其の参拾壱 罪人退治
「数では不利! なら、数を増やす!」
「なっるー。振る事が触媒なんだねぇ」
小槌を振るい、土からなる人形のような物を生み出して嗾けた。
経を唱えず振るだけで妖術が使えるようになる。時間も掛からず便利な力よの。
『『『…………』』』
「行け! 僕のゴーレム達!」
ごーれむと言う土人形。ズシンズシンと重い足音を響かせ、多数のそれが一気に迫った。
拙者は構えるが、それはフォティア殿が制す。
「ここはウチに任せといて。キエモンっちはアイツの相手よろ~」
「承った」
土人形の数は数十も下らない。然しこの場に残り、相手を努めるというのであれば相応の自信もあるのだろう。
拙者は土人形を素通りしてあの者の方へ赴く。
「ハッハァ! 僕の相手は君がするのかい!? 良いだろう! あの時の雪辱、今ここで晴らす!」
「好きにせよ」
小槌を振るい、地面を操り無数の槍を射出。
あの時は経を詠じて放っていたが、今回は振るだけで生み出す。その上で三日前より威力も高い。
奴は大地を操る力を得意としているようだの。
確か、“えれめんと”とやらにも土属性があり、拙者の知る陰陽五行思想にも土属性はある。土は様々な形を変える性質を持っており、それを自在に固める事が出来れば斯様な凶器にもなりうるという事で御座ろう。
「…………」
「ハッ、やっぱり軽々と飛び越えてくるかキエモン!」
この世界の敵は、人間も妖も戦闘途中によく喋る。
そんな暇があれば急所を見定め、さっさと仕留めれば良いものを。話好きの民族なのだろうな。
縦横無尽にうねる土を飛び抜け、その者の眼前へと刀を振り抜いた。
「させるか!」
「フム……」
拙者が飛び越えた時点で予期していたのか、小槌を振るって大地を持ち上げ、自分自身が高所へと移動し躱した。
比較的な安全圏へと移動した其奴はまた振るい、大地から木々を伸ばして嗾ける。
「ハッハッハ! 前までは土魔法や基本の飛行魔法しか使えなかったが、今では土の性質を更に伸ばして樹を操れる! 森に沈めキエモン!」
「…………」
伸び来る樹を見極め、活路を見出だす。
最小の範囲のみを切り捨て、薙ぎ払い、樹木の体表を駆け行く。
「身軽過ぎるだろ! 何で軌道が読めるんだよ!?」
更に振るわれ、足元からも鋭利な枝が伸びて進路を阻む。
然し奴の狙いは拙者。つまり先程まで拙者の居た場所を抜ければ当たらない。走るだけで通り抜けられる簡単な作業よ。
「チッ! だが、これならどうだァ!?」
「……!」
小槌を振るい、火炎を放射。轟炎が迫った。
成る程。樹を燃やし、拙者も飲み込もうという魂胆か。
だが、自然の樹は意外と燃えぬ。燃えやすいのは乾燥した樹のみ。子供らに樹で遊具を造ってやったりしてたから分かる。
そうであっても全方位を構わず飲み込む炎は厄介だが、
「マジかよ……炎を切ってやがる……!」
既に対策は整えている。
空気を切り裂けば炎は燃え盛らぬ。来た当初に相手をした者の時に立証済みよ。
一呼吸のみし、刹那に拙者の周りにある空気を切り裂き瞬時に駆け抜ければ永遠に続く炎でもない限り抜け出せる。
「だったら水攻めだ!」
「……」
何故奴は態々己の手の内を明かすのだろうか。
余程の自信に漲っているのか、ただの阿呆か。そのどちらにしても炎と同じ要領で拙者に振り掛かる水を飛ばせば良いだけに御座る。
「なんだよコイツ……! だったら吹き飛べ!」
「……!」
ぬぅ、突風か。
今まででは一番の障害だの。
人一人を押し退ける突風も空気を切り裂けば進めるが、絶え間無く拙者を押してくる。
突風には隙間も無いので少しばかり動きが鈍るな。
「ハハハ! どうだ! 最初から押し出せば良かったんだ! 苦しくて何も言えないか!?」
「…………」
先程から何も話して御座らんが、どうやら奴には幻聴が聞こえていたらしい。
然しこの風は厄介。そうだな。逆に利用するか。
そう思い、拙者は周りの木々を斬り倒した。倒れる方向は計算済み。これで行ける。
「いきなり樹を倒しやがった……何考えてんのか分からないけど、このまま押し切ってやる」
トドメの後押しとばかりにより風を強める。
好都合。準備は既に終えた。
「ハッハッハ! 吹き飛──!?」
「…………」
刹那の刻に、奴の眼前には峰が迫っていた。
反応するよりも前に打ち抜き、その体を吹き飛ばして近くの瓦礫へと激突させる。
「ガハッ……!? 一体……何が……?」
混乱と困惑。試しに先程まで拙者が足掻いていた樹の方を見ても何もない。当然だろう。樹を倒し、役目を終えたら吹き飛んだのだから。
やった事は簡単。樹を反るように倒し、そのまま表面に風を受け、正面へ反射するように突き抜ける風を利用して加速しただけに御座る。
追い風が少し吹き、拙者の脚力があれば距離を詰めるのは一瞬。その間隔で的確に峰打ちを食らわせれば意識も奪える。
「……っまだ……だ……!」
「ほう?」
然し、拙者の誤算があるとしたらこの者の胆力で御座ったな。
意識を失う直前に小槌を振るい、己を回復させる。それと同時に何度も振るい、自身の体へ土を纏わせた。
「ダメージを負わない程に強固な体を……! 今この場で形成する!」
「成る程。それは名案だ」
振る度に纏わる強固な鎧。確かに普通の刀ならば如何に剣士の腕が立とうと、岩や鉄を斬れば刃が欠ける。
岩斬り伝説のある刀も存在はするが、普通の刀では刃零れは避けられない。
「ハッハッハ! それだけじゃない……! 更なる力を僕の肉体に……! 全てを巻き込む巨人を顕現させる!」
『…………』
「ほう? これは大層な」
変化し、再び虎となる。加えて山並みの巨大土人形を生み出し、町全体を飲み込まんとばかりの存在と化した。
誠に多種多様な力を有するようだな。あの小槌。
『ハハハ! 潰れろォ!』
「……」
岩を纏った鋭い爪を有する巨腕が振り下ろされ、拙者は一度鞘に刀を納めて体勢を低くする。
この刀は普通の物ではない。何故なら生き物を多く斬っても脂が付かず、血もすぐに流れるから。
この刀で通常よりも遥かに強固な岩を切断出来るか、物は試しに御座る。
『終わりだ!』
「…………(この感覚……)」
精神が統一され、周りの物から音が消え去る。
成る程の。あの時、鬼を裂いた時と同様の感覚。おそらくこの感覚にならずとも岩を斬る事は出来たと思うが、天啓としてそのまま断ち切る事を勧められているのであろう。
(……ならばそれに従うのみ)
特に思うところもなし。やるべき事は一つに御座る。
グンと迫り来る虎の巨腕を──。
「終わりよ。人にして虎の化け物となった哀れな男よ」
『……っ……が……!」
両断。然し、殺しては御座らん。人を殺さずとも解決出来るならばそれで良い。
その者の両腕から鮮血が噴き出し、変化が解け、拙者は刀を鞘に納めた。
「…………」
「意識を失ったか。主が見下していたエルミス殿と早めに合流出来れば死ぬ事は無かろう」
二度と小槌を持てぬよう、強固な岩ごと両腕を切断した。
血の流れを止めなければ数秒で死ぬ。それについては近くに居るフォティア殿に任せよう。
『…………』
放置していた巨大な土人形の巨腕が降り注ぐ。拙者は意に介さず今回の主犯を背負って下り、
「終ーわり♪」
──フォティア殿によって灰塵と化した土人形を見届けた。
巨大な火球によって焼かれた山のような土人形は土にも関わらず焼け落ち、風に巻かれて消え去る。
少し熱を含んだ砂塵を浴びながら拙者は血塗れの男を連れた。
「フォティア殿。もうすぐこの者は死ぬ。故に、傷口を焼き固めてくれ」
「うわっ……グロッ……腕の断面とか見たくないなぁ……まあ、敵でも見殺しは夢見が悪いからするけど……」
切断面を炙り、傷口を焼き固める。
これでエルミス殿の元へ運べば死ぬ事は無かろう。
これにて、今度こそ一件落着。住民達を連れ戻し、町の再興でもしようぞ。
拙者とフォティア殿は男を背負い、避難場所へ赴いた。




