「エヘヘ……キエモンさんに褒められちゃいました……」
「本当、凄い魔法。キエモンが推薦するだけはあるよねぇ」
「ヴェネレ様。それはもう何度も聞きましたよ。褒め過ぎですって」
「いやいや、凄いモノは何度見ても凄いんだから感心しちゃうよ」
この様な事態になっているとは夢にも思わなかったが、エルミス殿を連れて来て正解で御座ったな。お陰で誰一人死なず、町の被害だけで済んだ。
一先ず簡単に事の発端を説明し、主犯者を縛り付けた後、拙者らはその町へと戻り行く。
「……っ。何て有り様だ……」
「ここから街を再興しなきゃならないのか……」
「コイツのせいで……」
「やはり外側の人間は……いや……そうじゃないんだ……アイツだけが……!」
町中は既に瓦礫の山。その光景を見やる面々は歯噛みする。
然し、外側にまで風評被害が及んでしまっているの。それについては思うところあるが、この中でも全員が全員悪い者ばかりではないと理解しており、何を隠そう外側から来たエルミス殿に救われているので拙者らへの対応は良いが、当たる所がなく鬱憤が溜まっているようだ。
そんな悶々とした雰囲気の中、ヴェネレ殿が前に立って皆へ演説するように話す。
「皆様。此度は外側、私達の世界からご迷惑をお掛けしました。外側の国の王女である私が慎んでお詫び申し上げます」
「い、いや。君は何も悪くない」
「ああ、さっきはつい口に出てしまったが、悪いのは全部コイツと理解しているんだ」
「王女様が頭を下げるなど……」
この国の者達は、悪い連中ではない。
原因がこの場に居り、外の情勢も不完全ではあるが理解している。
なのでヴェネレ殿の謝罪を止めるが、当の本人は言葉を綴る。
「いえ、裏側の調査は任務として私の国の協力関係にあるギルドが定めております。つまり、裏側と外側を行き来するのは自由。もう少し出入りを縛り、厳しくすべきでした」
「いや、それは結果的にこうなってしまっただけで……今までも外から来た者達は居たが、たまに今回みたいな例外が居るくらいでみんな気の良い者達だった。貴女がわざわざ言う必要は無い」
「それでも責任は取らせてください。私の国、“シャラン・トリュ・ウェーテ”が復興に手をお貸しします。共に街を立て直しましょう」
「……!」
辺りにざわめきが走る。
姫君自らが謝罪を申し、あまつさえ復興に力を貸そうと言うのだからこうなるのも頷ける。
成る程。ヴェネレ殿が来た意味も御座ったな。今回は完全に不測の事態であったが、ヴェネレ殿が居るお陰で町の復興が早まるやも知れぬ。
すると、ご老体が一人、話に入る。
「ホッホッ。主は外側の王女様かい。聡明で魅力的なお方だ。護衛にこれ程までの者達が集うのも分かる」
「貴方は……」
「ワシはこの街の長じゃ。領主とも言えるの」
「ならばあの小槌の持ち主に御座るか」
「ああそうだよ。ワシが盗まれたばかりに、君達には苦労を掛けた」
「いえ、長老殿。それを言うなれば拙者が捕らえた時点であの者の息の根を止めておけば……」
「いやいや、一度は君が捕らえてくれたんだろう? 今回は結果的にこうなってしまっただけじゃ。気にする事はない」
「……失敬した。お話をどうぞ」
この者は長老の様子。
小槌の持ち主と分かり、つい拙者も口に出してしまったが此処は上の立場の者同士で話を進めるのが円滑。
拙者が余計な事を言ってはならぬな。
「変わった言葉遣いだが、礼儀の正しい騎士さんだ。さて、アナタ方が手を貸してくれると言うのなら願ってもない。ここに魔法道具はあれど、魔法を使える者は居なくての」
「え!? 魔法を……!? あ、いえ。失礼しました。その……ウチにも一人居ますけど、魔法を使えない方が珍しくて……つい」
「構わんよ。どうやら“裏側”の者達と“外側”の者達は古く、何百年前は争っていたようですからの。魔法使いと非魔法使い。そんな2つの人種による戦争があったのでしょう」
拙者はこの世界の歴史を知らぬが、何処でも戦争はあったらしい。
魔法使いと魔法を使えぬ者。種別的には同じであっても、少しの違いから争いは起こってしまうのだろう。難しい世界に御座るな。
「それに、外側の者達に良い人が居る事はたまに迷って来る者と知り合い、理解しておりますじゃ。街は滅んだが人は滅ばなんだ。これを機に、外側の者達とも良き関係にありたいの」
「……はい。本当にそう思います。そうあって欲しくとも世界平和の実現は難しい。なら、遠くて近い国同士の関係は良くしたいものですね」
「全くじゃの。ホッホッホッ」
軽快に笑う長老殿。
相容れなかった者達が、一人の破壊によって絆を深める。皮肉なものだな。主犯を含め、誰一人として犠牲を出さぬ平和は築けぬものか。それが出来たら世界はもっと穏やかになると言うに。
だが、争いによって発展するものもある。戦すら一長一短なのであろうな。
「では、お手伝い。頼みます」
「はい。任せてください」
何はともあれ、町の方は何とかなりそうに御座るな。
今日は取り返した小槌によって簡易的な建物を造り、そこで男女に分かれて就寝。次の日に拙者らは帰り、国へ報告。主君の名の元、何人かの騎士達が派遣された。
*****
「まさか、魔法を使わずともこの様な生活を出来るとはな」
「そちらこそ、便利な道具も無しによくやっていける」
「お互い様か」
「そうだな」
「「ワッハッハッハ!」」
復興一日目、早くも気の合う者同士は親睦を深めていた。
拙者の存在も受け入れてくれた者達。基本的には妖術を使えぬ事による差別など無いのだろう。
「チッ、何で魔法も使えない奴等の手伝いなんか」
「言うなよ。裏側にも資源はある。俺達が楽をする為にも恩を売っておいて損はない」
「そうだな。全てが未知数の不気味な裏側。魔力を強める力もあるかもしれない」
──無論、例外もおるが。
カーイ殿。
マーヌ殿。
セーダ殿。
拙者が来た当初に相対した者達。然し基本的にこの者達は口だけ。良い意味で。
口だけ悪態を吐いているが、騎士達の中でも進んで仕事をしておる。何故素直にならぬのか疑問に御座る。もっと言えば裏側の者達もこの者達の仕事振りは目の当たりにしており、評判も悪くない。
口は悪くとも根は真面目のようだ。
「大分進みが早いですね。長老殿」
「そうじゃな。ファベル殿。今回は色々と迷惑を御掛けしますじゃ」
「いえいえ。私としてもお力になれるのは喜ばしい事。今日の指揮官は私なので、どうぞよろしくお願いします」
ファベル殿も長老と良好な関係になっている。
流石に全騎士で手伝う事は出来ず、騎士団長並みの地位となると二、三日で一回に一人が配属される形になっており、繰り出されるのも暇を持て余した者だけ。今日は拙者も手伝っているが、明日は任務があり、結構疎らに御座る。
材木を運び終え、一息吐いているとエルミス殿が話し掛けてきた。
「キエモンさん」
「如何した? エルミス殿。お疲れか?」
「いえ、それは大丈夫ですけど……一つ、ご相談があります」
「……?」
何やら神妙な面持ちで拙者に相談を持ち掛ける。
はて、何で御座ろうか。割かし神妙な面持ちで話す事はあるが、今日は覚悟を決めているかのような、そんな面持ち。
エルミス殿は拙者の手を引いた。
「誰かに聞かれると恥ずかしいので……こちらに来て下さい」
「フム、まあ少し話すくらいなら復興に支障は来さんか」
聞かれて恥ずかしい事か。それに加えて覚悟も必要とある。
ただ事では御座らんな。拙者らは人通りの少ない場所に来、エルミス殿は少し言いにくそうになりながらも口を開いた。
「あの、私……キエモンさんと……──キエモンさんと同じような騎士になりたいんです!」
「拙者のような?」
「はい」
それは、エルミス殿が騎士になりたいと言う報告。
別になれば良いのだが、何をそんなに改まって居るので御座ろうか。
「騎士となりたいのなら、なれば良かろう。なろうとする権利は拙者によって与えられる物では御座らん」
「はい……それはそうなんですけど……」
確かにまあ、思ってみればエルミス殿は自分に自信が持てぬ様子だった。
だからこそ拙者に訊ね、委ねる。
拙者が騎士へも推薦すれば良いので御座ろうか。
「では何故拙者に聞く。主の道は主が決めるモノ。騎士になれるかなれぬかは他者に委ねる事だが、なる為の努力はいくらでも出来よう」
「はい。だからもし、もし私が騎士となった暁には……キ、キエモンさんと一緒に居させて下さい!」
「拙者と?」
「はい。貴方が良いんです!」
つまるところ、エルミス殿は拙者と同じ班になりたいと言う事に御座るな。
それを決めるのも拙者では御座らんが、無下にするのも悪い。ならば応援した方が良かろう。
「そうか。なら、騎士になると良い。拙者はいつでも歓迎しよう」
「は、はい!」
パァッと表情が明るくなる。
背中を押されれば気分が軽くなるのが心理。少しは自信が身に付いてくれたであろうか。
然し何故か、心無しか選択を誤ったような気がしないでもない。
「考え過ぎに御座るな。さて、復興の手伝いをするとしよう」
物事を深く考え過ぎるのは拙者の悪い癖に御座るな。戦や立ち合いならばまだしも、日常で相手の裏を読む必要も御座らん。
常に気を抜くのも危険ではあるが、拙者は拙者の範囲で行動するとしよう。
パンをコロコロころりんと転がし、辿り着いたは“裏側”の町。そこにて悪さする欲張り男を退治し、その後始末として復興作業を行う。
この調子なら町もすぐに戻り、“シャラン・トリュ・ウェーテ”と此処の通商も捗るだろう。
これにて万事解決するのであった。
めでたし、めでたし。




